第29話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)⑪
最終ラウンドの競技『剣戟のヴィーナス』のルールを簡単に説明するならばスポーツチャンバラのようなものだ。
直径六〇センチの軟らかいスポンジ剣をそれぞれ手にし、手首、胴、足の有効部位にヒットさせれば一本。
顔への攻撃や剣以外による攻撃、ステージのラインから場外となれば反則となり、二回反則で一本。三本先取した方の勝利となる。
なお、相手の剣を腕で防いだり手で掴んだりと、有効部位以外の接触行為はヒット判定とはならないが、接触している間は自分の攻撃も無効となる。
最終ラウンドが始まって数分も経たないうちに、体育館内は歓喜、激昂、狼狽、安堵、落胆と様々な感情が渦巻いていた。
「おーっと、橘選手またも場外!! 大接戦になるかと思われた試合展開はまさかの虎雷のワンサイドゲームの様相を呈しております! 既に二本を取られてもう後がない橘選手、綾瀬川選手の凄まじい猛攻の前に為す術がありません!」
体育館に急ぎ戻ったタダクニの目に飛び込んできたのは、悠然と立つトウカの前にスポンジ剣を支えに片膝をつくサヤカの姿だった。
「くっ……やはりこうなってしまったか」
「ええ。試合開始から立て続けにトウカが二本先取して、サヤカを圧倒しているわ」
タダクニに答えるように横合いから声が返ってくる。振り向くと、そこには綾瀬川オウカが腕組みし壁に寄りかかっていた。
「綾瀬川先輩」
「あまり驚かないようね。あなたにはこの展開が予想できていたのかしら?」
「ええ、まあ。確かにあいつらはここまで互角の闘いをしてきたし、俺の見立てじゃ身体能力もそこまで差があるとは思わない。だが、あの二人には決定的に違う部分がある」
「その通りよ。二人に差があるのは覚悟。トウカはこの大会に向けて何か月も前から準備をしてきたわ。必ず勝利を得るという強い渇望があの子の力となっている。それに対してサヤカにはまだどこか迷いがある。それがそのまま差となって勝負に表れているのよ」
ステージ上のトウカは全身から女神どころか鬼神の如き迫力を
トウカは無傷なのに対して、サヤカは既に二本を取られ、あと一つ反則をしても敗北という崖っぷちの状況から試合が再開される。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
反撃の隙も与えぬトウカの猛攻にここまで防戦一方の展開が続き、未だに息が整わないサヤカ。
「これで終わりです!」
トウカは腰を落とすとスポンジ剣を水平に構えて引き絞り、右足に重心を乗せる。
そして弓を放つように剣を突き出すと同時にステージを蹴り込み、サヤカ目掛けて一気に突進する。
「綾瀬川選手、トドメとばかりに大技を出してきたーっ! 橘選手、万事休すかーっ!?」
「いえ、勝ちを急ぎすぎたわね」
体育館内の誰もが虎雷の勝利を確信する中、オウカは冷静に呟く。
「く……はああああああ!」
息は乱れ満身創痍のサヤカだったが、その瞳に宿る闘志はまだ消えてはいなかった。
威力を剣先に集中させたトウカの突進に合わせてサヤカは左手を勢いよく突き出して迎え撃つ。
「ああっと橘選手、左手で綾瀬川選手の矢のような突きを真っ向から受け止めました! しかし剣を掴んでいる間は綾瀬川選手への攻撃も無効となります、さあ、一体どうするのか!?」
闘牛でも相手にしているような衝撃がサヤカの掌に圧し掛かり、場外まで押し込まれそうなのをどうにか踏み止まる。
わずかでも力を緩めれば一瞬で持っていかれるような状況の中、サヤカは右手のスポンジ剣を力任せに振るった。
しかし、その相手はトウカではなく。
「えっ!?」
スポンジ剣の側面部を強く叩かれたトウカは、身体を預けていた椅子が急に引き抜かれたようにあっさりと体勢を崩される。
例えば壁を片手で思い切り押し込んでみると、水平方向に対しては強い力が働くが、別方向からの力には弱い。サヤカはその原理を利用したのだ。
「やぁああぁっ!」
既にサヤカの左手はフリーとなり、払った剣の柄をそのままトウカの胴部に突き込むと、館内の熊風勢から歓声が沸く。
「な、な、なーんと橘選手、絶体絶命のピンチをひっくり返しようやく一本を返しました! これはお見事! さあ、反撃となるか!」
「ふふ、どうやら片手で鉄球クレーンを受け止める特訓が役に立ったようね」
(どんな特訓やってたんだ?)
ステージ中央へと戻るトウカは首を巡らせて館内に姉の姿を認めると、わずかに歯噛みする。
(今の技はオウカお姉様の……。そういうことですか、お姉様)
その視線に気付いたオウカはステージに向かって歩き出し、タダクニも後を追う。
(ですが、お姉様も出場し優勝されたというこの大会、私も負けるわけにはいきません)
スポンジ剣を脇に挟んでトウカは気合いを入れるように両頬を叩く。
(私にとってお姉様はいつだって目標で、私は追いつくためにお姉様のされてきたことは勉強も習い事も全てやってきた。高校はなぜか熊風じゃなく虎雷に入学してしまったけど……。私はお姉様のような気品なんてないしドジだから女神なんて相応しくないのはわかっている。誰かと争うのだって好きじゃないし、大会に出ると言ったら反対されたのも私が未熟だからなんだと思う。でも、必ず掴み取ってみせる!)
「やはりあの子はまだ私の背中を追い続けているのね……」
「そういや、なんで妹さんは熊風じゃなくて虎雷に入ったんです?」
ふと疑問に思ったタダクニがオウカに尋ねると、予想外な答えが返ってきた。
「試験会場を間違えたのよ、あの子天然ドジなとこがあるから。それに熊風も虎雷も紙さえもってくればコンビニのレシートでも受験票と間違えるくらいザルなのよね」
「なんと……」
「あの子は昔からずっと私の後ろを追いかけて生きてきたわ。確かに私は気品と強さ、美しさを兼ね備えているけれど、あの子は私よりももっと輝ける素質を持っている。けれど、あの子はそう思っていないのよ。いつまでも私に憧れて、その幻を追いかけている。
艶やかな栗色の毛先をくるくると指に巻きながら、オウカは自嘲めいた笑みを浮かべる。
「それって……どういう?」
「言葉通りの意味よ。あとはそれに気付けるかどうかだけど……大会も終盤、あの子たちもそろそろ気付いていい頃合いよ」
ステージ前まで着くとオウカは足を止め、どこか憐憫を含んだ表情でステージ上の女神達を見つめていた。
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