うっかりと芙美さんの相談相手になってしまい、芙美さんがうちに遊びに来る事が増えた。外部業者の人の方が案外話がしやすいって言うのはあるのかもしれないなあ。メールやSNSが疎かになったら即行方不明判定されてしまう現代だと、案外駆け込み寺みたいな場所って少ないのかもしれない。昔みたいに「今どうしてるんだろう」って言うのがなくなって恋愛的なときめきが少なくなったと言っているアラフォーも多いみたいだけれど、SNSで文面だけ取り繕っても内面なんて当然分かる訳でもなく、芙美さんのはにかんだように笑う表情や、困ったような声色も合わせて聞かない事には、やっぱり彼女の悩みなんて分かる訳もない。

 私にちょっとした楽しみが増えた中。


「こーんにちはー、すみませーん。シャーペンとルーズリーフありますかー?」

「いらっしゃい。……あら、また忘れたんだ?」

「えへへ……」


 そう言って笑って誤魔化す瓜田君は、体育祭で見せたちょっと格好いい姿はすっかりとなりを潜め、相変わらず筆箱を家にすぐ忘れるちょっとお馬鹿な子のまま、今日も購買部にやってきていた。

 いつものようにシャーペンとルーズリーフを出してあげると、瓜田君はにこにこと「ありがとうー!」と言った。

 さて、またしばらく暇になるかなと思っていたけれど、商売は想定外の連続だ。


「そう言えばお姉さん」

「ん、何? どうかした?」


 普段だったらとっとこ教室まで戻って行ってしまう瓜田君は、珍しくそわそわと廊下の方を見ているのに、私は思わず「ん?」となった。休み時間は、まだ時間あるんじゃなかったかなとは思うけれど、多分教室に戻った方が温かいような気がする。だって今日も雨がひどいし、肌寒い時間が長いんだから。中途半端な寒さのせいで、私も薄手のカーディガンを手放せない訳だし。

 瓜田君は丸い目をきょろきょろとさせながら、誰もこちらにいない事を確認してから、そっと私に囁いた。


「最近さ、綺麗な女の子と、よくお姉さん話してない?」

「えっ」


 思わずギクリ。としてしまった。

 まあ、芙美さんはどう見ても正統派な大和撫子だし、目立っちゃうだろうね。乙女ゲームの主人公かどうかはさておいても、体育祭で初めて見かけた私だって目を奪われたんだから、学校通ってる子だったら一目惚れの一つや二つするんじゃないかな。

 でもなあ……そこでうっかりと「えこうろ」面白いと全員分ルートはコンプリートしてしまっている私は首を傾げてしまう。確か瓜田君のルートは、確か学年が違うせいで校内だと発生しないはずなのだ。学校の外のカラオケ屋……私もストレスが溜まったら一人カラオケで利用させてもらっているけど、外も一緒なのねと思わずポカンとしてしまった……で出会うはずなのだ。確かそのルートだったら主人公と瓜田君がそれぞれ臨時バイトに駆り出されて出会うって感じだったな。だから校内で興味持つなんて言うのはないはずなんだけどな……。私は思わず首を捻っていた。


「あの子白組の応援団にいた子だよ? 君も白組の応援団にいたよね。体育祭見てたよ」

「ああー……そっか。クラス代表の子だったんだ」

「あれ?」


 上手く言葉が噛み合ってないなと私は思わず目をパチパチとさせていたら、瓜田君はにこにこと笑う。


「うん、オレは学校全体の応援団に入ってるから。部活の大会あったらチアリーディング部と一緒に応援に行ってるの」

「あー……体育祭のとはまた違うんだね?」

「体育祭の時は応援団もクラスごとに別れるから。人数足りないから、クラスから一人代表出して、応援団+クラス代表で応援してたの」

「へえ……」


 随分とチートだな、芙美さんも。思わず私はゴクリ、と唾を飲み込んでしまう。あの子自身は内面は素朴な子だと思うのに、合気道部主将でクラス代表の応援団員で、大和撫子って。

 瓜田君はそわそわしていたけれど、もうそろそろチャイムが鳴りそうだ。


「ほら、あんまりここで油売ってちゃ駄目だよ。教室に戻りなさい」

「はあい……」


 瓜田君は少しだけ肩を竦ませてから、とことこと教室へと戻って行った。しゃべっていたけれど、まだ瓜田君は興味持っているだけで、彼女の事気にしている訳ではないって事でいいのかな。

 彼女が購買部でたびたび相談や世間話に来るようになってから、校内の有名人が何かとうちに集まりやすくはなったような気がする。それは彼女が悪目立ちしてしまっているせいなのか、それとも乙女ゲームのルートから外れてしまっているのか、そこまでは分からないけれど。

 ただ。私は根本的な事を勝手に悩んでいる。

「えこうろ」の乙女ゲーム、あれって結局どうしてああも学校の人達の人間関係までリアルなんだろう? 乙女ゲーム展開なんて世の中生きててもそうある訳なんてないし。でも芙美さんみたいに、本人無自覚でチートみたいな子はいる訳だ。でもチートだからと言って必ず恋愛成就する訳なんかじゃなくって。で、そんな人間関係をリアルに再現してしまっているこの「えこうろ」は何なんだと言う話になるんだけれど。

 本当に何なんだろうね?


****


 昼食のサンドイッチを食べつつ、私は「えこうろ」の公式サイトを見ていた。相変わらず同人ゲームらしくって、作っているゲームサークルは別に企業化したい訳でもなく、バグを直す以外は特に更新らしい更新はないらしいけれど。公式サイトの日記を何気なく読んでいて、私は思わずサンドイッチのカケラを喉に詰めてしまった。


「……ゲホッ……」


 特にゲームの更新はないだろうと高をくくっていたのに、日記の方に久々に更新があったのだ。


『6月○日


 タイトル:新作発表します!

 本文:長らく空けてしまってすみません;

 バグ修正プログラム更新ばかりしていましたが、大変お待たせしました。

 8月のイベントに向けて今、本格的に「えこうろ」最新作の発売に向けて動き出しています!

 今まではスマホアプリだけでしたが、イベントに向けて初めてCD盤を製作しますよ。新規キャラに新規イベント満載の予定ですから、どうぞご期待下さい。』


 その文面の下には大量のラフ画にシナリオらしき文章のコピーの写真が載せられていた。当然のように「えこうろ」のファンの人達がSNSで拡散しているのだから、同人ゲームと侮る事は全然できない。

 はあ……私はいきなりの新作に途方に暮れた。ファンの人の質問により、今まで通りスマホアプリの販売もあるみたいだから、私みたいに実家に帰るからイベントになんか行けないと言うファンのニーズにもきっちりと答えてくれているみたいだ。

 新規イベント、どうなるんだろう。それと同時に気になるのは。

 今、芙美さんを中心に起こっている小さな恋はどうなるんだろう。私はサンドイッチのパン屑を舐め取ると、ちらりと廊下を見た。最近芙美さんがよく購買部に顔を出すようになったせいか、矢島君の顔をよく見るようになったのだ。今の所、芙美さんと矢島君、そして芙美さんを気にしている男の子達が鉢合わせた事はない。けれど。

 ……鉢合ったら一体どうなるんだろう。私はウェットティッシュで手を拭きつつぐんにゃりとした。嵐がうちの店先で起こったら怖い。と言うかかなり怖い。

 私の気持ちとは裏腹に、天気予報では「台風が近付いています」と言うお知らせが来ているし、ここに台風の目である芙美さんが遊びに来ている以上はそう言う展開は避けられないかもしれない。

 勘弁してよ、とは他の人でだったら思うかもしれないけれど、芙美さんが可哀想だから、本人に言うのもためらわれてしまうのだ。

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