第30話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)⑫

「はあああっ!」

「くっ!」

 再び試合が再開すると同時にトウカは間合いを詰め仕掛けてきた。

 胴を狙ったトウカの突きを身を捻ってかわし、剣先が宙になびいたサヤカのツインテールをかすめる。

 サヤカはそのまま独楽のように一回転しスポンジ剣を振り抜くも、一瞬視線が外れた隙にトウカは身を屈めて避ける。

 今度は眼前のサヤカの脚を斬り払おうと試みるが、寸前で跳躍され、トウカは後ろへ跳んで一旦距離を取る。

「おおーっと、これは互いに息もつかせぬ攻防です! 目が離せません!」

 互いの剣が激しくぶつかり合う一進一退の展開が続いていたが、サヤカの呼吸はまだ荒く明らかに疲労の色が見える。

 対してトウカの方はモザイクがかかっているため表情すら読み取れない。

 何合か斬り結ぶ内に、次第にサヤカが押され始める。

「私は! お姉様に認められるためにも! 絶対に負けるわけには! いかないんです!」

 一撃一撃に思いを込めトウカは叫ぶ。

「わ、私だって負けるわけには……負ける――あれ?」


 そこでサヤカはふと思った。

 勝ったからって何になるんだろう? と。

「!」

 トウカの振り下ろした一撃をサヤカは受け止めもせず紙一重で避けてみせた。

(見切られた!? いえ、そんなはずは!)

 トウカは怒涛のラッシュを繰り出すも、サヤカは剣で防ぐことなく最小限の動きだけで次々とかわしていく。

「橘選手、急に動きが見違えるようになりました! これはいったいどうしたのでしょうか!」

(勢いに負けてつい引き受けちゃったけど……よくよく考えてみたら、タダクニが私に女神になるのを頼んだのってどうせ熊風が勝つように誰かと取引したんでしょうし)

 全くもって正解である。

(勝負だって変なのばかりだし、あーなんかもう面倒臭くなっちゃったなあ)

 雑念が入りまくっているにも関わらず、サヤカの頭の中はむしろ冴えていた。

 気負いが抜けて心に余裕が生まれたため、視界が開けて一歩引いた目で己を見れるようになった。

 そのため、眼前にいるにもかかわらずトウカの次の動きが手に取るようにわかるのだ。

(くっ! どうして!?)

 トウカは必死に剣を振るうも、全て空を斬るのみで全く当たらない。

 その焦りがさらなる焦りを生み、徐々に太刀筋が雑になっていく。

(そうか! そういうことなのね……。この舞台に立って闘うことでしか見えないもの。あの時お姉さまが言っていたことが今なら理解できる。肌で感じ取れる!)

 連撃の中でやや大振りになった一つをサヤカは見逃さず、

「そこ!」

一歩前に出て、がら空きになったトウカの胴にあっさりと一撃を入れる。

「ブリリアント! 橘選手の達人のような一撃が決まりましたぁ! これで勝負は振り出しに戻ります!」

 司会がノリノリの実況をする中、サヤカはステージ前のオウカへ視線を投げると、二人は頷き合う。

「ようやく気づいたようね。こんなろくでもない大会に出て勝ったところで何の自慢にもならないということを!」

「へ?」

 大声で放たれた姉のトンデモ発言に、トウカの口から思わず間の抜けた声が漏れる。

「過去に女神に選ばれた者は皆例外なく大会中にこう思うわ。ああ、なんで私はこんなアホなことやってるんだろう、と」

「ああ……うん。まあ、そりゃそうですけど」

 タダクニは少し気まずそうに相槌を打つ。

 誰もが薄々気付いていながら、あえて避けてきた禁忌に触れたことで会場中がシーンと静まり返った。 

「で、でしたら何故お姉様は鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップにご出場されたのですか!?」

「去年は誰も立候補がいなかったからアミダで決まったの。ただそれだけよ。でなければ、こんなバカげた大会に好き好んで出ようなんてよほど酔狂な人しかいないわ」

「な……」

 想像だにしなかった姉の言葉にトウカは絶句する。

 てっきり姉は自分が未熟だから大会の出場に反対していたものとばかり思っていたのだが、どうやら最初から勘違いをしていたらしい。

「私の……負けです」

 トウカは剣をステージに落とし、がっくりとうなだれる。

「おおっと! 綾瀬川選手、ここでまさかの降参宣言サレンダーです! これにより本年度の鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップは熊風高校の優勝となりまーす! 皆様、互いに健闘した両女神に盛大な拍手をお願いいたしまーす!」

 全く場の空気を読まないどこまでもプロフェッショナルな進行っぷりはある意味救いなのだろうか。司会のアナウンスが、紙吹雪の舞う静かな体育館内に空しく響き渡る。

 誰もが唖然とする中で蚊の鳴くような拍手がまばらに打ち鳴らされ、最終ラウンドは終了となった。

「ふっ、人生って思うようにはいかないものね。けれど、あの子トウカもこれでまた一つ成長できたわ。あなたには礼を言わなければならないわね、有馬君」

「え? はあ、どうも。まあ、こっちとしては勝ったからいいんですけどね……」

 これで熊風校長から報酬を受け取れるわけだが、さすがにいまいち喜べないタダクニだった。 

 その後、まるでお通夜のような表彰式が終わり、サヤカが手にしたのは『真の女神』というラジー賞やモンドセレクション金賞並みに無価値な称号と、一〇〇円ショップにすらないような手作り感満載の安っぽいティアラ、無駄に大きく置き場に困るトロフィー、そして果てしない虚無感のみだった。


 こうして、来年の開催も危ぶまれる中、今年の鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップは熊風高校の勝利で幕を閉じた。

 なお余談として、綾瀬川トウカの手によってアンデッドの如く消滅した二宮ノリオだが、後に校舎の入り口で何故か全裸の状態で発見された。

 心身ともに異常はなく、どういうわけかワキガも治っており晴れてワキガイザーの異名は返上となった。

 が、全裸で発見されたことから通報されたうえに新たにゼンライザーという称号を授かり、彼はその業を背負って生きていくこととなる。


 ・今回の収入 二〇万円+六〇〇円(ゴミ拾い、喧嘩の仲裁等)

 ・今回の支出 〇円

 ・残り借金  二億九六七九万九四〇〇円

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