さわやか草野球デスマッチ! 血戦編
第11話 さわやか草野球デスマッチ! 血戦編①
――六月二一日(日)、午前八時五五分。
芝生のグラウンドはかなりの広さと整備が行き届いていることで人気があり、しかも利用料金も安いため、サッカーや草野球、イベント会場として昔から町民に親しまれている。
「……なんだありゃ?」
カス中ユニフォーム姿のタダクニは顔をしかめて三塁側ベンチを見た。
既に全員集合したカス中ナインが各自ウォームアップを行なっていると、試合開始五分前になってようやく怒外道中学のメンバーがやってきたのだが、
知力二五くらいのモヒカンやどう見ても三〇過ぎのヒゲ面をはじめ、三メートルを超える黒人に緑やピンク色の肌をした輩と、個性を通り越して変態の域に突入しているのがわんさか揃っている。
「……なんか中学生どころか人間にすら見えねえ奴もいるんだけどよ」
「ふむ……あの少年、中々良い顔をしている。敵でなければ声をかけたのだが……」
ガチホモは怒外道のベンチに座っている右目に眼帯をした少年を見ながら、じゅるりと
「敵でよかったな、ほんと」
タダクニがぼそりと呟くと、白衣姿の痩せこけた老人がタダクニ達のいる一塁側ベンチへとやってきた。
「どうも、怒外道中学の軟式野球部監督兼保健医をしていますドクター・ゲドーと申します。今日はよろしくお願いします」
意外にも紳士的な振る舞いで、ゲドーはしわだらけの細い右手をタダクニに差し出してきた。
「カス中野球部臨時監督の有馬です。こちらこそ」
何か毒でも塗っているようにも見えなかったので、タダクニも手を出してお互いにがっちりと握手を交わす。
「それはそうと、対戦賞金の一〇〇万円はご用意されてきたでしょうな?」
「一〇〇万? 何の話です?」
傍にいたシュウジが眉をひそめる。
「はて? 先日そちらに送った対戦規約に書いてあったはずですが。試合に負けた方が賞金として一〇〇万円を支払い、試合中に起きた事故やケガはお互いに一切責任を取らない、と」
「わかった、OKだ」
「お、おい、有馬」
「それは良かった!」
「そっちこそ金は持ってきてるんだろうな?」
「勿論ですとも! こちらから提示している以上、用意するのは当然というものです」
言って、ゲドーは白衣のポケットをポンと叩いてみせる。分厚い膨らみと微かに香るお札の匂いからタダクニはそれが本物だと見抜いたが、渡す気などさらさらないといった態度だ。
「それでは、お互い良いゲームをしましょう。フォフォフォフォフォ」
ゲドーは不気味な笑い声を上げながらどこか頼りない足取りで三塁ベンチへと戻っていった。
「おい、有馬! あんな約束をしてしまっていいのか?」
「いいんだよ、そっちの方が好都合だ。それに要は勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ」
「それはそうだが……」
「そういや、怒外道のピッチャーってのはどいつだ?」
タダクニが尋ねると、ヒカリは先程ガチホモがマークしていた眼帯の少年を指差した。
「あの人です」
「あの眼帯した勘違い野郎が?」
「彼は
「全国優勝校のエース? なんだってそんな奴が掃き溜めの大将なんてやってんだ?」
「私も噂でしか知らないんですが――」
普通に話しても三塁ベンチまでは聞こえないのだが、そこでヒカリは声を潜めた。
「何でも去年優勝した後に暴力事件を起こして野球部を追いだされて、それで怒外道に転校したそうです。怒外道でも野球を続けていたみたいですけど、当時の正々堂々としたピッチングとは程遠い反則行為ばかりで、今ではスピッター外下々野と恐れられています」
「スピッタ―?」
初めて聞く単語にマサヒコがオウム返しに聞く。
「簡単に言えば不正球を投げる人のことです。ボールに傷をつけたり、唾や泥を塗ったり。そうやって、ちょっと細工しただけでボールに不自然な回転が加わって凄く曲がるんです」
「なるほど。しかし、そのような球は普通すぐ審判に見抜かれるのではないか? 球もずっと同じものを使うわけでもあるまい」
「はい、普通はそうなんですが……不正球は故意かどうかの見極めが難しいんです。試合中にボールに傷がついたり汚れたりするのはよくある事ですからね」
「ああ、確かに偶然ついたって言っちまえば、それまでだもんな」
マサヒコが合点がいったとばかりに大きく頷く。
「審判の人達も、下手に何か言えば後で怒外道に何をされるかわかりませんから強く言うこともできませんし、そもそも、公式戦には出ないチームですから……」
「なーに、そんくらいの小細工は想定済みよ。よし、そんじゃ早速ミーティングだ」
パンッと景気よく手を合わせると、タダクニはナインをベンチに集合させた。
「じゃ、オーダーを発表するぞ。まずトップバッターはマサヒコ、ポジションはレフトだ」
「お、俺が一番かよ?」
「お前の逃げ足の速さを買ったんだ。死球でもデッドボールでもいいからとにかく塁に出ろよ」
「それどっちも同じじゃねえかよ!」
マサヒコをこのポジションに配置したのにはちゃんとした理由が他にもある。
普通の草野球レベルなら大抵は右打者で、流し打ちができるようなバッターもほとんどいないため一番下手な選手をボールが来にくい
チームに左打者や右方向へ流せる右打者が増えれば当然ライトへボールが飛んでくる回数は多くなり、逆に反対側を守る
怒外道も見た目からして普通ではないうえに恐らく強打者揃いだろう。
そうなるとライトにはそれなりの技術が求められるのだが、貧弱な坊やのマサヒコに三塁まで投げれるような
よって、最も守備の負担が少ないレフトに配置し、さらに相手の様子見のための生贄としてトップバッターに据えたのだ。
「次、二番セカンド、烏丸」
「ああ、任せてくれ」
「三番サード、ヒロキ」
ヒロキは返事の代わりに無言でピクリと眉を上げた。
「四番センター、ガチホモ」
「ほう、私が四番か。大任だな」
「一発でかいの頼むぜ」
「ふっ、
「愛人と書いて『とも』と呼ぶのは止めろ。次、五番ファーストは俺。で、六番ライトが
「うん、ベストを尽くすよ」
「ベストを尽くすだ? そりゃ負け犬の吐く台詞だ! 負け犬はとっとと失せろッ!」
まるでチンピラのようにマサヒコは竜胆の襟元に掴みかかる。
「え? ええっ!?」
「おいおい。みっともねえマネすんなよな」
タダクニは面倒そうに頭をかいて、竜胆からマサヒコをひっぺがす。
「すまねえな、竜胆。劣等感からくる心の病気なんだ。許してやってくれ」
「びょ、病気なの?」
「ああ、嫉妬病っていう生まれつきの不治の病でな。自分以外の全てを憎まずにはいられねえんだ」
「そうなんだ……かわいそうに」
「てめえ、そんな目で俺を見るんじゃねえッ!」
「ガチホモ、黙らせろ」
タダクニはパチンと指を鳴らすと、ガチホモは小さく頷いてマサヒコの口を塞いだ。
「もがもが……」
「さて、アホが黙ったところで続きだ。七番ショート、坂本。八番キャッチャー、山田。そして九番ピッチャー
『はい!』
「よーし、それじゃあ円陣組むぞ」
タダクニの号令と共に、ナインは肩を寄せ合う。
「いいか! 相手は虎かもしれねえが俺達は兎じゃねえ、熊だ! 弱気を見せるな、強気で行け! 狩られるんじゃねえ、逆に狩り尽くしてやれ! いいな!」
『オーっ!』
こうして、後に『史上最低の試合』と審判達に語り継がれる事になるゲームの幕が切って落とされた。
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