第25話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)⑦

「あー、あー。えー、皆さま、長らくお待たせしました。のっけからハプニングがありましたが、気を取り直して参りましょう! それでは本大会の主役である女神たちの入場でーす!」

 一〇〇〇人規模の暴動を『ささやか』で片付けた司会の虎雷女子が口上を終えると、体育館内の照明が落とされ、スピーカーから軽快なBGMが流れ出した。

「まずは昨年度優勝校の熊風高校からご紹介します! ルックス、スタイルともにグンバツ! ファンとストーカーは星の数! 橘サヤカさーん!」

 ステージ袖から出て来た人影がスポットライトに照らし出されると、メイドチャイナースク水というどう見ても合体事故な衣装を着たサヤカが姿を現す。

「こりゃまた随分と前衛的な衣装ですねー。では自己PRをお願いしまーす!」

「リョウカイシマシタ。私の名前は橘サヤカ、ひょんなドジから不思議な淫獣いんじゅうと契約させられちゃった高校二年生アル。我がこの地に降り立った理由はただ一つ。別に要介護なお兄ちゃあなたのためじゃないけれど魔王であるご主人様をお祓いしますにゃ。さあ、懺悔なさい!」

 司会が差し出したマイクの前でとち狂ったとしか思えない事故PRを終えると、場が水を打ったようにしんと静まり返った。

『お、おう……』

 初夏の暖かな陽射しが窓から差し込む体育館内だったが、観客の体感気温は氷点下まで凍り付いていた。ドン引きである。

 そのあまりの痛々しさに目を背ける同校生、目を覆う他校生、他人のふりをする友人、酒瓶を落とす教師、と動作の差異はあれど反応は皆ほぼ同じだった。

「なんなの、この静けさは……! あらゆる萌え要素を詰め込んだ全方位オールレンジ攻撃による圧倒的な殲滅せんめつ力で会場は拍手喝采、狂喜乱舞の嵐が巻き起こるはずなのに! コンセプトもプロデュースも完璧だったはず、一体どこで計算が狂ってしまったというの!?」

「最初からだな」

 本気でわからないといった顔をするアキに、タダクニは天井を仰ぎ額をおさえた。頭が痛くなってきたのだ。

「え? なに? なんで? なにかおかしいの!? ダメなの!?」

「はーい、ありがとうございましたー。頭がちょーっとおかしいみたいですけど、頑張ってくださーい」

 困惑した表情でうろたえるサヤカだったが、司会は顔色一つ変えずに進行を進めるプロフェッショナルっぷりを見せる。

「さあ、対する虎雷高校からはこの人! 入学初日で学園のアイドルの称号を手にしたシンデレラガール! そのポテンシャルは未だ未知数のスーパールーキー、綾瀬川あやせがわトウカさーん!」

「おいタダクニ。綾瀬川ってもしかして」

「ああ、綾瀬川先輩の妹さんだ。まあ、それはどうでもいいんだが問題なのは――ん?」

 反対側のステージ袖からと金属の擦れ合う音と共に人影が歩み出る。そこにはスポットライトを浴びた西洋風の全身甲冑フルプレートアーマーたたずんでいた。

 直後。

「おいごらぁ、ふざけんじゃねーわよ!」

一狩ひとかりにでも行く気かてめーは?」

鉄の女神アイアンヴィーナスってそういう意味じゃねーよ、バカヤロー!」

「脱げー!」

「酒持ってこーい!」

 主に熊風サイドからではあるが、怒涛の野次や怒号が飛び出す。

 ようやく落ち着いたばかりなのに、早くも再び暴動が起こりそうな空気である。

「おーっと、これはいけません! 第四五回の『ロケットパンチ事件』から大会規定には女神の衣装は布地を使うことと明記されています。このままではルール違反となり綾瀬川さんは失格となってしまいます!」

「おいヤン、なんだあれは? 衣装が全然違うじゃないか、聞いてないぞ!」

「アレは登場時のインパクトを与えるためのちょっとしたサプライズパフォーマンスヨ」

「そんなサプライズいるか! このままじゃ戦う前に負けてしまうだろうが、早く何とかしろ!」

「チッ、しかたないネ。こんなクソ共の前でトウカの柔肌を晒すなんてしたくなかったけド」

 つっかかるジョージにシェンリーは露骨な舌打ちをすると、ポケットから小型のインカムを取り出す。

「トウカ、もうキャストオフしていいヨ」

 シェンリーがインカムで指示を飛ばすと、ステージ上の甲冑の腕や脚といった各部パーツが次々に剥がれ落ち、

「おーっと、なんということでしょう! 重厚な鎧の中から現れたのはレオタード姿の美少女です!」

赤いレオタードに身を包んだ少女が解放感からか軽く息を吐いた。

 さすがに女神として出場しているだけあってスタイルの良さはサヤカと比べても遜色ない。

 しかしながら恥ずかしそうに身体をもじもじさせている仕草は絶妙に艶を出しているうえに、着ているレオタードの面積はかなり際どく、白い肌が露わになった太ももや上腕が更に色気を加えている。

 そのプロポーションに男子は当然としても、女子からも感嘆の息が漏れる。優れた芸術の放つ絶対的な美の前には性別を問わず魅了されるように。

 ウェーブのかかった栗色の髪は姉のオウカよりはやや短く、そしてその顔は――。

 美少女、には違いないのだろう。

 だが、確信があと一パーセントだけ持てない。何故なら。

「……なあガチホモ」

「む、どうした?」

「いや、俺の目がおかしいのかな。虎雷の女神の顔にがかかってるように見えるんだが」

「ふむ、私にもがかって見えるな」

 衣装もスタイルもパーフェクトな綾瀬川トウカだが、なぜかその顔にはモニター越しでもないのにくっきりとモザイク処理が入っているのだ。

 タダクニが虎雷の生徒から入手した資料の写真には普通に顔が写っていたので、あれがデフォルトというわけでもないだろう。それとも彼女の顔を世界が表現しきれないとでもいうのだろうか。

「マサヒコ、お前はどうだ?」

「あ? まあ言われてみりゃそうかもな。でもめちゃくちゃきゃわいいんだからこまけぇこたぁいいんだよ!」

「いや一番重要なとこじゃねえのか? どうなってんだ?」

「……見るからに彼女自身も気づいていないようだが、あれは闘霊アバターだ」

闘霊アバターって……あのスタンドだかペルソナだかみたいなあれか?」

 タダクニは先日の怒外道との騒動の際にガチホモと雲母きららが出して見せた背後霊のような像を思い出した。

「うむ。これは推測だが、あれはフィルターの役割を果たしているのだ」

「フィルター?」

「そうだ。強烈な光を直視しすぎると目に害を及ぼすように、彼女の顔も美しすぎるが故に凄まじい魅力を放っているのだろう。それを直視すればどんな影響が出るかわからない。だからこそ、己の強大すぎる力を抑えたいという彼女の無意識がモザイクという形で闘霊アバターとなったのだ」

「もう何でもありだな……。けど、それならなんで俺達と違ってマサヒコや他の連中は誰も変に思わねえんだ?」

誰も彼もがトウカに夢中になっているが、タダクニには彼女の顔はモザイクにしか見えないため、果たして彼らの目にはどんな風に映っているのかはうかがい知れない。

「常人からすればフィルターをかけても彼女の顔を脳内補完で自然にイメージされて見えているのだろうな。私やタダクニは女性に興味がないから、元々フィルターがかかっていて彼女から受ける影響も少ないのだろう」

「いや、お前ゲイと一括りにされても困るんだが」

「しかし、よもや虎雷にこれほどの傑物がいるとはな。これはサヤカといえどさすがに苦戦は避けられんだろうな」

「ああ。見た目だけならサヤカだって負けちゃいねえんだが、あいつの恐ろしいのはそのスペックだ。俺が入手した資料には『容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能かつ生徒や教師からの人気もあるアイドル的存在だが、それを鼻にかけない清楚で可憐な処女。さらに性格は慎ましやかで慈愛に満ちているが芯は強い。しかしながら天然だったり時折ドジで甘えん坊な一面も持っている』と書かれていた。まさに女神様ってやつだな」

 資料に書かれていた綾瀬川トウカのスペックは、どこぞの校長が探し求めていた人材と条件が一字一句違わず合致していた。どうやら三次元にも探せば童貞の理想のような女子がいるらしい。

「もっとも、俺が一番恐ろしいと感じたのはじゃないんだがな」

「というと?」

やっこさん、どういうわけか虎雷に入学する前から鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップに出るための特訓をしてたらしい」

「ふむ、確かに奇妙な話ではあるな。彼女が去年の優勝者である綾瀬川先輩の妹であることと何か関係があるのだろうか?」

「さあな。だが、それだけこの大会に意気込んでるような奴にサヤカがどこまで食いつけるか、だな」

 タダクニはトウカに視線を向けるも、その表情はモザイクがかっているため読み取ることはできなかった。

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