そうですね。見落としている小さな幸せ。
それこそが百点の可能性を秘めているものでもありますね。
句中に「もの」という部分を付けているのが興味深いです。
かき氷を手にしているだけでなく、万物を見渡せば、その中に必ず幸せがあるはずだというメッセージも含まれているような気がしてきます。
――『色味を変えて 楽しむもよし』
今や、かき氷も色々なフレーバーがあるものです。
いつもと違う味にする事で、新たな幸せを感じる事もありそうですな☆
作者からの返信
愛宕さん、コメントありがとうございます!(*^^*)♪
細やかに句意を感じ取っていただけて、とても嬉しいです!おっしゃる通り、「もの」という表現をすることで、「幸せって、そういうものだと思う」という普遍的なイメージを込めたかった句です(o^^o)
確かに、味を変えると気分も変わりそうですね!そういう時って、割といつも同じ味を選びがちですが、未経験の味を試して「あ、これ好き!」になれば、また一つ世界が広がる。そんなことも、ささやかだけれど濁りのない100%の幸せな気がしますね。
aoiaoi様
ささやかな幸せを感じることができれば、それだけ幸せを感じられる回数が増えますよね。結果的に、きっと幸せでないことより、幸せな瞬間が多くなったらいいなと思いました! ありがとうございます!
作者からの返信
目の前にある、小さいけれど嬉しいこと、楽しいこと。これに気づけないか、丁寧に拾い上げられるかで、もしかしたら日々の幸福感は大きく違うのではないかという気がしますね。ないものばかりを欲しがって、手の中の幸せを見つめることができないのであれば、その人の「幸せ」が叶うことは結局ないだろうと思うのです。