第33話 天使と悪魔と銭狂い③

 ――六月二八日(日)。

 午前二時を回り、しんと静まり返る有馬家に、突如、静寂を乱す悲鳴が聞こえてきた。

「で、で、で……出たああああ!!」

 ノックもなしにドアを蹴破る勢いで開けると、ユウキは寝ているヒロキを叩き起こした。

「ヒロキっ! 出た! 出たっ!!」

「!?」

 がくがくと体を揺さぶって、ヒロキの首を締めあげる。

「ぐっ!? く……首がっ……!」

「ど、ど、ど、ど、どーしよ~っ!!」

「……お、おち、つ……け……!」

 白目をむきながらヒロキは必死にもがいてユウキの手をタップする。そこでようやく我に返ったのか、ユウキはぱっと手を離した。

「げほっ、ごほっ……ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……ぜーっ……」

 危うく絞殺されかけたヒロキは、久しぶりの酸素を身体に取り入れ呼吸を整える。

「ご、ごめん! だいじょーぶ?」

「……ったく、一体何だってんだ!?」

「幽霊が出たんだよ~」

 落ち着きを取り戻しはしたものの、ユウキの顔は今にも泣き出しそうだった。

「はあ? アホか。どうせ何かと見間違えたんだろ」

「あれは絶対幽霊だって!」

「……どんな幽霊だよ?」

「えーと、部屋でホラー映画見てたらいきなりタンスの上のぬいぐるみが倒れてきて――」

「そりゃ勝手に倒れただけだろ。つーか、怖がりのくせにホラー映画なんか見るなよ」

「だってさあ……」

 幽霊や怪物といった類のものが大の苦手なユウキだったが、ホラー物の映画やゲームは結構な数を経験していた。見たくはないが気にはなる、というやつだ。

 いつもは誰かが一緒にいる時しか見ようともやろうともしないのだが、今日はどういうわけか一人でチャレンジしてみたらしい。結果は見ての通りだったが。

「ねえ……今日一緒に寝ようよぉ」

「はあ!? 冗談じゃねえ、何で俺が!」

 突拍子もない発言にヒロキは思わず声を荒げる。

「だって今日はシズちゃんもタダクニもいないし……」

 タダクニはマサヒコの家に泊まりに行っており、シズカも今日は彼女が所属する家庭科部の親睦合宿と称したお泊まり会に行っているので、有馬家の人間で家にいるのはユウキとヒロキの二人だけだ。

「……リサオラさんがいんだろ」

「あ、そっか。あれ? なんで忘れてたんだろ?」

「知るかよ」

「……ねえ、ヒロキ」

「なんだよ?」

「リサオラさんの部屋まで一緒に行こ?」

「……」


 既に床に就いていたと思っていたがリサオラの部屋の明かりはついていた。ひょっとしたらさっきの大声で目が覚めたのかもしれないと思うと、ユウキは申し訳ない気持ちになる。

 階段を下りてリサオラの部屋までユウキに付き添うと、ヒロキはさっさと自分の部屋へ戻ってしまった。

「リサオラさ~ん」

 声をかけても返事がない。

 ユウキはそっとふすまを開けてみると。

「やはりこれは必須ですね。あとこれも定番ですしこれも鉄板ですよね。よし、お急ぎ便で即日配達っと……。ああ、仕事ができる、仕事ができるぞ! うふふふふ」

 布団の上で、取り憑かれたようにぶつぶつと呟きながら手にした通信端末を操作しているリサオラがいた。

「あ、あのー、リサオラさん?」

「はっ! ああ、ユウキでしたか」

 ユウキの声で我に返ると、リサオラは姿勢を正して向き直る。

「ご、ごめんなさい。なんか邪魔しちゃって」

「いえ、もう済みましたから気にしないでください。それで、私に何か御用ですか?」

「あの……ちょっとお願いがあるんだけど」

「何でしょう?」

「その……一緒に寝たいんだけど、いいかな? 今日はシズちゃんもいないし、一人だと何か怖くって……」

 ユウキの申し出にリサオラは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、にっこりと微笑んで快諾した。

「ええ、いいですよ」

「やったー! ありがとう! じゃあ、おじゃましまーす」

 ユウキは満面の笑みを浮かべると、早速リサオラの隣に寝っ転がった。

「そういえば、リサオラさんってもう半年くらいウチに住んでるのに、まだ一度遊んだことないよね?」

「そ、そうですね」

 実際は半年どころか、まだ二週間も経っていない。

 記憶操作はリサオラの任務に支障がない程度のものではあるが、さすがに少し心が痛んだ。

「じゃあさ、明日一緒にどっか遊びに行こうよ。明日は日曜だし!」

「……すいません、明日はちょっと用事があるんです」

「用事?」

「ええ。タダクニと町外れの洋館を調べるんです。なんでも幽霊が出たそうですよ」

 特に嘘をつく理由もないのでリサオラは正直に答える。が、彼女は一つ大きな過ちを犯してしまった。

「……幽……霊?」

 当然と言えば当然ではあったが、リサオラはユウキの面倒な趣味など全く知らない。

 リサオラがパニックになったユウキに首を絞められ、自分のミスに気づくのはすぐ後のことだった。


 日曜日の昼下がり、タダクニ達はくだんの幽霊屋敷の前に来ていた。

 その古びた洋館は赤い煉瓦造りの二階建てで、周りの住宅と比べても明らかに浮きまくっていた。ゾンビがひょっこり窓から顔を出してきても何らおかしくないような不気味な雰囲気が漂っている。

 事前に調べた情報によると、既に二〇年以上は無人のまま放置されており、私有地なのかどうかもわからないらしい。

 一応売物件の立て看板はあるものの、築七分・徒歩二五年という誤植からしてやる気が微塵も感じられない。

「で、なんでお前らまでいるんだ?」

 タダクニは眉をしかめて目の前の二人に問う。

 今、この場にいるのは六人。タダクニとリサオラは勿論として、面白そうだという理由で協力に応じたサヤカとガチホモ、そしてどういうわけかユウキとヒロキまでいる。

 ちなみにマサヒコはナナちゃんとのデートがあるから無理だと言って断わられた(いたところで全く戦力にはならないので別に構いもしなかったが)。

「だってさぁ~、何か面白そうなんだもん」

「……俺は無理矢理連れて来られたんだ」

 ヒロキは腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「おい、どういうこったよ?」

「すみません、ユウキに幽霊屋敷の話をしたら一緒に行くと言い出してしまって」

 私服姿のタダクニ達と違い、一人だけOL姿のリサオラが苦笑して答える。

 これは戦闘用の服装でもあるらしく、彼女の肩には幽霊退治の道具でも入っているのかグレーのゴルフバッグがかかっている。

「ユウキ、お前こういうのてんでダメだろうが。パニクる前にとっとと帰った方がいいんじゃねえのか?」

「だ、大丈夫だよ、みんなと一緒なら怖くないし。それにリサオラさんは凄腕のエクソシストだもん。ね?」

「ええ、そうですよ。ですから安心してください」

 リサオラはしれっとした顔で初めてタダクニが耳にすることを言った。

(おい、いつからそんな設定になったんだよ?)

『ついさっきです。ちなみにユウキとヒロキ以外の人の記憶も既に辻褄が合うようにしてあります』

(……良い性格してるぜ、全く)

 タダクニは肩を竦めると、洋館へと目を向ける。

「……じゃあ、とっとと入るとするか」

 洋館への入口は錆び付いた鉄製の門で厳重に閉ざされていた。が、すぐ隣にある塀が崩れていたので簡単に中に入ることができた。一体、何の為にあの門はあるのだろうか?

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