小説をかきたくて
第7話1
「だから、私が書きたいのは学園異能バトル物が書きたいの!」
「私が? 書くのは佐々木さんじゃないだろ。書くのは僕なんだろ? それに異能バトルなんて書けるわけがないだろ。異能なんて見た事も聞いた事も無いんだから」
「じゃあ、純君聞くけど。純君が書きたいラブコメってなに? ラブコメの経験も無い純君が、ラブが書けるわけ? まあ、強いて言うなら、純君の生き様はコメだけどね!」
昼休み――二人そろって屋上に来てすぐに始まった口論。書きたいジャンルについて話し合おうとしたところ。お互いの方向性の違いで、いきなり衝突してしまった。方向性の違いがバンドの解散理由。今まで意味の分からない理由だったけれど、なんとなくその理由が分かった気がした。
僕は、僕の生き様について揶揄されたことに、腹を立てた。
「ああ、もう君とはやってらんないな!」
「こっちこそやってらんないわよ! べーだ!」
薄桃色の下を出して、両目をばってんにしながら、佐々木さんは屋上から出て行ってしまった。
五月に入り、桜は散り、ゴールデンウイークの大型連休が終わって登校初日。僕達はいったい何をしているのだろう。
連休に入る前に、佐々木さんから。
「まずは読む事! 何冊かラノベ貸してあげるから、連休中に全部読んどいて!」
と、言われて。
多くても十冊くらいかな? と思っていたら、軽く百冊ほど貸してもらった……。いったいラノベを何冊持ってんだよ! と突っ込みたくなったが。物凄い笑顔で嬉しそうにしていたため、何も言えなかった。
おかげさまで、連休中は退屈せずにはいられたけれど。貸してくれた本のジャンルはほとんどが学園ファンタジー、もしくは学園異能バトル物で、正直それらのジャンルには飽き飽きしてきた、食塩気味だ。
佐々木さんが学園異能バトルが好きなのは知っていたけれど、僕はあまりこういった現実味の無い、内容の薄い本は、どうにも性に合わない。まあ、だからと言って。佐々木さんの言う通りではあるのだけれど、僕が書きたいと言うか、書いてみたいのはラブコメなのだが。僕にラブの経験が他人より遥かに劣るのは事実だ。見事に的を射ている忠告をうけたわけだ。
しかし、それにしたって僕の生き様がコメディと言うのはいささか言い過ぎな感があるだろ! ああ、思い出したらまた腹が立ってきた。
***
「ははあー。そんな事で喧嘩したのかい? 中々面白い子じゃあないかい。今度、家に連れてきなよ。お姉さんがたっぷりとじっくりと調教してあげるからさ」
今日は仕事が休みの姉さんと、久しぶりに夕飯を囲んだ。今日あった出来事を、愚痴っぽく話していると。たばこを咥えながら、にやにやしながらそんな事を言う姉さん。調教って……いったい何を調教する気だよ? てか、食事中にたばこを吸うな! ヘビー過ぎる……。
「馬鹿な事言ってるなよ。あっちから一緒にやろうって誘ってきて、あんな言い方は無いよなって話だよ」
「やろうってなんだい? せっくす?」
「下ネタが直接的すぎるわ! 少しは含んだ言い方にしろ!」
「誘って、やるとか言うからだよ。勘違いしちゃったじゃないか」
「……僕の言い方が悪かったよ」
なんで僕が謝っているんだ?
「それにしても、最近学校へ行くのが楽しそうじゃないか。私は嬉しいよ。弟のあんたが人間らしくなっていくのが。その子に感謝しなきゃねえ」
「……別に、楽しいってわけじゃないよ。やることが見つかったとか……そんな感じ」
「ふふ、どっちでもいいさ。友達――なんだろ? その子」
「……分からん」
「ん? どういう事だい? 友達でもないのに、純がそんな親し気にするなんて今までになかったろ?」
怪訝な表情になる姉さん。
それは今までの僕からしてみれば、もっともな話だった。友達でもないのに――と言われても、今まで友達がいなかった。友達を作らなかった僕としては、どう答えていいのか分からないので、
「友達なんかじゃあないよ……」と口を尖らせ、つまらなそうに言う。
「なにいじけちゃってるの? まあ、気持ちは分からなくもないねえ」
「いじけてなんかない。分からないんだよ本当に。佐々木さんが友達なのか……高校に入学してもクラスメイト達と会話をしてこなかった、勉強を真面目に取り組むわけでもなし、スポーツに打ち込むわけでもない。そんな僕に、やりたい事を見つけてくれたことに関しては、少なくとも感謝はしているけれど……、それが友達なのかと言われれば、よく分からない存在だ」
「ふーん……」と、姉さんは頬杖をつきながら、僕の話を興味無さげに聞いていた。
自分から聞いといて、なんだこの態度は? ムカつく……。
「ところで――」と姉さんは話を切り替える。なんて自己中心的な雑談なんだ!ありえねえ。
「あんた達はいったい何をしようとしているんだい? 肉体関係を結んだわけじゃあないんだろ?」
「……いい加減そっちの方向に持っていくのはやめてくれ。その……あれだよ……」
いささか濁し気味に言おうか迷ってしまい、最後言葉に詰まってしまった。
小説を書こうとしている――なんて、ちょっと気恥ずかしさがあった。言葉に詰まりながらも僕は続ける。
「しょ、しょ……しょ――」
「処女をもらいたい?」
「だからちげーよ!」
佐々木さんが考えた設定の小説の処女作を、僕が手伝うと言う意味では、的を射ているのかもしれないけれど。姉さんが言う処女は絶対違う意味だ。
「冗談だよ」とけらけら悪戯っぽく笑う姉さん。
「冗談に聞こえないんだよ……。小説だよ。二人で小説を書こうとしているんだ」
「え? 小説?」と姉さんは目を丸くする。
姉さんは驚くだけで、僕達のしている事に、笑わなかった。
苦笑も。
失笑も。
嘲笑も。
「そうかい……」
と。
「これから頑張ろうとしている人に、『がんばれ』なんて酷な事を言うのはあまりにも辛辣で無粋だよ。そうだろ純?」
そうかもしれない――僕は黙って頷いた。
「しかし、小説かあ……私はそんな高尚な物を読んだ事が無いからねえ、困った時にアドバイスしようにも、答えてあげられないかもねえ」
姉さんはそんな事を言うけれど。それにしたって、姉さんのボキャブラリーはそこら辺の人達とは違う気がする。これもひとえに、夜の仕事の
「で、話は戻るけど」
「Uターン早いな。一流のドライバーでもそこまでハンドル切るの早くねえよ」
そんな切れの無い突っ込みをすると、姉さんは乾いた笑いをして、
「いいか純……女性にハンドルを握らせるな。握らせるのは男の下半――」
「おっとそこまでだ! それ以上言ったらこの雑談もここまでだ!」
「ええー! どうしてえ! お姉ちゃんだって少しは前に出たい出たい出たい! 純ばっかりずるいー!」
「幼少の姉弟みたいな駄々をこねるな……なんで僕の方が年上の設定になっているんだ」
まあ、僕が幼少の頃、今の姉さんみたいな駄々なんてこねた事ないけれど。
「冗談はさておき――」
そこで一旦、言葉を区切り、咳払いを一つ入れる。どうやら本題に入るようです。
「佐々木さん? だったかい? 純はその子の事を、友達かどうか分からないとは言っていたけれど、その佐々木さんは純の事をどう思っているんだい?」
小説――創作については、姉さんはアドバイスしようにも、答えられないと言っていた。だけど、人間関係の類なんかは得意なのかもしれない。
それは社会人ゆえの見解なのかもしれないし、普段から仕事上、お客さんの愚痴や相談を聞き、それに対して適切なアドバイスをする――知らぬうちにそういった、処世術みたいなものが身に着いたのかもしれないな。
「うーん……本人が言うには、携帯電話の番号を交換したら、みんな友達だと言っていたな」
「なんだい? その子はおめでたい子なのかい? その理屈に乗っ取ると、私は三百人以上友達がいる事になるよ」
それは姉さんの皮肉でもあるのだろうけれど、いささか辛辣な言い方だった。
「まあ、そうなんだけどさ……」
「そんな事で――と言うと、佐々木さんに悪い気がするけれど。まあ、それが佐々木さんの友達の定義なんだと言うのなら、仕方ない。じゃあ、純も友達なんだろう」
「だからそれは、あくまで佐々木さんの視点での物言いだろ? 僕が思う友達の定義ってなんだろうと考えたら……よく分からないから。分からないんだ……」
定義の話をしてしまうと、ぼっち歴の長い僕は、まずどこからどこまでが友達の定義なのか? と言う常套句は言い飽きてしまった。だから、佐々木さんという存在が僕にいる限り、これからは永遠のテーマとなってしまうのかもしれない……え? あれ? 永遠なら、僕死ぬまで友達出来ないの? それだけは避けなければいけないな。
「どうも煮え切らないねえ。相手が友達だと言うのなら、深く考える必要なんてないんじゃないかい。優柔不断な男は嫌われるよ」
「優柔不断とは少し違うだろ。友達ってそんな軽い気持ちで接していいのか?」
「他人との付き合い方に、そこまで重く考えられてもって事だね。別に国が定めた法律でもなんでもないじゃあないか。なんだい? いきなり殺し合いでもするのかい?」
「そこまで重く考えちゃいねえよ」
言われてみると、たしかにこれは女々しい考え方で、想いが重くなっているかもしれない。うーん……でも、まあ、僕草食系男子だから。
「私が高校生くらいの頃は、席に座っているだけで、気が付いたら周りに人が集まってきていたけどねえ――」
それを聞いて、僕は休み時間中の佐々木さんを思い浮かんだ。
「自然とそれで友達になっているってパターンかね」
「僕と姉さんとでは、コミュニケーションのレベルが違うな。僕の場合、自分から人を寄せ付けないようにしているもんな」
そう言うと姉さんは、やれやれと嘆息する。
「純。それは違うな。純は人を寄せ付けないようにしているんじゃあなくて、人から遠ざかっているんだよ。そこには大きな差異があるよ。はき違えては駄目だ。それが分かっていないから、純は佐々木さんを友達として、これから付き合っていっていいのかが分からないだけさ」
そこをよく考えた方がいい、いきなり近づくのも相手に怖がられてしまう。まずは向き合う事だね――そんな事を言って、僕と姉さんの雑談は終わった。
結局、本当に相談したい事は姉さんに何一つ聞けなかった。だけど、それに近い事を聞けたのかもしれない。
夕飯を食べた後は、自室にこもり、ベッドに寝そべりながら、佐々木さんに借りたラノベを読んでいた。
しかし、佐々木さんから借りたラノベ――学園異能バトル物、異世界ファンタジー……etcetc。
これら全部ひっくるめてファンタジーと言ってもいいのだけれど、これもこれでどう定義したらいいのか分からないけれど、読めば読むほど、自分にはこんなファンタジーな世界観を書ける気がしなくなっていくな……。
まあ、小説を書いた事の無い奴がこれから書こうとしているのだから、それはラブコメでも、ミステリーでも、ホラーでも、エッセイでも同じ事が言えるわけだが。
今は勉強中の身。ゆっくり自分のペースでやっていくか……。
と、やっぱり思考回路は自分が中心になっている事に、僕は嫌気が差し。本を綴じてしまった。
書くのは僕だけじゃあない、夢を追いかけているのは佐々木さんだ。あくまで僕はその手伝いなんだ。自分のペースでやっては駄目だ。
他人の侮蔑的な視線だけは敏感に反応し、空気を読むのは得意だが、他人に気を使うのは苦手だ。
そんな落ち込んでいる時。
携帯からLINEの通知が鳴った。
携帯の画面を見る前から、心踊ってしまった。
顔文字付きのメッセージだった。
『昼休みの時はごめね(/_;)明日また、話し合おう('ω')ノ』
なんだよあいつ。こんな時どうしたらいいのか分かんねえよ。だから……。
『わかった。こっちこそごめん。ありがとう』
と顔文字を付けるのも照れくさくて、端的に返してしまった。冷たい奴だと思われていないだろうか? しかし、すぐに既読が付き。返信が来た。
それは、言葉では無く、スタンプだったけれど、アニメのキャラクターが、俯き恥ずかしそうにしているスタンプ。そのスタンプの横には、
仲直り……。
と書いてあった。
「ツンデレ……か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます