第4話4

 午後の授業は一言で言うと怠い。ただただ怠い。倦怠期だ……。

 お前の倦怠期は周期短いな! と言う突っ込みが聞こえてきそうだけれど、まあ、それはいいとして。

 怠いと言うか、眠くなってくるだけなのだが。高校生の平均睡眠時間はおよそ五、六時間程度らしい。つまり、一日の時間。二四時間の三分の一にも満たない睡眠時間で高校生は残りの時間を自由に、活発に、溌剌に行動が起こせるのだ。そう考えると、残りの十九時間から十八時間を有意義に使える若者って凄いよな(僕もその内の一人だけど)。青春を謳歌している高校生は大体その時間をまんべんなく使い切り、遊んで、運動して、恋をして、夢を見て、人それぞれの楽しみ方をしているのだろう。

 そして、大人になればなるほど――歳を重ねれば重ねるほど、あの時、どうしてあんな無駄な時間を過ごしてしまったのだろうと後悔していくのだ。

 リア充と言うのはどうしてこうも馬鹿な集まりなのだろう? 彼ら彼女らも、薄々とは感づいているはずなのである。感づいていない人間は天然なの? 馬鹿なの? 死ぬの? 

 僕ならもっとその時間を有限に使う事を考えるね。例えば、世界平和とか。貧困に苦しんでいる子供達のこととか。そんな世界規模で考えちゃうね。

 なにお前ら毎日へらへらしながら遊び呆けてんの? お前らがちゃらちゃら遊んでいる時間に、知らない所で苦しんでいる人達がこの世界にいったい何人いると思ってんだよ。そう、苦言を呈したい。これがダメな大人になると言う事だと僕は考える。

 つまり、逆に前日の睡眠時間が平均睡眠時間に満たなかった場合は、どこかで残りの時間を満たさなければいけない。今年で十七歳になる僕だけれど、十七歳の若者が(まだ十六歳だけど)、やる気の無い顔をして学生の本分とも言える勉強をしていては、この先社会人になった時にはダメな大人になるのが目に見えている。

 そうならないためにも、今の内に十分な睡眠を取り、明日へ向けて体調の管理は万全に整えた方がいいだろう。ダメな大人にならないためにだ。


 では、午後の授業の時間を、リミットいっぱい。限界まで使い切り、睡眠に入ろうと思う――だが。

 と言うより、いつもの僕の時間。マイ・イズ・タイム(?)なのだが。

 僕の数少ない特技。目をつぶらないで寝るを披露するのが、この午後の授業での僕の役割、ルーチンとも言える毎日の日課――しかし、今日はそれができなかった。

 隣のウザ女が気になり過ぎて……。


 いつもなら普通に授業を受けているのだろうけれど、いや、そんなに毎日隣の席のウザ女を凝視して観察してるわけではないけれど。しかし、それでも目につくのは今日の午前と午後ではその挙動の変化にあるのは間違いない。

 それも当然と言えば当然の事か。

 昼休み、秘密にしていた屋上での変態的行動。変態的なんて言ったら18禁みたいに聞こえてしまうので、ウザ女の名誉に傷が付かないように個人的な趣味とでも言っておこう。

 つまりは、僕に(本人は僕とはわかっていない)自分の秘密がバレてしまい、悶え苦しんでいるのだ。

 三分に一度。頭を抱え、


 「うう……、あ~、あ……はうっ!」


 と、喘ぎ声にも似たような、苦しんでいる様子だ。

 元中二病患者が、黒歴史を思い出すような……そんな苦しみ方だった。

 「そう言えば昔、真っ黒な眼帯していちいちくさいセリフを言ってたよね?w」とか。そんな事を言われた直後の元中二病みたいだな。

 

 「はっ! ……うっう~~っ……っ」

 

 そして何かを思い出したかのように顔を真っ赤にさせて、両手で顔を覆い悶える。泣いてんのか? 周りの連中も奇異な目でウザ女を見ている。

 いい加減立ち直れよ……、メンタル弱すぎだろ。気になって寝れないじゃないか。

 こんな状態のウザ女を見たのは初めてだ。普段から見ているわけではないが、人間こうなるとお終いだな。と思ってしまう。

 まあ、そうせたのは僕なんだけど。

 仕方がないので、今日は午後の授業をまじめに受けることにした。

 授業が始まって十分が経ったが、いまだに筆箱を出してない事に気付き、鞄から筆箱を取り出そうとしたその時。


 「はうるっ……!」

 

 今日一番のフラッシュバックでもしたのだろう。ウザ女は白目を剥きながら発狂した。


 「あ…………っ!」


 僕はその声に驚き、手元を滑らせ、ウザ女には見せてはいけないを見せてしまった。

 ひょっとこのお面が床に転がった。

 しまった! 僕はすぐに拾いあげて、鞄に隠すがばっちりウザ女に見られてしまった。何事も無かったかのように、僕は視線を外に向け、頬杖をついて知らない振りをした――が。

 ばん、と机を叩く荒々しい音が隣から聞こえる。

 こ、怖くて隣を確認できねえ……。


 「ん? どうした? 腹でも痛いのか? さっきからなんか唸ってたみたいだけど」と、担任のヒゲ郎が言った。

 「な、なんでもありません……」

 なんでもないわけがない。

 ウザ女にとってこれは、犯人見つけたり! この男どうやって殺ってやろうかと思うところである。

 僕は頑なに視線を窓の外から外さない。と言うか外せない。きっと周りの連中は、変な挙動をしているウザ女に視線を移しているいるのだろうけれど。僕は一人虚空を見つめていた。冷や汗を掻きながら……。


 ***


 「ちょ、ちょっといいかな……」

 午後の授業を終え、帰り支度を済ませ、定時には必ず仕事を切り上げるサラリーマン風な顔で教室を後にしようとした僕に声がかかる。

 この学校に入学して早一年。誰にも声を掛ける事無く、誰にも声を掛けられる事がなかったこの僕に、声を掛ける不届き者がまだこの学校に存在していたなんて――よく考えると、そんな事ってあり得るのだろうか? いるのかいないのか分からない。生きているのか死んでいるのか分からないような人間――さて、そんな人間に話し掛けてみようか。なんて事をおもう人間が存在するだろうか?

 否。人間ではないかもしれない。言ってみれば、僕はこの学校では幽霊みたいな存在で、それは怪奇現象の一種でもある僕に話しかけると言う事は、自分も幽霊だと言っているようなものだ。

 それは、学校というコミュニティーの中では自殺行為に値する。

 変な噂が立てば、その噂が広まるスピードは病原菌のウイルスなんかよりよっぽど早い。噂から疑念になり、糾弾され、いじめにまで発展する。

 そしてそのいじめに参加しなければ、自分までいじめられてしまう、そんな不憫で不条理な心理状態となり、負の連鎖がたちまち広まる。

 いやはや、学校の中での集団生活と言うものは恐ろしいものだ。そんな悪魔のようなシステムを――ぼっちである僕でさえ理解している。もちろん、今声を掛けてきた人物もその事は重々承知の上だろう。

 知っていて声を掛けてきたのか? いや違う。もしかしたら――声を掛けられたのは僕ではないのかもしれない。僕ではない他の誰かに、ちょっといいかな。と言っているのかもしれない。

 ふむ。そっちの方が合点がいく。

 誰が好き好んで、いばらの道を自ら突き進むだろうか? そんな事をしたってなんのメリットもないじゃないか。

 あぶないあぶない……。

 毒にも薬にもならない――この諺を標榜している僕が、危うく僕の勘違いで他人に迷惑を掛けるところだった。

 これは僕のやさしさであって、甲斐性の無い人間ってわけじゃあない。むしろ気を使っているのだ。……随分と上からの目線だけれど、当たり前なのだ僕にとっては。

 僕はそのまま、返事をする事もなく、振り向きもせず、教室を後にした。

 THE・無視しかとである。

 僕の数少ない特技の一つだった。


 「無視すんじゃねー! ぶっ殺すぞ!」


 …………。

 振り返ればやっぱりか。ウザ女だった。

 その言葉は荒々しく、しかも頭を引っ叩かれ、表情はにこやかだが目が笑っていない……。耳元で囁かれたぶっ殺すぞの言葉は、ことのほか重く感じた。

 周りを見やれば、奇異な目が――視線がこちらに集まっているのが分かった。

 ウザ女ははっと我に返り、


 「ちょっと来て」と僕の腕を握り、拉致されてしまう。

 抵抗する事は叶わなかった。

 握られた僕の腕は、爪の後が残るんじゃないかと思うくらいに強く握りしめられていて痛い。

 どこに連れていかれてしまうのだろうと思う暇もないくらいものすごいスピードで、着いたのは屋上だった。ウザ女にとっては因縁の場所である。

 鬼気迫る表情で、ウザ女は口を開いた。


 「どこから……見ていたの?」

 「…………」


 僕は沈黙した。

 どう答えれば、このウザ女に迷惑を掛ける事なく丸く収まるのか……黙考する。

 

 「……なんで答えないの? とぼけるつもり? あんた見てたんでしょ、この屋上で私が……」


 言い終える前に、ウザ女は自分のしていた行為に恥ずかしくなったのか、昼休みの出来事を思い出したのか――小刻みに体を震わせて、両頬を赤く染めて小さい手を握り拳を作り俯いた。それは、ちょっと可愛い仕草だった。

 まずい……何か答えないと――と思うのだが、言葉が出て来ない。姉さんとは普通に会話ができるのに、どうして他人となると喋る事が出来ないのだろう。

 姉さんの言葉が思い浮かんだ。


 『あんたね――いや、あんたの気持ちも分からなくも無いけれど、あんたも少しは他人とコミュニケーションを取った方がいい。なんなら接客業のアルバイトでも紹介してあげようか? まあ、その少女Aがあんたのコミュニケーション能力の向上の練習に一役買ってくれそうだけれど』


 この状況は、どうなったって僕のコミュニケーション能力の向上の練習になってはいないけれど。少なくとも……友達になんてなってくれそうもないな。

 いや、いらないんだけどさ。友達なんて……。

 

 「…………あ、……えっと……」


 やっと出た言葉がこれだった。

 これが精一杯だった。

 呪いだ……こんなものはもう呪いでしかない。言葉を喋れば、否。誰か他人と会話をする事は、僕にとっては死を意味するような。そんな呪いにかけられているような気さえする。

 しどろもどろになりながらも、口を開こうとする僕の顔は、物凄く気持ちが悪いだろう。なにを喋っているのか、なにを言おうとしているのかも分からない、そんなか細い声が、相手を苛立たせてしまうのかもしれない。

 しかし、ウザ女の表情は、僕をそんな侮蔑するような目でも無く、身を引くような仕草も無く、ただただ優しく、待ってるようだった。次の僕の言葉を。

 そんな視線に僕は気圧されてしまい、余計に言葉を出せなかった。

 ウザ女はそんな僕を見てか、気を使ったのか分からないけれど。小さく聞き取り辛かったが、たしかにこう言った。


 「……どう、思った?」

 「……え?」

 「だ、だから……その、わ、私がここでしていた事を、どう思ったって聞いているの」

 

 その質問に僕は、間を挟まず、スムーズに答えた――答えれた。

 

 「変な奴……だと思った」

 「~~~~っ! わ、わかってるわよそんな事!」


 こめかみに青筋を立て、顔を真っ赤にしながらいささか怒気を含めながらそう言った。

 

 「わかってるのかよ……じゃあ、どうしようもないじゃん」

 「そう言う事じゃなくて……、ああもう! ここじゃあ誰か来るかもしれないし、落ち着けない! あんた、これから用事ある? 無いよね? そうよね⁉」

 

 たとえこの後、家族に不幸があった。と言っても解放してくれそうにはなかった。

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