第27話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)⑨

 その後、ジャイアンリサイタルの完コピとまで評された第三ラウンドの『歌唱力対決』、学校中の消火器をかき集めるに至った第四ラウンドの『炎のクッキングファイト』と、両女神は互角の勝負を繰り広げ決着は最終ラウンドへ持ち越されることとなる。

 体育館内のガラスは全て割れ、ステージは黒焦げ、天井にまで焦げ跡がついており、闘いの壮絶さを如実に物語っていた。


「さあ、長らく続いて参りました鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップもいよいよ大詰め! 第五ファイナルラウンドの『剣戟のヴィーナス』を残すのみとなりました。これまでの戦績は三戦三分けと互角、次のラウンドで決着がつく形となります。果たしてどちらの女神が勝利を勝ち取るのでしょうか? 早速、第五ラウンドを始めたいところですが、先ほどの対決の影響でステージのセッティングに少々お時間がかかるため、ここで一〇分間の休憩をとらせていただきまーす! 両女神もルールの確認を行いますので一旦控室にお戻りください」

 司会のアナウンスが終わると体育館内は喧騒に包まれ、生徒達がトイレやら賭けの最終ベットやらへぞろぞろと動き始める。


「最初はどうなるかと思ったが、サヤカは十分健闘しているな」

「ああ、歌と料理で対決って聞いたときは正直オワタと思ったが、まさかトウカちゃんもサヤカと同じくらい音痴で料理下手だったとはな。ま、そのギャップがまたきゃわいいんだけどよ」

「ありゃもう音痴とか料理下手とかってレベルじゃなかったけどな。だが、確かにここまでは上出来すぎるくらいだ」

 当初は虎雷圧勝の試合展開と思われていたが、競技が進むにつれ賭けのオッズも変動し最終的には五〇対五〇のイーブン。

 ここまでの試合だけを見れば二人の実力は拮抗していると言っていい。

 (そろそろ頃合いか)

 そうタダクニは心の中で独りごちる。

「おいタダクニ、ガチホモ。今のうちに便所行っとこうぜ」

「……マサヒコ。申し出は嬉しいのだが、恥ずかしながら私はまだ複数を相手にするのは慣れていな――」

「ちっげーよ! 何おぞましいこと言っとるんじゃお前は!」

わりいが、二人で仲良くやっててくれねえか。俺はちょっと別に行くとこがあってな」

「うむ、承知した」

「だから承知すんな、バカ!」

「冗談だ」

「お前のは洒落になってねえんだよ……。で、サヤカのとこにでも行くのか?」

「いや、ちょっとしただ」


「ほっほっほ。さすが熊風はやりますなあ、例年に劣らない見事な女神ですな」

 虎が描かれた派手な扇子を仰ぎ、良く言えばスキンヘッド、悪く言えばハゲのツルツル頭を光らせながらスーツ姿の老人が笑う。

「いやいや、虎雷こそどこであのような逸材を見つけてきたのやら。羨ましい限りですなあ」

 その隣にいる髪型がH2Oの老人も大きな腹を揺らしながら愉快そうに笑みを浮かべて応える。

 虎雷、熊風両校の校長である。

 二人がいるのは体育館一階にある放送室。桟敷さじきとまではいかないが、暴動に巻き込まれる心配がない分、特等席と言っても語弊はないだろう。

「ですが、どうやら今年は虎雷うちが久々にトロフィーを持ち帰れそうですなあ」

「おっと、何をおっしゃいますやら。今年も熊風うちが勝つに決まっているでしょう」

「ほっほっほ、冗談は髪型だけにしてほしいもんですなあ」

「はっ、髪すらない奴に言われたくはありませんなあ」

「黙れ水分子頭」

「ぬかせ原子頭」

「デブ」

「ハゲ」

 目と鼻の先まで近寄ってバチバチと火花を散らせる両校長。そのまま結合して新たな分子を生成するような勢いである。

 顔を突き合わせる度に何かと舌戦の応酬となるこの二人だが、最終的には見ての通り小学生の口喧嘩レベルまで落ちる。

(しかし、完璧だと思っていた綾瀬川さんに意外な苦手分野があったのもそうですが、熊風がここまで食いついてくるとは想定外でしたね)

 『三大抗争』における近年の虎雷と熊風の戦績は四勝二敗で虎雷がリードしている。

 熊風としては絶対に負けられないわけだが、虎雷としてもこの勝負に勝てば熊風を突き放せる重要な一戦となる。

 しかもこの鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップに限っては二年連続で敗北を喫しているとなればなおさらだ。

(次の勝負、綾瀬川さんに限って負けることはないと信じたくはありますが、念には念を入れておきましょうか)

 虎雷校長は放送室の窓際にいた虎雷生徒に目配せをすると、その生徒は黙って頷き群衆に紛れて姿を消した。

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