第14話 さわやか草野球デスマッチ! 血戦編④

 三回表。怒外道のバッターは八番ファースト、ハゲの太っちょ仏茶ぶっちゃ

「大丈夫か、山田?」

「うん、少し痛むけど問題ないよー。さあ、頑張ろうー!」

 いつもの温厚な顔で山田は雲母ににっこりと微笑む。

「……ああ!」

 雲母は心の中でそんな山田に感謝し、大きく頷いた。

「でえいっ!」

 大きく振りかぶって投げた初球は外角にわずかに外れたストレート。仏茶はそのボール球に手を出してしまい、ボールはボテボテのセカンドゴロ。

 仏茶は全力で一塁へ巨体を走らせるも、その目に映っているのはベースではなくタダクニのみだった。

「死にさらせーッ!」

 既にボールは一塁に送球されてアウトになっていたが、仏茶は構わずタダクニに猪を思わせる猛烈なラリアットを仕掛ける。

「だから甘いってんだよっ!」

 タダクニはそれをあっさりしゃがんでかわすと、逆に仏茶の足を払う。

「げふっ」

 こかされた仏茶は、猪のような勢いのまま地面と豪快なキスをした。

「いいかクソガキ、こいつは大金がかかった真剣勝負だ。いつまでもお遊戯気分ならとっとと尻尾巻いて逃げな」

 吐き捨てるように言って、タダクニは仏茶を見下ろす。

「ぐっ……くそっ!」

「あの野郎、そうとう場馴れしてやがるぞ」

「ああ、ただもんじゃねえ……」

「あいつ、ウチに欲しいな」

 身内がやられたにもかかわらず怒外道ベンチからは賛辞にも近い感想が漏れる。

「ちっ、何抜かしてやがる。このままじゃ怒外道の名折れだぜ」

「なあに、次の俺の打席で終わらせてやんよ」

 雲母は続くバッター、馬尻を三振に打ち取るも、悲劇はその次の打席で起こった。

「必殺、バキューンッ! バキューンッ! 打法!」

 打順はトップにかえって一番の鬼築きちく。放送禁止用語の罵詈雑言とともに打ったボールが雲母の顔面を目がけて強襲した。

「ぐわっ!」

 強烈なピッチャー返しに雲母は咄嗟とっさにグラブを間に挟もうとするが、既に遅かった。もろに顔面に直撃を受けた雲母は、悲鳴とともにその場に崩れ去る。

「雲母君! くそっ!」

 マウンドにうずくまる雲母を視界に入れながら、シュウジは転がったボールを捌いて一塁に送球するも、鬼築の足の方がわずかに速かった。

「雲母君、大丈夫ー!?」

 慌ててマウンドに駆け寄る山田と坂本だが、雲母からの返事はない。

「き、気絶してる……」

「ど、どうしようー!? 雲母君がいないんじゃ他にピッチャーができる人なんて……」

「僕が投げよう」

 うろたえる山田と坂本の背後から、シュウジの声がかかる。

『え?』

「中学時代はピッチャーをやってた時もある。雲母君のようにはいかないだろうが、あんな卑劣な奴らに引けは取らない!」

 シュウジはキッと怒外道ベンチを睨みつける。

「おーこえーこえー。ちょっと早過ぎたんじゃねえか、ピッチャー殺しの鬼築さんよー!」

「へへへ、ついカッとなっちまってな。反省してまーす!」

「悪い奴だな、お前。ぎゃははははっ!」

 そんな怒外道ナインをよそに、外下々野は監督のドクター・ゲドーに声をかけた。

「おい監督、今日はデスマッチルールでいかないか?」

「デスマッチルール? どうしてです?」

「あいつら、まだまだ遊べそうなんでな。ここで棄権でもされたらつまんねえんだよ」

「ふむ……確かに彼らは実に興味深い。良いサンプルになりそうです。ではあちらと交渉するとしましょうか、フォーっフォフォフォフォフォ!」

 道化師のように薄気味悪い笑い声を上げると、ゲドーはゆっくりとベンチを立ち上がった。


「変則ルール?」

「ええ、そうです。試合に一人でも出ていれば試合中の負傷選手の交代は生きている限り何度でも可能というものです。我々と試合するチームはどういうわけかケガ人が多くてですねえ。それでは試合にならないしケガした選手が可哀相なので、ね。フォフォフォフォ」

「可哀相? ケガ人を引きずり出すため、の間違いじゃないのか?」

「とんでもない! ウチはやんちゃな子が多いだけであくまで紳士なプレーを目指しているんですよ! これは我々からそちらのピッチャーへの謝罪の証と受け取って頂きたい」

 食ってかかるシュウジをゲドーは芝居がかった手振りと口調でひらりとかわす。

「へ、ありがたい話じゃねえか。その申し出、喜んで受けるぜ」

「それはそれは。では……フーォフォフォフォフォ!」

 そう言うと、ゲドーは耳障りな哄笑こうしょうと共に三塁ベンチに戻って行った。

「んじゃ、とっととプレイ再開と行こうか。烏丸、頼むぜ」

「あ、ああ……。だが、二塁はどうする? できれば外野から一人回して欲しいんだが」

「そーだな……おっ、いいところに!」

 タダクニは何かを見つけたのか、グラウンドの入り口を指差した。


 二死一塁。雲母が治療のためベンチに下がったので守備位置を変更する。

 ピッチャーはシュウジ。そして抜けたセカンドには――。

 一匹の黒い野良犬が座っていた。口には安物のソーセージを美味しそうに咥えている。

「……いいのか、有馬? ただの近所の野良犬じゃないか」

「大丈夫だ、あいつならできる。いいか、餌やった分ちゃんと働けよ!」

 タダクニの呼びかけに犬は「ワン!」と元気良く返事をする。

「不安だ……」

 そうぼやきながら、シュウジは打席に入った二番ショートの外藤がいどうを見据えた。

 山田とサインの交換をし、セットポジションに入る。

 そして一球目、またも悲劇が起こった。

「ぐあぁっ!!」

 思わぬ激痛に山田の温厚な顔が歪む。大きく空振りした外藤のバットが、山田の後頭部を直撃したのだ。

「山田君!」

 シュウジが駆け寄るも、山田は顔面にびっしり脂汗あぶらあせを浮かべ、うずくまったままだった。

「貴様ら! どこまでふざけた真似をッ!」

 シュウジは怒りに身を任せて外藤の胸元を掴みかかるのを寸前でどうにか堪えるも、外藤は愉快そうに笑っていた。

「おいおい、つい勢いあまってぶつけちまっただけだって。故意だって証拠があんのかよ」

「何が証拠だ! ふざけるのもいい加減にしろッ!」

「ふざけてんのはそっちだろ。犬を入れるチームがあるかよ」

「なんだとッ!」

「落ちつけよ烏丸。とにかく山田をベンチに運ぶぞ」

 激昂げっこうにかられたシュウジの肩を掴んでタダクニが止めに入る。

「あ、ああ。すまない、有馬……」

 ちらりと山田を見ると、まだ頭を抱えてうずくまっており、とてもプレーを続けられそうにない。その痛ましい姿にシュウジの顔も苦々しいものになる。

 一旦タイムをとり、ナインがベンチに戻るとシュウジはヒカリに声をかけた。

「マネージャー、救急車を呼んでくれないか。この状態じゃ二人とも試合復帰は難しいだろうし、打ちどころも悪い。早く病院に連れていったほうがいい」

「あ、はい! すぐに連絡します」

 シュウジの頼みにヒカリは慌ててバッグからスマートフォンを取り出し電話をかけようとする。

「あー待て待て。救急車呼ぶならあそこにいるのを連れてきた方が早い。この町の消防署じゃ呼んでも来るまで三日はかかるからな」

 そう言ってタダクニが指さすグラウンド前のコンビニには、なぜか救急車がパトライトを点灯させたままアイドリング状態で駐車していた。しかも救急隊員と思しき格好の男が雑誌の立ち読みまでしている。

「きゅ、救急車がサボってる……」

「なんなんだこの町は!?」

「い、行ってきますね」

 坂本とシュウジがドン引きしている中、ヒカリはコンビニへと駆け出した。

「けどピッチャーに続いてキャッチャーもリタイア……どうすんだよ?」

 ベンチの上で横たわっている雲母と山田を見て、マサヒコがぼやく。

 その問いに誰も答えられず、沈黙が一塁ベンチを支配したが、しばらくしてタダクニが決心したように口を開いた。

「よし、俺がキャッチャーをやろう」

「マジかよ!? できんのか?」

「なーに、ボール受けるくらいならできるさ。それに秘策もある。竜胆、俺の代わりに一塁ファーストに入ってくれよ」

「え? うん、それはいいけど、右翼ライトはどうするんだい?」

「安心しろ、それも大丈夫だ」


 二死一塁。バッターは外藤がいどう、ワンストライクからプレーが再開する。

 キャッチャーはタダクニ、ファーストには竜胆が入り、そしてライトには――。

 石ころがぽつんと置いてあった。表面には黒マジックで『よあひむ君』と書かれている。

「頼むぞ、よあひむ君!」

 タダクニがライトを守る石ころに呼び掛けるが、返事はない。ただの石ころのようだ。

「もはや何も言うまい……」

 シュウジはげんなりとした表情でタダクニにサインを送る。サインといっても、シュウジが指示したところにタダクニがミットを動かすという単純なものだ。

「へっ、犬っころの次は石ころか。愉快なチームだな、ええ?」

「まあな。ところでお前ってホモなの?」

「ファッ!?」

「ストラーイク!」

 タダクニの言葉に気を取られ、つい外藤はボールを見逃してしまった。

「てめえ……いきなりなに言ってやがる!」

「いや、さっきからうちのピッチャーをいやらしい目でじろじろ見てたじゃねえか」

「ばっ、勘違いすんじゃねえ! あれはガン飛ばしてたんだ!」

「隠すなよ。男子校じゃよくあるって聞くぜ」

「だから違うっていってんだろうが!」

「ボール来たぜ」

「えっ!?」

 ハッと我に返って外藤は咄嗟とっさにバットを出したが、当てるだけで精一杯だった。

「くそっ!」

 懸命に走るがボールはセカンド正面の勢いのないゴロ。犬が駆け寄ってボールを咥えると、ぷいっと首を振って投げて一塁の竜胆に送球する。

「すごい! ナイスプレーだよ!」

「あいつやるなあ」

「……すげえ」

 竜胆を始め、ナインの口から次々と感嘆の声が出る。スリーアウトチェンジ。

 それと同時に、ヒカリが呼んできた救急車がグラウンドに到着した。

「すまねえな、守るって約束破っちまって。けど安心しな、仇は必ずとってやるからよ」

 二人を乗せて去っていく救急車を眺めながらタダクニは静かに拳を握りしめ、誰に聞こえるでもなくそう呟いた。


 三回裏。バッテリーの負傷というピンチを迎えつつも、どうにか怒外道の攻撃を〇点に抑えたカス中の攻撃は二番、シュウジ。

「さーて、俺もそろそろ本気でいくか」

 外下々野の初球は、ど真ん中の直球。

「なめるなっ!」

 シュウジのバットはボールを完璧に捉えた。が、なぜか打球は飛ばない。

「なにっ!?」

 見ると、ボールが凍ったようにバットにくっついて、というより本当に凍り付いていた。

 氷はそのまま手まで伸びてきたので、シュウジは慌ててバットを放り投げる。ファールラインを超えて飛んで行ったバットは、地面に落ちるなりボールごと粉々に砕け散った。

「あれはっ! 魔球、コールドショット!」

「……一応聞いとくね。あれ何?」

「ボールに絶妙な回転をかけることで周囲の大気を冷やし、相手のバットを凍らせてしまう魔球です! 氷結属性の球を投げられるピッチャーは中々いませんよ!」

 丁寧に原理まで解説するヒカリだったが、彼女の説明でタダクニが分かったのは、あの球を投げるのは物理的に不可能であろうということだけだった。

「何でも知ってんね、君」

「はい! 勉強しましたから!」

 別にほめたわけでもなかったのだが、ヒカリは満面の笑みで返した。

「お次はこいつだ! 魔球、ホットショット!」

 外下々野の放った二球目、今度はさっきの魔球と逆にボールが紅蓮の炎に包まれていた。

「それがどうした!」

 ボールが当たった瞬間、炎が蛇のようにバットに巻きつき、シュウジに襲いかかる。

「ぐっ! うおおっ!」

 しかし、シュウジは体が沸騰ふっとうするような熱さを気合で耐え、そのままバットを振り抜く。

「なにっ!?」

 打球は左中間真っ二つのシングルヒットとなり、一塁ベンチから歓声が上がる。

「ちっ、まあいい。どうせまぐれだ」

 しかし、このシュウジのヒットを口火にカス中の反撃が始まった。

「いつまでも調子こいてんじゃねえ!」

 続く三番のヒロキの打球は地を這うような痛烈なライナーで一塁線ギリギリのフェア。

 ノーアウト二、三塁とチャンスを広めると、四番ガチホモは四球で出塁。

 そして満塁の場面で、タダクニに打席が回ってきた。

「よう大将、随分と調子悪いみたいだな。腹でも壊したか?」

「……軽口が叩けるのもそこまでだ。お前のためにわざわざお膳立てしてやったんだよ。予告してやる、次の一球でお前は死ぬ」

 そう言うと、外下々野はボールを前にぐっと突き出す。

「へっ、やれるもんならやってみろってんだ」

「ここまでもったのはお前らが初めてだ、褒めてやるよ。だが、これで終わりだっ!」

 空気が、変わった。

 外下々野の周りに何か黒いオーラのようなものがまとわりつく。

「必殺、ソウルクラッシャー!!」

 外下々野が全身全霊を込めてボールを投げる。ボールは黒いオーラをまとい、ドリルのように螺旋を描きながらタダクニに向かって突き進む。

「上等っ!」

 タダクニはバッターボックスギリギリまで引き、上半身を仰け反った強引な態勢でボールを待ち構える。

「いただきっ!」

 ジャストミート。が、バットがボールに触れた瞬間、タダクニの体中に凄まじい衝撃と電撃が駆け巡った。

「ぎええええぐええええあああああぁああああああっっっ!?」

 一生分はあったのではないかという絶叫を出し終えると、タダクニはその場にばたりと崩れ落ちた。

『いーーーーーーーーーーっ!?』

 一塁ベンチから一斉に悲鳴が上がる。

 黒焦げになったタダクニの体はピクピクと動いてはいるものの、それはただの反射運動であろう。

「ふっ、バカな奴だ」

 ボールはそのままフラフラと舞い上がり、外下々野のグラブにすっぽりと収まった。

「そ……そんな……まさか……あの魔球は……ソウルクラッシャー!?」

 愕然とした様子のヒカリだったが、誰に言われるまでもなく説明を始める。

「その昔、あまりの破壊力のために歴史から抹消された闇属性の最大奥義……。禍々まがまがしい闇のオーラをまとったあの球に手を出した者は……死にます」

「嘘だろ……」

「くっ……!」

「あ……兄貴……」

 マサヒコやガチホモはおろか、ヒロキさえも顔面蒼白で黒焦げのタダクニを見つめる。

「……う……うーむ……」

 だが、次の瞬間、タダクニの体がむくりと起き上がった。

『え?』

「なっ!? バカな!? あれをくらって生きているはずがない!」

 今度は外下々野が驚愕する番だった。服は黒焦げのままだが、タダクニ自身は傷一つない。

「そうか! マサヒコの時と同じだ! あれは花岳かがくの奇妙な薬物の効果だったのだ!」

「なるほど! 道理でおかしいと思ったんだよな。あんだけひでえ目に遭ったのにもう痛みも全然ねえし」

「全く、なんてデタラメな奴なんだ」

「……ちっ、馬鹿兄貴が」

 ヒロキは舌打ちすると、タダクニを出迎えもせずにさっさとベンチの奥に引っ込んでいったが、その顔はどこか安堵しているようにも見えた。

「なるほどな、花岳のおかげで命拾いしたってわけか。くっ!」

 タダクニはゆっくりと立ちあがると、肩を震わせ両拳を固く握りしめた。

「もっと前にあの薬を飲んでいれば……畜生! ちくしょーッ!!」

 もっと前にミナギルンZZダブルゼータを飲んでいればトラックにねられてもどうにかなったはずだ。それならば、あの天使に金をせびられることもなく今頃は幸せを噛みしめながらのんびりと昼寝でもしていたに違いない。そう思うと、タダクニは悔しさで涙が込み上げてきた。

「なんで悔しがってんだ、あいつ?」

「わからん?」

 結果的にはタダクニはピッチャーフライとなり、その後は二者連続三振でチェンジとなった。

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