第12話 ラウラの旅立ち
次の日の早朝、真琴はいつものように駆けていた、杉並木の道を。
今日は天気がよく、小鳥のさえずりも多い。朝の散歩やウォーキングをしているお年寄りの姿も見られた。
途中で、犬の散歩をする俊に出会った。俊は真琴に手を振る。真琴は走るのを休止して、俊のそばにたたずむ。
「おはよう、真琴」
俊が少し照れくさく挨拶すると飼い犬のコロも「ワン」と吼えて尻尾をいっぱい揺らして真琴にじゃれようとする。
「おはよう」
と返す真琴の表情は明るい。しゃがんでコロの頭を撫でる。黙って撫でられているコロは嬉しそうだ。
「毎朝、真琴は欠かさず走ってる。小学生のときから。凄いな」
真琴は立ち上がって
「凄くないわよ。もう癖みたいなものだから」
「いや、俺には真似できない。真琴は暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も。だから、今、ホッケーで活躍してるんだよ」
「俊は褒めすぎよ」
真琴はちょっと照れた。こういうことは俊から余り言われた事がなかったから。
「インターハイの試合、応援に行くよ、必ず!」
「ありがとう!」
「真琴、ランニング邪魔して悪かった、では、また」
こう言って俊はコロとともに真琴から離れた。真琴はランニングを再開した。真琴の足取りは先ほどよりも軽く感じられた。いっそう元気が漲ってくるようにも思えた。
(俊は凄いね。私に元気をくれるよ)
そんなことを思いながら、真琴は杉のトンネルの爽快な空気の中を駆けていった。
この日の午後のホームルームで、ラウラが1学期が終わったらドイツに帰国することが担任から告知された。生徒たちは驚くとともに男子生徒たちは特に残念がった。
「ラウラちゃん、いなくなっちゃうのか。本当に残念!」
「ラウラ姫の隠れファンだったのに…」
そんな声がこの日を境に聞かれるようになった。俊もクラスメートたちの落胆の声を聞くと改めてラウラがいなくなることがさびしくも感じられるのだった。
真琴も急な話でとても驚いた。俊がラウラと一緒に自転車で出かけたというのもこのことが関係あるのだろうと直感した。そして、ラウラの帰国に自分が少しほっとしているのがちょっぴりいやだなとも思うのであった。
ラウラとは高2でクラスが一緒になった。サヤカからラウラが俊と仲がよいことを聞いていたので、ちょっと意識してしまい、距離をとっていたような気がする。必要なときに普通に話すという感じだった。
ラウラとはいろいろ話せることもあったのではないか、少し残念なことをしてしまった。真琴はこの日からは話せる機会があれば意識的にラウラと話すようにした。ラウラも他意なく自然体で真琴とは接していた。
定期テスト直前に体育の水泳があったが、プールサイドで真琴とラウラは隣り合った。その時、ラウラが突然言ってきた。
「俊ト真琴ガマタ話スヨウニナッテ良カッタワ。心配シテタネン」
真琴は少し驚き
「えっ?それは…」
「二人ハオ似合イヤ」
とラウラは微笑んだ。真琴はラウラの言葉に素直な気持ちで答えた。
「ありがとう、ラウラ」
ラウラはクラスメートともそして俊とも変わりなく接していた。美術部員も残念がったが、大学でまた日本に留学したいとかお笑い養成所に入りたいなどと言って、悲しみを見せず明るく振舞っていた。
学校の定期テストが終わり、梅雨も明け、いよいよ夏休み直前モード。それは真琴にとってはインターハイへの追い込み、俊にとってラウラとの別れも意味していた。
ラウラは夏休みに入った次の日、日光を後にすることになっていた。いろいろな準備があり、早めにドイツに帰らないといけないそうだった。
蝉の声が激しくなるとともにラウラの出発の日となった。この日ラウラは家族とJRの駅から旅立つ。この駅は高校の最寄り駅でもある。俊は保と一緒に駅に赴いた。
駅前のスロープの手すりには、俊の高校の名前とともに「男女フィールドホッケー部インターハイ出場おめでとう!」という横断幕が取り付けられていた。ホッケー部はこの地域の誇りでもある。
駅の中に入ると広くない構内に人が集まっていた。クラスメートや美術部員の姿が見られた。その中心にラウラ一家がいた。ラウラと両親と弟の4人。親友の大笹千佳がラウラの隣に立っている。真琴とサヤカも来ている。
ラウラは俊を見つけると手を挙げて
「コッチヤデ!」
という。俊も手を挙げた。この不思議な関西弁?をもう聞けなくなると思うとやはり名残惜しい。
俊は両親と弟に挨拶する。初対面ではなかったが、父親と2学年下の弟はかなり体が大きい。母親は日本の女性よりもやや大きいという感じでラウラの整った顔立ちは母親にとても似ている。
「俊君、イロイロアリガトウ」
と母親が言う。
「いえいえ、僕こそお世話になりました」
「イヨイヨ日光トオ別レヤ」
「ラウラ、ドイツに戻ってもたまに日光を尾も出してくれたら。あと日本のアニメも」
「アニメ、忘レルカイナ。ドイツデモ見レル!」
「うん、そうだな!」
「日光モ忘レナイ。大谷川ノ小サナ橋カラ見タアノ景色モ」
というと、ラウラは片目をつぶってみせた。
「ラウラちゃん、ドイツでも元気で!」
保が名残惜しそうに話しかける。ほかのクラスメートや美術部員も声をかける。そうこうしている内に出発時刻が近づいてきた。
ラウラは真琴を呼ぶ。
「真琴、チョットコッチニ来テ」
真琴が歩み寄るとラウラはそっと耳打ちして
「俊ノコト、真琴ニ頼ムワ」
といって真琴に微笑んだ。真琴はコクリと頷いた。千佳が
「ラウラ、何を話したの?」
と尋ねると
「内緒ヤ」
とおどけて答えるのであった。
電車が来るアナウンスが告げられると、ラウラは家族とともにスーツケースを持って改札の中に入る。狭い駅なので見送りの者はホームには入らないように決めていた。
俊はラウラに言う。
「ありがとう、ラウラ。
ラウラは
「Dank、Shun! ウチコソ、オオキニ。俊、元気デナ!」
といって右手を挙げた。そして屈託のない笑み。
なんて美しいのだろう、切ないのだろう、俊はこのときのラウラの笑みを生涯忘れることはないだろう。
程なくして電車が到着してラウラ一家は電車に乗り込む。ドアのガラス越しにラウラは改札の方に手を振った。俊もクラスメートたちも美術部員も手を振った。電車が見えなくなるまでお互いが手を振り合った。
電車が完全に視界から消えて俊は保と駅を後にする。駅前の広場から日光連山が眺められた。俊の目には雄々しい男体山がにじんで見えた。
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