第31話 士郎の過去2

後悔先に立たず


 静かにたゆたう炎に見惚れた。暗闇の中で酸素を奪われ、意識が朦朧としていく。

「士郎」

 ろうそくが持ち上げられ、ゆっくりと股間に近付いた。僕は下半身を裸に剥かれ、手首と足首とを縄で丁寧に縛られていた。

「動いたらちんこも焼ける」

 牽制のために言ったのか、それともそんな魅力的な"おしおき"を期待させるための言葉なのか。僕が後者を望んでいるとバレたら、きっと喜んで剥き出しの性器を焼いてくれるだろう。

 熱がチリチリと陰毛を焼いていく。

「っぐぅ」

 ぽたり、熱が垂れ落ちて、頭が真っ白になった。熱い、痛い、びくりと跳ねた身体を次の熱が襲う。

「熱い?士郎」

 僕の身体が暴れないよう、右肩を強く押さえつけられた。それでも性器を的確に熱され、僕は踊るように腰を振って熱から逃げようともがく。

「でも、先っぽぬるぬるだ」

「あ"っっ……はあはあはあっあ"っあ"っ…」

 先走りの溢れた先端を塞ぐように熱が落とされる。ビュルッと果てて、尚も熱が性器を襲った。熱くて痛くて気持ちよかった。

 熱に耐えようと首の血管が切れそうなほど身体に力が入って、果てる事で弛緩して、また襲い来る熱で全身に力を入れる。

「ああっ……はあっ……はあ……」



 陰毛の覆っていた皮膚が火傷跡の、引きつったような肌になっていた。そこに医療用の塗り薬を丹念に塗り込まれ、僕の自身ははしたなくも硬度を増して言った。

「さんざイったけど、まだ出せそうだな」

 後ろから僕を抱きしめ、耳元でどこか嬉しそうに言う。僕を責め立てる彼は、僕を痛みと快楽でおかしくなっていく様をいつも楽しんでいた。

「く……っあ、あ……」

 先端の敏感なところを撫でられ、火傷でひりひりと痛むそこを嬲られるのは刺激が強すぎた。僕のそれは少し萎える。

 口に嵌められた猿轡から唾液が溢れた。たまたま性器に垂れた雫を、指が拭い先端に塗り広げていく。

 僕の唾液が、僕の性器を……。なんだか淫らに思えた僕の性器はまた硬くなり、彼の手は僕の性器を擦り上げる。

「んっんっんっんっ」

 ただただ優しくイかされる。慣れない刺激だった。胸の奥を直接引っかかれているようにゾワゾワとした嫌な感覚がする。

「っあ……」

 どくっ、と手の中に果てたのは少しだったが、今日イかされた中で一番、脳が痺れるように甘い刺激だった。目の前がくらくらして、余韻で溶けてしまいそうだった。

 僕はおかしくなるくらい責められた方が、よっぽど嬉しいと思った。

 どこかに「落ちてしまう」と、恐ろしくなった。


 高校を卒業して志望からはいくつかランクの低い大学に入った。僕が卒業したら終わると思っていた関係は、今もなおずるずると続いている。

 彼との逢瀬は、僕にとって天国のようだった。

 脳の神経が削られるような激しい情事に、僕のくだらない日常のなにもかもがどうでも良くなっていく。

 もがけばもがくほど快楽に沈められていく。終わりが来ると、いつも夢から覚めたようだった。

 僕はもう少し眠っていたいと、寒い冬に布団の中で願うように、まだ快楽に溺れていたいと思っていた。

『士郎、今からうち来れるか』

「行ける」

『じゃあ来て』

 彼の呼び出しに、その後の予定も全てほっぽり出して駆け付ける。

 彼は大学受験生で、この逢瀬もいつまで続くのか、そんな不安もほっぽり出して。


「士郎」

 彼を喉奥まで咥え込む。大きく育った彼は気管を塞ぎ、息のできない僕は喘ぎながら奉仕する。

「そのままイって」

「おっごっおっぉっ」

 全体重が僕の股間を踏みつけた。僕はびゅるびゅると漏らした。もちろん精液ではないものを。

 彼は足が汚れるのも気にせず、僕を踏みつけ、僕の喉に白濁を叩きつける。噎せながら呼吸のできない僕はいよいよ死ぬのではと思うくらい苦しくなった。

 死を前に、僕はズボンの中に射精する。

 これ以上の快楽を得るには、もう死ぬしかないだろう。死んだら二度と気持ちよくなれないのか。

 死と快楽とを天秤にかけながら、僕はようやく解放され、急激に取り込んだ酸素でゲホゲホと咳き込んだ。

 そんな僕を彼は押し倒し、ズボンを下ろして僕の尻を鷲掴む。慣らしもしない穴に無理やり押し入る。性急なセックスに、僕の胸の奥がゾワゾワと嫌な感覚だった。

 いつもの、倒錯的な情事とは違う、普段の僕たちから比べたらよっぽど世間一般でいうセックスにほど近い。ただ突き上げれて、果てるだけの行為。

 首の後ろを強く噛み付かれて、その痛みでようやく僕も果てた。今では痛みなくして、僕は果てることすら出来なくなっていた。


 勉強机に向かう彼の足元に寝転がり、彼の裸足が僕の頭や身体を踏みつける。顔を撫でたりる足の指を時々舐めると、くすぐったそうに硬く握る。

 僕の腹部を圧したり、股間をかかとで刺激されて、ボールで戯れる子猫みたいに彼の足と戯れた。

「お前と同じとこ行こうかな」

 頭をかきながら、彼がつぶやいた。今の成績だと僕よりよっぽどいいところに行ける彼の、その言葉の真意はわからなかった。

 その方が時間が取れるからだろうと適当に考えて、僕は特になにを言うでもない。

 決めるのは結局、彼なのだから。


 特に会話するでもなく、深夜を回る頃に僕は帰路に着いた。

 僕と一緒の大学にしたら、そう言っていたら、なにか変わっていたのだろうか。そんな想像を巡らしたところで、後悔先に立たずだ。

 僕と彼との逢瀬は、それ以降減っていった。

 たゆたう炎のように胸を焦がす快楽の日々も、燻り消えかけているようだった。


終わり

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