第27話 ハロウィン
ハロウィン
身体の内から熱くなっているようだった。皮膚の感覚が高温に麻痺して、ぶよぶよと気持ちの悪い膜が張っているみたいだ。それなのに神経が過敏になっていて、少し触れられただけで脳髄を揺さぶるような刺激に目眩が起きた。後ろの穴は不自然に濡れていて、股を滴り落ちる液体が気色悪い。
なにより、上擦った声が響く。これが自分の声だとは、到底思えなかったし、信じたくなかった。俺は、自分の身体の変化についていけなかった。
「すっかりトロ顔晒しちゃって、いやらしいねえ狼くん」
ミイラの男が愉しげに話した。指は後ろの穴の淵を内から撫でていて、そんな刺激に得体の知れない感覚を覚える。それが快楽だとは、自分の口から溢れ出る嬌声で思い知った。
「ああっ……っくう、んっ」
声など上げたくないのに抑えられない。それもこれも、ミイラの男に包帯で四肢を拘束され、後ろの穴にチョコレートボンボンを入れられたせいだ。
始まりは唐突だった。薄暗い牢屋の中で生かされていた俺は、「楽しい愉しいハロウィンパーティの始まりだ」と言われて外に引っ張り出される。
どうして牢屋に入れられていたのかも、どうして牢屋から出されたのかも曖昧なまま、俺は森の中を走っていた。
靴はなかったが、狼の血が流れる俺は本能のままひた走った。息は切れるが、どこまでも走れた。自由だった。
その瞬間だけは。
森を駆け抜けていくと、倒れている木があった。当然のように跳び越えたはずの俺は次の瞬間には地面に突っ伏していた。
足に違和感を覚え、視線をそちらにやると素足の足首に白い布が巻かれている。
いつの間に?
訝しんだ直後には、生き物のように地面を這う白い布が俺の手足に絡みつき、あっという間に拘束されていた。
両腕は背中側で束ねられ、足は膝で曲げた状態で左右それぞれに縛られている。爪か牙さえ使えればこんな布一瞬で切り裂いてしまえるのに、腕を動かすと喉が締まってまともに身動きすら取れなかった。
腕の拘束に加え、首に布が巻きついていて、腕を動かすと首が締まるようになっているらしい。一瞬堪えれば布を断ち切れるかもしれない。そうもがくと首だけが締まっていき、呼吸が出来なくて世界は白んでいった。
「待て待て狼くん。死ぬまで無茶をするもんじゃないよ」
背後から声がして、ミイラの男は俺を見下ろして言った。
「ところで、ああ、これを言ってなかったね。トリックオアトリート、狼くん。お菓子があっても、イタズラするよ」
包帯の隙間から覗く紫の瞳がギラギラしていて嫌だった。
「さあ狼くん。チョコレートを手に入れたんだから、次にトリックオアトリートと言われたらそのチョコレートを差し出すといい」
「あっ……っ……」
ミイラの男に淵を撫でられ、思わず身体に力が入る。そのせいで、胎内に無理やり押し込められたチョコレートボンボンを四つばかり、締め付けてしまった。ごつごつとしたチョコレートが内壁でギチギチとせめぎ合う。そんな刺激に、悶絶した。
「気持ちよくてたまらないだろ?そのチョコレートに入っているのはブランデーではなくて、強力な媚薬なんだ。奥に入れたやつから溶け出しているだろうね」
「んなああっっあっっあっ」
ギュヂッ!ミイラの男がチョコレートの入っているだろう腹部を手のひらで強く圧した。苦しくて痛いくらいなのに、奥に入っていたチョコレートは潰れ、中の媚薬が溢れ出したお陰で痛みすら快楽になっていた。
頭が真っ白になり、一瞬カクンと意識が飛んだ。呼吸すら忘れていたようで、酸素を再び取り込むと、喉がザワザワとする。身体がおかしかった。
ただの呼吸なのに、酸素が肺を満たすことですら気持ちよく思えていた。瞬きも、喘ぎに震える喉も、それすらも気持ちいい。
「っあ……っひ……」
「んん?さっきお腹を押して絶頂したのかな?身体全部が性感帯になっているみたいだね」
ミイラの男が興味深く言った。なにがどうなっているのか理解できないまま、ミイラの男は無慈悲に性器を握り締めた。
「あああああっんんあああっひい、んっんっ、っあああ」
根元をきつく締められた状態で亀頭をこれでもかと手のひらで擦られた。脳を直接かき混ぜられているような強い刺激に、絶叫するしかなかった。
「んひいいいいっ……」
ビクッ、ビクッと身体が震える。イった、でもイってない。射精しないで果てた。それを見てミイラの男は微笑む。
「気持ち良さそうだね、狼くん。もっと、ずっと、永遠に、気持ち良くしてあげるよ……」
「ああああいやだっやめろっ!!!」
ミイラの男がまた手を動かす。限界だった。
俺は全身の力を振り絞って包帯を引きちぎり、ミイラの男を押し退けた。そのままよたよたと、必死で逃げ出した。
おかしくなる、おかしくなってる、壊れてしまう。歩くたびに後ろの穴が歓んだ。肌を傷つける草木が気持ちいい。剥き出しになった性器がビタビタと腹に叩きつけられる。
こんなの違う。気高き狼のプライドがぐちゃぐちゃになっていて、この場で喉を掻き切って死んでしまいたかった。
でも、今のままでは、切り裂いた喉すら喜びに感じてしまう。死して恥を晒すのかと思うと、死ぬことすら出来なかった。
「ふっ、うう、くそっ……なんでっ……」
ふらふらと木にぶつかりながらしばらく走ってきた。狼の脚力もくそもない動きに、すぐにミイラの男が追いつくのではと思ったが奴は中々来なかった。
けれど、他の追っ手がいないとも限らない。身体も限界だった。
背の高いススキ野原に出た俺は、隠れるようにしてススキの中に身を潜めた。
「ふう……ふう……はあ……はあ……」
薬のせいで身体の高ぶりが治らなかった。なんとか落ち付けようと呼吸を整えようとする。呼吸オナニー状態だったさっきよりもマシだったが、まだ走り出せそうにはなかった。
このまま夜が明けてくれたら……この祭りはいつまで続くのか……うまく考えられない頭を必死に働かせたところで、このままなにも起こりませんようにと祈るしかなかった。
「はっ……祈るって、誰にだよ……」
自嘲しながらほろりと涙が溢れた。
どうしてこんな目にあっているのか、それすら思い出せない。そんな自分が惨めで悔しい。
その時だった。ザアッーー。風が吹いて音がなくなり、時が止まったようだった。
空に浮かぶ禍々しいほど大きい月を、真ん中で断ち切るように一人の男が立っていた。
月より美しい金の髪がなびいて、金の目がこちらをじっと見つめている。
見つかった。逃げなくてはいけないのに、身体は少しも動かない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
恐怖だったのか。けれど、息を呑む光景はそれだけではなかったように思う。恐ろしいほど美しい……。
見惚れているうちに、男は目の前まで迫ってきていた。そこでようやく身体が動いたが、逃げ出そうにも足は縺れて尻餅をついただけだった。
「トリックオアトリート」
男は俺の顎を掴んでそう言った。まるでハープの音色のように美しい声に、脳はそれを言葉だと理解できなかった。
男は口を緩くカーブさせて微笑むと、また唇が動く。
「お菓子がないなら悪戯させろ」
「あ、ああ、ある、あるっ、お菓子」
そこまで言われてやっと脳が機能しだした。俺は自分がお菓子を持っていることをやっと思い出した。
「そうは見えないな」
「ある、から、今出すから、」
プライドもなにもなかった。ミイラの男にされた事が脳裏をよぎる。もうあんな思いは二度としたくなかった。必死で膝立ちになり、肩幅に開いて、呼吸を止めていきんだ。
「ん、んん……はっあ……」
ぎゅっと身体に力が入ると、胎内の奥にあったチョコレートがまた一つ溶けて潰れたようだった。けれど、止めるわけにはいかなかった。
そんな俺に男が手を伸ばした。肩幅に開いた股の間を通って、後ろの穴に指が触れる。
「手伝ってやろう」
「ひぉあっ」
ぬぷっ、濡れた穴に指が突き立てられる。長くて細い指が一気に奥まで突いた。その指は胎内の柔らかいところをぐりぐりと押しつぶした。
「んああああっひっあ、っおあああっ」
びゅくっ、びゅくっとカウパーが吹き出るように押し出された。中から押されたところが性器の裏側をぐりぐり押して、気持ちよくて仕方なかった。
「ひあらっあああっいあああっ」
2本目の指が足された。押されていたところを指が挟んでごりごりと揺さぶる。それにつられるように腰が振れた。
男にしがみつきながら、淫らに踊るしか出来ない。さっきよりもよっぽどみっともないのに止められない。
「ヨガリ狂う狼の血はどんなものか」
「きはあっ……」
じゅるっ、首筋で吸い上げられる音がした。口を離して舌舐めずりする、男の唇は真っ赤に濡れた。
「ああ、菓子よりもよっぽど甘い」
男は吸血鬼だった。
首筋の噛まれたところがジンジンと熱くなる。そしてそこから、また、忌々しい身体の熱がぶり返す。
「んああっはあ、はっあ、あっあっ」
後ろの穴を男の指が抜き差しした。気持ちいい、イっちゃう、もっと深く、もっと太いのでこすって欲しい、イきたい、イきたい。
ずぬぬっ。
「ひがあっっぐ、あ、っあ、」
突然の激痛に、身体はびくびくと震えた。痛いのに、絶頂にほど近い。
「お菓子が足りないだろう?足してやろう」
「ああああぁ」
性器の小さい穴に硬い棒が入っていた。その頂点には大きいカラフルな円形の飴が付いている。中心には馬鹿にしたみたいに笑う、ジャックオーランタンの飾り。
「気に入っただろ?」
「くひゃあっあああっあああっ」
吸血鬼が飴をくるくる回したり抜き差しする。熱くて裂けそうな痛みも、次第に脳みそは快楽に勘違いする。否、性器の最奥を押され、胎内の中からも押され、気持ちいいところを押しつぶされて俺は絶頂した。ビジュビジュと、性器と棒の隙間から精液が溢れでる。
「快楽は血を甘くする……枯れるまで飲んでしまいそうなほど、美味だな」
吸血鬼は耳に囁きながら、耳殻に歯を立てる。耳の穴を舐められながら血を吸われると、まるで天にも昇る心地だった。
「あ……」
隙間からこぼれ出すようなびゅるびゅると情けない射精を繰り返しながら、終わらない快楽に意識が飛んだ。
こぽこぽ、こぽこぽ。液体の中で気泡の割れる音がした。定期的な音は耳に心地が良い。
意識がはっきりし出したが、目を開けるのが怖かった。ぬるま湯に浸かっているような、寝起きのふわふわとした曖昧な瞬間をずっと味わっていたかった。
あの忌々しい陵辱が、夢でありますようにと。
そんな祈りも虚しく、唇に何かがそっと触れた。
「んっ……」
急だったので驚いて声が漏れてしまう。すると触れた誰かはこちらをじっと見ているようで、熱い視線に穴があいてしまいそうだった。
俺はおそるおそる目を開いた。
「目覚めたか」
低音の声が耳を擽る。不思議と安心感を覚えた。
「やはり顔色が悪いな。あのヴァンパイアめ、お前を殺すまで血を飲み尽くすところだった」
良くない、非常に良くない。男はそう呟きながら、目を細めて俺をじっと見つめた。その視線になにもかも暴かれてしまいそうで、思わず目を逸らす。
「お疲れのところ悪いが、狼。トリックオアトリート、ここに菓子があるのは知っている」
男の指が下の穴を撫でた。身体がびくっと反応する。媚薬の効果は治ったようだが、あの快楽は忘れられるものではない。
「私にチョコレートを寄越しておくれ」
「ん、ん……」
ちょんちょんと指が穴を突いた。中から溢れていた液体は乾いたのか、胎内の異物感だけが強かった。
なんとかいきんで出そうとするが、またチョコレートを潰してしまいそうで上手く力を入れられない。滑りも悪い。このままでは悪戯されてしまう。
「ん、ぐ、く、う、」
みっともない姿だった。寝かされていたベッドの上に尻だけを上げてうつ伏せ、高々と掲げた穴が開くようにと尻肉を手で左右に割った。
すると横にいた男は後ろ側にまわり、曝け出した羞恥の全てを余すところなく見つめた。
「ひっあ?!」
突然、にゅるっと冷たいものが穴に注がれた。3個目のチョコレートがぐにゃりと潰れる。
「乾いていたからゼリーで濡らしたのだが、その必要はなかったか」
身体がまたおかしくなっていく。中が熱い。いきんで淵を押し開くチョコレートが気持ちいい。身体が熱い。熱い。
にゅぷっ。
「ふふ、上手だ」
「ん、ん、」
最後のチョコレートが穴から排泄されたらしい。男の手が褒めるように淵を撫でた。
「さあ狼、菓子をくれたお前には、チョコレートよりも甘いものをあげよう」
ちゅっ、と尻にキスが落とされる。甘い刺激に身体が痺れた。
「その前にこれをお食べ。血が足りていないからね」
「んふっん、」
口に塊を押し込まれる。さっき出したばかりの、チョコレートボンボンだった。口の中でほろりと溶けて、甘い液体が溢れでる。舌が、喉が、液体に侵されていく。
「んんん……っふ、あ、ああっ」
男の指が背中をつい……と背骨に沿って撫でた。そんな刺激にも身体が震える。
そして指は穴に差し込まれ、にゅぷにゅぷと抜き差しされる。2本、3本と容易く飲み込んだ穴を、指は更に開くように動かされた。淵が限界まで開かされる。それすら悦びだった。
「私の名はマーリン、魔法使いだ。狼、お前の名は?」
肩を掴んで身体を起こされる。後ろから抱かれるようにして、マーリンと名乗る男は聞いた。
「……は、ん……はあ、る、ルディ……」
自分の名前を口にする。男、マーリンは噛みしめるように耳元で呟いた。
「ルディ」
「ンァっあ、ああ……ああっ」
穴に熱が充てがわれる。ぬるりと抵抗なく飲み込んだそれは、深くまで穿たれた。
「っひ、あ、ああっあああっ」
熱いそれに胎内を満たされる。ゆっくりと律動が始まって、奥を打ち付ける。
「ルディ、私のものだ」
「ひっあ、っんあっ、ああっ」
「二度と離さないよ」
マーリンはそう言って肩にキスをした。指を絡めて握る。
物足りないくらいの甘い刺激に、それでも今までにないエクスタシィを感じた。身体の内側の、もっと深いところが満たされるような。
「愛してる、ルディ」
「あああっっ」
「今年のかぼちゃ大王は魔法使いか」
「あーあ、惜しいところまでいけたんだけどなあ」
「横取りされた」
「いやいや、ヴァンパイア、お前は狼を殺すところだっただろう」
宴もたけなわを迎え、魔法使いの家の周りで敗者たちが思い思いを綴った。
ここは怪物たちの住まう町。年に一度のハロウィンパーティでは、盛大なお祭り騒ぎとなっていた。町は賑わい、子供達のトリックオアトリートの声が響く。
けれどもそれは表の姿。楽しい祭りの裏で、淫らな遊びが行われていた。この1年間牢屋に閉じ込めていた生贄を競って奪い合う祭りだった。
生贄を手に入れる方法は名前を手に入れ、契りを交わすことだった。怪物たちにとって真の名前を知られることは、相手に支配されることだった。
魔法使いと狼たちは互いに名前を教え合い、深い絆を得ることが出来た。けれど例年のハロウィンで言えば、生贄は一方的に名前を奪われ、支配されるのが常だった。
「さーてと、じゃあ次の生贄は魔法使いだな」
「あ、俺気になってる魔法使いがいるんだよ」
「1年間大事に育てますか」
魔法使いの家を囲っていた怪物たちはその場を離れ、まだ賑わう町に戻っていく。生贄を手に入れた種族が次の生贄に選ばれる。
ハロウィンを楽しむ表の住人は裏の祭りを知らない。その中から獲物を選び、森の深くに隠された牢屋で1年間、頭の働きが鈍くなる薬を混ぜた餌を与え、次の生贄に育てた。
次のハロウィンが楽しみだ。待ち遠しい次回のハロウィンに、怪物たちは嬉々とした。
終わり
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