毒にも薬にもならない。それでも僕は……。

宗像 友康

屋上に現る少女の正体

第1話 プロローグと言うか自己紹介

 僕は小学校中学校と九年間、誰かの為に自ら行動を起こした事はない。だからと言って、自分の為に何かを行動したとも言い切れないけれど。僕がやらなくても、他の誰かがやってくれるだろう――そんな風に生きてきた。

 例えばそれは、小学校に通った六年間。○○係(いきものがかりじゃないよ)みたいな、当番制の係なんかがあるが。それは保険係とか図書係とかそう言ったものでさえ、僕は自ら挙手をしてやろうとはしなかった。

 もちろん、何かしらのクラブに入ろうなどとは、天地がひっくり返ろうとも思わなかった。ただ単に自分はめんどくさがりなんだと思っていた。それだけの事なんだと思っていた。

 中学校に上がっても、大して変わる事は無かった。

 いつも通りの自分を貫いた……、貫き通せると思っていた。しかし、中学生ともなると、周りがそれを許しはしなかった。中学生思春期真っ只中の彼ら彼女らは(クラスメイト達)普段から一切口を開かない、動かない、地蔵のようなこんな僕を引っ張り出そうとした――輪の中に。

 毒にも薬にもならない――そんな諺があるけれど、じゃあ僕は毒なのだろうか、薬なのだろうかと、さて考えたところ。やはりどちらでも無いのだろう。

 いやいや、自分で言うのも恥ずかしい事だけれど、僕は毒にも薬にもならないと言う諺を標榜している人間だ。どちらだろうと考える事では無い、考えるまでもなくどちらでもないのだ。

 人の役に立つ事と、人に迷惑を掛けない事は、僕にとっては同意義で、そう言う意味では少しは周りの人間の役に立っていると言う事かもしれない。

 クラスメイトの皆が、僕を無理やりにでも輪の中に入れようとするから、僕は戸惑った……困惑してしまったのだ。僕のコミュニケーション能力が、他人より著しく低いのは、普段から言葉を発さないのもあるけれど、話を聞く事や、話を掛ける事で僕が他人に迷惑を掛けてしまうかもしれないと思っているからで、それは僕が他人から見て毒になってしまうのを恐れているからである。

 ならばいっそ話を聞く事も、喋り掛ける事もできない。迷惑を掛けてしまうから。だから、お布施を貰っている修行僧のように、黙って立っているか、座っているかの二択しか僕には選択肢は無いのだ。それが僕が他人から見ての薬だから。

 だけど、そんな事は長くは続かなかった。

 ストレスが溜まった。我慢の限界だった。

 無理矢理にでも輪の中に入れられた僕は、ついに切れた。頭の中で何かが弾けた。何が弾けたって、コーラの炭酸がしゅわしゅわするくらいの弾けかただったけれど。それは僕にとっては、クラスメイト達への反逆だったのかもしれない……。

 おもむろに席を立ちあがり、机を叩き、精一杯の大声で、

 「僕に話しかけるな! 僕はいつだって君たちに話しかけた事があるか? 無いだろう⁉ 勘弁してくれよ……、クズ共! 死ね!」と言った。

 それから中学校卒業まで、誰かに話しかけられることは無かった、もちろん話しかける事も無かった。

 それは当然の帰結だった。高校に入学して一年間、誰とも会話せず誰ともコミュニケーションを取らずしてあっという間に時間が過ぎてしまった……。


 後悔はしていない、誰かの為に行動を起こして、人の役に立っていなければ。誰かに迷惑を掛けたわけでも無いのだから、毒にも薬にもなっていない。平常運転、いつも通りである。これでいいのだ……と、天才の父親みたいな事を言ってみるけれど、僕は間違ってなどいない。


 これは自分の信念なのだから、誰に何を言われようがこれを貫き通す事が大事である。


 中学校の頃のように、プッツン切れて、クラスの皆に暴言を吐くような奴にだけはなりたくない(僕の事か)。


 たとえそれがクラスで嫌われようと、僕には関係ない――ん? これってよく考えると、僕ってクラスの毒になってないか? いやいや、待て待て! そんな事は無い……はずだ。だって僕は誰かに迷惑を掛けた覚えはない。強いて言うならば、中学の時、暴言を吐いたあの時だけだ。今後の人生、後にも先にもあの時だけだと誓ったはずだ。


 その日の夜に枕を濡らすほど後悔したじゃないか。大好きなアニメのキャラの抱き枕を両手でしっかりと、がっちりと掴み、震えながら悶えたじゃないか。


 あんな悲しみを二度としないように心に誓ったけれど、しかし、不安は拭えない。もしかしたら僕は、またぞろクラスの連中に迷惑を掛けていないか、心配になってきたのである。


 とはいえ、それを確認する術は僕には無い。皆無だ。しつこいようだが、高校に入学して一年間。誰とも会話をしていない。学校での会話と言えば、教師に何かを問われて答える、はいかいいえかわかりません――その三つくらいだけれど(会話かこれ?)。


 ともかく、隣の席の見た目普通女子に(名前知らん)、僕は君たちに迷惑を掛けていますか? なんて、聞けるはずもなく。ましてや前の席の如何にもオタクって感じのメガネで根暗な男子(名前知らない上に根暗なんて言葉を僕が言うのもおこがましい)に聞けない。じゃあ、後ろの席の眼鏡っ子腐女子か? ……いや、論外だろ。


 やはりあーだこーだと考えても仕方のない事ばかりで、結局僕は考えるのをやめた。

 考えている時点で、後悔していない――なんて。


 嘘だ、大嘘だ。


 本当は僕だって、青春を謳歌したい。


 くう~……。今更何だってんだ! 今まで一人ぼっちで学生生活を送っていたのに! 今になって友達が欲しいだって? あ? ふざけるな! なんで周りの連中を羨ましがってんの? 下校途中に友達二、三人連れでファーストフード店に入ってお喋り? ハンバーガー食べながら。「あ~だり~、これから女に会いに行くのまじだり~」「まじそれな」「ゲーセン逝くべや」とか、なにそんな中身の無い、全く捻りも無い、そんな面白くもなんともない会話に憧れちゃってるの僕は?

 多分、僕が憧れているのは、『女に会いに行く』と言うところだけで、他の会話には一切興味が無い!

 つまり、彼女が欲しい……。

 僕が? 他人とコミュニケーションのとれない僕が? 話しかけられることでストレスが溜まって、プッツン切れちゃう僕が?

 ありえね~。それこそまじそれな。だよ。

 よく考えてみるとだよ、高校生活一年過ぎ去ったこの時期にだよ? もう周りは人間関係とか出来上がっちゃってるこの時期に、今更友達作りは無理だろ。無理無理! どう考えても無理! 自殺行為だよ。やれるものならすでに清水寺の舞台から飛び降りちゃってるよ?

 もう……どうする事も出来ないよな。清水寺、と言えば――そう言えば、今年は修学旅行があるんだった。


 高校に入学して初めての春休みが明けて、留年することなく無事に進級して新学期を迎えたのだけれど。中学の頃からだったか……、今通っている高校も同じで、学年が変われば、クラス替えが行われる。

 どんな理由があって、毎年クラスを変更しているのか僕には分からないけれど、僕が見ている視点は毎年変わらない。周りの連中の声を聞いていても、これといった変化は見当たらない。例年通りである。


 「あ、また一緒のクラスになったねー! よろしくー」

 「うわっ……ヒゲろうが担任じゃん。最悪……」

 「石川の奴、一人だけ四組じゃんwウケるwww」


 そんな会話が毎年春休みが明ければ、聞こえてくる。そんな会話が出来るのは、青春を謳歌している者達の特権だ。

 周りの連中は心機一転、新しい教室、今までコミュニケーションを取れなかった他のクラスの連中と、新しい青春の一ページを迎える事になるのだろう。中には、上手くコミュニケーションを取れず、右往左往する者もいるのだろう。

 同じ空間にいながら、個々で見えているものが違ってくるというのが、僕には理解しがたいけれど。僕くらいの上級者ともなると、目に見えるものは全て同じである。いったい何の上級者なのかはさておき。

 周りの連中なんかキュウリとレタスとかぼちゃにしか見えん。

 黒板だって一緒だ。

 教室のドア、カーテン、机、椅子、全て一緒。同一。

 青春してる奴ら――つまり、僕以外の連中は、これら全ての物がキラキラと輝いて見えるんだろうな……。ふっ……。アホか。

 一つ一つの出来事や物に、一喜一憂してどうする? 疲れるだけだろうが。


 「おーし、お前らー席決めすっぞー」

 と担任のヒゲ郎こと、中山秀郎なかやまひでろう先生が言った。

 これも毎度毎度の事である。クラス替えをする度に席決めをして一年間その席で学校生活を送る事になる。

 くじ引きである。

 狙いは決まっている。

 もちろん窓際の一番後ろ。H-5だ。

 廊下側から、A、B、C、D、E、F、G、Hが横の席。1、2、3、4、5が縦の席になっている。全四十席である。

 一年生時に同じクラスだった者、違うクラスだったけれど、すでに打ち解けて楽しくお喋りしていた女子たち。

 一斉に立ち上がり、だるそうに教壇に向かい、順番にくじを引いていった。

 残り物には福がある――とは言うけれど。そんな気休めにもならない諺など僕にとってはどうでもいい。くじはあくまでくじ。要は運でしかない。

 がっついてくじを引いても仕方ないので、僕はいつも通りに最後の方に引く事になった。と言うよりも、他の連中の流れに沿った、と言うか、流れに乗ったみたいな感じである。

 一瞬振り向くと、僕の後ろには三人並んでいた。

 担任が目の前にいるにも関わらず、スマホを弄ってる女子。

 に当たると、肩にかかったセミショートの茶髪が目立つが、ぱっちりな二重や小ぶりな鼻、ふっくらとした唇、その端正な顔立ちで茶髪がいい意味で清楚に見えるのだから不思議だ。こういうのを学内上位カースト――と、言うのだろうな。ま、僕にはウザそうな女子にしか見えないけれど。

 その後ろ。

 陰気さが漂っている男子だった。眼鏡を掛け、常に俯いてそう。気が弱そうな男子だった。身長は一般の高校生の男子より低いだろう、目測で百六十センチあるかないかくらい。僕もそれほど高いわけでは無いので、彼の身長についてはこれ以上触れないでおこう。

 最後尾に並んでいるのがこれまた眼鏡を掛けた女子だった。並びながら本を読んで自分の順番を待っている。カバーがしてやって、それが漫画なのか、それとも小説なのかはうかがい知れない。本で隠れて顔が見えないが「ぐふ、ぐふふふ……」という奇妙な笑い声が聞こえてくるのは気のせいだろうか……。


 兎にも角にも、僕はくじを引いた。すっと――普通に引いた。

 どこの席かは親指で隠し、勿体ぶって徐々に開示していった――と、言っても。残りの開いている席は四つ。その内の三つはなんと窓際なのだ。空いているのはH-2、3、4の席。偶然にも並びになっている。そして残りの一席はF-3。

 形的には、テトリスのT字のブロックを横にした形……。ごめん、凸を半時計に45度回した形と言った方が分かりやすいか?

 とにかく、こうなってしまうと、残り物には福があると言う迷信めいた諺に、感謝したくもなる。

 しかし、残念ながら窓際の一番後ろの席は埋ってしまったけれど。そこまで贅沢は言えまい。それに四分の一を引いてしまったら、僕は窓際ではなくなってしまう。油断は禁物だ。

 四分の一……。そう言う風に言ってしまうと、簡単に引いてしまいそうな確立だけれど。逆に言ってしまえば四分の三で窓際に座る事が出来る。数字に直すと七十五パーセント(四分の三も数字だけどな)。どっちに転んでもおかしくはない確率だ。

 引けて当然!(どっちが?) そんな気合を込めて親指を離す。

 

 とまあ、なんか大仰に言っているけれど。僕にそんなドラマチックな出来事が起きるはずもなく(席決めにドラマチックもクソもあるかよ)。ここで四分の一の窓際では無い席を引いていたら、それ相応な悲劇的な展開が用意されていたのかも知れないけれど。物語の様な、悲劇的でもなく、喜劇的でもない、望んでいた窓際の席を僕は座る事が出来た。人生、物語の様にはいかないのだ。欲を言うなら一番後ろがよかったけれど、そこまでは望まない。


 ***


 悲劇的な事は起こらなかった――と、言っていたけれど。そんな事は無かった……。

 僕からしてみれば、これは重大な事で、死活問題と言っても大袈裟に聞こえまい。

 僕が引いたのはH-3

 僕の隣の席。

 つまりは、F-3。

 クジ引きの際、僕の後ろに並んでいた三人の中の一人。あの上位カーストのウザそうな女子だった。

 これからよろしくね――なんて、そんなお決まりのあいさつを交わす事なんてなく、無事(?)にこれからの高校生活を送れる……かと思ったのだが。

 休み時間になれば、僕の隣は賑やかになる。


 「いくみー、見て見てこれ! ちょうウケる!」

 「え、なになに? 見して見して!」


 と、スマホを見せ合ったり。


 「ちょ、このネイル超可愛くない! どこでやってもらったん?」

 「……ん~、昨日自分でやった」

 「え? まじ? いくみセンスぱねえ」


 と、気持ち悪い自分の爪を見せ合ったりと。とにかくウザい。

 当然、隣の僕は居た堪れなくなり、すぐに席を立ち、トイレに行くふりをして次の授業の開始の予鈴がなるまで時間を潰す。これがマンションのお隣さんだったら、壁ドンして威嚇するまである。それくらいウザい。

 まあ、そんな苦情をする事なんて出来るはずもなく、僕はこれからの高校生活が憂鬱になった。これを一年我慢しなければいけないと考えると、憂鬱になる僕の気持ちを分かってほしい。


 ***


 その日の昼休みだった――と、これから語る事を平然と話そうとしているけれど、今の僕は心中穏やかでは無い。

 突然の事で僕も当惑している。はっきり言って、この昼休みの出来事を分かり易く描写し、伝える事が出来るのか不安で仕方ない。

 それほどの出来事だったのだ。

 実際、を目撃して普通でいられる人間なんてこの世に存在するのか? を議論をするとなると話はそこからになる。

 前置きが長くなってしまうので、いらない話はさておき。昼休みの予鈴が鳴り、僕は弁当を持ち、屋上へと向かった。

 自分の予想通りと言うべきか、隣のウザ女はクラスの女子二、三人と席をくっつけ合ってランチタイムと洒落こみやがった。ウザっ!

 その空間に居た堪れない僕は、その場からすぐに逃走。奴らと闘争する気にはなれなかった。他人に迷惑を掛けないのが僕の信条ゆえの逃走である。

 屋上には給水塔のタンクがあり、登ろうと思えばもっと高みへと登れるが、子供じゃないのでやめた。僕以外に生徒は誰もいなかった。ビバ! 天国!

 ……これから毎日お昼になったら僕はここに逃げてくるのか。なんなら、ここで一人で授業受けたいんですけど? ダメかな?

 弁当を食べた後、午後の授業が始まるまで、ここでゆっくりする事にした。雨の日はどうしよう。とか、夏の暑い日は? 冬はどうする? これからどうやって昼を過ごすかを思考していた。

 と、そこに――がちゃり。

 と。

 屋上のドアノブを捻る音が聞こえる。

 詳しく言うと、がちゃりの『が』で、僕は立ち上がり、『ちゃ』で給水塔へと登る梯子に足を掛け、『り』ですでに身を低くして(と言うよりうつ伏せの状態に移行していた)隠れていた。この間、約一秒である。

 条件反射とも言えるその俊敏な動きが、おかげで屋上に来た者に僕の存在を知られることは無かった。

 なぜ僕は隠れているのだろう? 別にやましい事は何一つしていないのに……。

 とにかく僕は、屋上に来た生徒か――それとも教員かどっちかは分からないけれど、どこかへ行くまで、身を隠しやり過ごす事にした。相手は一人とは限らない……僕は息を潜めた。て、なんでスニーキングミッションみたくなってんの?

 すると声が聞こえた。女の声。女子か? いや、女の先生って場合もある。最小限まで身を低くさせ、うつ伏せの状態なので、言うならばコンクリートにキスしてるまである。この状態では姿は確認できなかった。

 

 「ふっふっふっ……そこにいるのは分かっている」と言った。――いや、そう聞こえた。


 な、何だって?

 バレている……だと?

 体全体が震えた。思わず両手で口を塞いだ。僕の姿形はあちらからも確認出来ないはずだ。なのにも関わらず、この給水塔に僕がいる事を分かっている――バレていると言う事は、僕の息遣いが知らせてしまったのかもしれない。正体不明の女は続けてこう言った。


 「やはりな……決定的な証拠がある」


 その言葉を聞いて僕は唖然とした。

 し、しまった……咄嗟の事で、弁当箱をこちらに持ってくるのを忘れてしまった!

 頭隠して尻隠さずとはまさにこの事か……。


 「私と勝負をするのか? ……くっくっく。覚悟しろ! 地獄の業火に身を焼き尽くせ! 地獄の火炎メギド・フレイム‼」

 

 …………え? 何だって? めぎど? なに?


  

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