はじまり
その時私達の前に立ち塞がったのは一面の紅。対岸の出来事のようにただ呆然とソレを見つめていた。パラパラと落ちてくる黒い欠片は熱を帯びていて。ひとつ、またひとつ、体の横をすり抜けてぶわりと燃え広がる。ネズミが履い回るみたいに。見慣れた景色は次々に紅く色付き脆く崩れ落ちていく。
ああ、喉が渇く。酷く乾く。張り付きそうな乾きが湧いてくるが生憎潤す手段を持ち合わせていない。力なくぶら下げた手は何も掴まない。
「……ねぇ、レイ」
ふいに呼びかけられてようやく思い出した。ここには私だけで居たわけではないことを。聞き慣れた声。どこかビブラートをきかせた音は再度私の名を呼ぶ。端的に返事をすると彼女は温度のない声で呟いた。
「もしかして、死んじゃったの……?」
「……そう、かもね。この状況じゃ…もう……」
そこにあった筈の平穏はガラガラと音を立てて消えていき何も残すことを許してくれやしない。こちらがどれだけ引き留めようとも、泣き叫ぼうとも、懇願しようとも。いとも容易く奪い去ってしまう。人はこうも無力で儚いものか。
「おか、さん……おとう、さ……」
そう呼んだ時には既に、私達の前には何も無かった。
ただ、崩れ去った安寧の地が無惨に広がるだけであったのだ。
繋ぐ者 蒼井風音 @fether
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