第5話 美術専攻×モデル
鏡
ぎこちない沈黙
首筋に汗が伝う
首筋に汗が伝う。クーラーの効かない部屋、窓を全開にしても茹だるような暑さだった。
そんな中、俺は全裸で洗面台に座り、男に下の毛を剃られている。どちらも喋らないから、剃っている音だけがしていた。
「……やっぱり、自分で」
「もう終わる」
真剣な表情で俺の性器をまじまじと見つめるそいつ、衛市(エイシ)は高校からの友人だった。
大学で美術の道に進んだ衛市が、次の課題で裸婦を描く必要があった。そのモデルになってくれと頼まれ、俺は断れず、こんな事になっている。
高校から今でもサッカーを続けている俺の筋肉が描きたいと、どストレートに伝えてきた衛市。
芸術家というのは変態がなるものなのか、それとも芸術を極めると変態になるのか、俺にはわからない。
「出来た」
満足気に顔を上げて俺に言う。俺が下半身に目をやると、ツルツルの股間がちまんと鎮座している。
「いい感じ」
「んっ、擦るなよ」
衛市の指がツルツルの肌を撫でた。毛を剃られたばかりで敏感になっているのか、俺はくすぐったいような、変な感覚に思わず声を上げる。
「ほら、すごい、いい感じ」
「う、あ……」
無理やり身体の向きを変えられ、俺は洗面台の鏡に映る自分を直視させられる。
普通の、20代の、立派な男が、子供みたいにツルツルの股間を晒していて、それを衛市が指で撫でている。
なんとも言えない羞恥にかられ、顔がみるみる赤くなっていった。
「毛を剃りたいなんて、無理言ってごめんな」
「い、いいよ、毛なんかすぐ生えるし。それよか、課題終わらせんだろ」
どうしても毛を剃った状態で描きたいと言うから、渋々許可したまでだ。恥ずかしさが後から後からこみ上げて止まらないから、俺は早く描き上げてもらって帰りたかった。
「じゃあ隣の部屋で」
衛市に手を引かれ、俺は隣の部屋に移動した。俯いて、綺麗になってしまった自分の股間から目を逸らしたいのに無意識にそちらを見てしまう。
これ、どれくらいで生え揃うのだろう。
「瀬斗(セト)、そこ座って」
促されるまま、部屋の真ん中に置かれた椅子に座る。
「っ、」
「ごめん、ポーズ決めるから」
「あ、ああ……」
衛市が足を撫でて、俺は大げさなくらい反応してしまう。
俺の心臓はさっきから、いや、衛市に毛を剃られ始めた時からドキドキとしてしまって落ち着かなかった。
心を落ち着けたいのに、その度衛市に触れられるから心拍は上がるばかりだ。
「うん、その体勢で。きつくない?時間かかるから、身体の力抜いて」
「うん……」
俺は椅子に横向きに座り、背もたれに身体の右側を預けた。右足を椅子の上に上げて軽く腕で抱く。
全てを曝け出す格好だが、課題のためなら仕方ない。俺が視線を逸らそうと俯いていると、衛市の指が顎に触れた。
「オレの方見てて」
「わ、かった……」
衛市が俺を見ていた。椅子の上で恥部を晒す俺を、真顔の衛市はじっと見ていた。
目が合っているのかいないのか、最初は恥ずかしくてくすぐったかったのに、真剣な顔をしている衛市を見ているとそんな気分はどこかへ行ってしまった。
真剣な表情で俺を観察する衛市を、俺もまた静かに観察した。
どうして俺をモデルにしたんだろう。
高校から友達とは言え、衛市は他にも友達がいた。もっと言えば、女友達や、好意を寄せてる人も少なくない。
衛市は俺の身体を褒めてくれたけれど、もっといいモデルなんて他にいただろうに。
もし他の人をモデルにしていたら、その人にも剃毛をしたんだろうか。衛市の繊細で長い指が、女性の肌を撫でるのだろうか。
そう思うと少しだけ胸が苦しい気がした。
衛市の指は優しかった。人に触れるのに慣れているような。優しくて甘い手つき。
衛市も、女とセックスしたり、キス、するんだろうか。
「瀬斗」
「ん」
「少し休憩するか」
「ああ」
呼ばれてハッとする。考え込んでいた内は忘れていたみたいになんともなかったのに、一気に部屋の暑さがぶり返して汗が噴き出す。
「汗かいただろうから、水浴びてきな」
「ん、ああ」
頭からふぁさっとタオルを掛けられた。確かに暑さで頭がクラクラするかも。水浴びるか。
そう思って立ち上がると、下半身に違和感を持った。
あれ、そう思って下に目をやると、俺の性器は勃起していた。
「っっ」
一気に顔が熱くなる。いつの間にそうなっていたのか、俺は気づかなかった。
衛市はもしかして、いや間違いなく、俺が勃起してしまったのを気にかけて水を浴びてこいと、言ってくれたんだ。
俺はタオルで顔を隠すようにして浴室に飛び込む。シャワーと体育座りして入るしかなさそうな浴室のみの、狭いものだった。
俺は水を全開にして、頭から被った。火照った身体にちょうどいい。
けれど、下半身の興奮は治まってはくれない。落ち着かせたいのに焦って落ち着かない。頭の中には洗面台で触れた衛市の指の事ばかり思い出している。
それどころか、衛市にその先の事までされる妄想が、止まらなかった。
「……そだろ、おさまれ、おさまれ……」
ヌけばバレてしまうから、なんとか落ち着かせたいのに、焦れば焦るほどダメだった。
「くそ……っ」
スッと頭が真っ白になって、一瞬意識が飛んだ。水も飲まずに暑い部屋にいたせいで、熱中症になりかけていたらしい。気付くと俺は床に尻もちをついている。
「瀬斗?平気か」
「っあけんな、……よ」
みっともない姿に俺はまた顔がカーッと熱くなるのを感じた。
床に大股開いて勃起を晒している。恥ずかしいのに尚も、治る気配はない。
沈黙が空間を支配した。身体に力が入らない俺は動くこともできない。
早く出て行って欲しいのに、衛市はまだそこにいる。
そこにいて俺を見ている。椅子に座ってポーズをとる俺を描いていた時みたいに、まじまじと俺を見つめている。
「瀬斗」
衛市が俺を呼んだ。俺はビクッと反応するだけで、喉が詰まったみたいに何も言葉が出なかった。
「ごめん」
なにが?
聞き返す前に、ボディーソープを手につけた衛市の手が勃起した俺の性器に触れた。水をもう片方の手で止めて、ぬるぬると俺の性器が扱かれる音だけが響く。
「は、あ、ま、って……衛市」
衛市の手が、指が俺の性器を擦る。根元から搾り上げるように、あるいは先端をいたずらに抉り、優しく撫でた。
「衛市……」
声が上ずる。イくから、腕に縋りついて絞り出すように言うと手の動きは早まり、俺は間も無く果てた。
「今日はもう、帰るだろ」
シャワーで洗い流され、パンツも服も着せられ、気がつくと俺は衛市の部屋の外、玄関に立っていた。
衛市の指が俺の頭を撫でようとして、留まる。
ぎこちない沈黙に、俺の喉は上手く声を出せない。俺は必死に声を出したから、裏返って、大きくて、震える声になった。
「したも」
衛市の視線が俺を見つめているのを感じた。
「明日も、描くんだろ」
なんとか声にして衛市の顔を見る。衛市は少し驚いた顔をしてから、ホッとしたように微笑んだ。
「うん、描く」
「じゃあ、また、明日」
俺は踵を返して、ふうとため息を吐く。すると後ろから、衛市が俺の頭を撫でた。
「また明日」
俺は衛市にバレないように、小さく笑った。
終わり
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