第8話2

 「ねえ~、じゅ~んくん、仲直りのあくしゅ、……しよ!」


 屋上にくるやいなや、頬をほんのり朱に染め、猫なで声で腰をくねらせながら、バカっぽい動きで近づいてきて、佐々木さんはそんな事を言った。うわあ……なんか凄いウザい。


 「うん、そんなのどうでもいいから、ジャンルについて話し合おう」

 「どうでもいいってどういう事⁉ 男子ってこういうの好きじゃないの⁉」

 「佐々木さんのキャラ作りには執念を感じるわ……まあ、好きか嫌いかで言われたら、僕は嫌いだ」


 はっきりとそう言うと、涙目になりながらネタ帳のノートに、今言われたことを書いていた。大事なネタ帳に何書いてんだよこいつ。


 「あざとかわいいキャラって、もう流行らないのかな?」


 どうやら自分のキャラ作りじゃなくて、創作の中でのキャラだったご様子。


 「う~ん、そんな事ないとは思うけれど……好き嫌いが分かれるんじゃないかな?」

 「でも、純君は嫌いだと。じゃあ、純君の好きな女性キャラクターって?」


 初っ端から、話が脱線している……。ジャンルについて話し合うどころか、キャラ作りの方向性について話し合う事になってしまった。

 でも、まあ、そういうのも大事なのかもしれない。これは彼女なりのリサーチの一つなのだろう。

 なにせ、こんなオタクトークにも似た会話なんて、教室で気軽に出来るわけがない。

 それは、普段の教室での佐々木さんのキャラクター性に起因している。

 僕と違って、佐々木さんには数多くの友達が存在しているけれど。その友達のほとんどがオタクとは無縁の人達だ。

 佐々木さん自身も、見た目や言動(普段教室での)等は、オタクとは無縁の姿ではある。

 今、目の前にいる佐々木さん――大好きな学園異能バトル系の話をしている時と、教室での友達とわいわいお喋りしている時。

 どちらが本音で、どちらが本当の佐々木さんなのかは、僕にはまだ分からない。


 「うーん……静かで、おとなしい女の子かな? 騒がしそうなのは苦手」

 「ああ……なんか分かる気がする……。て言うか、それって遠回しに私の事を言ってない⁉」


 どうやら感づいたようです。

 僕は首を横に振り、満面な笑顔で、敬うようにこう言った。


 「いえいえ、そんな事ないですよ」

 「なんでそんな他人事ぽいの! 純君のキャラクター性がつかめない!」

 

 とりあえず、話の腰を折らないように、落ち着いたところで、僕から話を振った。

 

 「物語のキャラクターなんて大概そんなもんじゃないの?」

 「私は純君のキャラクターについて聞いているの。二次元の話じゃなくて、三次元」

 「僕なんて見たまんまだろ?」

 「見たまんま――」

 「ぼっち」

 「食い気味で言った! 自分がぼっちだって事を誇りに思ってない? ぼっち属性だって、今やもう廃れてきてるよ」


 ぼっちイコール悪ね。とそんな事を言った。


 「おい、今すぐ全国のぼっちさん達に謝れ。みんな好きでやっているわけじゃあない」

 「ふーん、じゃあ、純君も好きでぼっちやっているわけじゃあないんだ?」


 そう言われると、僕は言葉に詰まった。


 「それじゃあ、これからは友達作りに専念しよう!」


 片手を上げて、そんな事言う佐々木さん。清々しい程の笑顔だ。


 「それはだけは断る。嫌だ」

 「ちょっと頑なすぎない⁉」

 「僕だけは好きでやっているんだ。一人が好きなんだよ。楽なんだよ」

 

 佐々木さんは少し俯き、口を尖らせながら、


 「私といると……めんどくさい……?」と聞いてきた。


 そんな事を聞いてくるのがめんどくさい――とはさすがに言えなかった。


 「べ、別に……そんな事ないよ。学校で話ができるのは佐々木さんだけだし。大人数が苦手なだけだよ」

 

 と言うと、佐々木さんは肺の中の酸素を全て吐き出す勢いで溜息をして、胸を撫で下ろした。

  

 「よかったあ……嫌われたかと思った……」


 顔を赤くして、上目遣いで言ってきた。その仕草に思わずどきっとしてしまった。

 軽く胸元が見えそうになった……、女性が胸に着ける下着が見えそうになった……。


 「どうして顔背けるのよ? 私の顔ってそんな背けてしまうような顔⁉ ほんと純君って失礼しちゃうわ!」

 「どうしてお嬢様口調なんだよ……」


 まあ、あさっての方向に勘違いしてもらったのはありがたい。


 「こんな馬鹿話している場合じゃないだろ、ジャンルはどうする?」

 「うん、ジャンルについてもそうなんだけれど、結局話し合っても、は平行線になると思うの」


 たしかに――と僕は頷く。

 佐々木さんが作りたいのはファンタジー。

 僕が書きたいのは学園物の日常系、もしくはラブコメだ。

 じゃあめんどくさいから、この三つ合わせちゃえよ。と言う事にはならない。それは僕の想像力と、文章力の無さに原因がある。

 僕が学園物の日常、ラブコメを書きたい理由は、あくまでそれは素人目線であって、あまり明確な理由ではないけれど、ただ単にって話だ。

 

 「純君はファンタジーとかってどう思う? 私が貸した本の中でも、結構コアな内容の本を貸したつもりなんだけど」


 コア……だって? 意味を分かって言っているのだろうか?


 「いや、何回読んでも意味が分からない内容だったよ……べ、別に馬鹿にしているわけじゃないよ!」


 ほっぺを膨らませ、顔を赤くさせていくので、僕はあわててフォローする。


 「いやほんと、好きな人にはたまらない要素が盛りだくさんで。だから、素人の僕にはいささかハードルが高いと言うか! 敷居が高いジャンルだなあとは常々思っている次第であります、はい」

 「ですよねー、私も常々思ってる。でもそれがいいんじゃない? 主人公が颯爽と現れて、ヒロインのピンチを助けて、好意を持たれて、いちゃいちゃするのって男子の夢じゃない?」


 それだけが男子の夢なら、本当にこの世界は下らない事で満ち溢れてるな……。

 でも、まあ……。


 「たしかに、そういうのもいいかもしれない……」


 僕はなんて意志薄弱なのだろうか……。


 「でしょ? それだけじゃあないよ。周りからは最弱と罵られてても、実は物凄い力を隠し持っていて、無双しちゃったりとか――」


 ああ……だから無敗なんだ。くだらね。

 

 「俺TUEEEEEE系もそうね、ばったばったと敵をなぎ倒していくのも、爽快感があっていいじゃない?」

 「うん、まあ、それもそうだけど。どうしてああいうジャンルって廃れないのかな?」

 「廃れて欲しいの⁉」


 率直な話、廃れて欲しいと言うか、どこか違う世界に行って欲しいと言うか。

 言い方悪いけれど、絵本の世界でやってくれって感じかな。内容が薄っぺらくて逆に読むのが疲れてきたりするんだよな。


 「異世界転生とかもそうだよね、どうしてあの手の作品は理由も無くいきなり死んで別の世界に行っちゃうの? 死ぬ時って必ずと言っていい程、交通事故じゃない? 自殺じゃダメなの? 女性関係のもつれで刺されて死んだとかじゃあダメなの?」


 古今東西、全ての異世界ファンタジーを読んだわけではないけれど。少なくとも貸してもらった本のほとんどが大体そんな感じだったと思う。


 「純君……夢が無さ過ぎ。そして主人公の死に方が悲惨すぎるよ……異世界転生ってタイトルで付けているんだから、理由が無くても、異世界に行かないと話にならないじゃない」

 「ああ、それもそうだね。後は必ず――ではないけれど、プロローグが大体主人公の身の上話で、不幸自慢になっているのもイライラするかな」

 「ついにイライラって言っちゃったよ……」


 がっくりと肩を落とし、うな垂れる佐々木さん。僕の夢の無い話についに愛想を尽かされたか? 佐々木さんは深い溜息を吐いてから、


 「……と言う事で、純君の夢の無さも相まって、とにかくジャンルついてはまた後日にしよ」

 「だな……、これじゃあ、何ひとつ進まないけれど。僕は取りあえず、本を読む事に専念するよ」

 「うん、それでいいかな。ああ、でもそれともう一つ。ラノベを書くにあたって、外せない重要な要素がもう一つあるの。私が原案を考えて、純君が書く。あともう一つ」

 「?」


 人差し指を立てて、ぐいっと顔を近づけ、佐々木さんは言った。


 「挿絵――かわいくて、カッコいいイラストを描いてくれる人を探そう」

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