第26話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)⑧

 ステージ上に散らばった甲冑のパーツを片付け終えると、司会はトウカにマイクを向ける。

「さて、それでは綾瀬川さんにも意気込みを語っていただきましょう。どうぞ!」

「こ、こんにちは。綾瀬川トウカと申しましゅ。よろしくお願いいたします!」

 QMM(急にマイクを向けられ)、トウカは途中で噛んだりしどろもどろになりながらも一生懸命に口を開く。

「え、えーと。色々あってこの大会に参加することになったんですけど、出たからには絶対勝ちたいと思います。頑張ります!」

 意気込みを語り終えると、トウカは緊張と興奮が入り混じった顔でグッと両こぶしを胸の前で握りこみ、最後に一礼する。

 その仕草に館内は拍手喝采、狂喜乱舞、飲酒乱舞の嵐となり、自己PRだけを見れば勝敗は明らかだった。

「はーい、ありがとうございまーす。いやー実に模範的な回答で安心しました。さあ、それでは女神のご紹介も終わったところで、早速第二ラウンド『包容力勝負』を始めたいと思いまーす!」

 色んな意味でどちらも只者ではない女神同士の戦いが、いよいよ始まる。


 一旦落とされた体育館内の照明が戻ると、司会がルール説明を始める。

「ルールをご説明しましょう! 『包容力勝負』は文字通り女神の包容力がカギとなります。このラウンドでは各校の女子生徒に『死んでも抱きつきたくない男子』の極秘アンケートをとった結果、選ばれたそれぞれの生徒にご協力いただきます。そして女神たちは先攻、後攻に分かれ三分の制限時間内で傷ついた彼らをどれだけ優しく癒せるかを競っていただきまーす! なお、大会スタッフの方針により一位の生徒を名指しにするのは本人の尊厳を傷つける恐れがあるため、例年と異なり今年は二位の生徒が選ばれます!」


「どっちにしても公開処刑なのは変わらんと思うが……」

「なんちゅうえげつない企画だ……」

「くっくっく、この日のために俺は女子から票を買い占めたんだ。絶対サヤカちゃんに癒してもらうぞ、ぐへへへへ」

「トウカちゅわーん、今行くから待っててねー!」

 館内の男子生徒達からはどよめきが走る。一部の変態は逆に盛り上がっていたが。


「では、ご協力いただく両校の男子にご登場願いましょう! 皆様、盛大なる拍手と憐みをもってお迎え下さい! まずは虎雷高校から! 彼の半径三メートル以内は死の領域、腋から異臭が間欠泉ガイザーのようにあふれ出ることから『ワキガイザー』の異名を持つ男、二年A組の二宮にのみやノリオ君!』

 司会のコールと同時に、体育館内に一人の男子が入ってきた。

 大肉小背で清潔感が微塵もなく、顔は個性的というか品がないというか、一言で表現するならばいわゆるブサメンである。

「う、く……くっせー!」

「ちょっと、やだ!」

 その男子がステージへと歩を進める度に、まるで海を割ったモーセの如く道が切り開かれていく。

 中にはその悪臭に耐え切れず吐しゃ物を撒き散らす二次被害まで発生していた。

「……すげえのがいるな」

「というか、あれの上がまだ存在するってことの方が恐ろしいんだが」

 二階まで微かに届く異臭にマサヒコとタダクニは思わず鼻をつまむ。

 ステージ前まで来たノリオに対してお団子頭の大会スタッフ女子が全身に消臭スプレーを吹き付けてはいるものの、あまり効果は期待できなさそうだった。

『続いて熊風高校からはこの人! 命よりも金が好き、金のためなら親でも売り飛ばす銭ゲバ野郎、二年E組の有馬タダクニ君!』

「ドオッ!」

 いきなり名指しされたタダクニは、思わずずっこけて手すりから滑り落ちそうになった。

「なんで俺なんだよ!」

「ぎゃはははは! ざまあwww、タダクニ。まあ、これも日ごろの行いってやつだな」

『ちなみに熊風高校のトップは、二位を三倍以上の得票数でぶっちぎりで突き放した同じく二年E組の森川マサヒ……いえ、M君です!』

「ほとんど言ってんじゃねえかッ!」

 あらゆる言動にしっかりオチがつくあたり、この男マサヒコは神(笑)にでも愛されているのだろうか。


「くそー、羨ましい。女子に頼んで一〇票も買い占めたってのに」

「俺なんか二〇票だぞ、しかも何かわけのわからん壺まで買わされたし」

「コロスコロスコロスコロス……」

 悔しがる男子達の嫉妬や呪詛を存分に浴びながら、仕方なくステージへと向かうタダクニ。

 何なら代わってやろうかと言いたくもなるのだが、サヤカにこんな変態どもの相手をさせるわけにもいかない。

(だが、不本意とはいえこれは好都合だ。あちらはいくら完璧な女神とはいえ、ワキガのブサメン相手ではそう簡単にはいくまい。それに対してこっちは幼馴染、この勝負もらったな)


 タダクニが壇上に上がると、何やら気まずそうな顔のサヤカと目が合う。先ほど盛大な事故PRを終えたばかりなのだから無理もないだろう。

 控室で見せた歴戦の傭兵を思わせる彼女の瞳は、既に初めての戦場に怯える新兵のそれとなっていた。

 虎雷の方にちらりと目をやると、数メートル離れても異臭が鼻を刺激してくる男を眼前にしても、さして顔色を変えずに緊張した面持ちでトウカが立っていた。

(鼻栓をしてるわけでもないのにあの至近距離で平然としてるとは……。相当我慢強いのか、それともあのモザイクのせいか? なんにせよ、まずはお手並み拝見といくか)


「よりによってあんなファッキン日本人ジャップが選ばれるとはな。綾瀬川のやつ、大丈夫か?」

米野こめの、三位のアンタがもうちょっと票集めてればトウカもあんなワキガイザー相手にせずにすんだのヨ! さっき控室で汗はおろか毒でも遮断する特殊スキンジェルを全身に塗らせたとはいえ、清らかな乙女にあんな仕打ち残酷すぎヨ!」

「ちょっと待て、俺が三位だと!? う、嘘だろ!? あと俺を米野と呼ぶな!」

 ショックを受けたジョージを完全無視スルーして、シェンリーはインカム越しにトウカに呼びかける。

「トウカ、辛いだろうけどファンありきのアイドルヨ。たとえ相手が小汚くて吐き気のするようなキモメンでも笑顔で握手ヨ、いいネ?」

「う、うん。ありがとうシェンリー。私頑張るね!」

「おいヤン、無視するな! おい!」


「それでは先攻、虎雷から始めまーす。はりきってどーぞ!」

 司会がノリノリな声で右手を振り下ろし、第二ラウンドの開始を告げる。

「ふひひひ。ト、トウカちゃんとこんな間近で会えるなんて! い、いつもがお世話になってます! あ、じゃなくて俺と是非! あ、いや――」

 外見に違わず完全にアウトな言動のノリオであった。

 アイドルの握手会でもここまで酷いレベルはお目にかかれないのではなかろうかというゲスっぷりである。

「あ、あの、頑張ってください!」

 そんなセクハラ発言の連発を、幸いにも緊張で聞こえていなかったのだろう。

 やや上ずった声援を送ると、トウカはノリオの不潔そうな手を取り握り込む。

「うひょ!? と、トウカちゃんの手、手が、手が? あ?」

 すると、トウカの両手を中心に眩い光が発せられ、次の瞬間。

「あづっ!? あ゛、あ゛あ゛ぎゃー!」

 汚い奇声を上げたノリオの全身を光が包み込み、まるで聖水をかけられたアンデッドのようにノリオはした。

「おおっと、なんということでしょう! 綾瀬川選手の清らかな握手によって二宮にのみや君は浄化されてしまいました! これぞまさに包容力! これが綾瀬川トウカ! 一瞬で勝負を決めました!」

「包容力の意味ってなんだっけな」

 少なくとも、タダクニの知っている包容力という単語には神聖魔法でも放ったかのようなエフェクトは出てこない。

 派手なパフォーマンスに館内は沸き、観客から盛大な拍手と歓声がトウカへと送られる。

 しかしながら、何処かへと消え去ったノリオの安否を気遣う者は誰一人いなかった。

「さあ、続いて今度は熊風のターンです。それではどーぞ!」

「なんかもう滅茶苦茶だが仕切り直しだ。頼むぞ、サヤカ!」

「へ? あ、うん」

 まだ事故PRを引きずっているからか。はたまた、ファンタジーめいた現象を見た後だからか。

 心ここにあらずといった感じの、なんとも気の抜けた返事をするサヤカ。

「えーと、それで具体的に何をすればいいのかしら?」

「ん? そうだな。とりあえず何か適当に俺を褒めりゃいいんじゃないか?」

「あーなるほどね。うん、それならバッチリよ」

「よっしゃ、頼むぜ」

 長い付き合いなのだから褒めるとこくらい容易にたくさん浮かぶだろう。そんな期待をタダクニは抱いていたのだが。

「んーと、えーと……」

「おーっと! 橘選手、手こずっている模様。既に九〇秒を経過していますが、未だ有馬君の褒める箇所が一つも見つからないようです!」

「おい、サヤカ! 何やってんだ!」

「わ、わかってるわよ!」

「何かあるだろ! 何でもいいから早く言えって!」

「え、えーと、タダクニってケチよね!」

「はあ?」

「あと、とことん金に汚いし、守銭奴だし、ニートみたいな考え方しかしないし、私やユウちゃん達の写真を勝手に売るし」

「それのどこが褒めてんだよ! 喧嘩売ってんのか!?」

 思いもよらぬ援誤射撃フレンドリーファイアにタダクニは焦りを募らせる。

 サヤカは褒めるどころか貶しまくっていた。しかも同じことを何度も言われる始末である。

「えと、えっと、えーっと、あーーーもう!」

「なっ!?」

 テンパりすぎて既にサヤカの思考回路はショート寸前だった。

 人はそんな時、往々にして奇行に走るものだ。彼女もまた例外ではなかった。

「な、なんと! 橘選手、これはすごい手に出たぁああ!」

 司会の実況に熱が入り、体育館内がざわめく。

 気が付けば、サヤカはタダクニをがっしりと抱きしめていた。

「橘選手、『死んでも抱きつきたくない男子』に対して抱擁というこれ以上ない包容力で応えました! ブリリアント! これは文句無しに合格でしょう! どちらも素晴らしい包容力を見せてくれたこの勝負、私の独断と偏見で両者引き分けとさせていただきます!」

「……なんか知らんが高評価のようだな。でかした、サヤカ! ん? サヤカ?」

 歓声に混じる発狂した男どもの悲鳴をBGMにしながら、タダクニはサヤカの身体を揺さぶるも反応がない。

「気絶しとる……」

 自らのとったあまりに突拍子もない行動にサヤカの思考回路はオーバーヒートしたらしく、彼女が再び意識を取り戻したのは数分後のことだった。

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