第2話2

 あの屋上での出来事から一週間が経っていた。

 僕の存在はどうやら、バレていなかったらしく、あの後どうなったかと言えば。


 ***


 「どうだ我が炎の味は! くっくっく…………、わ、私って天才かも!」

 

 ん? なんか様子が変わったな? あれ? 僕がここにいる事はバレていない?

 「さっそくノートに書いとかないと! う~ん……もっと新しい必殺技を開発した方がいいかな? 炎じゃなくて電撃とかいいかも!」

 いったい誰と会話しているのか、直接は見れないので、雰囲気では一人で喋っているような気がするが……。それよりも気になるのが、炎も出せて電撃まで出せるのかよ? まるで漫画やアニメのような話だが、僕の通っている高校には異能力を持った女子が存在していると言う事か? バカな! これから始まるのは僕のまったり日常系高校生活あんな事やこんな事に愚痴って語りつくす物語じゃないのか?

 しまった、僕としたことがいささか興奮しすぎた。句読点を全然入れてない。

 いやいや、そんなメタついた話は置いといて。

 個人的にバトル展開って好きじゃないんだよね……。どうしてバトル漫画の主人公はピンチになるとすぐに覚醒しちゃうんだ――とか。バトル漫画あるあるで言えば、すぐに数値化するのやめません? 敵の戦闘力とか馬鹿みたいな数値にして読者に絶望与えてどうするの? で、解決方法が主人公の覚醒。もしくは外の時間との流れが違う部屋での修行。

 ……さて、戯言はここまでにして。いい加減にしないと怒られそうだ(誰に?)。

 僕は、恐る恐る頭を上げ、独り言(おそらく)を喋っている女を確認しようとした――が。

 確認できたのは後ろ姿だけで、顔は確認できなかった。

 ここの学校の制服だったので、ここの生徒だという事も確認できた。どうやら教師でも無いらしい。いや、もしかしたら制服を着た教師――という線も否定できなくもないが、まあ、それはいくら何でも飛躍しすぎか。九割九分、女子生徒だろう。学年は分からないけれど……。

 その後ろ姿は、さっきまで中二病のような台詞を喋っていたとは思えないくらい、凛とした後ろ姿だった。陽に当たる頭髪が、茶髪が印象的だった。

 

 ***


 それから一週間、僕の高校生活は平穏そのもの――では無かった。

 授業は退屈。これは、まあ、学生としての怠慢だけれど、僕の高校生活をおびやかしているのは、休み時間。隣の女子がうるさい。噛み砕いて説明すると、隣の席の女子が――ではなく。蜜に群がる蜂のような存在の女子たちがうるさいのであって、あくまで隣の席の女子(いまだに名前は知らん)はお喋りに付き合っている様子だった。下手に突っつくと刺されそうで怖いので、放置するしかない。まあ、僕にそんな甲斐性はないんだけどね。

 授業と授業の間の中休みだけならまだしも、昼休み。僕のベストプレイスに認定されたはずの屋上。二日に一回は謎の女子生徒が来て、わけの分からない事を吐いてはすぐに屋上を後にした。

 相変わらず後ろ姿だけは確認しているのだが。肝心の顔は確認できない。確認できたところで何かを言うつもりは無いのだけれど、しかし、これ以上僕の居場所がこの学校から消滅するのは許せない……ような気がする。

 ……やはり言えない。

 言いたくない。

 謎の女子がどうして昼休みに、屋上に来ては奇声を発して、その後は必ず――「やっぱり私って天才!」と堂々と言い放っている、どうしてなのかは、僕には皆目見当もつかない。しかし、なにか喜んでいるのは確かだ。顔は見えないけれど、心が満たされているような声の出しかたに、僕は謎の女子が少し羨ましかった。


 だけど、しかしだ。それはさておき、それとこれとは別の話で。仮に、二日に一回は屋上に来る謎の女子を、少女Aとする。

 この少女Aには早々に屋上から出て行ってもらいたい。酷い事を言うようだけれど、屋上出入禁止。略して屋禁おくきん。少女A屋禁大作戦を考えたいと思っている。

 

 ***


 「で? その少女Aを屋上から追い出して、あんたは学校生活をまじめに送られそうなのかい? ……ふう」

 目の前の女性――僕の姉さんは真っ赤な口紅を付けた唇の隙間から、勢いよくたばこの煙を出し、僕に吹きかけた。

 一瞬、目の前に靄がかかるが、僕は両手で煽ぎ、煙を払った。

 「……けほ、姉さん。受動喫煙は喫煙している本人よりも不健康になりやすいらしい。知っていたかい?」

 「不健康? 随分と曖昧で仰々しい言い方だねえ? たばこの煙が嫌なら、今すぐこの家から出て行ってもらって結構だよ? あんたに住む家があればだけどねえ」

 …………。

 少女Aを屋禁にする前に、僕がこの家から出禁になるところだった。

 なにも言い返せるわけが無かった。僕の姉さんは――自称、夜の蝶。

 夜のお仕事をしながら(と言っても場末のスナックだけど。そこで一番若い姉さんがナンバーワンらしい。ちなみにこれも自称)、中学二年の頃から僕を養ってくれている。当時、結婚秒読み、とまで言っていた彼氏と別れてまで、僕と一緒に住む事を決めてくれた姉さんには、どんな事をしたって頭が上がらない。上がるはずがない。

 ――に迷惑を掛けずべからず。姉さんは僕と血が繋がった、れっきとした実のなので他人ではない。だから姉さんは例外。

 灰皿にたばこの灰を人差し指でとんとん、と二回叩き。姉さんは続けて口を開く。

 「受動喫煙じゃなくて、受動態の女の子だったら可愛いのにねえ」

 「は? なんの話だ? 姉さんの場合、受けって言うよりか、攻めの方が似合っているぞ」

 攻めというか、責めかな? 姉さんの場合。

 「誰が夜のいとなみの話をせえと? やかましいわ」

 「……自己完結するのやめてくれ。話を戻していいか?」

 「相変わらずノリの悪い弟だねえ、実の姉が下ネタを言ってきたら、全力で突っ込みなさいよ」

 「実の姉が下ネタを言ったら、全力で引くわ!」

 姉さんは短くなったたばこを、一気にフィルター近くまで吸ってから、たばこの火を消した。

 フィルターには真っ赤な口紅が付いていた。

 「……少女Aをどうにかして屋上に来させないようにしたいんだろ?」

 「まあ、概ねそれであってる」

 「概ね? はっ、笑っちゃうね」と、鼻で笑われてしまった。見透かしたような乾いた笑いだった。

 「あんたね――いや、あんたの気持ちも分からなくも無いけれど、あんたも少しは他人とコミュニケーションを取った方がいい。なんなら接客業のアルバイトでも紹介してあげようか? まあ、その少女Aがあんたのコミュニケーション能力の向上の練習に一役買ってくれそうだけれど」

 「僕がその少女Aと友達になれと?」

 眉を細めながら聞いた。

 「友達になれとまでは言ってないさ。ただ、話し相手くらいにはなってもらえるんじゃないのかい? 分かりやすく喩えるなら、あんたは下半身を立てないで、イベントフラグを立てろって事さ」

 「最低な下ネタで喩えてんじゃねえ! しかも喩えがド下手!」

 姉さんは僕の突っ込みに対して、けらけらと笑い「さてと、そろそろ仕事の時間だ。今日も遅くなるから、ご飯は用意してあるからちゃんと食べるんだよ」と言って家を出た。

 イベントフラグ云々は置いといて、とにかく、少女Aと何かしらの接触をしなければいけないのだろうか?

 嫌だなあ……。怖いなあ……。

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