第13話 インターハイ決勝戦 1
「アー!」
どよめきが起こる。相手チームが放つシュート。ゴールキーパーがかろうじてグラブではじく。
「ナイスプレー」
声援を送る観客たちはホッと胸をなでおろし、キーパーの
8月の上旬、フィールドホッケー全国高校選手権決勝は、日光市のホッケー競技場で開催されていた。トーナメントを勝ち抜いた真琴たちの高校は奈良県の強豪と優勝をかけて対戦しているのである。
真琴の高校の生徒たちが大勢応援に来ていた。高校の略称の「いち高、ファイト! いち高ファイト!」の掛け声が繰り返される。試合は0対1で相手チームにリードを許したまま後半を迎えていた。
真琴は準決勝、準々決勝でシュートを放ち、得点を決めていたが、この決勝の相手は果敢に攻め込んできて、真琴にシュートを打たせる機会を作らせない。
防戦一方の展開であったが、キャプテン川治摩耶を中心とするDF陣の堅い守りのおかげでまだ1点差ですんでいる。真琴をはじめFW陣は何とか同点にしようと焦りが高まっていた。
俊は高校の応援席から真琴に声援を送っていた。フィールドに近い場所で観戦できるのは幸運だった。
ホッケー競技場は一面が青々しい。人工芝が敷き詰められているからである。目にも穏やかでよい。しかし、この炎天下、競技場の上はかなり暑いだろうと俊にも思われた。
試合開始前にたくさんの水が撒かれていたが、摩擦熱による火傷を防ぐためらしい。観戦する生徒や保護者も帽子をかぶったり、ぬらしたタオルを首にかけている。
相手チームのエースストライカー
真琴たちが守りばかりに力を取られ相手チームを攻め切れていないことが見ている俊にも理解された。
(真琴、がんばれ。真琴が同点シュートを決めるんだ!)
試合は相手チームのペナルティーコーナーが続いていた。ホッケーを特徴付けるものが、このセットプレーである。
ゴール前のサークル内で守備陣が反則を犯したときや守備側が故意にバックラインを超えるボールを出した場合に攻撃側にペナルティーコーナーが与えられる。
攻撃側はゴールポストから10m離れた地点からパーサーがボールをストロークし、サークルの外でストッパーがボールを止め、それからシューターがシュートを打つ。攻撃側はボールがサークルの外に出された時点で何人でも攻撃に参加してよい。
一方守備側はゴールキーパー1人とフィールドプレイヤー4人で守り、ボールがストロークされるまで、ゴールから一定距離離れていなければならない。それ以外の守備側選手はハーフラインまで戻っている規則である。つまり、攻撃側にとても有利なセットプレーなのだ。
笛とともにペナルティーコーナーが始まった。ボールがサークル内から打ち出されると怒涛のように相手チームの選手たちがゴール前のサークル内に入ってくる。味方チームの計5人がゴール前に駆ける。
最初のシュートが雀宮から放たれるが、ゴールポストに当たり前方にバウンド、それをDF選手がクリアしようとするが奪われ、再び違う選手が低い弾道でシュート。しかし、キーパーが足で止める。
ボールはサイドに転がるも、まだ生きている。相手チームの選手がドリブルで突破を試みる。だが、摩耶のスティックがボールを奪ってみせた。そのまま打ち放ちサイドラインを割る。
サイドライン上から相手チームのフリーヒットによって試合が再開される。サッカーで言うフリースローのようなものと考えてよい。
敵チームの攻撃が続き、応援席の俊たちもはらはらのしどうしだ。うまく守っているが、なかなか相手チームの陣地にボールを運べない。
ここで真琴がベンチに下がり他の選手が投入された。ホッケーは試合中何度も選手を交代できる。キーパー以外は交代による試合の中断もない。
今日の真琴の運動量は並々ならないので、監督がいったんベンチで休ませたのだろう。試合時間は残り20分、真琴が再びフィールドに立つ機会はきっとあるだろう。
俊のいる比較的そばにベンチが位置した。真琴がタオルで汗を拭い肩で息をしている。
(真琴、苦しそうだな……)
真琴と交替した選手は守りに徹していた。
その後10分の間に一度シュートチャンスがあったが、相手のDF陣に阻まれてしまった。このときは観客席から大きなため息が漏れた。
試合時間が残り10分を切る。監督が真琴に声をかけている姿が見えた。
(真琴の出番だな!)
真琴は体をほぐし始めた。そして立ち上がる。ちょうど応援席の掛け声が途切れたときだった。俊は思わず、
「真琴!」
と叫ぶ。真琴が俊の方を見やった。
「真琴、頑張れ。シュートを決めて来い。お前ならできる。なぜなら、俺の…、そう俺の女神だからだ!」
俊の周りが少しどよめいた。そばにいた保とサヤカは驚きそして顔を見合わせて微笑んだ。
「俊、任せて!」
こう真琴はスティックを持った右手を挙げて応えるとフィールドに駆けていった。
「俊、大胆だな~。でも、いい言葉だったぞ!」
保にそう言われて、俊はふと我に返り恥ずかしさを覚えた。でも、悔いはない。笑いたいものは笑ったらいい。これが自分の本当の気持ちなのだから。今日の俊の胸には強さがあった。
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