第28話 美術専攻×モデル2

ソファー

緊張

未完成の〇〇


 三ヶ月振りに陰毛の消え去った股間になって、ソファーに全裸で横たえる。

 あの暑かった部屋は一転、石油ストーブの上でヤカンがカンカン鳴っていて、すっかり冬の装いになった。

 高校からの同級生、美術大へ進んだ衛士(エイシ)に頼まれ、俺は再びモデルを引き受ける事になった。

 夏に裸婦のモデルを頼まれ一週間この部屋で裸になっていた。初日に勃起して慰められてぎこちない空気になっていたが、それ以来特になにもなく、終わる頃にはこの部屋で裸になるのも普通のように感じていた。

 ところが三ヶ月が経って裸になって。あの奇妙な慣れはリセットされたように、俺はまた緊張を覚えていた。

「ごめん、寒いだろ」

「ん……平気」

 ストーブはついていたが、少し離れると寒さは強まり、ましてや裸の俺は鳥肌を立てて震えていた。

 その敏感になっていた肌に、衛士の指が触れる。火傷しそうなくらい、熱い指だった。

「先、ポーズ決めちゃうな」

 衛士はそう言うと、ソファーに色気もなく投げ出された太腿に触れた。

「身体こっち向けて」

「視線は下げて」

「腕、そうそこに」

 衛士の指が、手のひらが身体を撫でる。気を抜くと変な気分になりそうだった。ほんの少し触れてるだけなのに、熱だけが残っている。

「いいよ、そのまま力抜いて。辛くない?」

「大丈夫」

 俺はソファーの上で、腕枕をして少し上を向くような体勢になる。

「じゃあ、しばらくそのままで」

 衛士がスケッチブックを取り、鉛筆で描き始める。また勃起したらどうしよう、と一瞬思った。けれど冷たすぎる部屋の空気と、あくまで被写体として俺を見つめる衛士の視線に、その心配は無さそうだった。


「少し太った?」

「二キロくらいな。筋肉付けたし」

「ああ、わかる。腹筋が前より締まってる。綺麗だ」

 他愛もない会話だったが、俺は身体を褒められて少し嬉しくなった。

 男が男に裸を褒められたところで、だ。でも、ほとんど自己満でしかない筋トレの成果を、芸術の世界で生きる衛士に綺麗だと言われたら、誰だって誇らしく思える。

 それに、前回俺をモデルにした時からの変化につぶさに気付く、衛士には驚いた。よく見てるんだな、と感心する。

「ふあ……えっくち」

 急に寒気が増して、俺はくしゃみした。それに衛士が小さく笑った。なんとなく恥ずかしい俺は鼻を手で擦って、もとの姿勢に戻る。

「瀬戸、寒いだろ」

「それは仕方ないよ」

 震えるほどではない。そう答えると、衛士はスケッチブックと鉛筆を床に置いた。

「少し暖かくしようか」

「そう……」

 してくれると助かるけど。言おうとしたら、衛士が目前にいて、気が付いた時には、唇が重なっていた。


 ヤカンがシューシューと湯気を吹いている。どこか外の遠くで、夕方の四時を告げるチャイムが鳴る。

 そんなものも、分厚い壁を通したみたいにどこか曖昧になって、耳元で鳴ってるような心臓の音だけがうるさい。

「ん……っは、あ、」

 衛士の突き刺すような視線から目が反らせなかった。舌を絡めて、唇を甘く噛んで、少し離れてはまた深く口付けられる。

 貪るような衛士のキスを貪り、息をするのも忘れるくらい口付けた。

「はあ……はあ……はあ、はあ、」

 頭がくらくらして、身体の芯の奥の方がキュンキュンとした。長く深いキスに、身体が熱い。

「瀬戸」

 衛士のどこか切ない声が俺を呼んだ。何か言おうとして、飲み込んで、また唇が重なる。

 滾る熱い感情を口移しされたみたいだった。熱くて溢れて苦しい。

「んっん、んん……っん、ん、んっっ」

 当然のように起ち上がっていた性器を、衛士が優しく扱き始める。性器を擦られ舌を絡められ、下から上から犯されているようだ。

 呆気なく衛士の手に果てた時には、離れた口から銀糸が伝い、ただただ呼吸するので精一杯だった。

 最後にもう一度、名残惜しそうにキスをするから、胸が一際高鳴る。これ以上したら壊れてしまいそうなのに、もっとしたいと、思ってしまった。

 喘いで呼吸の整わない俺の口からは、そんなこと到底言えやしないのに。


「昔見た映画で、豪華客船に乗り合わせた金持ちの娘と貧乏な絵描きがいて。二人は惹かれあって……絵描きは死んでしまうんだけど」

 俺は毛布に包まれ暖かいお茶を飲みながら、隣に座る衛士の話を聞いた。

「絵描きは彼女の絵を描いたんだ。ソファーに横たわり、大きな宝石だけを胸に付けた姿の彼女を」

 俺はその映画を観たことがなかったから、なんかエロいな、と思った。

「最初見たときは、エロいなって思っただけなんだけど」

 同じことを思っていたようで、俺はこっそり笑った。

「でも今でも印象に残ってる。ストーリーの中で、生き残った彼女が歳をとった姿で出てくるんだけど、彼女もやっぱりその絵のことを、絵描きのことを覚えてたんだ」

 衛士は少し照れて笑う。

「俺もそんな絵を描きたいって思ったんだよ」

「……それ、すごいかっこいいな」

 衛士が絵を描く理由を知れて、俺は嬉しくなった。そんな衛士が俺なんかを描いてくれるのは、勿体無い気もするけど。

「今描いてる絵は、ゼミで展覧会開くからそれに出す絵なんだけど」

「へえ、展覧会とかすごいな」

 と答えながら、つまりそれは俺の全裸が展覧会に……?と気付くと、カァッと顔が熱くなった。

「それ、それほんとに俺の、絵を、出すのか?変えた方がいいんじゃないのか」

 焦った俺を衛士はくすくす笑いながら答える。

「『愛』がテーマだから、変えられないよ」

 そんなことを言われて、俺は爆発するんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。

 願わくば、未完成の絵が展覧会までに完成しませんように。


終わり

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