第20話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)②
「嫌よ! なんで私が出ないといけないのよ!」
二年E組の教室にサヤカの叫び声が響き渡る。
「お前こないだ『私にできることがあったら何でも言って』っつってたろーが!」
「揚げ足取らないでよ、バカ! 大体、他に候補者がいるんでしょう! その人達から選べばいいじゃない!」
「俺もリストは目を通したが、はっきり言って話にならねえ連中ばかりなんだよ」
自薦者の顔写真付きのリストを見ながらタダクニは
「おいおい、そんなに酷いのかよ?」
「見るか?」
タダクニはマサヒコにリストを見せた。それを覗きこんだ途端、マサヒコの顔が凍り付く。
「げぼっ!! こいつら新種の
「頼む! ユウキにもシズカにも断られて、もう俺にはお前しかいないんだよ!」
まるで口説き文句のような台詞を吐き、タダクニはサヤカの手を取って必死に懇願する。
タダクニとしても二〇万円が懸かっているので引き下がるわけにはいかないのだ。
「な、なによ……」
急にそんなことを言われたからか、サヤカの心臓がどくんと高鳴り頬が朱色に染まる。
「なあ、一生のお願いだ。頼む!」
「……わかったわよ」
「え?」
「だからやってあげるって言ったのよ!」
惚れた弱みというものだろう。半ばヤケクソ気味にサヤカは叫んだ。
「ほんとか!? さすがサヤカ、持つべきものは幼馴染だな!」
取った手をぶんぶんと振ってタダクニは破顔する。
「……それで、
「いや、実は俺も賭けの胴元やってたから内容は全然見てねえんだ。誰か知ってるか?」
「よろしい。では、俺が説明してやろう」
一つ咳をして、マサヒコは教師のような口調で話し始めた。
「
「いまいちよくわからねえが……まあいいか。で、女神に選ばれた奴のクラスが当日着る衣装を作る事になってるみてえなんだが、誰かそういうの得意な奴いないか?」
「それなら私らに任せてちょうだい!」
タダクニが周りのクラスメイト達に尋ねると、アキを始めとした数人の女子が名乗り出た。
「あんま時間ねえんだけど、大丈夫か?」
「問題ないわ、やるからには最高の衣装を用意してあげるわよ!」
「すまねえ、助かる。さて、まだ昼休みは一〇分くらいあるな。サヤカ、ちょっと出かけるからお前も来い」
「行くって、どこに?」
「決まってんだろ。去年の『女神』んとこだよ」
B棟三階、三年D組の教室。
そこに去年の
「――わかったわ。その話、引き受けましょう」
交渉を無事終えると、オウカは値踏みするような目でサヤカを見つめる。
ウェーブのかかった艶やかな栗色の長髪、真っ直ぐ通った鼻筋にややきつめの目元はどこか気品と優雅さが感じられる。
そんなセレブなオーラを
「橘さん、だったわね?」
「は、はい!」
「
「……そんなにひどいのに学校側は何も言わないんですか?」
「ええ、何でも言論の自由は守らねばならない、ということらしいわ。女からの嫉妬と罵倒、男からの邪な視線とセクハラ発言にも笑顔を崩さずにいられるメンタルも女神には必要なのよ」
「名誉と尊厳を守れよって話だよな」
「そのせいか、あまりの中傷に心が折れてしまう女神も多いわ。有馬先輩のようにね」
「ああ、そういや一昨年の女神は姉ちゃんでしたっけね」
「あの時の惨劇は今でも覚えているわ。あの年は審査員の野次が特に酷かったの。有馬先輩はそれに耐えられなかったのよ……」
「で、野次を飛ばした審査員と男子を全員血祭りにあげた、と」
「ええ、そうよ。あれは今も伝説として語り継がれてるわ」
タダクニの姉、ミハルは一言で言い表すなら豪快な女性だった。
在学中は『災厄ある所に
もっとも、妹二人はともかくタダクニは立派な問題児なのだが本人にその自覚は全くなかった。
「橘さん、
(うう……正直あまりないんですけど)
突き刺さるようなオウカの視線に耐えきれず、サヤカは横目でタダクニの方を見やる。
「大丈夫だ、お前ならやれる! 多分! ガンバ!」
物凄く無責任な激励だった。
サヤカは小さなため息を吐いて、
「はい……頑張ります」
と、首を縦に振った。
「よろしい、では早速放課後から特訓よ。今日から私のことはお姉様と呼ぶこと、いいわね?」
「は? はい、お姉様……」
思わず返事をしたものの、サヤカの胸中には不安しか感じるものがなかった。
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