第8話 さわやか草野球デスマッチ! 集結編②

朝のホームルーム前の教室。

「俺、なーんか納得いかねえことがあるんだよな」

 タダクニ達幼馴染の四人が雑談に興じていると、マサヒコが難しい、しかし不細工な顔で言ってきた。

「どうした? 顔と頭のことならもう諦めた方がいいぞ」

「ちげーよ! いや、何かスローモーション映像が出てきたら全部マトリックスだって言う奴いるけど、マトリックスだって色々パクってんだし、なら一番最初に使ったやつを取り上げるべきじゃねえか?」

「単に知名度の問題だろ。『貞子さだこ』って聞いたらロン毛の性悪女しょうわるおんなしか思い浮かばねえだろ? それと同じだ。マトリックス=スローモーションってイメージになってんだよ」

「うむ、『新宿二丁目』『カストロ通り』と聞くとゲイを思い浮かべるのと同じだな」

「それは全く違うと思うけど……。でも、確かに言ったもの勝ちってのはあるわよね」

「そうなんだよ! 必死で考えたネタを少しでも先に使われたらもうパクリになるわけじゃん。何か芸人の気持ちがわかる気がするぜ」

「で、結局何が言いたいんだ? お前」

「『諦めたらそこで試合終了』って台詞あるだろ。あれ、実は俺が先に考えてたんだよ」

「今日もお前の頭ん中、楽しくていいな」

 そんな風にだべっていると、クラスメイトの風原かざはらが教室に入って来るなり血相を変えてタダクニに迫ってきた。

「タダクニ! 助けてくれ!」 

「な、なんだよ、いきなり?」

「あ、ああ。そうだな。すまない」

 風原は一旦深呼吸をして落ち着くと、事情を話し始めた。

「俺の妹がカスちゅうで野球部のマネージャーやってるんだけど、実は怒外道どげどう中学校から明後日の日曜に練習試合を申し込まれちまったんだ」

怒外道どげどう? 何だそりゃ?」

「知らないのか? 最近、野球界で噂になってる極悪非道な学校だ」

 そこで一旦言葉を切ると、風原の口調が重々しくなる。

怒外道どげどう中は全国から不良のエリート達が集まる中高一貫の男子校だ。奴らのモットーは「悪をもっとうとし」。暴力沙汰や飲酒、喫煙は日常茶飯事で、学校は荒れ放題。完全な無法地帯と化している。中でも軟式野球部は最悪だ。元々は不良生徒を更生させるために作られたが、今じゃ武者修行という名目で全国を歩き渡って練習試合と称した殺戮さつりくを楽しんでるだけで、ここ最近じゃ強豪で有名なラリ中、ヤク中、シャブ中が奴らに完全に潰されちまった。怒外道からの試合の申し込みはいわば死への招待状、受ければ五体満足では帰れず、断っても選手を闇討ちしたり学校に殴り込みをかけたり卑劣な手段のオンパレードで強引に試合に持ち込んでくる。まさにどうあがいても絶望しかねえ……」

 語り終える頃には風原の顔はすっかり青ざめていた。

「……で、俺にどうしろと?」

 大体の予想はつくが、一応聞いてみる。

「頼む、カス中の助っ人をしてくれ!」

「けど、お前も野球部じゃねえか。お前が助っ人すりゃいいじゃん」

 横からマサヒコが珍しく正論を言う。

「俺だって出来るならやりてえよ! けど、はっきり言って俺じゃあいつらの力にはなれねえ。他の助っ人頼もうにもウチの野球部の連中は怒外道の名前を出したらみんなビビっちまった」

「なら他の野球部に頼んでみてはどうだ? 私の記憶では確か熊風くまかぜ虎雷こうらいを合わせて他にもいくつか野球部があったと思うが」

「ああ、確かにウチの学校には熊風と虎雷で硬式と軟式がそれぞれあるし、あと合同でやってるしん野球部、ネオ野球部、裏野球部、立ち上がれ野球部の全部で八つの野球部がある」

「野球部多すぎでしょ!」

「勿論、他の野球部にもあたってみたさ。けど返事はやっぱりどこも駄目だった……。でもよ、タダクニ。今まで助っ人をした試合を手段はともかく全て勝利に導き、伝説の傭兵とまで呼ばれたお前ならなんとかなると思うんだ! 勿論タダとは言わねえ、ここに三万ある。俺の全財産だ」

 そう言うと、風原は懐から茶封筒を取り出した。チャリンという音から、どうやら小銭も入っているらしい。

「これでも足りないならカス中野球部のOBにも呼び掛けて金は集める! だから頼む、力を貸してくれ!」

「そ、そこまで……。ちょっと、タダクニ! 何とかしてあげなさいよ!」

「うーむ……」

 確かに一試合で三万という報酬は魅力的だが、話を聞く限りどうもリスクの方が遥かに高いだろう。さりとて、両手を合わせておがんでくる風原を見捨てるのもどうにも後味が悪そうだ。

『タダクニ』

「うおっ!?」

 報酬とリスクをぐらぐら天秤にかけていると、突然、頭に響いたリサオラの声にタダクニは思わず椅子から飛び上がる。

「? どうしたの?」

「いや、なんでもねえ」

 作り笑いを受かべて席に座り直すと、タダクニは考え込むふりをしながらリサオラに思念波しねんはを飛ばした。

(いきなり話しかけてくんじゃねえよ! 何だよ、一体?)

『今の練習試合の件ですが、引き受けたらどうですか?』

(冗談よせ。話聞いてたんなら分かるだろ。三億円分稼がねえといけねえのにたった三万でイカレた連中の相手なんかできるかよ)

『それなんですが、どうやらその試合、勝てば三〇〇万円分の代価になるみたいですよ』

(三〇〇万!? どういうことだ?)

『善行はその行為のリスクに比例して得られる代価も多くなります。つまり、それだけその試合が危険ということなんでしょうね。どうします?』

(決まってんだろ。そんな大金を一気に稼げるチャンスを逃す手はねえ!)

 数秒前まで渋っていたとは思えないほどの早さで決断するタダクニ。彼の脳内からは既に怒外道中学の恐ろしさなど完全に消え去っていた。

『そう言うと思ってましたよ。では、頑張ってくださいね。相応の金品さえ払って貰えれば私も天使の能力を使ってサポートしますから』

(タダじゃねえのかよ、ケチくせえな)

『あなたにだけは言われたくありませんね。まあ、これも規則ですから。他に何か質問はありますか?』

(いや、特にねえな……ああそうだ、いきなり頭ん中に飛ばしてくるの止めてくれねえか? これじゃプライバシーもへったくれもねえ)

『……確かにそうですね。では、交信したくない時は私の名前の後に「交信拒否オン」と念じれば着拒ちゃっきょにできますよ』

(着拒って、ケータイかよ)

『戻す時は同じ手順で「交信拒否オフ」です。ただ、拒否設定の間はあなたの周囲の状況も確認できませんから、普段はなるべくオフにしておいてくださいね』

(了解だ、じゃあなリサオラ)

 早速『交信拒否オン』にすると、タダクニはすっくと立ち上がって風原の両肩に手を置いた。

「安心しな風原。その助っ人、特別にタダで引き受けてやるよ。俺もカス中OBの一人だ。母校の可愛い後輩のため、引いては社会正義のためだ」

「タダクニ!?」

「う、嘘だろ!?」

「どうしちゃったのよ!?」

 その台詞に、幼馴染の三人は一斉にこの世の終わりでも見たかのような表情を浮かべた。

「よもやタダクニの口からそのような言葉が聞ける日が来るとは……。これは夢か? それとも天変地異の前触れか?」

「お前、何か悪いもんでも食ったのか?」

「タダクニが……タダクニが壊れちゃった」

「うるせえな! 俺だってたまにゃ人助けぐらいするわ! ごほん、とにかくだ。引き受けたからにはどんな手を使ってでも必ず勝つし、カス中の連中も守ってやるから安心しろよ」

「ありがとう! やっぱ持つべきものは友だよな!」

 風原はパッと顔を輝かせ、タダクニの両手を取って激しく上下に揺さぶった。

「わかったわかった。じゃあ、今日の放課後にでもカス中に寄ってくから、お前の妹に連絡しといてくれよ」

「おお、わかった。後で伝えとくわ」

 話が終わるとちょうどチャイムが鳴り、生徒達がぞろぞろと各々の席に戻り始める。

「ほんとサンキューな。じゃ、頼むぜ」

 心底嬉しそうな笑顔を振りまいて風原も自分の机へと戻って行った。

「あ、タダクニ」

「なんだ?」

「私は部活があるから試合の応援には行けないけど、頑張ってね」

「ああ、どうしても負けるわけにはいかない理由が出来たからな」

「?」

 その言葉に、サヤカはきょとんと小首を傾げた。

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