第12話6
自分の部屋のベッドに、仰向けで大の字になり、僕は天井を見つめながら、昼休みの出来事を思い出していた。
「わたしにそんな期待しないでください、迷惑です」
犬戊﨑のその言葉が、僕の耳にこびり付いて離れない。
迷惑です。
迷惑だ。
迷惑よ。
迷惑ね。
他人に迷惑を掛けてしまった……。
どちらかと言うと、犬戊﨑は佐々木さんに対して言ったのだろう。だけど、犬戊﨑に挿絵を描いてもらおうと提案したのは僕の方で、僕の方も、犬戊﨑に描いてもらう事を期待していたのも事実だ。
断られることも頭の隅にはあったはずだ。だから、無理矢理にでも会話に入って止めようとしたんだ。犬戊﨑に迷惑を掛ける前に、止めようとした。
佐々木さんが、あれほどの熱意を持って犬戊﨑を説得するなんて思ってもみなかった。それを止めようとも思えなかった。
どうしてあそこまで必死になれる?
自分の為?
夢の為?
どんなことがあったって、僕はあんな風には出来ない。
他人に頼り助けを求め、結果――迷惑を掛けてしまうならば、自分一人で何とかしようと思ってしまう。
「私、なんか悪い事言ったかな?」
犬戊﨑が屋上を去った後、ぽつりと、落ち込んだ表情で呟いた佐々木さん。
僕は何も言い返せなかった……。
もともとメンタルの強い女の子じゃあない。犬戊﨑に言われた言葉は、佐々木さんも相当こたえたはずだ。
直接的に言われなかった僕でさえこうなんだから、面と向かって迷惑ですと言われたら、僕なら消えてなくなりたい。
事実、いつもなら放課後になると、また明日ね。と声を掛けてくれる佐々木さん、今日は無言で席を立って帰宅した。
言い表しようもない不安に駆られた。
終わってしまうのではないか、佐々木さんは作家になる事を諦めてしまうのではないかと思ってしまった。
そうなれば、また僕は一人になってしまうのかと思うと、寂しくないと言うとそれは少し嘘だ。
強がりなんかじゃなく本当に、ほんの少しだけ、寂しく感じた。
ふと、壁に掛けられたアナログ時計を見ると、十八時になっていた。
こんこんとノックする音にのそりとゆっくり起き上がる。
「純、寝ているのか? めしできたよ」
姉さんだった。
「……うん」
覇気のない返事で答え、僕はリビングへと向かった。
テーブルの上にはすでに、二人分の食事が全て用意されていた。
鯖の塩焼き、卵焼き、なすのお新香、サラダ、味噌汁、炊き立てで湯気が立っている白飯。
なんだか夕飯と言うよりは、朝食に近い献立だけれど、それは仕方ない。夜の仕事をしている姉さんからしたら、今は朝になるのだろう。
姉さんはご飯を食べたらすぐにでも仕事へと向かうのか、服装や化粧などの準備は整っていた。
夜の蝶と言われれば、夜の蝶なのだろう。そんな煌びやかな服装を身に纏っていた。少し眩しいくらいだ。
僕は無言で箸を持ち、卵焼きに手を付けようとした――。
「なんだい? いただきますも言えないのかい? 行儀が悪いねえ」
姉さんのお叱りの言葉だった。
「あ……すみません、いただきます……」
思わず他人行儀な謝り方になってしまった。
「……冗談だよ純、ゆっくり食べな」
悪い冗談だ……今の僕を、追い打ちをかけるように落ち込ませないでくれ。
姉さんは味噌汁を一口すすると、ふうと溜息を吐く。箸を置き、僕の方を見据え、
「なんだい? 佐々木さんとなんかあったのかい? 今の純は、文字通り暗い顔をしているねえ」と言った。
「どうして佐々木さん?」
「佐々木さんと出会う前の純はずっと無表情を貫いていた。佐々木さんと出会ってからは純はちょくちょく表情を表に出すようになっていたよ。だから、暗い顔をするのも良い事だよ。無表情なんかよりよっぽど良い事だよ」
「……姉さんはなんでも分かるんだな」
「純は、お姉ちゃんのたった一人の大切な家族だからねえ。それくらいお見通しさ」
この世でたった一人。僕が迷惑を掛ける事の出来る大切な家族。それは甘えかもしれないけれど。自然と僕は話をしていた、今日の昼休みの出来事を姉さんに相談していた。
「……青春してるねえ」
話し終えると、第一声にそんな事を言う。
「青春? 僕が?」
「いやいや、佐々木さんがだよ」
「…………」
姉さんはくすくすと笑いながら。
「まさかそんな熱い事を言う女の子だったなんてねえ、今時いないよそんな女の子。ますます気に入ったよ。なんだい? 天然記念物かい佐々木さんは?」
「まあ、たしかにそうかもね……天然かも」
僕がそう言うと、姉さんはまた笑う。
「佐々木さんは、他人を巻き込んでいくタイプの人なのかもしれない」
「うーん、それはどうだろうねえ、他人を巻き込んでいくタイプの人間には、自然と周りを笑顔にするのと、他人の感情を推し量ることなく、
僕にはその二つの違いがさっぱり分からない、言われてみればそんな感じかなあと思ってしまう程度だ。
因みに僕は他人を拒絶するタイプ。間違いない。
「犬戊﨑って子ははっきりとしているね。嫌なものは嫌、好きなものは好きって、この世知辛い世の中ではっきりと言葉に出せるのは凄い事だと思えるねえ」
「そうか? 僕は普通だと思えるけれど……」
姉さんはやれやれと嘆息する。
「純。あんたの場合は好きでも嫌いでも、無言を貫くじゃあないか。それは言葉にしてないよ。普通に無視しているだけだ」
まさにその通り、言い当てられてしまった……。
「うっ……でも、そんなに悪い事では無いだろ?」
「そうかもねえ、しかし、時と場合によるけれどねえ。どこに行ってもそんな態度を示していたら嫌われ者になるだけさ。純の性格を考えれば、無言を貫くのも仕方ないかもしれない。学生のうちだけさ、好きな物を好き、嫌いの物を嫌いと言えるのは。社会に出たらそうはいかないよ」
うわあ、社会って厳しい厳しいとは聞くけれど。物も言えなくなるほど厳しいなら、僕ニートでもいいかなあ……。
「……迷惑を掛けたこと、謝った方がいいかな?」と僕は小声で言った。
「え? なんだって?」
「いや、だから――」
「聞こえているよ」
じゃあ、聞き返すなよ……。
「迷惑を掛けたって、誰に迷惑を掛けたんだい?」
「犬戊﨑に決まっているだろ」
「はあ……迷惑なのかい、その……なんだい?」
「イラスト?」
「そうそう、そのイラストを描いてもらうのが、そんなに迷惑なのかい? 仮にその犬戊﨑って子が迷惑だったとする――」
犬戊﨑自信が迷惑だとはっきり言ったのだから、仮では無いのだけれど……とにかく、揚げ足を取らず、姉さんの話の続きを聞いた。
「迷惑を掛けて何が悪いんだい? 佐々木さんは自分の想いを相手にぶつけただけだ、それは相手に届かなかったけれど。それを迷惑なんて言葉一つで片付けられてしまったら、なにも言えなくなってしまうよ。純、あんたはまだ他人に迷惑を掛ける事に後ろめたさがあるのかもしれない。それは仕方ない、十年くらいそれを自分の決め事として貫いてきたんだ、すぐに変われとは言わないさ。だけどね、話さないと分からない事もたくさんあるんだよ、今まで見えてこなかった物も見えてくるはずさ。――向き合うこと、この前、そう言っただろ?」
後ろめたさと言うよりは、僕の他人に迷惑を掛けないそれは――恐怖に近いものがある。
それがなんなのかは、はっきりと憶えていないけれど。
「明日、犬戊﨑ともう一度話してみるよ……」
そう言うと、姉さんは優しく微笑んで「そうかい、無理はするんじゃないよ」と言ってくれた。
***
次の日の放課後、僕は漫研の部室の前に立っていた。
今日は雨が降っていたので、昼休みは屋上で昼食を取ることは出来なかった。仕方なく、教室で――喧騒の中、僕は昼食を取る事にした。
隣の席は相変わらず賑やかで、うるさくてうっとおしくも感じるけれど、佐々木さんがいるので我慢した。
その佐々木さんも変わりようのない様子だった。
後ろの席の犬戊﨑も、なにやら怪しい本を読書しながら菓子パンを
時々、変な笑い声が聞こえてくるけれど。それはいつも通りなのだろう。
なんだか、自分一人で悩んでいるように思えて馬鹿馬鹿しくなってきた……。
正直僕は怖かった。
話をしてみようと昨日は思ったけれど、もしも、今度は僕に面と向かって迷惑だと言われたらどうしよう……。
やっぱり明日にしよう、いや、駄目だ! 今いかないと駄目な気がする。
そんな葛藤を抱えながらも、戸惑いながらも、僕は漫研の部室をノックする。
「失礼しま――」
ドアを開け、中を見渡すと、そこは違う世界が広がっていた。
「み、みより~ん! もっと、もっと強く縛って欲しいぶひぃー!」
「みーちゃんの事をみよりんって言うなって何回言わせれば分かるんだよこの豚野郎!」
「ぶひぃぶひ!」
「くっくっく……さすがは我らの女神さま……慈悲深い……」
「だね、犬戊﨑さんは漫画の事になるとストイックだなあ」
僕の頭の中から、恐怖が――消えた。いや、別の恐怖が芽生えた。
男三人(おそらく犬戊﨑の下僕一号、二号、三号)がパイプ椅子に座り、何故かは分からないけれど、縛られていた。亀甲縛りで。
そしてこれも何故だか分からないけれど、見れば犬戊﨑もまた縛っていた。亀甲縛りで。
腕だけは自由に使えるように、そこだけは縛っていなかったが、胴体はしっかりと亀甲縛りだった。
六角形と言うよりは、ひし形に近い緊縛だ。下半身は、残念……スパッツだった。まあ、制服のスカートだったら縄でたくし上げられてしまうので、もろパンになってしまう。しかし、逆にスパッツの上からと言うのがエロスを掻きたてられるな……。
縄が胴体に完全にフィットしているため、胸のあたりのひし形が、綺麗に胸の大きさを強調していた。犬戊﨑……豊満だったんだな。いや、強調されているから、大きく見えるだけか? ここは漫研じゃない、ただのSMクラブだ。
て言うかそんな事はどうでもいい……、なんで亀甲縛りの描写にここまで詳しく書かないと駄目なんだよ……。
「何やっているんだ? お前ら……」
僕は、世界の終わりでも見るかのような目になりながら言うと。
「へ? ……ひゃっ! お、お、おーちゃん⁉ な、ん、な、なななんで! ここに!」
顔を真っ赤にして、半泣き状態で慌てる犬戊﨑。
「ぶひぃー! き、貴様はみーちゃんをたぶらかそうとした悪の手先!」
「黙れ豚」
あ、しまった。一応先輩だったんだ。口の利き方が悪かった。気を付けよう。
「お、お、お前たち! その状態で校舎をマラソンしてこい! 今すぐに!」
「「「ラジャー‼」」」
言うが早いか、男子三人は足並みそろえて部室から出て行った。
……マジかよ、あんな姿教師に見つかったら、それこそここの漫研潰れてしまうんじゃないか?
犬戊﨑の方に向きなおると、慌てて縄を解いていた。
「こっちを見ないで! 後ろを見て! みーちゃんがいいと言うまでそっち見てて! こっち見たらぶっ殺す!」
「はい!」
なぜだ? 別に着替えているわけでも無いのに……縄を解くだけでそこまで警戒しなくても……と思ったが。
後ろから衣擦れの音が聞こえてきた。
え? うそ? なんで? 脱いでるの? なんで?
「よし、いいよ……こっち、向いても……」と恥ずかしそうな声で言ってくる。
振り向くと!
なんだ……スカートを履いただけだった。
ちょっと残念な気持ちになってしまった。
「なんでそんな残念そうな顔してるの……?」
ジト目で聞いてくる犬戊﨑。
「いや、別に……」
「ふーん、まあ、おーちゃんも男の子って事だよね。わかるわかる」
と、うんうん頷いている。
なにが分かるのかさっぱりだけれど、なんだか調子が戻ってきた様子だ。
「で、どうしたの? こんな所に来てさ。あ、もしや漫研に入部したくなった?」
悪戯っぽく笑いながら聞いてきた。
「さっきみたいな地獄絵図を見て、入部したくなる奴は変態くらいだ」
「じゃないの?」
「じゃねえよ!」
さすがにそこまでの趣味は無い。僕はノーマルだ。
犬戊﨑は窓際に立ち、遠い目をしながら外を見る。それに釣られて見てみると、亀甲縛りで本当にマラソンをしている三人がいた。
本当に何やっているんだよあの人たち……。
「従順ですよね、先輩たち……」
「え? 三人とも三年生なの?」
「そうですよ、言ってなかったっけ?」
「前田って人は聞いたけれど……」
犬戊﨑は大きく溜息を吐いて、窓に寄りかかる。
「実はこの漫研、去年に潰れる予定だったんです。自分で言うのも何だか調子にのってるって思われそうで、嫌なんだけど。潰れなかったのはみーちゃんのおかげなんだ」
言いたい事は分かる。潰れかかっていた漫研が、犬戊﨑の描いた漫画で佳作を取ったんだ。その後も色々と活動をして、結果を残している。
倒れかけたこの部室を、支えて立て直したと言えよう。そこは胸を張っていいと思う。
「でもね、次も賞を取らなきゃ潰れるんだ。そういう約束なんだって」
犬戊﨑の瞳がうっすらと潤んでいるようにも見えた。かと思ったら笑いながら話を続けた。
「はは……あの馬鹿三人組、本当に漫画が好きで、でも才能がなくて、ストーリーも吐いて捨てるようなストーリーしか思いつかないし、キャラだって全然可愛くないし格好よくないし、それでも、それでも……毎日あーでもないこーでもないって、飽きもせず漫画のネタを話し合って、考えて……なんだか――」
「佐々木さん――みたいか?」
伏し目になり、こくりと無言で頷く犬戊﨑。
昼休み、佐々木さんの跡を付けて屋上を覗き見した犬戊﨑は知っているのだ。
屋上で佐々木さんがラノベを語るのを見ているのだ。僕に熱のこもった演説をしているのを。
「佳作を取った日から、みーちゃんは不安で胸がいっぱいになりました。どうしよう……次も賞を取らなきゃ、もっと描かなきゃ、もっと描く練習をしないと……この漫研が潰れちゃう。先輩方にはもっと漫画を描いてもらいたいんです。少なくとも、卒業するまでは」
天才は九十九パーセントの努力と、一パーセントの才能である。
そんな言葉があるけれど、犬戊﨑に至ってはそれは当てはまらなかった。僕や佐々木さんは、犬戊﨑には才能があるとばかり思っていた。漫画を描く天才だとばかり思っていたが。それは違っていた。
犬戊﨑は誰も思いつかないようなひらめき、奇抜なスタイル、そんな才能は犬戊﨑には一切なかった、女の子――一糸纏わぬ、純粋な百パーセント普通な女の子。
百パーセント努力だけの女の子だった。
耐えられなかったのだ。不安が押し寄せてきて、プレッシャーに押しつぶされそうになるのを必死に堪えていたはずだ。
きっと、犬戊﨑も……。
「好きなんです、漫画も漫研も。あの三人に負けないくらい、みーちゃんも漫画が好きなんです。なにより、この空間が好きなのかな」
へへっと照れ笑いをする犬戊﨑。僕は顔を逸らした、頬に涙が流れていたのを僕は見ない振りをする。
「酷い言い方ですけど、あの三人が言いなりになるのは、みーちゃんの我儘みたいなものですよ、みーちゃんのストレスのはけ口と言いますか、なんというか」
「ほんとに酷いな……」と僕が言うと、犬戊﨑は胸を張って。
「仕方ありません!この漫研を存続させるにはみーちゃんの力が必要なのです!先輩方も……それは分かっています……もしかしたら、本当はあんな女の言いなりになるなんてもうこりごりだ! いつか復讐してやる! と思ってるかも」
「そう思っていたら、あんな格好でマラソンなんてしないだろ……」
「へへ……そうですかね」
僕は身を引く事を決めた。
これ以上は何を言っても駄目だと思った。犬戊﨑が漫研をどれだけ大事にしているのか、その理由を聞いてそれでも説得したら、それこそ迷惑。困らせてしまうだろう。これ以上犬戊﨑に不安を抱えさせては駄目だ。プレッシャーを与えては駄目だ。
犬戊﨑は漫画を描かなきゃいけない。それを邪魔するのは人として、常識的にズレている。
僕は踵を返し、漫研の部室から出て行こうとした――が。
「でも! ……それでも」
振り返ると、犬戊﨑は両手を胸にやり、体をもじもじさせ、瞳を潤ませている。
「佐々木さんとおーちゃんとみーちゃんの三人で、創作したい! みーちゃんも友達が欲しい! なんでも言い合える友達が欲しい!」
「とも……だち……?」
犬戊﨑には、僕と佐々木さんが友達に見えたのか……友達なのかはっきりとしていなかった僕には、返事はすぐ返せなかった。
佐々木さんの許可を取らないと――とか、そんな事を考えてしまった。
許可ってなんだよ……。
そんな逡巡をしていると、部室のドアががらっと大きな音を立てて開け放たれる。
見ると、マラソンを終えた先輩三人が立っていた。激しい運動の所為で亀甲縛りが解かれかかっていた……。
「みーちゃん……僕たちがみーちゃんをこの漫研に縛り付けていたんだね……ごめんよ……」
「犬戊﨑さん、僕達なら大丈夫だよ! 気にしないで! 挿絵描きたいんだろ?本当は犬戊﨑さんに全部押し付けていたのを分かっていたけど……この漫研を存続させるには、君に甘えるしかなかった。本当にごめん」
「くっくっく……今こそ解き放つとき……」
三人は謝った。犬戊﨑に誠心誠意謝った。
小太りの前田先輩は上手い事を言ったが、全然心に響かないし、眼鏡を掛けたひょろ長い男子は必死に弁明をして、陰気な長髪男子は常に中二病。
僕にはこの漫研の価値は量れないけれど、とにかくこの三人にとっては――いや、四人にとってはとても大切なものなのだろう。
人が言う、青春と言うものはこう言う事を言うのかもしれない。
犬戊﨑は泣く、人目も憚らず泣いた。
それは、今まで一年間背負ってきた物を流しているようにも見えた。
うーん……ここは感動するところなのだろうか? 三人の先輩の体中に縄が纏わりついているせいで、素直に感動できないのだが……。
茶番にも見えてきたので、僕はそろそろお暇することに――とその前に。
「犬戊﨑……お前のタイミングで、いいからさ……挿絵、描きたくなったら、いつでも、屋上で待ってるからな……」
と頬を赤らめて、頭を掻きながら、僕は言うと――犬戊﨑は目を丸くさせ、と思ったら目の奥を輝かせて。
「……おーちゃんデレ期きたぁぁぁぁぁーー‼ 愚腐っ……愚腐腐腐……」
最後に何を言っているのだこいつは……。
***
次の日の昼休み。
僕と佐々木さんは屋上で小説のネタを考えていた。と言うか……。
「み、右手がぁー、この俺様の右手が……疼く、疼くぞ! 敵はすぐ近くにいる! どこだ姿を現せ!」
キャラ設定を考えていた。
相変わらす中二病キャラ全開を、棒読みでなり切っていた。
「ふははははーよくぞ見破ったぁ。貴様のその右手に宿る黒龍……さすがだなぁしかしーこの私を倒す事は叶わんー」
そして僕は敵役を演じていた、棒読みで。
「…………ゔがぁあぁー!!」
佐々木さんは頭を掻きむしり、一心不乱に頭を振り続けた。演技でやっているのかな? と思ったけれど、違うようだ。急に頭がおかしくなったかと思った……。
僕は素に戻り、聞いた。
「どうしたの?」
「やっぱりもう一度犬戊﨑さんを説得してくる!」
「え! いやいや、止めた方がいいって、描きたかったら本人の方から来るだろ。その内……」
「どうしてそう言いきれるの⁉ 来ないかもしんないじゃん!」
これから話そうとしていたのだけれど、昨日の事をまだ佐々木さんには話していなかった。
タイミングは犬戊﨑に任せてしまったから、今日来るのかもしれないし、もしかしたら、卒業しても来ないかもしれないし、とにかく――漫研を選ぶか、僕たちの手伝いをしてくれるのかは、犬戊﨑次第だ。
「いやまあ、それは……」
その時、屋上のドアが開いた。
遠慮気味に開けられたドアの向こう側に、ちょこんと顔を出している女子がいた。
「犬戊﨑さん⁉」
「ひっぁ……!」
「隠れないで! 犬戊﨑さん犬戊﨑さん!」
「なんですか⁉ なんですか⁉」
「挿絵描いて! お願い」
またあざとく可愛く小首を傾げ、懇願する佐々木さん。
犬戊﨑は俯きながら「これ……」と言って、数枚のA4用紙を佐々木さんに手渡した。
「うひょー! 見て見て見て見て純君純君純君純君!」
「な、なんだ?」
うひょーって……、学年カースト上位が出していい言葉じゃないぞ……。
興奮した佐々木さんの手に持っていた用紙を見ると――。
「イラスト……女の子の?」
「うん、みーちゃんあまり女の子の絵を描くの得意じゃないから、色々見て摸写しただけだから……上手く描けているか、わからないけど……」
それは、佐々木さんが好きなラノベのキャラの摸写だった。
素人目線から見ても、その出来栄えは完璧に摸写されていた。
佐々木さんが興奮するのも分かる気がする。
「描いてくれるってこと?」佐々木さんは言う。
「うん……」と犬戊﨑は頷く。
僕は無言で二人を見つめた。佐々木さんはイラストに夢中になっている。
そこに犬戊﨑は口を開いた。
「あ、あの……佐々木さん、そ、その……」
ん? と首を傾げる佐々木さん。
「い、いくちゃんって……呼んで、いいかな?」
顔を赤らめて、犬戊﨑は言った。友達になろう宣言……かな?
「もちろんオッケー! 私も犬戊﨑さんのことみーちゃんって呼ぶー!」
佐々木さんにはなんの躊躇も無かった。
犬戊﨑は僕に顔を近づけて耳打ちする。
「おーちゃんも、みーちゃんのことみーちゃんって呼んでね」
語尾にハートマークが付きそうな感じに言われた。耳がくすぐったい……。
「犬戊﨑……いいのかよ、漫研は?」
「うん。両方やる」
「は? 大丈夫かよ?」
そこで犬戊﨑は花を咲かせたようにぱあと笑顔になる。
「だって友達なら、不安もプレッシャーもないよ!」
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