第15話 さわやか草野球デスマッチ! 血戦編⑤
四回表。
正気の沙汰とは思えない展開が続く中、一対一の同点のまま試合は中盤を迎える。
クリーンナップから始まる怒外道は、三番の
「なんだこのイボイノシシは……」
タダクニは目の前の大男を見て
獄道に代わって打席に入ったこの
「なあ有馬、全く抑えられる気がしないんだが」
「しかたねえ。できれば使いたくはなかったが、そろそろこっちもカードを切るか」
「カード?」
「ああ」
そう言うと、タダクニは右手を上げて人差し指をすっと空に突き出した。
刹那。
まるで石像のように王久の動きが止まった。
「よし、烏丸。今の内に投げろ!」
「え? あ、ああ?」
わけが分からなかったが、シュウジはタダクニの言う通りにボールを投げ込んだ。
王久はそのままピクリとも動かず、結果は見逃しの三球三振。
「ナイスピッチング!」
困惑するシュウジとは正反対に、タダクニは爽やかな笑みを浮かべてボールを返す。
すると突然、王久の巨体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れ伏せた。
「あら、おねんねしちゃったみたいねえ。ダメな坊や。おい、このデクノボウとっとと運べ!」
タダクニは優しい表情から一転、鬼のような形相で怒外道ベンチに怒鳴りつける。
「い、一体何が起こったってんだ!? おい
バッターボックスから重い巨体を引きずり出し、怒外道キャッチャーの
「ん? なんだこれは?」
よく見ると、死んだようにピクリとも動かない王久の太い首には極細の針が刺さっていた。
タダクニ達がいるグラウンドから一キロほど離れたビルの屋上。
そこには長い金髪をポニーテールにまとめて野球帽を被り、Tシャツにジーパンといった出で立ちのリサオラの姿があった。
「安心なさい。麻酔弾ですから、せいぜい永遠に眠り続けるだけです」
全然安心ではないことを言うリサオラの手には、金色に輝くスナイパーライフルが握りしめられている。彼女の持つ黄金銃が変形したものだ。
『リサオラ、よくやった。次の奴も頼むぜ』
ライフルのスコープから目を離すと、タダクニの
(了解です)
風に吹かれた髪をなびかせながら、リサオラはズボンのポケットから一万円札を取り出す。
ふっ、と息を吹きかけると、万札は光り始め、見る見るうちに形を変えていく。やがて光が収まると彼女の手には一発の銃弾があった。その切っ先には極細の針がついている。
金や美術品といった価値のあるものを様々な力に変換する天使の特殊能力だ。
この能力で大抵の事はできるのだそうだが、代価を支払わなければ協力しないリサオラを、タダクニは見返りを要求するドラえもんと解釈した。身銭を切るのは心臓に釘を打ち込まれるほど痛いが、万が一に備えてリサオラに相手チームを狙撃するように頼んでおいたのだ。
リサオラは最初はよくもそんな卑劣な手を思いつくなと呆れていたが、試合を見て確かに一筋縄ではいかない相手であることを悟り、三〇〇万円という破格の代価も頷けた。
「しかし、これではどっちが外道かわかりませんね」
嘆息しつつ、リサオラは手慣れた動作で次弾をライフルに
「おい、有馬! いくら相手が卑怯な手を使ってきたとしても、こっちが卑怯な手を使っていい理由にはならない。それじゃ奴らと同じだ!」
タダクニをマウンドに呼び寄せるなり、シュウジが怒鳴りつけてきた。
「何甘っちょろいこと言ってんだ。あのな、平気で爆弾投げてくるような連中とどうやってまともに戦えってんだ? 多少のラフプレーは止む無しだ。それともこれ以上怪我人が出てもいいってのか?」
「しかし……」
「正々堂々と戦いたいんならスポーツでやりな。これはスポーツじゃねえ、戦争だ」
「くっ……。し、仕方がない。確かに事情が事情だ。今回だけは目を
「当ったり前だ。あんなチンピラ共に負けやしねえよ」
騒然としている怒外道ベンチを見ながらタダクニは不敵に笑った。
「クソッ! あの野郎、ヒットマンまで雇ってやがるとは!」
安藤麗が忌々しげに吐き捨てる。
「お、おいどーすんだよ? あいつ頭イカレてやがるぞ!」
「心配いらねーよ。次のバッターはボボだ。なあ、監督?」
「ええ、そうですとも、
バッターボックスに向かう巨人を見ながら、ゲドーは不気味に笑った。
「ヘイボーイ。ブラザーノカタキハトルヨ、カクゴスルネ」
「ボボだかトドだか知らねえが、てめえも仲良く後を追わせてやるよ。行くぜ!」
タダクニは先程と同じように人差し指を掲げて合図を送る。
が、そこから先は同じようにはいかなかった。
「ムンっ!!」
「なっ……!? バカなっ!?」
タダクニは一瞬我が目を疑った。
腹の底から出て来たような気合と共に、なんとボボは針を弾き返したのだ。恐らくリサオラもスコープ越しに驚嘆しているであろう。
「ソンナモノハキカナイヨ。サア、カンネンスルネ」
バッターボックスに悠然と立ったまま、ボボは身体をくの字に曲げてバットを構えなおす。
「そう、彼こそ我が怒外道の最強兵器、ボボです!」
いつの間にかゲドーがベンチから立ち上がり、大声で熱く語り始めた。
「天性の素質に加え、効率的なトレーニングで徹底的に体をいじめ抜き、原型すら留めぬ遺伝子レベルのドーピングを与え、そして芸術ともいえる人体改造を施した、まさに科学と野生の融合! ボボこそ私の最高傑作です! フォーっフォフォフォフォ!」
「前半はいいとして後の二つはやべーだろ……くそっ、タイムだ!」
両手でT字を作って審判に告げると、タダクニはシュウジの元に駆け寄り、ナインを集める。
「おい、どうするんだ有馬? 君の卑劣な手が効かない以上は――」
「わかってる。どうにかして奴を潰さねえと」
「いや、そうじゃなくてだな」
タダクニが策を考えていると、そこへリサオラの思念波が届く。
『全く、とんでもないのがいたものですね。で、どうしますか? もっと上のランクの弾を使えば仕留めることはできますよ。勿論、値段は張りますが』
(いや、スナイパーなどという間接的な手段に頼った俺が間違っていた。やはり自らの手であのダニ共を駆除せねば!)
『では、どうするのですか?』
(もう少しで奥の手が届く。それまでは耐えてみせる!)
『そうですか、まあ頑張ってください。では』
全く心のこもらぬエールを送りリサオラは通信を切ろうとすると、タダクニが呼び止める。
(ああ、ちょっと待った)
『まだ何か?』
(さっき救急車で運ばれたのがいただろ。あいつらが病院に着いたらこないだ俺に使った回復弾で治してやってくれねえか?)
『それは構いませんが……私も気にはなっていましたし。ただ……』
(規則で金は払えってんだろ、わぁってるよ。元々あいつらを守るってのも約束だったんだしな、そんくらいはしょうがねえさ)
そのタダクニの言葉にリサオラは面食らったような顔になる。
『……驚きました。お金のことしか頭にないクズだとばかり思っていましたが、意外と義理堅いのですね』
(誰がクズだ! なあに、どうせ試合に勝ったら賞金も手に入るんだ。試合にかかった分くらいは必要経費としてそこからしょっ引けばいいだろ?)
『やはりクズじゃないですか……まあ、そのくらいならいいでしょう。ただし、経費がかかりすぎたり、余った賞金を受け取ったりはできませんからね』
(わかってるって。じゃあ、そっちは頼んだぜ)
通信を終えると、タダクニはナインへと向き直る。
「有馬君、ここは敬遠しよう。まだランナーもいないし」
「僕も
「……そうだな、そうするか」
ナインがそれぞれのポジションへ戻ると、タダクニはキャッチャーボックスから立ち上がる。
「敬遠ですか。まあ当然の策ですが、まだボボを見くびっているようですね」
四球目だった。大きくストライクゾーンから外れた球。手が出せるはずのないコース。
しかし、そこにボボのバットが出てきた。
「なっ!?」
見ると、ボボの腕がまるでゴムのように伸びている。
「フンっ!」
腕の力だけで振った打球は完全に詰まっていたが、それでもセンターの頭を超える大きな当たりだった。
「なんてえ馬鹿力だ……よっぽど頭悪いんだな、あの野郎」
タダクニは驚くというより、むしろ感心したように呟いてボールを目で追う。
大きな放物線を描いた白球は、フェンスがあれば間違いなくホームランだっただろう。
予め深い位置についていたガチホモが懸命にボールを追い掛け、グローブを差し出すもわずかに届かない。
その間に、三メートルの巨体では考えられないほどの俊足で風のようにベースを走り抜け、あっという間に二塁を蹴って三塁へ向かう。
「でかい図体のくせしてなんて速さだ! ガチホモ!」
「承知!」
ガチホモはボールをキャッチすると、全力送球でバックホーム。
「我が内に秘めたる思いを込めてぇっ!! 届けえぇっ!」
弾丸のような返球が一直線にタダクニのキャッチャーミット目掛けて伸びて行く。既にボボは三塁ベースも蹴っていた。
「んなもん込めるなぁッ!!」
怒号を発しながらもタダクニはガッチリと捕球する。同時に、
「これでタッチアウトだ!」
タダクニは万全の態勢でボボを迎え撃つ。が、次の瞬間、体が宙に浮かんだ。
「ぎゃあいや!」
重戦車のようなボボのタックルを真正面からくらい吹っ飛ばされたのだ。タダクニはやがて地面に激突し、キャッチャーミットからボールがこぼれる。
「セ、セーフセーフ!」
しばらく呆気に取られていた審判が慌てて宣告する。
「ヘイボーイ、マダマダネ」
地面に突っ伏したタダクニに吐き捨てると、ボボは悠々と三塁ベンチに向かっていった。
「おい有馬、大丈夫か!?」
「く……くっそー……あの野郎、覚えてろよ」
タダクニはシュウジの手を借り、よろけながらも立ち上がる。全身の骨が砕け散るかと思ったが、やはり身体は薬のおかげで無事らしい。
ボボのランニングホームランで一対二と逆転され、次の打者は『エアロ居合打法』の使い手、
「ボール! ボールスリー!」
「おいおい。目ん玉どこについてんだ、このノーコン」
下品た笑みを浮かべながらシュウジを挑発する毒島。
「くそっ!」
シュウジは必死で投球するも、ボールはまるで磁石のようにホームベースから逸れてしまう。
そして四球目。フォアボールになるかというその時。
「おい、左脇にハチが止まってるぞ」
「なにっ!?」
タダクニのささやきについ、毒島のバットが下がってしまった。そこに上手くボールがコツンとぶつかる。
「しまっ――!」
打球はフラフラと舞い上がり、シュウジのミットにすっぽり収まった。
「ああすまん、俺の勘違いだった」
「くっ……この……」
少しも悪びれた様子もないタダクニに、毒島は歯噛みしながらベンチへと戻る。
続く外下々野の打球はピッチャー正面の弾丸性のライナー。
「死ねやっ!」
「なめるなっ!」
しかしシュウジはあわや顔面直撃のボールを気合で見事にキャッチし、チェンジ。
四回裏。怒外道は一向に目が覚めない
一対二と逆転されたカス中のバッターは先程好守備を見せた八番セカンドの野良犬。
普通に二本足で立って前足でバットを握って構えているが、この試合で数々の常識外れの出来事に遭遇したからか、もはや驚きを顔に出す者は一人もいなかった。
「まさか犬っころ相手に投げる時が来るとはな。俺もとことん落ちぶれたもんだ」
自嘲気味の笑みを浮かべ、外下々野は地を這うような直球をキャッチャー目掛けて投げる。打者が小学生よりも低い身長のため、必然的にストライクゾーンも狭まるのだ。
それを野良犬は逃さなかった。
カキン!
力がなく詰まった当たりだったが、打球はセカンドとセンターの間に落ちるポテンヒットとなった。
「いいぞ、犬!」
「すげえ!」
「ワン! ワン!」
一塁ベンチからの歓声に野良犬も元気良く吠えて応える。
「……意外な伏兵だったな、有馬」
「ああ、あとは
「奥の手? 何だそれは?」
シュウジが
「まあ、来てからのお楽しみってやつだ」
無死一塁の場面からカス中のバッターは石ころの『よあひむ君』。当然の如く三振。
一死一塁でバッターはトップにかえって不死身のヘタレ、マサヒコ。
「お前達に一生忘れられないようなプレーを見せてやる!」
そう言って、マサヒコは前の打席と同様に、バットを空に突き出した。
「また予告ホームランか。飽きもせずによくやるな」
「全く、冗談は顔だけにしろよな」
敵側どころか一塁ベンチからすら味方への野次が飛ぶ。
「けっ、ホラだけはでかいのかっとばしやがる。とっとと消えろ」
「ふっ、俺にも男としての意地がある。今度こそ三度目の正直だ」
ギュッとバットのグリップを引き絞り、マサヒコはマウンドの外下々野を睨み据える。日頃からひたすら不摂生と不細工に磨きをかけているこの男にしては珍しい面構えである。
「さあ、投げな。俺の目に見える範囲全てがストライクゾーンだぜ」
「わけのわからんこと抜かしやがって。失せろッ!」
初球、渾身の力を込めた一四〇キロのストレート。
マサヒコのバットは完全に振り遅れた。が、その間に大きくリードをとっていた犬がなんと盗塁を決めてみせた。
「すごいです! あのワンちゃん!」
「マサヒコよりよっぽど役に立ってるな」
「うるせえ! くそっ、見てろ」
二球目、今度は外角いっぱいに逃げるスライダー。またも空振り。
三球目、小細工無用といわんばかりのど真ん中の直球。
「打ち頃! もらったぁ!」
狙いのコースに球が来たのか、マサヒコは叫びながらバットを振りぬいた。
否、実際には腐りきった選球眼のマサヒコに外下々野の球を見極められるはずもなく、ただがむしゃらにバットを振ったにすぎない。しかし、それが意外にも功を奏した。
バットはボールを捉え――地面に当たって跳ね返った自打球が、マサヒコの股間を直撃した。
「ぎゃいん!」
情けない悲鳴を上げ、マサヒコが股間を抑えてうずくまる。
「確かに忘れられないプレーになったな……悪い意味で」
シュウジがぽつりと呟く。
ファールにはなったものの、色んな意味で再起不能状態となったマサヒコからは既に闘志は掻き消えており、結局三振に終わった。
二死二塁。バッターはシュウジ。
「魔球、デスホーミングレーザー!」
「なにっ!?」
まっすぐ走っていた球をバットで捉える直前で、ボールが急にありえない角度で曲がり、シュウジの右手に襲い掛かる。
「ぐっ!」
ずしんと響く重い衝撃にシュウジの端正な顔が歪む。審判の判定は自打球だった。
「へっ、二者連続自打球とは笑わせてくれるな」
「くっ、きさまぁッ!」
結果、シュウジは空振り三振に倒れ、一対二のまま試合は五回に移る。
「すまない、有馬。これではもう投げられそうにない……」
氷水で冷やしているシュウジの右手の甲は真っ赤に腫れ上がっている。
「しょうがねえよ。とは言ってもどうしたもんかな」
頭を掻きむしりながらタダクニがこれからの作戦を考えていると、ベンチに置いていたタダクニのスマートフォンから軽快なメロディが鳴り出した。
『やあ、有馬。たった今、グラウンドに着いたよ』
「おお、
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