第2話 姫のつらい日

『ぽち』


そう呼ばれる様になって10日が経った。

姫は、俺の前を楽しそうに歩いている。


「こっちかな?あっちかな?」


瓦礫によじ登り、右を見たり左を見たりしている。


「ぽちは、どっちだと思う?」

「右だと思う」

「じゃあ、真っ直ぐだね」


そう言って、姫は左に歩いていく。

なら、なぜ聞いたと思っても、口には出さなかった。

どこまでも続く地平の先に、陽がゆっくりと沈んでいく。


「すごーい!影がながーい!」


地面に伸びる影を見て、姫がはしゃいでいる。

その先に佇む遺跡が、まるで笑っているように見えた。


陽が沈み、完全な闇が辺りを包み込む。

今日は、星の光は無い、月の姿も無い。

黒く塗り潰された夜が来た。

つらい・・・夜だ。


「うっ、くっ、あ、あぁ、ふはっ、うぅぅ、いぃ」


姫が、いつもの様に息を荒げている。


「ぐぅ、がっ、はっ、い、い、いぃ、あがっ、んっ」


全身に汗をかき、ときどき身体全体を伸ばしたり縮めたりしながら、無心に手を動かし度々痙攣もしている。


「あ、あ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


一際大きく声を張り上げ、激しく身体を畝らすと一気に反り返り脱力する。


どうやら果てたようだ。


初めて見たときは驚いた。

可哀想だと思うが、俺は何も出来ない。

出来るのは、ただ見守るだけだ。

冷えないよう、姫の汗を拭いてやる。

彼女を壊さないように、優しく優しく丁寧に拭いてあげる。

少し、血が滲んでいるのが見える。

今日は、少し激しすぎたのかもしれない。

そんな姫も、今は静かに寝息を立てている。


寝ている彼女を、壊さないように、優しく優しく丁寧に抱いてあげる。


こうして、姫のつらい日が終わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る