第7話
蜘蛛のような化物が部屋に入ってきた。こちらの居場所が分からないのか適当に暴れまわっては移動して、という行動を繰り返している。
「これは……こんなところに」
怪物がこっちへ来る前に次の棚へ隠れなくてはならないというのに、佐藤が何かを握って動かない。仕方なく俺は彼女の腕を掴んで引っ張る。
「あら、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてたわ」
「何をのんきな!」
そうこうしている間も怪物は暴れ、壊し、確実に隠れられる場所を減らしていく。こそこそと影に紛れて敵の目をかいくぐってきたが、遂に見つかってしまった。
「しまった……」
横へ飛びのいた直後、さっきまで居た空間が鋭い爪で切り裂かれる。あと一瞬でも遅れていたらこの身は八つ裂きにされていただろう。想像するだけで震えが止まらない。狭くはない部屋を逃げながら、時に佐藤が銃を撃ち牽制し、俺たちはそれでも追い詰められた。壁沿いに先ほどの開かずの扉が見える。畜生、あそこさえ開いていれば……。
対峙した化物が巨大な爪を大きく振りかぶり、俺は死への恐怖で目を開けていられず強くまぶたを瞑った。直後、何かが強く蹴られる音がした。
「こっち!」
佐藤とは違う女性の声に驚き目を開ける。目の前の怪物はこちらを襲おうとせずに混乱したようにもがいている。
「閃光弾で眩ましたけど長くは持たないわ。早く入って」
そして声のする方を向くと、先ほどまで固く閉ざされていた扉が開いていた。まず扉に近かった佐藤が入り、続いて俺も開いた安全地帯への口へと駆け込んだ。
「ぐあ――」
扉を通る瞬間、暴れる魔物の爪が運悪く俺の背中に当たった。俺はそのままの勢いで扉の内側へ倒れこんで、謎の女性が扉を閉めた。それと同時に恐ろしい怪物の声が一気に遠くなった。強固なだけでなく防音効果も高いらしい。精神的にも嬉しい仕様だ。
「大丈夫!?」
佐藤が慌てた様子で駆け寄る。
「ああ、服は裂かれてしまったが、体の方はなんとか」
触ってみると作業着の背中の部分がぱっくりと切れている。幸い体には当たらなかったのか血は出ていないようだが、文字通り間一髪といったところだ。
「ありがとう、助かったよ」
「亮太っ!」
扉を開けてくれた女性にお礼を言おうと顔をあげた瞬間、俺はその女性に飛びつかれていた。
「バカ、会いたかったんだから! 一人で心細かったんだよ。もう駄目かと思った。でも来てくれたんだね。嬉しい。ありがとう亮太」
「は?」
理解が追いつかなかった。命の恩人にお礼を言ったら、むしろこっちがお礼を言われてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってあなた。この人の知り合いなの?」
佐藤も動揺しているようだ。
「誰ですか、あなた? 亮太のなんなんですか?」
女性は冷たく佐藤を睨む。
「私は佐藤。上の階で警備員をしていた者よ。今は上の階が閉じられてしまっていて、変な化物も出てくるし、セーフティルームか緊急脱出路はないかと探していたの」
そこの彼とはその途中で会ったの、と佐藤が説明する。
「じゃあ亮太をここまで連れて来てくれたのはあなたなんですね。ありがとうございます。ほら、亮太もお礼言って」
「……ありがとうございます」
意味がわからないままお礼を言わされる俺。いや、確かに佐藤さんには感謝してもしきれない点は多々あるけど。
「ところであなた」
「鈴木です。鈴木京子。京子と呼んでください、お姉さま!」
「おねっ……そう、京子さん。あなた、この人の知り合いなの?」
俺を連れてきた人だと知るや急に態度を変えた女性、京子に面食らいながらも質問を投げかける佐藤。俺も一番気になっていたことだ。
「知り合いも何も、亮太は私の恋人です!」
衝撃発言が彼女の口から飛び出した。
metamorphonica 野村勝利 @KATSU
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