第3話3
姉さんに相談した次の日。僕は今日も今日とて、昼休みの屋上のさらにその上、給水塔にすでに隠れていた。
それは初めて謎の女子こと少女Aに遭遇した次の日から、僕はいつ屋上に来訪するか分からない少女Aに怯え、隠れるように真っすぐ給水塔に登っていた。
案の定、二日に一回は遭遇しているのだけれど、突発的な遭遇を回避するために、僕は小刻みに体を震わせていた。生まれたての小鹿みたいに。
そして今日。
二日に一回が、少女Aのルーチンならば、時間が経てば必ず現れるはずだ。
気持ち的には、お化け屋敷にいる脅かし役のお化けの気持ちではあった。そろそろお客さんが来そうだぞ! 準備しなきゃ! みたいな。
まあ、そんな比喩表現はおいといて。
然るべき会話を僕は決心したのだ。相手に迷惑を掛けるわけにはいかないので、要は相手に僕だと悟られなければいいのだ。僕には秘策があった。
今いる場所。厳密に言うと、屋上のさらに上、給水塔の一角ではあるけれど、大雑把に言っても、ここは屋上と言ってもいいだろう――その屋上は僕の物では無いし、占有しているわけでもないし、もちろん少女Aの物でもない。
出自を調べれば、この屋上がいったい誰の物なのかはっきりと分かるけれど。少なくとも僕と少女Aはこの屋上を占有しているわけではない。
だから便宜上今は、この屋上、みんなで仲良く使ってねパターンである。
お前らの物は俺の物。俺の物はお前らの物。
そう……この屋上はそんな優しい世界に満ち溢れているのだ。
だからこそ会話を――対話をしなければいけないのだ。少女Aと……。
***
ちょうど弁当を食べ終わった頃である、がちゃりとドアノブが回る音に、僕は息を潜めた。背中にいやな汗が流れているのが自分でも分かった。暑いわけでは無い。夏にはまだほど遠い季節ではあったけれど、右のこめかみから顎の先まで汗がたらりと流れた。その汗に続けと言わんばかりに、左のこめかみからも汗が流れていた。緊張が走る。
ごくりと生唾を飲み込む音でさえ気を使った。
お化け屋敷の脅かし役の気持ちなんて表現をさっき言ったけれど、なんかこれは違う気がしてきた。息を潜めて獲物を待ち構えているハンターのような気分だった。
うつ伏せに構えているため、まだ少女Aの顔は確認していなかった。まだだ、まだ僕がここに潜んでいる事を少女Aに気付かれてはいけない。僕は空気だけは読める人間だ。
ぼっちはぼっちなりに他人より抜きんでた才能がある。それは空気を読む事だ。悲しいぼっちの習性である。僕くらいのぼっち上級者にもなると、相手の目を見ただけで「お前いらねーんだよ、あっち行けよ」と言っているのが手に取るように理解できる。……ただの被害妄想だなこれは。
とにかく、少なくとも空気を読むことに関しては、僕の学年では僕が一番だろう。
「うわあー、こんな所に宇宙人があー、なにい? お前は未来から来た宇宙人だってえー? どうしてこんな所に来たんだー」
どうやら今日の設定は、未来から来た未知なる宇宙人と遭遇した――という設定らしい。ちなみに全て棒読みである。少女Aの演技力の無さが露呈した瞬間である。
「……うーん、なんかこれは違うな。やっぱりバトル系がいいかな。くらえ! 必殺・
一週間前に考えていた電撃の異能力を発動させたらしい。
バトル系にしっくりきたのか、納得したような声を出していた。嬉しそうな、楽しそうな声だった。
「思いついたの、ノートに書いておこうっと……」
タイミング的にはここしかないな。思いついたことをノートに書いた後は、必ずすぐに屋上から退散してしまうため、この絶好のチャンスを逃すわけにはいかなかった。
僕は用意していた物をにぎり、満を持して少女の前に姿を現した。
「ちょっとまったあー! 屋上から出て行きたくば、この僕を倒してからにせえーい!」
僕は朝コンビニで買ったひょっとこのお面を被り、大見栄切って登場した。お花見シーズンからなのか、なぜコンビニにひょっとこのお面が売っていたのかは深くは考えまい。
とにかく、演技がかった登場で僕の正体は少女Aにバレないで、尚且つ、対話する事になって迷惑をかけても、僕が少女Aに迷惑かけた事にはならないだろう。あくまで少女Aに迷惑をかけたのはひょっとこ仮面なのだ。こんな登場の仕方をしたのは、あくまで相手に合わせるつもりだったのだが……。
「え……、あ、へあ⁉ ひゃ、いやああー!」
少女Aは僕の姿を確認するなり、最初は青ざめていた表情が徐々に状況を把握していったのか、それと比例し顔を赤くさせ、耳まで赤くさせて恥辱に耐えられなくなって屋上から走って逃げて行った。
「……なぜ?」
少女Aが逃げ出した理由については、僕が思うに、あんな大胆な独り言を聞かれていたと思っての事だろう。そりゃそうだ、あの少女Aは普段はクラスメイトと仲良く普通に――本当に普通に高校生活を送っていただけなのだから。
自分の変な趣味嗜好を他人にバレると言う事は、屈辱にも似た気分だったのだろう。僕なら恥ずかしすぎて自殺まで考えるね。
あの少女Aの正体――僕の隣の席のウザ女だった。
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