第32話 天使と悪魔と銭狂い②

その夜。一旦家に帰ったタダクニ達はそれぞれ家で夕食と風呂を済ませた後、再び森川家に集合した。

「H・I・T、ヒーット! よっしゃー、逆転サヨナラだぜ!」

 マサヒコが声を荒げてコントローラーをぐっと天に突き出す。

「お前、人のコントローラーのぞくんじゃねえよ! せこい奴だな」

「勝ちは勝ちだ。隙を見せた方が悪いのだよ、ふははははは!」

 二人がやっているのは対戦型の野球ゲームだった。卑劣なことにマサヒコはタダクニのコントローラーから球種を盗み見ていたのだ。とはいえ、これが金のかかった勝負ならタダクニも同じような手を使っていただろう。

「そんなんだから本物の彼女ができねえんだよ、お前は」

「うるっせえな! ナナちゃんは現実だ!」

「ちょっと、あんた達。もう夜更けなんだから少し静かにしないかい」

「すみません、お母上」

 部屋に入ってきたマサヒコ母にガチホモは居住まいを正して頭(こうべ)を垂れる。

「あら、いいのよ、ガッちゃんは。ほんと良い男だねえ、惚れ惚れするよ。あたしももう少し若けりゃほっとかないんだけどねえ。それに比べて……」

 マサヒコ母はちらりと息子を見る。

「あんたの面を見ると吐き気がするよ」

「それが親の言う台詞かよ……。つーか、ちょっと腹減ったから何か軽いメシ作ってくれよ」

「あー? さっき食ったばかりなのに何言ってんだよこのウンコ製造機は。ゴミ箱に昨日の残飯が入ってるからあんたはそれでも食べな」

 マサヒコ母は嫌悪感を隠しもせずにだみ声で吐き捨てると、

「みんなには何か簡単なものでも作るわねー」

一転して、慈母のような透き通った美しい声で言う。

「あ、私手伝います」

「いいのいいの。サヤカちゃんはお客様なんだから座って待っててちょうだい。すぐに持ってくるから」

 そのままマサヒコ母は笑顔のまま部屋を出ていった。

「……いっつも思うんだが、お前の母ちゃん声優にでもなった方がいいんじゃねえか?」

「ああ、俺もそう思うわ……」

 マサヒコは疲れた顔でタダクニに相槌をうった。マサヒコ母の息子への扱いはいつもこんなものだったが、さすがにへこみはするらしい。

「そういやお前ら、幽霊屋敷の話って聞いたか?」

 気を取り直そうとしたのか、マサヒコが急に話題を振ってきた。

「ううん、知らないわ。何それ?」

「こないだD組の加藤が言ってたんだけどよ。町外れに誰も住んでねえでかい洋館があるじゃん。あいつがそこを通りかかったら、屋敷の中から何か変な呻き声とかガラスが割れる音とか聞こえてきたんだってよ」

「ふむ、それはなんとも面妖だな」

「どうせどっかのバカップルが肝試しでもしてたんだろ。大体、幽霊なんざいるわけ――」

 そこまで言って、タダクニはふと思案顔になった。

 前にリサオラから聞いた話では、転生せずに地上をさまよう霊を回収するのも天使の仕事の一つらしい。

 今までは幽霊などというものは全く信じていなかったが、天使が実在するとなると話は別だ。

「マサヒコ、ちょっとトイレ借りるわ」

「おう」


(――ってわけなんだが、どうだ?)

 トイレに入ると、タダクニは早速リサオラに幽霊屋敷の話をしてみた。

『そうですね、その洋館に霊、それも悪霊が潜んでいる可能性がかなり高いと思います。コンビニやゲームセンター、それに廃墟や廃屋といった場所には悪霊が棲みつきやすいんですよ』

(まるでヤンキーみたいな習性だな)

『明日にでも早速調査してみますよ! 悪霊退治も天使の仕事ですからね!』

 別に深夜のテンションというわけでもないのだろうが、どこか声を弾ませるリサオラ。

(なんか嬉しそうだな、あんた)

『ええ、そりゃもう! こっちへ来てからというもの、非生産的かつ退廃的な生活に片足を突っ込んでいましたからね! いくらあなたのサポートが今の任務とはいえ、あなたは滅多に善行をしないどころか賭けの片棒を担ぐ始末ですし。おかげで私もやる事がないものですから、何かしていないと落ち着かなくって上司に他に仕事をくださいと嘆願しても、ずっと働き詰めだったから少しは羽を休めろと逆に労われてしまい絶望してたところですよ! ああ、これでようやく仕事ができる! こんな幸せなことがありますか!」

(……ご立派なこった。社畜の鑑だな、あんた)

『社畜とは失礼ですね。まあ、あなたも労働の喜びを知れば私の気持ちがわかりますよ』

(んなもんわかりたくもねえよ。それでこっからが本題なんだが、その悪霊ってのを退治したらいくらか代価にはなるのか?)

(……相変わらずですね、あなたは)

 リサオラは呆れながら「確かに」と続ける。

「善行としての代価は得られます。ただし、悪霊の強さによって得られる代価もピンキリですからそう簡単に一攫千金というわけにはいかないでしょうね。まあ中には指名手配されて数千万から数億円の賞金がかけられているものもいますが――」

(数億だって!? よしリサオラ、俺も一緒に行くぜ!)

『ですが、そのクラスになるとそう簡単には――』

(そうと決まれば早速屋敷について調べねえとな。あと人手もいるだろうし……よし、あいつらも誘うか。じゃあな!)

『あっ、ちょっと!』

 リサオラの言葉も聞かずに一方的に話を終えると、タダクニはトイレから飛び出した。

「全く、本当に金が絡むと人が変わるわね。どういう神経してるのかしら?」

 リサオラは呆れ混じりに呟くと、自室の窓を開けて幽霊屋敷の方向へ意識を集中した。

(……確かに悪霊の気配が微かに感じられるけど、そこまで大したものじゃないわね)

 悪霊の浄化は代価に換算すると一匹につきせいぜい数百円から数千円程度だ。どれだけの数の悪霊が屋敷に棲みついているかは分からないが、全部浄化したとしても焼け石に水滴程度のものだろう。

 (まあ、塵も積もれば何とやらと言うし。そもそも億レベルの賞金首なんて『悪魔』くらいのものだけど……まさか、ね)

 頭の中にふっと出て来た考えをすぐに否定すると、リサオラは早速準備に取り掛かることにした。

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