第4話 男3、女1の幼馴染

相席

太陽と月

素直になれない


 僕たちは、悲しい。



 6月の花嫁は神様から祝福される。

 僕の二人の親友は、今日結婚式を挙げた。

「明(メイ)、きれいだな」

「うん」

「萌(キザシ)も、決まってる」

「だね」

 潮(ウシオ)が言ったことに、僕は頷くしか出来なかった。

 僕とウシオとメイとキザシ。四人は親友で、幼馴染だった。



 最初はウシオとキザシと、僕の三人だった。

 お母さん同士が仲良しで、産まれた時期も近かった僕たちはいつも一緒に過ごしていた。

 活発なキザシ。心優しいウシオ。引っ込み思案な僕、朝(アサ)。

 そこにあとから加わったのは、唯一の女の子、メイ。

 男三人、女一人、僕たちは四人で、ずっと一緒に過ごしていく。



 披露宴で流れる、二人のエピソード。その中に映るのはいつだって僕たち四人だった。

 幼稚園の頃からずっと一緒で、片時も離れない。仲が良くて、よく兄妹かと聞かれたものだった。

「懐かしい」

「うん」

 キザシの中学の頃の写真が映る。顔も身体も傷だらけで、それでも嬉しそうにサッカーボールを抱いていた。

 僕たちが別の生き物だと僕が理解し始めたのは、その頃だった。



「アサはさあ」

 思い出すのは夕暮れの公園。日が落ちて赤と黒の入り混じる、少し怖い色の中。

 僕とメイはブランコに並んで乗っていた。

 中学の時だった。キザシはサッカー部に入り、ウシオは塾に通い始める。

 僕とメイは少しの寂しさを抱えながら、二人で公園にいた。

「アサはさあ、好きな子とか、いる?」

 キイー、キイー。錆びたブランコが嫌な音を立てた。僕は座って、メイは立ってブランコを漕いでいる。

「んー?んー……メイは、いる?」

 僕が聞くと、メイの表情が変わった気がした。けれど、太陽からの逆光でそれがどんな表情だったのか、僕にはよくわからなかった。

 笑ってるように見えたし、泣いてるようにも見えた。

「いるよ」



「今日はお忙しい中、私たちの挙式にお越しいただき、まことにありがとうございます」

 白いタキシードに身を包んだキザシがいつになく真面目な顔つきで、立派に挨拶をする。

 その姿を見て、懲りずにもときめく僕の心臓が、止まれば良いのにと思った。

 僕はキザシが好きだった。小さい頃からかっこ良くて、男らしい、キザシが好きだった。

 そうだと気付いたのはいつからだろう。

 僕は今でも、キザシが好きだ。好きだった。メイと結婚した今だって、好きだった。



「キザシ、また告白されたって」

「かっこいいもんな」

 ウシオが言うのを、僕は適当に返す、振りをする。

 高校の頃。サッカー部のエースとして活躍するキザシは、女子から人気の的だった。

 イケメンで、突き抜けた性格で、サッカー部のエース。それで好きにならない奴なんていない。

「あーあ、キザシばっかずるいよなあ」

「あはは、そうだな」

「何の話?」

「……っ」

 噂をすればなんとやら。キザシがひょいっと横から顔を出して、僕はドキッとした。

「キザシがイケメンでムカつくって話」

「ははは、イケメンでごめんな」

「わ、や、やめろよ」

 言ったのはウシオなのに、キザシはなぜか僕の頭をくしゃくしゃにしていく。素直になれない僕は恥ずかしいくらいに顔を真っ赤にしながら、装いきれないのに平静を装った。

「……アサってさ、」

「あ、メイ」

 ウシオがなにかを言おうとするのを遮って、キザシが声を出した。廊下を歩くメイを見つけたキザシは、メイの方へ駆け寄っていく。

「キザシって、メイの事好きだよな」

「そうだな」

 僕が言うとウシオが頷く。

「そういえば、なんか言いかけてた?」

「や、なんでもない」

 僕はその時ウシオがなにを言いかけてたのかよりも、メイと楽しそうに話すキザシの方がずっと気になっていた。

 キザシに抱いた恋心に気付いたのは、その頃だった。



「メイさんには特に仲の良い三人のお友達がいまして、先ほどのスライドショーでもわかったと思いますが、幼稚園からこんにちまで、ずっと一緒に過ごして来ました。どの男の子と結婚するのかな?と、いつもそんな風に話していて」

 新婦側の挨拶ではメイの姉が僕たちを優しく見つめながら話していた。

 僕たちは男で、メイは女の子で、親たちはいつも「誰がメイと結婚するのかねえ」「誰が相手でも、きっと幸せになってくれるわね」と、無責任な事を言っていた。

 メイは女の子で、僕たちは男で。

 結婚出来るのはメイと、その相手だけだった。



「私、どうして女の子なんだろう」

 高校二年になって、メイは女子からいじめを受けていた。無視とか、ハブとか、そういう類のいじめだった。

 原因は僕たちだった。四六時中一緒にいる僕たちを、特に女子から人気の高いキザシと仲の良いメイを、他の女子は羨み妬み、いじめた。

「……ん……」

 そんな苦しさをメイが打ち明けたのは、僕にだけだった。陰湿ないじめを受けても、メイは隠した。

 キザシを悲しませたくないと、大丈夫だよと強く笑うメイを、だからキザシは好きなんだと思った。

 僕はそんなメイが羨ましかった。

 妬ましかった。

「知らない」

 僕の前だけで弱みを見せてくるメイに、僕は優しく出来なかった。

 どうしてメイは女の子なんだろう。

 どうして僕は男の子なんだろう。

 メイはキザシと結婚出来るのに、僕はキザシと結婚できない。

 それなのに、それなのにメイは。

「私、女の子じゃなきゃよかった。男の子に産まれたかった」

 どうしてそんな事を言うんだろう。

 僕の欲しいものをメイは持ってるくせに。

 メイは僕を羨んだ。



「高三の夏、インターハイの予選で負けたキザシはついに、メイさんに告白をしました。俺たちサッカー部は、全員でそれを陰から眺め、見守っていました。エースが振られるところを、見たくて」

 会場に笑いが起こる。キザシの友人代表として、キザシのサッカー部の仲間が挨拶をする。

 結局、予想通りに、二人のお付き合いはそこから始まった。

 キザシは知らないけれど、その頃メイへのいじめは激化していた。メイはそれを避けるために、キザシといない時は僕と一緒にいることが多くなった。

 僕にはそれが苦痛だった。



「アサ」

 メイとキザシが付き合い出した頃だった。

 二人が付き合うと言っても、僕たちとの接し方はなにも変わらなかった。むしろ変わったのは僕だった。

 二人がセックスをしたり、キスをしたりする。それを考えると胸がムカムカして、僕はとてもじゃないけれど二人と一緒にはいられなかった。

 そんな僕に寄り添ったのはウシオだった。

「二人にしてやろうぜ」

「そんな気ー使わなくていいのに」

「ばーか。お前らのいちゃいちゃを見せつけられたくないんだよ。な、アサ」

「そうだよリア充どもめ」

 ウシオが僕の手を引いて、僕たちはキザシとメイを二人にした。

 それから僕は悲しさで胸が苦しくなった。

 二人の事が好きだった。それなのに嫌いになっていく。

 どうしてメイは女の子なの。

 どうして僕は男の子なの。

 どうして僕はキザシを好きになったの。

 どうして。

 どうして。

「アサ」

 ウシオが僕を抱きしめる。こんなにそばにいるウシオのことを、僕はその時まで気付かなかった。

「俺は、アサが好き」

 後ろから抱きしめられた。ウシオの声は胸にツンとくるようだった。

「俺じゃだめ?」

 ウシオは僕が好き。僕はキザシが好き。キザシはメイが好き。

 メイは誰が好きなんだろう。

 誰か一人でも報われるのだろうか。



「キザシくんは我が◯×署でも検挙率が高く、志望の刑事課に異動してからは一段と仕事に磨きがかかりました。将来は子供を三人望むと言うそうで、地域の安全も、家庭の安全も彼なら守っていけるでしょう」

 キザシの上司が彼を褒め称える。

 高校を卒業すると、キザシは警察官になった。サッカー選手になると思っていたから意外だった。

 その事をそっと教えてくれたのはウシオだった。

「高校卒業の少し前に、キザシのシンパがメイをいじめた事を打ち明けたんだよ。あんな無神経な女でいいの?ってな。言ってる事意味不明すぎるだろ」

 メイの秘密は暴かれたけれど、メイはその事を知らない。

 キザシもまた、秘密を知ってしまった事を隠す事にした。それから正義のために、今度こそは絶対に守れるようにと警察官になった。

 キザシの単純で、一途なところは眩しいくらいだった。

 キザシは太陽だった。強くて明るい、太陽だった。



 高校卒業後、僕とウシオとメイは大学に進学した。学部は違うけれども同じ大学。

 キザシは警察学校に入る。その直前に、キザシはメイにプロポーズした。


「キザシにプロポーズされた」

 あの夕暮れ迫る公園で、僕とメイはブランコに並んで乗る。

 メイの言葉に胸がズキンと痛んだ。

 プロポーズをする事はキザシから聞かされていた。兄弟みたいに育ったお前らだから、隠し事はしたくないと。

「そう。おめでとう」

 僕はまた、メイに優しく出来なかった。

 心から祝いたいのに、僕の言葉は冷たくなる。今だって僕は、キザシの事が好きで、キザシと結婚出来るメイが羨ましい。

 憎いほど羨ましい。そんな僕の醜い心が嫌いだった。

 キザシが太陽なら、メイは月だ。綺麗で儚く笑う。メイは大人で、女性になっていた。

 そして僕はメイを羨んで吠えるだけの、決して月にも太陽にも届かない、孤独な狼だった。

「私ね、三人の子供が欲しい」

 メイが言った。

「そう」

「キザシと、ウシオと、アサの、三人の子供」

 キイー、キイーとブランコが鳴る。僕はメイを見た。メイも僕を見ていた。

「私、三人が好き。四人でいたいの」

 メイは泣いていた。

 メイはずるいよ。僕が好きなキザシから、愛されているのに。

 全部欲しいなんて、ずるい。

「どうして私だけ女の子なのかな」

 メイは泣いた。

「みんなの事が好きなのに、どうして四人ではいられないの」

「女の子がメイでよかった」

 僕が言うと、メイはきらきらと濡れた瞳を僕に向けた。

「僕はメイが羨ましい。でも、メイが嫌いじゃない」

「……ふえっ、うええ……わ、わたし、アサに嫌われてるって、思ってた」

 メイはさらに泣き出して、しゃくりあげながら言った。


「私が女の子なのは、三人の子供を産むためじゃないかな、って思ったの」

「欲張りだね」

「それでね、男の子と女の子二人ずつ産むの。そしたら今度はきっと、みんなで幸せになれるでしょう」

 そうしたら今度は、全員で近親相姦だ。

 おぞましいほど気が狂った、理想の幸せは、きっと誰にも許されない。

「キザシとの赤ちゃん、僕も抱っこしていい?」

「うん。いっぱい、愛してあげて」



「本当はアサのことが好き。でも私を愛してくれるのはキザシだから」


 僕とメイだけの秘密は、誰にも秘密だった。



「アサ、ウシオ、まるで兄弟のように育った二人の事も大好きです。いつか産まれる私たちの子供も、二人の子供みたいに思って欲しい。二人が家庭を持っても、この四人の家族みたいになりたい」

 新婦の、父母への手紙には僕たちへの思いも詰められていた。

 僕たちは家族だった。

 けれど本当は別々の人間で、それぞれが誰かを愛していた。

 僕たちは人生を相席してしまっただけの他人だったんだ。

 それは寂しくて、悲しくて、幸せな事だった。家族のように寄り添う他人と、人生の始めの内に出会えたのだから。



「アサ、ウシオ」

 披露宴を終えて、誰もいなくなったチャペルに四人で入る。

 僕とウシオのために、萌と明が用意したサプライズだった。

 キザシはタキシードを脱いでウシオに着せる。メイはベールを僕に被せた。

 神父の立つところにキザシとメイが立ち、僕たちを手招く。

 僕とウシオは手を取りその前に立った。

 結局僕は、キザシへの気持ちを打ち明ける事はなく、一生を終えるまで隠し通すのだろう。

 その気持ちを捨てられない僕を、ウシオはそれでもいいと言った。

「病める時も健やかなる時も、愛を誓いますか」

 キザシが僕に聞いた。

「誓います」

 僕はキザシを見つめて答えた。

 酷い僕を、ウシオは見つめる。

 きっと僕は、一生を終えるまでキザシの事を愛してしまうだろう。今、ここで誓ってしまったから。

「病める時も、健やかなる時も、愛を誓いますか」

「誓います」

 メイが聞くと、ウシオは僕を見て答えた。

「じゃあ、誓いのキスを」

 ベールをウシオがあげる。

 ウシオのまっすぐの瞳が僕に愛を誓っていた。


 僕も、三人が好きだった。

 いつまでも四人でいられれば良いのに。

 ウシオが顔を近付ける。目の端で、メイの顔が見えた。

 僕もメイと一緒だった。僕はキザシが好き。でも、愛してくれるのは、ウシオだから。


 柔らかい誓いのキスがなにを誓ったのか、僕にはわからなかった。


終わり

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