第9話 さわやか草野球デスマッチ! 集結編③

 放課後、タダクニは詳しい話を聞くために暇なマサヒコとガチホモを連れて粕駄かすだ第一中学校(通称カス中)へ向かった。

 カス中は熊風くまかぜ高校から徒歩で二〇分ほどの場所にある公立中学校で、タダクニ達の母校でもあり、タダクニの弟のヒロキもここに通っている。

「うむ、懐かしいな」

「中学卒業して以来だもんな、全然変わってねえや」

 校門から見えるグラウンドを眺めると、サッカー部や陸上部がそれぞれの部活に熱心に打ち込んでいる。しかし、問題の野球部の姿はここからは見えなかった。

「もうそろそろ待ち合わせの時間なんだが……お!」

 タダクニがポケットからスマートフォンを取り出して時間を確認しようとすると、ちょうどグラウンドの向こうからとてとてと赤いジャージ姿の少女が駆け寄ってきた。

「すいませーん!」

「えーと、君が風原かざはらの妹さん?」

「はい、野球部マネージャーの風原ヒカリといいます。兄がいつもお世話になっています」

 ヒカリは礼儀正しく頭を下げると、後ろで二つに結ったおさげの黒髪が垂れた。

 素朴で清純そうで、いかにもスポ根マンガに出てきそうな女子マネージャーといった印象だった。これでヤカンを持って隣に熱血教師でもいれば完璧だろう。

「それじゃあ、練習場所まで案内しますね」

 そうして、ヒカリの後についてタダクニ達は校内へと足を踏み入れた。

 グラウンドまで歩くと、隅の方で野球のユニフォーム姿の男子が練習しているのが見えたが、その数はたったの三人しかいなかった。

「随分少ねえんだな。他の部員はどうしたんだ?」

「えっと、本当はもっとたくさんいるんですけど、怒外道から試合の申し込みが来てから練習に来なくなったり辞めてしまったりで……。レギュラーも何人かが誰かに襲われて入院してしまって、監督も逃げてしまって、残ったのはここにいる私達だけです……」

 言い終わると、ヒカリはうつむいて塞ぎこんでしまう。

「なーに、心配すんな。俺がなんとかしてやるよ。そのためにここに来たんだからな」

「……はい、ありがとうございます」

「おう。さて、と」

 タダクニは改めて練習している三人を見た。

「あの三人は全員レギュラーなのか?」

「あ、はい。ショートの坂本さかもと君とキャッチャーの山田やまだ君、そしてあそこで今投げているのがウチのエースの雲母きらら君です」

 そう言ってヒカリが指差したのは、マウンド上で投球練習している男子だった。

「行くぞ、山田!」

「いいよー!」

 互いに声を掛け合うと、雲母きららは大きく振りかぶる。

「カイザーエンペラーバーニングボール!」

 雲母がそう叫ぶと、まるで背後に燃え盛る魔人でも立っているような気迫、というより本当に魔人が現われた。

『はぁっ!?』

 その光景を見て、タダクニ達は唖然とした。

 渾身の力を込めて投げたボールは、周りに炎を渦巻かせながら一直線にキャッチャーミットへと吸い込まれる。

「雲母君、いい球走ってるよー!」

 キャッチャーが笑顔でぷすぷすと焦げたボールを返球する。走るどころか燃えていた。

「何、この……何?」

「あれはカイザーエンペラーバーニングボール、雲母君の必殺技の一つです。彼が全力投球する際に全身から溢れ出るオーラは、周囲の人にあたかも炎の魔人が背後に現れたかのような錯覚を見せるんです」

「いや、錯覚というかあきらかに実物出ちゃってるんだが……」

 ヒカリは得意げに説明するもタダクニにはさっぱり分からず、唯一理解できるのはカイザーとエンペラーはどっちも同じではないのかということだけだ。

 タダクニが日頃見ているプロ野球でもあんな球を放れるピッチャーはいない。例えるならサザエさんの世界にいきなりゴジラが迷い込んできたような、そんな感覚だった。

「驚いた……よもやあの歳で闘霊アバターを宿せる者がいようとはな」

「え、なに? ちょっ、ごめん。お前あれ知ってんの?」

「うむ。あれは闘霊アバターといってな。武を極めた者の闘気が具現化した、いわば守護霊のようなものだ。このようにな! むん!」

 ガチホモが気合を入れると、彼の背後に仁王像のような筋骨隆々とした半裸のマッチョが背後霊の如く突如として出現した。

「……お前、そういう設定あったの?」

「しかし、世の中広しとはいえ闘霊アバター顕現けんげんできる者はそうはいないのだが」

「はい、中学球界でも闘霊アバターが出せる選手は一〇人もいませんからね」

「彼もあの若さで想像できぬ程の修行を積んだのだろうな。いや、見事としか言い様がない」

「……あんなスタンドだかペルソナだか出せるようなら大丈夫じゃねえのか?」

「とんでもない! 確かに雲母君は県内でもトップクラスのピッチャーですけど、全国には雲母君に引けをとらない選手がごろごろいますし、それに怒外道には去年全国大会で優勝したピッチャーがいるんですよ!」

「ご、ごろごろ?」

 戦う前からバトル漫画並みにどんどん上昇していくインフレっぷりにタダクニは目眩めまいがしてきた。

「あ、まだみんなの紹介をしてませんでしたね。おーい、みんなー! 集合ー!」

 ヒカリが大声で呼びかけると、三人はぴたりと練習を止めて駆け寄ってくる。

「ちわっす! 三年の雲母きららです。ピッチャーやってます! 話は風原から聞きました、よろしくお願いしまっす!」

 帽子を脱いで元気よく挨拶をしてきたのは先程信じられないような球を投げた男子だ。良く日に焼けていて、いかにも熱血少年というような顔つきをしている。

「お、同じく三年の坂本です! ポ、ポジションはショートです!」

 緊張しているのか、裏返った声で童顔の坊主頭がぎくしゃくした動きでお辞儀をする。

「二人と同じで三年の山田ですー。あ、ポジションはキャッチャーですー」

 山田と名乗った少しぽっちゃりとした体格の少年は、見た目通りのんびりとした口調で挨拶した。

「有馬さん、俺、悔しいんです。みんな全国目指して毎日一生懸命練習してきたのに、あんな連中のせいでメチャクチャにされて……。お願いします、どうか俺達に力を貸してください!」

「……ああ、任せろ!」

 正直まだ困惑気味だったが、目に涙をためてすがるような顔の雲母を見ると、タダクニは大きく頷いてみせた。

 それは頼られたから虚勢を張ったわけではない。タダクニには自信があったのだ。

 確かに色々と想定以上ではあったものの、、と。

「じゃあ、早速対策を練りたいとこだが……とりあえずあと三人助っ人を集めねえとな」

「三人? 五人じゃねえのか?」

「ああ、お前らも助っ人に入ってるからな」

 タダクニはさも当然の事のようにしれっと言った。

「はあ!? 冗談だろ!? ガチホモはともかく、なんで俺まで!」

「心配すんなって、お前はただの数合わせだから」

「それはそれでムカつくな、おい!」

「あ、助っ人なら一人頼んだ人がいますよー」

 山田が思い出したように口を開いた。

「クラスの友達で、有馬ありま君って言うんですー。バスケ部なんですけど、すごく運動神経が良くて何でもできるんですよー。今県大会の練習で忙しいのに事情を話したら引き受けてくれてー」

「有馬? って、まさか――」

 その時、タダクニの背後から怒気のこもった声が飛んできた。

「なんでてめえがここにいるんだよ!」

 振り向くと、バックネット越しにヒロキが睨みつけるような目で立っていた。

「あ、ヒロキ君。この人たちにも今度の野球の助っ人を頼んだんだよー」

「なんだと? こんな奴に助っ人なんか頼むんじゃねえよ! おい、とっとと帰れよな!」

「バカかお前? 人数足りねえから助っ人頼まれたんじゃねえか。大体お前県大会の練習あるんじゃねえのか?」

「てめえにゃ関係ねえだろ! とにかく助っ人は俺一人で十分だ!」

「四人でどうやって野球やるんだよ。それにどうせただ打ちゃいいとしか思ってなくて、作戦なんて何も考えてねえんだろ?」

「……ちっ、勝手にしろ!」

 嫌悪と怒りを剥きだしにしてタダクニに食ってかかるヒロキだが、図星をつかれたのか、苛立たしげに舌打ちすると足早と校門の方へと消えていった。

「ったく、あんなんでよく友達がいるな」

「あのう、仲、悪いんですか?」

 ヒカリがおずおずと訊ねてくるも、タダクニは笑って答えた。

「ああ、気にすんなよ。男兄弟なんてどこもこんなもんだ。しかし、ヒロキが加わったのはラッキーだったな」

「ま、あいつ、口も態度も悪いけど腕は確かだからな」

「うむ、これで残るはあと二人か」

「あー! 有馬さんてヒロキ君のお兄さんだったんだー!」

 ワンテンポ遅れて気付いたのか、山田が驚いたように口を開くと、それを聞いたタダクニ達は思わず噴き出してしまった。


「――よし、こんなもんか。そんじゃあ今日はこれで帰るわ。また何かあったら連絡してくれ」

「あ、はい。わかりました」

 試合の場所や開始時間、カス中野球部の現状といった一通りの情報を集めると、タダクニ達は一旦学校へ戻ることにした。

「あ、そうだー。ヒカリちゃん、後で清水しみず君と高橋たかはし君のお見舞いに行くんだけど、持っていくのはメロンとかでいいかなー?」

「あ、ダメよ。清水君はメロンアレルギーだから。あと、二人ともイチゴが好きだから持っていくのならそっちの方がいいわよ」

「へえ、そうなんだー。うん、わかったよー」

 満足そうに頷いて、山田は練習へと戻っていった。

「へえ、良く知ってんだな」

「はい! 部員の事ならプレースタイルや能力は勿論、誕生日、住所から弱み、性癖に至るまでばっちり把握しています!」

「そ、そうなんだ……凄いな……」

「いえ! マネージャーとして当然です!」

 ぐっと両の拳を握り、自信たっぷりに語るヒカリ。

 清純派女子マネに似つかわしくない物騒な単語が最後の方で聞こえた気がするが、タダクニは気のせいだろうということにした。

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