第9話 社会人編1~ぬいぐるみのレクイエム

 苦難の就職活動を乗り越え、ようやく社会人になった。

大人になるにつれて、のしかかる責任というものはあるが、一方で息苦しさからは解放された感もある。薄給ながら漫画を買い、安くておいしい食べ物を求め暮らす楽しさは、学生時代には味わえなかったものだ。


 会社ではほとんどしゃべらず、淡々と仕事をしている。表情筋もそんなに動かさないので、「鉄仮面」という渾名を頂戴したこともある。

 いささか不名誉ではあるが、渾名をあまりつけられたことがなかったので実は少し嬉しかったりもした(今は呼ばれていない)。


 話がそれたので不器用エピソードに戻ろう。

 それは突然やってきた。寝耳に水だった。


 ある年の年末である。


「Sさん(私のこと)さあ、ぬいぐるみ作ってよ」

 ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?

「PR映像用に使いたいんだよね。手作り感があるやつをひとつよろしく」

 あなたは何を言ってるんですか。この私、不器用を持って任じるこの私に何をしろと?戯言も休み休み仰ってくださいまし。

 このようなことが頭を瞬時に駆け巡ったが、口には出さなかった。動揺も顔には出さないんだからねっ!


「他にもできる人いますよね?」

 それとなく他の人に振ろうと試みた。が、しかし。

「他の人にも声をかけてるよ!やってくれるって」

 目の前が真っ暗になる。


 はっきり言ってものすごーく断りたかった。「針を持つと右手の封印が解けてこの世が滅びる」とか言ってみたかった。だけど社会人で平社員だもの。一応大人だもの。ささやかなしがらみとプライドに負け、引き受けることになってしまった!オーマイゴッド!なんてこった!


 年末年始。仕方がないのでぬいぐるみ作成に着手した。泣けると評判の映画をテレビで見ながら、針を動かす。泣けない。この手にあるマスコットの行く末を考える方が泣けてきそうだもの。


 犬なんだかたぬきなんだかわからない白い物体が年明け、ようやく完成した。なんだ、意外と見た目おかしくない!やればできる!成長したな、自分。心の中で快哉を叫び、そのぬいぐるみを提出した。


 他の人の作品を見て、私はややあせった。

 ある先輩社員は2つもそのぬいぐるみを作ってきており、すごく上手かった。違う種類の布をうまく組み合わせていて、売り物にしてもいけそうだった。

 同僚の作品は普通だった。手作り感があって、オーダーそのものズバリだった。

 私は自分の手のひらのマスコットを見やる。

 なんか二人のと比べると……?

 あれ、私のクオリティ、低すぎ……?!


 いやいやでもでも。なんとか形になっているだけでも上出来だよ!この不器用な私が、こうやってオーダーに応えられたんだから!

 そうしてみんなのマスコットが回収されていった。

 作った社員に後日ケーキがふるまわれ、私はその時には苦しみを忘れて舌鼓を打った。


 その後。そのぬいぐるみが映像となったというので、ドキドキしながら確認した。ああ、ついにデビューするんだね……!これでもう不器用とか呼ばせないんだからっ!


 部屋に置かれているぬいぐるみの映像を見た。

 ん?

 ぬいぐるみはふたつ。

 先輩のと、同僚のと……


 あれ?

 私のが、ない。

 私のだけが、ないのである。


なんでなんですか。首の縫い方が甘かったから、取れちゃったんですか。

私の力作、捨てられたんですか?


 そう問いただしたかったが、「そうだよ。お前のは本当にひどくって、使い物にならなかったから捨てたよ」


こんな感じで真実を言われたらショックで倒れそうなので、聞けなかった。


 かくして真相は闇の中。

……不器用に幸あれ。

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