第29話 士郎と少年

君の迎えを待ってる

純朴


「ここで待っていて。男が来たら、そいつは僕の知り合いだから、その人の言うことを聞くんだよ。全てが終わったら、迎えに行くから」

 僕がそう伝えると、彼は頷いた。僕は彼の頭を撫でて、その場を後にする。彼は僕が見えなくなるまで、僕を見つめていた。

 その感情がどんなに尊いものか、僕は知りたくもなかった。


 僕は一人歩いて、ボロのアパートへとたどり着く。そのうちの一室に鍵を使って入り、押入れに潜り込んで角の破れた襖を閉める。

 僕は酷い大人だった。

 彼ーーさきほど寒空の下に置いて来た少年とは通勤の電車で出会った少年だった。少年と言っても高校三年生で、それより幼く見えるから「少年」と称しているだけだが。

 彼は満員電車で押し潰されそうになっていたところを、僕が間に入り角に避難させてあげた。時間が合うのか、それは毎朝のことになる。

 ただの偶然が何度も起きれば、それは習慣となった。これで三年目なのだから、彼は高校一年生の時から、僕と毎朝顔を合わせていることになる。

 会話らしい会話はなく、ごくたまに今日は寒いだとか、暑いだとか、昨日はいなかったとか、明日は休みだとか、そんな事を互いに殆ど独り言のようにして話していた。

 だから昨日、彼がきちんと僕の目を見てはっきりと話しかけて来たのには驚いた。

『連絡先を教えてはもらえないでしょうか』

『今でも後でもいいので、貴方と話がしたいのです』

 唇を噛み、少し頬を赤く染めたその真意に、なんとなく想像がついた。

 彼は恐らく僕に恋している。

 とはいえ男同士で、年の差がある。それにこれまで会話はほとんどなく、僕には高校生が引かれるような魅力もこれといって持っていない。だから、恋だとか、そんな事があり得るのだろうか。

 思い過ごし、恥ずかしい勘違いならそれでも良いが、仮に彼が僕に恋慕の情があるのなら。

 いつも少し早く会社に着くため、時間には余裕があった。先に降りる彼の駅で降りて、ホームの端で人が引いてから、彼と連絡先を交換した。

 そわそわと落ち着かない様子で、息を白くさせながら、彼はようやく重い口を開く。

『し、士郎(シロウ)さんの事が、好きなのです。寝ても覚めても貴方のことを考えてしまいます。ぼくは今年で学校を卒業してしまいます。だから、もう電車で、毎朝、貴方と会えなくなると思うと居ても立ってもいられないのです。士郎さん、こんな、こんなぼくですが、お付き合いして貰えないでしょうか』

 言い切った後、感情が昂ぶっている彼は目を潤ませた。

 さっき連絡先を交換して初めて知った僕の名前を呼ぶ、そんな彼が可愛いと思わないことも無い。

 けれども僕は大人で、彼は子供で、男同士で、僕には恋慕の情もない。

『君みたいな子には、僕は似合わないよ』

『似合うとかっ……似合わないとかではないんです。それだったらぼくだって、士郎さんの隣には似合わない……きっと綺麗な大人の女性と歩いていたら、なんて素敵なカップルだろうと思う。それと引き換えぼくが隣にいたところで、誰もカップルだなんて思うはずもない。でも、でもぼくは、誰になんと思われようと、ぼくが士郎さんの隣に居たいのです』

 彼は僕の上着を掴み、噛み付くように言った。

『僕は君が思うような大人ではないよ』

 僕の上着を掴む彼の手に手を重ねる。力が抜けて、放された布は皺が出来ていた。

『君は純朴で、今時珍しいような子だね』

 僕がそう言うと彼は頬を染めた。でも僕の言葉は、褒めるための言葉ではなかった。

『君みたいな純粋で心が綺麗な子を、僕みたいな汚れた大人は、触れてはいけないんだ』

 トン、と突き放すように彼の手を離すと、彼は戸惑って、それから僕に縋り付く。

『それなら汚してください。士郎さんに、ぼくは汚されたい』

 もう離さない、離されないと言わんばかりに強い意思を示してくる。僕はため息を吐いて、彼の頭を撫でた。

『明日、正午に**駅で待ち合わせよう。もちろん、予定がなければだけど』

『予定なんてあっても、士郎さんを優先します』

 一気に表情を明るくさせる、そんな彼を見て、僕はますます、いけない大人だと思った。

 素敵なデートと勘違いしている彼を、底の見えない奈落に突き落とすのだから。


 待ち合わせ場所で落ち合ったお洒落な格好をした彼は、それから僕の友人に声を掛けられるだろう。その時点で気付いて逃げるもよし。どこまで耐えるのか、これは試験だ。

 ガチャリ、開いていた扉が音を立てる。それから成熟した大人の声と、彼のか細い相槌が聞こえた。

 襖の隙間から光が入り込む。そっと顔を近づけ目を凝らすと、蒼白した彼が男に肩を抱かれていた。

「本当に、士郎さんの知り合いの方なんです、よね」

「そうだよ。ほら、これが証拠」

 彼が尋ねると、男は自分の携帯を彼に見せた。どの写真を見せたのかは知らないが、彼は目を見開き、口を手で抑えた。ろくでもない僕に幻滅しただろう。

「嫌だったら逃げても俺は構わないけど、あいつにはそう伝えとくから」

「に、逃げないです」

 今にも泣き出しそうな声で、無理をしている。

 そんな彼に男は微笑むと、彼の上着に手を掛けた。

「それじゃあ、服脱いでくれる?俺が脱がしてもいいけど」

 男がそう言うと、彼は決意したのか、自分で服を脱ぎ始めた。

 暖房もない部屋で、穢れを知らない身体を晒す。僕はそれを静かに眺めた。

 シャツを脱ぎ、ズボンを下ろし、下着には少し躊躇してから一気に下まで下ろす。積み重なった服を男が玄関に投げた。それに驚いている隙に、彼の腕を掴み、男は彼を抱き寄せる。

「キスは?あいつに取っておく?」

「で、きれば……」

「はは、そんな答えなら、俺が奪うよ」

「んっ、んんっ」

 男はそう言って彼に口付けた。固く握られた手が男を拒絶していたが、それは次第に解けていく。

 ファーストキスなのだろうか。僕の方が、その事には執着していた。


 深い深い口付けを、僕は横目で見ていた。テクニックだけはあるから、彼は何度か腰が抜けて床にへたり込みそうになる。それを男は無理やり立たせて、肥大した彼のソレを扱き始めた。

「っんあ、っあっ、あ、」

 快感に腰が引けている。膝が震えて立つのもやっとだろう。善がって喘いで、涙を流しながら男の手で果てる。ようやくそこで男が手を離して、彼は床に倒れこんだ。

「こっからが本番だから」

「……っま、って、や、だ、やだ、」

 男は彼を仰向けに寝かせ、顔に跨る。男は彼の足を掴んで開かせ、果てたばかりの陰部をしゃぶり始めた。

 彼の秘部は僕のいる押入れの方に向けられていたから、なにもかもが余すところなく晒されている。

 彼は再び呆気なく果てた。男は精液を手に出し、彼の後ろの穴に触れる。

「本当に嫌なら辞めるけど、君が辞めないなら俺は最後までやめない」

「……っふ、う、うええ、やめない、やめない……やめないっ……」

 顔は見えなかったが、この理不尽な状況に心が折れたのだろう。泣いて震える声が、それでも辞めないと強情を張った。

 男は遠慮なく、彼の穴に精液を塗り込み指を差し込んだ。ぬぷぬぷと飲み込む穴がいやらしく見えた。

 彼は時折足の指をぎゅっと握ったり、尻に力が篭ったりしながら、その異物に穴を開かれる感覚に耐えた。

 男はローションを継ぎ足し、穴は2本目、3本目を飲み込んでいく。男は穴を指で開き、僕に見せつけてくれる。

 赤く充血した内壁が晒されて、汁をこぼしている。気味の悪いクリーチャーみたいだ。純粋で清らかな彼の、汚い場所を、穢れた男が汚していく。


 後ろから、獣のように四つ這いになった彼を、容赦なく男が犯す。

「ああっ……ああ……んっ、う、うっ、」

 バチバチと身体のぶつかる音に、彼の押し出された喘ぎ声が重なる。開きっぱなしの口から唾液が落ちて床を濡らす。泣き濡れた顔に、僕は興奮した。

 熱くなった自身に布の上から触れる。

 酷い大人だ。酷い人間だ。そう思いながらも、犯されている彼に興奮している、そんな自分を嫌悪して、また興奮する。

 虚ろの目がこちらを見た気がした。喘ぎ声に力がない。呼吸をしているような、弱り果てた彼を、男は何度も突き上げた。一際深くまで穿ち、彼の腰を抱いて男が小さく喘ぐ。

 内壁に放たれたそれに、彼は嫌悪して涙を零した。そんな君に興奮している、僕の手は止まらない。

「君が漏らすまで犯すって約束だから、もう少し頑張ろうな」

 目を見開いた彼の口に、男は指を差し込んで口内を弄った。えづきながら上を向かされ、膝立ちの状態で再び律動が始まった。

 いななく暴れ馬のよう。萎えた彼の性器からはしたなく粗相をするまで、終わりはしない。


 泣きながら延々犯される彼は美しかった。男は優しいから、時折彼の性器を優しく愛撫する。それに感じてしまい、性器を固くしている。彼にとっては最高の屈辱だろう。胸の尖がツンと張って、それを指で弾くと彼の性器は殆ど射精近い形で先走りを吹き出させる。

 もう何度果ててるのか、彼の胎内も、床も、僕の手の中も、白濁が汚していた。

「はあ、さすがに俺も限界」

 男がずるりと性器を引き抜くと、追って精液が穴から溢れ、内股を汚していった。

 床に横たえる彼はひたすら呼吸に勤しみ、それから目を瞑って眠りに落ちようとした。

「おっと、まだ漏らしてないだろ」

「っは、あ、ああ、」

 彼も諦めて自ら放尿してしまえばいいのに。襲い来る快楽に、指の一本でさえ、身体が上手く動かせないのだろう。

 男は彼の足を掴んで、無防備な股間を優しく踏みつける。

「もう面倒くさいからこれでいいよな」

 にやっと笑う、視線の先は僕に向けていた。答えを待つでもなく、男は足を動かし始める。

 優しく、次第に強く、激しく。

「いあ、ああっくっう、う、っあぁあああああっ」

 びゅるびゅると液体を吹き出してもなお男の足は止まらない。腰を突き上げて瞳孔が開いた瞳は空中を泳いだ。

「はー、終わり終わり」

 男がやっと手を離した頃には、嘴からよだれをこぼし、ひゅーひゅーと息をする彼は意識があるのかないのか曖昧なところだった。

 僕は押入れから這い出て、彼の頬に、僕の汚濁を擦り付ける。

 さよならだ。もう二度と、会う事はないだろう。別れのキスを、閉じた瞼に落とした。



『士郎、君ってば酷いやつだね』

 それから四日が経った。電車で彼と会うことも無くなり、脳内で喘ぐ姿だけが鮮明だった。

 彼を汚したあの男から電話が入る。あの場を後にしてから初めての接触だった。

「知っているよ」

『いいや、わかっていない。あいつ、あのまま家にいるんだよ』

「は……?」

『あの家に、ずっといるんだよ。仕方ないから飯とか差し入れてるけど』

「なんで……そんな、なんで」

『なんでってそりゃ、君の迎えを待ってるんだろ』


 あのボロアパートの寒い部屋で、あの日着ていた服を着て、猫みたいに蹲って、床に寝転がる彼がいた。

 僕の、不実な態度も、嘘でしかない約束も、彼には何一つ通用しない。

 汚されてなお、美しい姿で眠る彼に、僕は戸惑っていた。すると彼は目を覚まし、僕に抱きつく。

 触れられないと怯む僕の思いなんかつゆ知らず、抱き付いて離れない。

「……迎えに来たよ、ーー」


終わり

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