第15話 ヤクザ×兄弟

虫の知らせ

喪失





 俺と弟は最強だった。最強にバカで、最強に強い、唯一無二のコンビだった。

 俺は18歳、弟の哲太(テッタ)は16歳。二人で馬鹿みたいに喧嘩して日々を明け暮れていた。

 弟がいれば俺は負けないし、俺がいれば弟は誰よりも強い。そんな、最強の兄弟だった。



 ゾクッと、嫌な、それは虫の知らせとかいう、そういうものだったんだと、後から気付いた。

 高校では、当然ながら二人、別々に行動していた。昼休みには屋上で昼飯を食ったり、授業がかったるかったら二人でサボったり。退屈な授業を、欠伸をしながら、今日の放課後はどうしようかと、そんな事をぼんやり考えていた。

「兄貴、先帰ってて」

「あー?なんか用事?俺も待つよ」

 放課後、下駄箱で落ち合った哲太。少しソワソワした様子だ。

「いや、あのさ」

 頬を掻きながら、照れたように話す。そんな顔見たの、初めてだった。

「なんか、ラブレター、もらって」

 そう言って、哲太が掲げたのは淡いピンクの可愛い封筒。嘘だろ、と思いつつそれを奪い取り確認する。

『園木(ソノギ)哲太さまへ』

 丁寧で読みやすいが、どこか丸みがあって可愛らしい文字。封筒からはほのかに甘い匂いすらした。

「うそだ……」

「兄貴?」

「うそだああああ!!!お、俺だって、ラブレターなんてっ」

 破り捨てたい衝動に駆られたのをいち早く察知した哲太が、俺の手からラブレターを奪い取る。

「安心しろって」

 哲太は息を吐いてぽんぽんと俺の肩を叩いた。

「おれには兄貴だけだからさ」

 な?と笑う哲太。

 そんな哲太に、俺はなにもかも合点がいった。

 そうだ、哲太はそういう奴だ。俺より身長が高いし、男前だし、筋肉あるし、笑うと可愛くて、女に優しくて、喧嘩に強くて。

 そりゃあ女にもモテるよな。

 俺は、ぐすん、と泣きそうになりながら哲太の手を払った。

「彼女と爆発しろこのリア充」

 俺はどうにも、かっこいい兄貴になんてなれそうになかった。



 下校の道を一人で歩くのは久しぶりの事だった。物心ついた頃から、ずっと哲太がいた。朝から晩まで、よくも飽きないものだ。

 よくよく思い出してみれば、喧嘩に明け暮れる日々が始まったのは、哲太と一緒にいたことが原因だった。

 小6の時まで、俺は兄貴として、哲太を守ろうと二人手を繋いで歩いていた。それをクラスメイトから笑われた事があった。

 男同士なのに!兄弟なのに!

 後ろ指さされて、俺は怒ったんだ。馬鹿にされた事を。哲太が俺の手を振り払おうとした事を。

 それからそのクラスメイトを殴り倒して、学校からは問題児扱いされた。その噂はあっという間に広がり、中学に進む頃には尾びれ背びれがついていた。

 それを振り払うみたいに喧嘩して、背中には哲太がいて。

 哲太さえいれば俺は無敵だった。



 なんてこった、俺はこんなにもブラコンだったなんて。



「っかばかしいクソが」

 ガコンと空っぽのゴミ箱を蹴散らして、一人こぼした。

 第一、俺には哲太しかいないわけじゃないし。友達だっているんだ。そうだ、つまんねーから友達と遊ぶか。

 そうやって携帯のラインを起動して、サッと血の気が引いた。

 トーク相手が哲太しかいなかった。

 そんな馬鹿なと、アドレス帳やツイッターを起動してみる。

 哲太の連絡先しかないし、フォロワーは哲太しかいなかった。いや、ツイッターはずっと起動してなかったし。でもさ、だからって……そんな。

 俺、究極のぼっちじゃん。哲太がいなくなったら、俺は、俺は……。

 その時だった。

 ぽこん。

 哲太からラインで写真が送られてくる。彼女の写真か?くそが。

 腹立ちながら即座にメッセージを確認する、俺はやっぱりブラコンなのかもしれない。



 なんて馬鹿な考えもすっ飛ぶ。

 もう一度血の気が引いた。なんだ、これは。

「哲太……?」

 送られてきた写真は哲太の写真だった。

 でも、それは普通の写真じゃない。

 顔は眉を顰めて、苦痛に歪んでいた。

 口はガムテープで塞がれている。腕は後ろで拘束されてるのかよくわからない。

 上は着ているけど、下はなにも穿いていなかった。

 足は持ち上げられ、膝裏を誰かの手が抑えていて、マッパの下半身がこちらにまざまざと晒されている。

 ちんこには何か棒が、ケツの穴には極悪な太さのバイブが突っ込まれている。

 穴は切れているのか、血が滴っていた。

 嘘だ、なんだ、これは、これは……?



 弟のこんな様子を見て、俺は何で……?

「くそっ……ぐ、う、」

 馬鹿になった下半身が許せなくてグーで殴りつける。そんなことして当然痛くてしゃがみこんだ。

「哲太……」

 訳がわからなかった。どうしたらいいのかも、頭が真っ白だった。

 こんな、こんな事ってあるだろうか。

 ぽこん。ぽこん。

 もう一つ、画像と文章が送られてくる。

 バイブを抜かれて、血の滴る穴が拡げられた写真。

 それから一文、『○×ビル8階』。俺は即座に走り出した。



 ○×ビルは繁華街の外れにある寂れたビルだった。何の会社が入っているのかわからないが、看板には見た事もない社名が並んでいた。

 噂だとアダルトショップだとか、ヤクザの事務所だとか、そんな話があった。

 なんでもいい。罠に飛び込むようなものだけれど、それでも俺は、ビルの階段を駆け上った。

 ガタバタン!!!!

「哲太ァ!」

 8階にある扉は一つだけ。軽いノブを回して押し開くと、甘ったるい匂いがした。

「んんんっんんうっ」

 くぐもった声、ひしめく熱気。数メートル先のソファーで、哲太に男が覆いかぶさっている。

「哲太、を、離せクソ野郎!!」

 一足飛びで男の背後に近付き、その後頭部を蹴り飛ばす。横倒しになった男を退けながら、哲太に目をやった。

「哲太、大丈夫か」

 ビリッと口のガムテープを外すと、哲太の唇が俺の唇を塞いだ。

「ヒーローの登場に、ヒロインのキスって?」

 横から声がして、そちらを見るとスーツの男が携帯を弄っていた。

「10分で来るなんて、意外と足が速いんだな」

 かしゃんと落とされた携帯は、哲太のものだった。こいつがラインを送ってきたのに間違いはなさそうだった。

「哲太、なんだよこいつら……」

 珍しく泣いている哲太を抱きとめながら聞いたが、哲太は俺に頭を押し付けてくるだけでなにも答えはしなかった。だいぶ体力を消耗しているのか、顔色は悪く呼吸は浅い。

 俺は着ていた学ランを哲太にかけて、立ち上がり男に向き直る。

 スーツなんて出で立ちだが、その下には明らかに鍛えられた筋肉が服の上からでもわかった。隙だらけなように見えて、一歩でも動けば狩られてしまいそうな、そんな緊張感が身体に纏わりつく。

 気持ち悪かった。頭の上から足の先まで、値踏みされているような。

「安心しろ、そいつの処女は破られてない。入れたのはオモチャだけだ」

 口角を上げて不気味に笑う。なんて胸糞悪い。

 スーツの男はすっと立ち上がり、一歩俺に寄った。

 不気味だった。音もなく歩くような、あまりにも自然すぎる歩き方で、俺には、次にこいつが何をしてくるのかわからなかった。

 ただ近付いてくるだけなのに、次の一歩がいつ出るのか、挙動がわからない。

 まるで蜃気楼でも見ているよう。

「それに」

「う、あ、」

 気付いた瞬間には、男は俺の目の前にいた。喉元を掴まれ、呼吸が出来ない。

「本当の狙いはお前だ、真人(サナト)」



 ガクンと意識が俺の手からこぼれ落ちた。

 微かに、哲太が俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 大丈夫だよ哲太、俺がお前を守るから……。



続く

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