第9話3
僕の後ろの席に座っている女子。
眼鏡をかけて、いつも本ばかり読んでいる女子。
それだけ聞くと、根暗だが文系の教科の成績が良く、清廉潔白。そんな文学少女的なイメージが付きまとうけれど。しかし、彼女に限っては、そんな事は無い。
俗に言う腐女子である彼女は、毎日飽きもせず読書しているその本は、当然BL小説。または同人のBL漫画がほとんどで、その厚いカバーで隠している本の内容は、彼女曰く、男同士の決闘のように熱い内容だそうだ。
彼女に聞くまで、BLなんて要素が、この世に
なるほど、女子の妄想力は底が知れないのがよく分かった。
その事について――妄想力で言えば、佐々木さんの妄想力も大したものだと、初対面の時、あの屋上での一件での出来事を鑑みれば、佐々木さんの妄想力の右に出る者はいない。
そう思っていたが。
しかし、犬戊﨑実依はその上を遥かに超えていった。
僕には想像できない世界。
僕には妄想できない世界。
佐々木さんが富士山なら、犬戊﨑実依はエベレスト。
佐々木さんが木星なら、犬戊﨑実依は太陽。
佐々木さんが
僕がこの二人を比較すると、こうなるのは必然で。
だけど、彼女――犬戊﨑実依から言わせると、そうじゃないらしい。
「みーちゃんといくちゃんでは、立っている土俵が違うのですよ。比較をしようにも、ジャンルが異なっているため、想像力や妄想力の源が違います。みーちゃんは空手で世界一ですが。いくちゃんは
と言う事らしい……。
いやはや、創作の世界につい最近入門したばかり素人の僕が、二人を比べるなんて、そんなおこがましい事を言うつもりはなかったけれど、素人から言わせれば、二人のどこに違いがあるのかなんて、考えるだけ無駄と言ったところだろう。
自分の事をみーちゃんなんて、可愛らしく言っているけれど、普段、教室では全く喋らない僕としては、初めて犬戊﨑実依と会話した時は驚かされたものだ。
自分の趣味の世界に没頭している彼女が、ああも気さくにお喋りする女の子だとは想いもしなかったからだ。
まあ、それは、佐々木さんにも言える事なのだけれど。
だけど、彼女――犬戊﨑実依が最後まで懸念していたのが、自分のその溢れんばかりの才能が誰かに認められたとき、その才能を期待され、プレッシャーに押し潰されてしまうのじゃないか。
犬戊﨑実依は――最後までその事を気にしていた。
それが何に起因しているのか僕にはわからなかったけれど……。
***
昼休みの屋上で、佐々木さんと仲直りの雑談を終えたあと、僕は佐々木さんとは時間を少しずらしてから教室に戻る。
先月、四月の中頃から、佐々木さんと一緒に小説を書こうと約束してからは、毎日昼休みには屋上で、小説の話をしている僕達(ほとんど雑談で終わる方が多い)。
クラスの連中に変な誤解を招かれては、今後の学生生活が危ぶまれてしまう。
百歩譲って僕はまだいい。
佐々木さんに限っては、友達の数が僕とは段ちだ。
しつこいようだが、僕には友達がいないので、佐々木さんと一緒にはできないけれど。
下衆の勘繰りで、佐々木さんを傷付けてはいけない――そう思っての、僕なりの気遣いだったのだが。
「え? 一緒に教室戻ろうよ? なんで時間ずらすの?」
と彼女は全然気にしている様子ではない……。
と言うよりも、彼女は何が問題あるのかが分かっていないのだろう。
学年カースト上位の彼女が、毎日昼休みに屋上で、隣の席の最底辺のぼっち男子と密会しているなんて、そんな噂が流れてしまったら、一気にどん底へと落ちてきてしまう可能性がある。
それだけは避けねばならないのだ。
と、なんだか佐々木さんの騎士にでもなったつもりの僕だけれど。
あくまで僕たちは対等な立場で向き合わなければいけないのだ。
正面で向き合い、会話を紡ぎ、築き上げていく。
それが姉さんのアドバイスだったから。
そして、その日の放課後だった。
佐々木さんはどうやら、クラスメイトの友達とこれからリア充共がうようよと生息している街へとくりだし、買い物やら、カラオケやらと、難関なクエストに旅立つようである。
なんだか辟易とした表情になりながらも、クラスメイトの後を追う佐々木さん。ファンタジーが好きな佐々木さんからすれば、このクエストは嬉しがるところじゃねえか(勝手な僕の想像)?
僕からすれば、死地に向かう兵士に見えて仕方ない。
「じゃあ、また明日ね」と言う佐々木さんの言葉も、なんだか敬礼している兵士のように見えてくる。
さて、僕も帰り支度を済ませて、今日も真っ直ぐ帰宅。略して直帰をしなければ。
今日は帰ってから何の本を読もうか。そんな事を考えていた時だった――。
声を掛けられた。
鞄を持ち。
立ち上がり。
廊下に出ようとしたその瞬間だった。
「ねえねえ、
その問いかけに、僕が思った事は、佐々木さんとどこかへ行かないのか? と言う疑問に対して、どうして問いかけてきたこの人は、僕と佐々木さんがどこかへ行くと言う疑念を抱かせてしまったのだろうと言う、相手への疑念になっていた。
たしかに、今、この女子は(まだ振り向いていないので、顔は確認してないが声は女の子だ)僕の苗字を呼んだ。
そうそういないんだ、この学校で僕の苗字を迷いなく言える人なんて。
それこそ教師か……佐々木さんか、この二通りしか存在しえないとまで言ってもいいほど、僕は自分の気配を消すことや他人を遠ざける事には長けている。
佐々木さんが帰り際、僕に「じゃあ、また明日ね」と声を掛けてきたことで、この女子にそんな疑念を抱かせてしまったか?
いや、待て。
客観的に見て、隣の席の女子に――佐々木さんに、社交辞令みたいな挨拶をされただけで、そこまでの疑念を抱かせるものだろうか?
しかも佐々木さんは、誰がどう見たってコミュニケーション能力の高さが窺える人物としては有名だ。
そんな人が、「じゃあ、また明日ね」と挨拶するくらい普通な事だ。ごく自然で、言うならば、欧米人はキスで挨拶する。それくらい普通なこと(これは比喩で、キスなんてされてない)。
しかし。
その挨拶された側に問題があるのでは?
挨拶した側は普通でも――挨拶された側。
つまり僕に挨拶すると言う事は、見る者によっては不自然に見えてしまっていたって事なのではないか?
こんな底辺ぼっち――クラスでのはぶかれ者に、誰が好き好んで挨拶などするものかと思わせてしまったのかもしれない。
学年カースト上位が、学年カースト最底辺というギャップが、最大の疑問に繋がってしまった。
ここで僕のとる行動は決まっていた。
佐々木さんに対しても使った、僕の数少ない特技の内の一つ。
THE・
「いつも二人で――屋上で何しているの?」
足早にこの場を去るつもりだったが、急ブレーキを掛けざるをえない。そんな事を言われた。
頑なに、自分の名前を呼ばれたのにも関わらず、無視して去ろうとしたのは。
声を掛けてきた女子がどんな疑問を持とうが。どんな疑念を感じようが。
まだ誤魔化す事が出来るからだと判断しての無視だった。
聞こえなかった振りをするのが最善手だと思った。
僕はまだいい。僕ならまだ大丈夫だ。
下衆の勘繰りで、わけの分からない悪意を向けられ、どんな非難や、批判を受けようとも、それは僕にとっては、佐々木さんと出会う前の自分に戻るだけ。
日常なのだ――僕にとっての。
僕は振り向いた。声のする方に。
縁なしの眼鏡を掛け、背中まで伸びている髪は、ポニーテイルで一括りにされている。背は低く童顔で可愛らしい、小学生と言っても疑われないのではないか? その女子は言った。
「お? そこで反応しちゃうんだ? やっぱり佐々木さんと大貫君には何かあるみたいですね。大貫君。みーちゃんの名前わかる?」
みーちゃん? 誰だ?
自分の事を指差している。こいつ……自分の事をみーちゃんって言っているのか?
童顔だからってなんでも許されると思っているのか! けしからん! 実にけしからん! でも、可愛いから許されるのか……。女子って便利だなあ。
「…………」
「本当に全く喋らないのですね大貫君は。みーちゃんの名前は、犬戊﨑実依と言います――」
自分の名を名乗り、一礼すると。笑顔で手を差し伸べてきた。
「よろしく、大貫純君」
握手のつもりで手を差し出してきたのだろうけれど。僕はその手を握る事は無かった。
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