第13話 さわやか草野球デスマッチ! 血戦編③

 〇対〇のまま一回が終了し、二回表。

 各ベースを入念に調べ、怒外道の破壊工作で消し飛んだ一塁ベースを敷き直してプレーは再開。怒外道の攻撃は四番センター、身長三メートルの黒人ボボから始まる。

「ありえねえだろ、あれ……」

 いつの間にか怪我はおろか、頭のアフロまで完治したマサヒコが呆然と呟く。

 雲母の眼前には、自分の背丈の倍近くはある大男が狭いバッターボックスに身を置き、腰を目いっぱい屈めてバットを構えている。

「低めギリギリで投げても山田君の頭を超えるくらいの高さだ。ストライクゾーンは広くてもこれではかえってやり辛いな」

「私が集めたデータでは今までの試合での打率はなんと一〇割! しかも全打席ホームランという恐ろしいスラッガーです。要注意ですよ!」

「そんなデータどっから集めたんだ?」

「企業秘密です♪」

 一塁からのタダクニの問いに、ヒカリは人差し指を口に当てて笑って返した。

(まずは一球様子を見よう)

(うん、わかったー)

 雲母は山田のサインに頷くと、ボールの握りを確かめゆっくりと投球モーションに入る。

 初球は真ん中低めギリギリからまっすぐ落ちるフォーク。

「ウリャアっ!!」

 しかし、ボボはその完全なボール球を、まるでゴルフでもやっているかのような豪快なアッパースイングで捉えた。轟音とともにボールはぐんぐんと伸びていき、そのまま宇宙ロケットのように空高くすっ飛んで行った。

「そんなー……」

「な、なんてパワーだ……」

 バッテリーの顔に驚愕きょうがくの色が浮かび、他のメンバーも信じられないような表情で天を仰いだ。

「ひゃはははは、やっぱボボはパねえぜ! ピンポン玉みたいに飛ばしやがる」

「ありゃ月まで飛んでったぞ」

「ド―モ、ド―モ」

 マウンドで片膝をついてうなだれる雲母を尻目に、ボボは片手を高らかに上げてダイヤモンドを一周する。

「雲母君、まだ一点だよー。気を取り直していこうー!」

 山田の声にハッと我に返ると、雲母はこくりと頷いて返す。

 怒外道が先制し、〇対一で次に迎えるバッターは五番ライト、ダサいサングラスをかけた毒島ぶすじま

「そうだ! あの人はアル中の毒島ぶすじまです!」

 突然、ヒカリが思い出したように大声を上げたので、カス中ベンチに一番近い一塁を守っていたタダクニは何となく聞いてみた。

「知ってんのか?」

「はい、彼はボールを百発百中、狙った場所に打てる一〇〇年に一人の天才バッターと称された人です。でも、去年の三冠王がなぜ怒外道なんかに……」

「さあ? 反抗期なんじゃね」

「へへへ……」

 不敵な笑みを浮かべ、バッターボックスに立つ毒島。

「へらへらしやがって、これでもくらえっ!」

 雲母の初球、全身の力を込めたストレートを放り込む。と、そこで信じられないような現象が起きた。

「なっ!?」

 まっすぐ投げ込んだはずのボールはどういうわけかバッターの手前で大きく上にホップし、そのままタダクニのいる一塁へと飛んで行った。

「ボ、ボール!」

 慌てて審判がコールする。

「な……!? ボールが戻ってきた!?」

「あいつ、何しやがったんだ!?」

「お次はなんだ? 超能力者か?」

 ぎょっとしたシュウジやマサヒコとは対照的に、タダクニはうんざりとした調子で転がっていったボールを拾いに行く。

「いえ、あれは恐らく『エアロ居合打法』です!」

 一塁ベンチからヒカリが身を乗り出して答える。

「なんだそりゃ?」

「文字通り目にも止まらぬほどの速さのスイングで突風を巻き起こしてボールを押し戻す打法です。周りからはバットが全然動いていないために審判はストライクコールが取れないんです。私も見るのは初めてです!」

「馬鹿な!? そんな速さでバットを振ったらバットはおろか、腕も燃え尽きるはずだ! 物理的にありえない!!」

 シュウジが常識的な見解で突っ込む。生真面目な性格からか、まだ彼の頭の中はこの状況に馴染めていないらしい。

「凄いのかセコいのかわかんねえな」

 ボールを雲母に送球しながらタダクニが呟く。

「けど、それじゃ絶対に打ち取れねえじゃねえかよ」

「いえ、大丈夫です。雲母君には魔球がありますから!」

「魔球、ね……」

 その単語を聞いて、タダクニの頭にカス中に見学に行った時のことが思い浮かんだ。あの時、雲母は常識では考えられないようなボールを投げていた。

 風原から依頼を受けた時は自力で怒外道と戦うつもりではあったが、確かにあれならどうにかなるかもしれない。

「へへへ。ほら、さっさと投げてこいよ。またボールにしてやるからよ」

 にやにやと下品な笑みを見せる毒島に対し、雲母はふっ、と唇の端を歪めて返した。

「ランナーがいなくて助かったよ。盗塁に気をつける必要がないからな」

「あん?」

「山田、行くぞ!」

「うんー!」

 雲母の呼びかけに山田はキャッチャーミットをどっしりと構える。

「おおおおぁっ!」

 気合と共に、雲母はまるでバレリーナのように上半身を大きく仰け反らせながら左足を振り上げた。そのつま先は高々と天に突き出されている。

「な、なんだ!?」

 雲母から放たれる並々ならぬオーラを感じ取り、毒島の顔に初めて焦りの色が浮かんだ。

「くらえっ! 必殺、ライトニングカタパルト!」

 高々と上げた左足を振り下ろし、上体を仰け反らせた反動を利用する。そして加速をつけた雲母は渾身こんしんの力を込めてキャッチャーミット目掛けて投げ込む。

 一瞬だった。

 雲母の放ったボールは眩い光と共に雷撃のような速さで走る。

「え?」

 ポカンとした表情を浮かべる毒島。

 確かに毒島は『エアロ居合打法』を使った。しかしボールはキャッチャーミットの中でプスプスと焦げた音を出している。

「ス、ストラーイク!」

 我に返った審判がコールする。

「……あれが魔球か?」

「はい! 雲母君の必殺技の一つです。全身の力をフル活用した時速三〇〇キロを超える超剛速球、しかも、あの魔球は電撃属性ですから疾風属性の『エアロ居合打法』を打ち破れます!」

「何そのルール? 野球に属性とかあるのか?」

 少なくともタダクニが知っている野球にはそんな概念など存在しない。

「最近は何でもそうですよ。サッカーは勿論、テニスやゲートボールにもあります」

 『んなアホな』と、心の中でシュウジとヒロキが同時に突っ込んだ。

「行くぞ! くらえ! イナズマドロップ!」

 雲母のボールが光を帯びてイナズマのようにジグザグに揺れながら落ちる。

「くっ!」

 毒島は懸命にバットを振ったが、ボールはその遥か下を通ってキャッチャーミットに吸い込まれた。

「ストライク! バッターアウト!」

 結局、毒島は三球三振に倒れ、次のバッターはピッチャー外下々野。

 真っ向勝負で投げた雲母のストレートを、外下々野は右中間に弾き返し、一死一塁。

「へっ、そんなクソボールでこの俺が打ち取れるかよ」

「なんだとッ!」

「雲母君、落ち着いてー。まだ先は長いよ、ここは辛抱しようー」

「ああ、わかってるよ。魔球は体力の消耗も激しいからな」

 試合はまだ序盤、ここで体力を温存しておかなければこの試合を投げ抜くことはできない。

 雲母は頭を冷やして、次の対戦相手である極悪プロレスラーのような風貌のキャッチャー、安藤麗あんどれを見据える。

 結果は上手く内野ゴロに打ち取り、更にダブルプレーで二回表は一失点でおさえた。


 二回裏。カス中の攻撃は四番センター、ガチホモ。

「まずは一点返していきましょう!」

「一発でかいの頼むぜ、ガチホモ!」

「ふっ、ならば期待に応えてみせよう」

 初球だった。外下々野の投げた高速スライダーをジャストミートし、高々と舞い上がった打球はレフトの上、空の彼方へと吸い込まれていった。

「すごい!」

「やった! ホームランだ!」

「さすがガチホモだぜ!」

(……やるな、ガチさん)

 一塁ベンチから歓声が飛び交う。

「ちっ、少しなめてかかりすぎたか」

 外下々野は舌打ちし、マウンドに唾を吐き捨てる。

 一対一の同点に追いつき、続くバッターはタダクニ。

(そろそろ一人潰すか)

 外下々野はタダクニの頭に狙いを定めて渾身のストレートを投げ込む。

「なにっ!?」

 しかし、その声は外下々野のものだった。

 まるで頭にボールが来るのを予測していたかのようにタダクニは上体を仰け反らせ、おまけに外下々野を目掛けてバットを投げ飛ばしていたのだ。

 投球とほぼ同時に飛んできたが、外下々野は超人的な反射神経で眼前に迫るバットをギリギリのタイミングでしゃがんでかわす。

「あーら、ごめんあそばせ! バットがオイタいたしましたわ。おほほほほ!」

 タダクニは何事もなかったかのようにバットを拾いに行き、すれ違い様に外下々野に憎たらしいほど爽やかな笑顔を見せた。

「てめえ……!」

 それは外下々野を怒らせるのに十分だった。

(クソ野郎が! とっとと三振に仕留めてやる!)

 奥歯を噛みしめ、怒気をエネルギーに変えた外下々野の二球目は外角高めのストレート。

「必殺、ゴールデンクラッシュ!」

 タダクニの振ったバットは一四〇キロの速球にジャストミートし、痛烈なライナーとなってセカンドの股間を急襲した。

「ぎえええええっ!」

 怒外道のセカンド、爬虫類顔の毒島ぶすじまは股間を抑えながら悶絶もんぜつし地面をのたうち回る。

蛇島へびしま! くそっ、あの野郎!」

 外下々野はセカンドの前に転がったボールを自らダッシュで拾いに行く。

「てめぇ、調子にのんじゃねえッ!」

 タダクニの進む先にはハゲで太っちょのファースト仏茶ぶっちゃが待ち構えていた。どこから取り出したのか、その右手には金属製のフォークが握り締められている。

「くたばれやっ!」

 もはやボールなど関係なく、仏茶ぶっちゃがタダクニに向かって凶器を振りかざす。

「甘いっ!」

 言うや、タダクニは口の中をもごもごとさせると緑色の液体を噴き出した。毒霧である。

「ぐわっ!?」

 もろに毒霧が目に入り、仏茶はタダクニを見失ってしまう。その間にタダクニは悠々と一塁ベースを踏む。

「くくく……この程度で外道を名乗るとは、ぬるいな」

 タダクニは口から球状のカプセルを取り出すと、仏茶に向かってほくそ笑む。

 だが、彼の攻撃はこれで終わりではなかった。

 無死一塁。怒外道のセカンドが蛇島からアフロ頭の馬尻ばじりに代わり、バッターは六番、竜胆りんどう

 初球は空振り、そして二球目が投げられたのと同時にタダクニが走った。

「ちっ、なめやがって!」

 キャッチャーの安藤麗あんどれが肩だけでセカンドの馬尻に矢のような送球をする。

「こすっからい手使いやがって! これでもくらえや! 燃えろ!」

 馬尻はボールを受け取ると予め仕込んでいたのか、さっきのお返しと言わんばかりに口から炎を噴き出す。

「甘いってんだよ!」

 しかし、タダクニは眼前に差し迫った炎に怯むことなくスライディングでかわし、すれ違い様にセカンドの馬尻の足を審判に見えないように素早く掴んで引っぱり倒した。

「なっ……ぬわーーっっ!!」

 バランスを崩した馬尻は前のめりになり、自ら吹いた炎を顔に浴びてしまう。

「ふははははは、どーだ、見たか俺の勇姿を!」

 元々焦げているようなアフロ頭を更に景気よく燃やしながら地面を転げ回る馬尻の横でタダクニは二塁を踏むと、一塁ベンチに向かってぐっと親指を立てて見せる。しかしなぜかナインの反応は薄く、ほとんどがドン引きした表情をしていた。

「……どうやら向こうにも少しは骨のある奴がいるようだな」

「へっ、少しは噛みついてこないと弱い者いじめになっちまうからな。潰しがいがあるぜ」

「上等だ、徹底的に潰してやるよ!」

 怒外道ナインの視線が一斉にタダクニに突き刺さる。彼らの怒外道魂に火が点いたのだ。

 しかし、タダクニはそんなことは知らんと言わんばかりに呑気に口笛を吹いていた。

「凄い……怒外道と完全に渡り合ってる」

 ヒカリが感動と驚きが入り混じった表情で呟く。

「あいつ賞金とか絡むとすごいからな。それに、いつも親父さんや爺さんと似たようなことやってるしな」

「そうなんですか?」

「ああ、お互い隙あらば寝首かこうって感じだ。なあ、ヒロキ?」

 マサヒコは後ろのヒロキに話を振ると、「そうっすね」と、一言だけ返ってきた。

「そーいやお前、まだタダクニが部活辞めたこと怒ってんのか?」

「別に……。ただ、あんなのが兄貴だってのがむかつくってだけだ」

 吐き捨てるように言うヒロキに、ガチホモは諭すような口調で話しかけた。

「ヒロキ、家族をそういう風に言うものではない。私の父はゲイで母はレズだった。当然、周囲からの風当たりは厳しかったが、私は決してその事で親を恨んだりはしなかった。むしろ二人から生き方を学んだよ、自分の気持ちに正直に生きるという事をな」

「……じゃあ、お前どうやって出来たんだ?」

「さあ? わからん。だがそんなものは些末さまつな事だ。大事なのは周りではなく自分自身だという事だな。タダクニが部活を辞めたからといって、お前がバスケが出来なくなるわけではあるまい? それにタダクニにもタダクニの生き方がある。弟ならば、それを少しは察してやったらどうだ?」

「……」

 ヒロキは押し黙ったまま、しばらく塁上の兄を見つめていた。

 ようやく火が消えた馬尻はそのままセカンドにつき、竜胆は打球に勢いがない中堅フライに終わった。続く坂本は見逃し三振。あっという間に二死二塁となる。

 そしてバッターは八番キャッチャー、山田。

「うわああああっ!」

 一四〇キロの剛速球が突如カミソリのように鋭く曲がり、山田のヘルメットに激突する。

「山田!」

 ウェイティングサークルにいた雲母が思わず駆け寄る。

「大丈夫か、山田!」

「う……うんー。なんとか……うっ」

「無理するな、しばらく休んでろ。坂本、代走を頼む!」

「あ、ああ!」

 山田を二人でベンチまで運ぶと、直前の打席の坂本が臨時代走として山田の代わりに一塁に出る。二死一、二塁。

「わりいわりい、つい手がすべっちまった」

 言葉とは真逆に外下々野は悪びれた様子も見せずに足下のロージンを拾い、手の中で転がす。

「きさまぁッ!」

 射殺すような視線で雲母は外下々野を睨みつけるが、外下々野は全く動じない。今にも殴りかかりそうな怒りをどうにか抑え、雲母はバッターボックスに入る。

「しまった!」

 初球から思い切り振りにいったが、つい力み過ぎてしまい、高々と打ち上げてしまった。

「けっ、ざまあねえな――あ?」

 サード方向へ落ちるフライを見ながら外下々野は嘲笑を浮かべる。が、すぐにその顔が硬直する。

 三塁を回る手前で何故かタダクニが足を止めていたのだ。そして――。

「あーーーーっ!!」

 グラウンド中に響き渡るような大声をあげながら、タダクニは三塁線を指差す。

「え?」

 ついタダクニの指先につられて、サードの鬼築きちくが後ろを振り向く。が、そこには何もなく、ボールがポテンと地面に落ちる。

「あーーーーっ!?」

「バカが見るってな」

 タダクニはその間に三塁を踏み、坂本と雲母もそれぞれの塁へと進んだ。

「て、てめえ! 小汚ねえマネしやがって! 反則だろうが!」

「今更反則がどうとか何言ってやがる。ひっかかったてめえが間抜けなだけだろうーが」

「んだとコラァッ!」

 サードで言い争う二人を見ながら、外下々野はふっ、と口元を歪めた。

「くっくっく……面白え。あの野郎、必ずぶっ潰してやる」

 しかし、その目は全く笑っていなかった。

 二死満塁。打順はトップにかえってマサヒコ。

「満塁のチャンスだ、死んでもいいから塁に出ろよ。ボールは友達、怖くない!」

「嘘つけっ! 明らかに殺しにかかってるじゃねーか! まあ、安心しろ。さっきの借りはきっちり返してやる!」

 そう言うとマサヒコはバットを空へと突き出した。予告ホームランのポーズだ。

「なんだ? UFOでもいたのか?」

「どーせバントってオチだろ。見え見えだ」

 そんなシュウジとタダクニをよそに、マサヒコは一体どこから出てくるのか自信満々にバットを構える。

「予告ホームランだと? ふざけやがって」

 外下々野の初球は内角高め、打者の胸元を抉り込む鋭いシュート。あわやデッドボールかという球に、マサヒコは思わず腰が引けてしまった。

「へっ、びびってんじゃねー……あ?」

 判定は完全なボール。

しかしマサヒコはバットを放り捨て、当然のように一塁に向かい始める。

「お、おい……」

「当たった! 当たった! ほら!」

 そう言いながら、マサヒコはジャージの胸元をつまんで必死にアピールする。

「どこのグラウンドの詐欺師だよ、お前は」

 タダクニが半眼で突っ込む。

 審判に呼び戻されたマサヒコはその後、ボールにかすりもせずに三振となった。

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