第10話 さわやか草野球デスマッチ! 集結編④

「じゃあ審判を買収するってのはどうだ?」

「バカ言え、そんなもったいないことできるか。必要になったら脅せばいいだけだろ」

「ならいっそプロでも雇おうぜ。三打数五安打、バントでホームラン打てるくらいの大スラッガーをよ」

「んな奴メジャーにもいねえよ。ま、確かに練習する時間もほとんどねえから即戦力が欲しいとこだけどな」

 学校へ戻る間、タダクニ達は怒外道と戦うための策を練っていた。

「では、女子ソフト部の毒都主ぶすとす先輩はどうだ? あの御仁なら十分過ぎる戦力になると思うが」

「ああ、あのアジャコングの亜種みてえな人か。けど、今は海外遠征中じゃなかったか?」

「なーに、残りの面子はどうにかして学校で探すさ。アテはないこともないしな。それより、今回はどうやら『三賢者』に知恵を借りにいく必要がありそうだ」

「げ、そこまでやるのか?」

「うむ。確かに件の怒外道とやら、一筋縄ではいかぬ相手と見た。万全の備えが必要だろう」

「マジかよ……。あいつんとこ行くと大抵ロクな目に遭わねえんだよな……」

 過去の嫌な出来事を思い出したのか、マサヒコはげっとした顔で頭を抱える。

 熊風高校には『三賢者』と呼ばれる三人の生徒が存在する。

 一人は、天才的な頭脳で数々の画期的な発明を生み出してきた若き発明家。

 一人は、家に行けばレンタルビデオ屋に行く必要はないとされる重度の映画マニア。

 一人は、古今東西あらゆるアダルトグッズを所持し、その筋からは神として崇められている。

 その一人が、C棟四階の一室に住んでいた。

 C棟は調理室や音楽室があることから主に家庭科部や吹奏楽部といった文化系の部室棟となっているが、中でも四階は『黒魔術研究会』やら『交霊術同好会』などの怪しげな表札が立ち並んでおり、生徒の間では『魔界』と恐れられていた。

 そんなC棟四階の廊下をタダクニ達が歩いていると、突如、ある教室から耳をつんざくような爆発音と共にドアやらガラスの破片やらがシャワーのように飛んできた。その教室のプレートには『科学部』と書かれてある。

 さして驚いた様子も見せずタダクニ達が教室に目を向けると、やがて、黒煙と共に一人の女子生徒が出てきた。

「よう花岳かがく、相変わらず派手にやってんな」

「けほっ! けほっ! ん? やあ有馬、どうしたんだい?」

 ススだらけのメガネをかけたその少女は、所々跳ねた癖っ毛のあるショートカットの黒髪、制服の上にススで汚れた白衣を纏っており、切れ長の目はどこか大人びた印象がある。

 花岳かがくマキナ。科学部部長にして若き天才発明家、『三賢者』の一人である。

「今日はちょいと頼みがあってきたんだよ」

「僕に頼み? まあいい、とりあえず中に入ってくれ。お茶くらいは出そう」

 マキナは白衣を軽くはたいてススを落とすと、タダクニ達を教室の中へと招いた。

 何の実験をしていたのかは定かではないが、窓ガラスは全て割れ、室内は黒い煙で充満していた。この教室は表向きは科学部の部室となっているが、実際は様々な発明や知名度で学校に貢献している見返りとして学校側がマキナのために特別に用意したもので、部員も現在彼女一人しかいない。

 タダクニ達がマキナと出会ったのは高校に入ってからだったが、変わり者同士だからかいつの間にか意気投合して、こうして時々部室に遊びに来る事があった。

 部屋には冷蔵庫、テレビ、シャワールームなど完備されており、ここで暮らしていけるだけの物は一通り揃っていた(どういうわけかそれらの備品は無傷だった)。部屋の隅には発明品の成れの果てなのか、ガラクタの山が築かれている。

 マキナはススけたメガネを外してスチール製の角テーブルの上にぞんざいに放ると、壁にある何かのスイッチを押す。すると、天井の通気口が作動して勢い良く室内の煙を吸い取っていった。

「あれ、お前メガネなんてかけてたっけ?」

「ああ、これは伊達だよ。その方が『っぽい』だろう?」

「そんなもんか? ああ、そういや昨日初めてお前以外に一人称が『僕』の奴に会ったぜ」

「へえ、それは珍しいね」

 愉快そうに笑いながら、マキナは冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出す。

 マキナの一人称が『僕』である理由は ただ気に入っているからという至極単純なものだった。彼女曰く、英語で言えば『僕』だろうと『俺』だろうと全部『I』なのだから好きなものを使えばいいだろう、とのことだ。

「そう言えば、本望ほんもうも一人称は『私』だったね」

「うむ、私は幼少の頃より道場の跡取りとして武術以外に礼儀や言葉遣いも教育されてきたからな。もっとも、今更変えるつもりもないが」

「それでいいさ。周りを気にしていちいち自分を変える必要なんてないよ」

 マキナは棚からビーカーを三つ取り出すと、テーブルの上に置いてお茶を注いでいく。

「サンキュー」

 三人はビーカーを手に取ると、早速口をつける。喉が乾いていたのか、三人とも一気に飲み干してしまった。

「ん? こりゃなんだ?」

 マサヒコは空のビーカー片手に、ガラクタの山からエアコンのリモコンのようなものを拾い上げた。

「ああ、それは童貞どうてい探知機だよ。童貞特有の悲惨なオーラを感知して数字化するんだ。前に依頼されて作ったんだが、どういうわけか依頼主に返されてね。そのままそこに放置したんだ」

「そんな恐ろしいものを……マジかよ?」

「勿論だとも。ちょっと貸してくれたまえ。この赤いボタンを対象に向けて押すだけだ」

 マキナはマサヒコからリモコンを受け取ると、マサヒコに向かってボタンを押す。

「すごい! 三〇一dtドウテイもある!」

 ピーッという電子音が鳴り、マキナはリモコンの画面を見ると驚きの声を上げた。

「なんだその不快な単位は?」

「童貞のまま寿命で生涯を終えた場合を一〇〇dtドウテイとするんだ。だが森川の場合はその数値が三〇一もある」

「つまり……どういうことだってばよ?」

 まるで判決を待つ被告のような心境で、マサヒコはごくりと喉を鳴らす。

「つまり、今回を含めて少なくともあと三回は人生を送らないと君は童貞を卒業できないということになるね」

「NOOOOOOOOOO!!」

 科学者らしく淡々としたマキナの死刑宣告に、マサヒコの絶叫が室内に響き渡る。

「いいじゃねえか、来々々世には卒業できんだから。まあ、そん時人間とは限らねえけどよ」

「やかましいッ! なんだこんなもんッ! この! この!」

 マキナからリモコンを奪い取ると、マサヒコはそれを地面に叩きつけ、怒りに身を任せて踏み潰した。

「あーあ、壊しちゃった。ん? またゲームが増えたな。何か貸してくれよ」

 タダクニは何気なくテレビの横のゲームソフトがずらりと陳列された棚を見てマキナに言った。恐らくここにあるだけで三〇〇本以上はあるだろう。テレビの下の台には初代ファミコンからPS4、見たこともない機種まであらゆるゲーム機が揃っている。

「ああ、いいとも。そうそう、面白いクソゲーがいくつか手に入ったばかりなんだ」

「勘弁してくれよ。こないだ借りた野球ゲームなんか、キャッチャーがセンターまでボール取りに行くし審判とバッターがピッチャーに背を向けてたぞ。あんなののどこが――」

「何を言う! クソゲーは文化、宝だぞ!」

 しまった、とタダクニが思った時には既に遅かった。

「確かにクソゲーはつまらない。だが、つまらなさも度を過ぎれば極上の美酒となるんだ。大体、他人が面白いと言ったものにしか手を出さないのがゲーマーと言えるか? 否! 時間やお金は理由にはならない。好きなことに時間とお金を使うのが趣味じゃないのか? しかも、近頃のゲーマーはプレイ動画だけ見て自らプレイする事すらしなくなった。これではもはやゲーマーとは言えない、単なる(中略)。そうだろう? 有馬!」

「……そ、そうっすね。ごもっともなご意見で……」

 長々と熱弁を振るうマキナに圧され、タダクニは首を縦に振るしかなかった。この少女のクソゲーに対する並々ならぬ情熱をすっかり忘れていたのだ。

「分かってもらえて嬉しいよ。じゃあ、これなんかどうだい?」

 満面の笑みを浮かべたマキナは棚からソフトを一つ取り出すと、タダクニに手渡した。

「えーと、タイトルは『ときめき☆不整脈ふせいみゃく』? レビューの紙もあるな。『ギャルゲーなのに攻略キャラの平均年齢が六二歳という異色作。学園物で主人公の学校が男子校という設定も理解に苦しむ。ヒロインの絵が全員浮世絵うきよえというのはスタッフの悪ふざけか? バイトで金を貯めて顔を整形しないと好感度が全く上がらないシステムはリアルでへこむ』……こりゃひでえな」

 パッケージの裏には『余命いのち短し恋せよ乙女!』というキャッチコピーが書いてあるが全く笑えない。

「冗談なのか本気なのかわからないところがぞくぞくするだろう?」

「こんなののどこに需要があるんだ?」

「まだ分かってないようだね、有馬」

 不機嫌そうにマキナは唇を尖らせる。

「さあ楽しませろ、というスタンスでゲームをやること自体が間違っている。遊びというのは与えられるものじゃなく自分で見つけるものだ。工夫次第でつまらないものも面白くなるのさ」

「その通り! 非エロの中にエロを求めてこそ真のエロリスト! 一八禁など邪道だ! 女将軍にはブレイコウ、あぶない水着も良かった!」

 共感するものがあったのか、横から意味不明なことを熱く語り出すマサヒコ。

「……ご高説ありがたいが、そろそろ本題に入ろうか」

 そんなマサヒコを半眼で見やり、タダクニはここに来た目的をマキナに話し始めた。

「ふむ、そういうことならちょうどいいものがあるよ。まだ試作の段階なんだがね」

 そう言って、マキナは冷蔵庫から一本の試験管を取り出した。

「究極の栄養ドリンク、その名もミナギルンZZダブルゼータだ。これを飲めば身体能力が大幅に向上するよ。元々は名前は言えないけど、あるスポーツ選手に依頼されたものでね。薬物反応も出ないし、パワーアップアイテムとしてはかなりお手軽だよ」

「……ほんとかよ?」

 マサヒコは露骨に疑わしげな目でその試験管を見る。中の液体はまさに毒、といったくらいに毒々しい赤紫色をしていた。

「ど、どうする、タダクニ?」

「ものは試しだ。飲んでみようぜ」

「ふむ、これも一興、か」

「まあ、楽にパワーアップできるってんなら言うことねえしな」

 三人は先程の空のビーカーにミナギルンZZダブルゼータを均等に分けて注いだ。

「じゃあ、いくぞ。せーのっ!」

 タダクニの合図と共に、三人は一息に飲み干す。

『ぶほぉっ!』

 瞬間、全身を凄まじい電流が貫いたような衝撃が三人を襲った。そのまま力尽きたように三人はばたりと床に崩れ落ちた。

「……科学ノ進歩ニハ犠牲ガ付キモノデース」

『ごまかすなッ!!』

 がばっと起き上がり、三人は同時に叫んだ。


「あー、くそ、ひでえ目にあった」 

「やはり楽して強くはなれんということか。罰が当たったな」

 廊下の手洗い場でうがいをしながら愚痴をこぼすマサヒコに、隣のガチホモが苦笑する。

「――で、――してほしいんだ。できるか?」

 一足先に口直しを終えたタダクニはマキナと話を進めていた。

「可能ではあるけど、部品は外注がいちゅうになるから少しばかり時間はかかるよ」

「そこを何とか明後日までに頼むよ」

「……まあ、他ならぬ君の頼みだ。何とかやってみよう」

「悪いな、助かる」

 話が終わると、タダクニは廊下のマサヒコとガチホモに声をかけた。

「おーい、帰るぞ」

「あれ、もういいのか?」

「ああ、次はメンバー集めだ。じゃあな、花岳」

 そうして、タダクニ達は部室を後にした。

「やれやれ、科学者の苦労も知らないで。さて、それじゃあ早速取り掛かるとするか――!」

 タダクニ達の背中を見送り、大きく伸びをしながら部室に戻ろうとすると、いつの間にか教頭(非常に規律に厳しいことで有名)が背後に立っていた。険しい表情で四角フレームのメガネを光らせている。

「花岳君、事情を説明してもらおうか?」

「今少し時間と予算を頂ければ……」

「弁解は罪悪と知りたまえ。ガラス代はあとできっちり請求させてもらうよ。ああ、それと始末書も書いてもらおうか」

 機械音声のように事務的に告げると、教頭は踵を返して階段を下りて行く。

 しんと静まり返った廊下で、マキナは一人がっくりとうなだれた。


「そういうことなら喜んで協力するよ」

 熊風サッカー部のエース、竜胆りんどう=グラッドストン=トモヤは事情を聞くと、こころよく助っ人を承諾してくれた。

 彼はタダクニのクラスメイトでイギリス人と日本人のハーフである。ハンサムで頭が良くてスポーツ万能、その上人当たりも良く表裏のない性格と非の打ちどころのない金髪碧眼の美少年で、女子からの人気は当然高いが、マサヒコを始めモテない男衆からは激しく妬まれている。

 竜胆りんどうとは二年に上がってからの付き合いでまだ日が浅いが、その人徳からタダクニも彼には全幅の信頼を置いていた。

「じゃあ本番はよろしく頼むぜ、竜胆」

「うん。じゃあまたね」

 言葉を交わし終えると、竜胆はグラウンドに戻っていった。

「いやーしかし、顔も良い、頭も良い、性格も良い、おまけにサッカー部のエースで金髪碧眼ときた。少女マンガなら主役張れるな、あいつ」

「うむ、思わずよだれが出てしまうほどだ」

 獲物を狙うたかのような瞳で竜胆を見つめ、口元をぬぐうガチホモ。

『キャーっ!』

 その時、グラウンドの隅で何人もの女子の黄色い歓声が沸き起こる。竜胆のファンクラブのメンバー達だ。どうやら竜胆がシュートを決めたらしい。

「けっ、なにが『キャーっ!』だ。あのくらい俺だってできらあ」

「はいはい、んじゃ次行くぞ」

 嫉妬のオーラを惜しげもなく晒すマサヒコを適当にあしらい、タダクニは次の目的地へと足を進めた。


「了解した。僕も手伝おう」

 もう一人のアテは熊風高校生徒会室にいた。

 熊風高校風紀委員兼生徒会副会長である烏丸からすまシュウジも事情を話すと二つ返事で承諾してくれた。堅物で無駄に正義感のある彼なら協力してくれるだろうと踏んだのだが、予想は見事に的中した。

「僕も中学時代は野球部だった。そんな球児の風上にも置けない連中の横暴を見過ごすわけにはいかない」

「すまえねえな、烏丸。助かる」

「言っておくが、うやむやにはなったが君との決着はまだついていない。その事を忘れるなよ」

「ああ、わかってるさ」

 鋭い目つきで釘を刺してくるシュウジに、タダクニは「三秒ぐらいはな」と心の中で呟いた。うやむやにする気満々である。

 とにもかくにも、こうして怒外道と戦う九人の侍もとい、野球戦士が揃ったのだった。

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