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この所一週間の天気予報で言われた予報が当たった事はないのだけれど、気象庁も頑張ったらしく、今日はめでたく台風当選、おめでとうだった。
だけれど幸塚高校付近に警報は発動されず、私も会社に電話してみたら「学校が警報で休校にならないなら出て」と言われた。
あちこちに電話して問い合わせてみたら、普段来ているパンの業者は増水のせいで使ってる道路がトラブり、今日はいつも通りには来られそうもない。頼んでいた在庫の追加発注も商品が傷みそうな手前、今日は来られないと会社からの通達。私も会社の方には戻れそうもないから、明日朝一で売り上げ(とは言っても今日は本気で売り上げなんて見込めそうもない)を会社に持っていかないといけない。
そんなバタバタしている中、私が予想していたこちらの台風も、とうどう巻き起こりそうな予感である。
……私、乙女ゲームプレイヤーだけど、主人公を可愛いと感情移入しても、主人公になりたいとは思った事ないのよ。むしろ主人公を見守りたいとは思うけれど。音便に済んでよ、って思うんだけれどどうなんだろうね。本当。
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「うー……サイッアク……」
風こそないものの、雨のせいで履いていたクロックパンツはすっかりと湿ってしまった。この上にエプロンを着ないといけないし、店内に備え付けのドライヤーでどこまで乾くかは私だって分からない。私が店の商品をどうにか並べ、ついでに傘やレインコート、タオル類も店先に並べているけれど、生徒達がやってくる気配はない。
いや、いいんだけどね。むしろ今日はこのまま休校じゃないのかな。なあんて甘い予想に反して、大きく水を跳ねる音を立ててこちらに走ってくる姿が。
って、最近久々に見た三ヶ島君じゃない。私は思わず呆気に取られて見ていた。綺麗な髪を雨で滴らせてみたら、そりゃもうびっくりするほどに王子様だ。胸元のシャツも濡れて、見事に肌色と下に着ているTシャツが透けて見えている。水も滴るいい男ってこう言うのを言うのね……って、そうじゃなくって。
「すみません、タオルありますか?」
「ああ、手前ね」
「ありがとうございます……あの」
「ん?」
「……子猫、少し弱ってて。温められるものありませんか?」
「え……?」
あー……確か中庭の端っこで猫を育ててたか、この子は。財布からタオル代を払うと、胸元にいた子をひょいと取り出した。小さな小さな猫だ。先月見た時はもっとミィミィと大きな声で鳴きながらお母さん猫のおっぱいを吸っていたように思うけれど、今はかすかな声を出しているだけだ。
少し考えた後、私は「この子ちょっと貸して」とひょいとその子を三ヶ島君から借りると、タオルに乗せながらドライヤーをかけてあげる事にした。持ち上げてみると、子猫は三ヶ島君に懐いてるせいなのか、逃げる元気もないのか、驚くほどに抵抗しなかった。私は音を立ててドライヤーを当ててやると、手櫛で毛並みを解いてあげた。しばらくはぐったりとしていたけれど、毛並みがふかふかになった所で、ヒゲをピクピクと揺らし始めた。
「これで暖まったとは思うけど……でもこの子病院に連れていった方がいいんじゃないかな」
「そうですか……」
「うん。今日は台風だしね。この子お母さんいたような気がするけど、お母さんや他の子達は?」
「俺が様子を見に行った時には、他の奴らはいなくて。こいつだけ水たまりに落ちてたんで慌てて助け出したんです」
「そっかあ……」
野良猫は天敵がいたり天気が悪かったりすると縄張りから移動するんだっけ。そして着いてこられないような弱い子はその時に淘汰されちゃうと言うのは、前にアニマルドキュメント番組で言っていたような気がする。
猫は保険登録とか大変だし、病院でも国保みたいに一部を国が肩代わりって言う制度もないから、高校生が動物飼うのにはそれなりにリスクはあるけれど、この子を放置するって言うのもね。
一人暮らしの貯蓄が火を噴くといいなあと思って口を開こうとした瞬間、「それじゃあ……ちょっと病院に連れていきます」と言われてしまい、私は思わず口をあんぐりと空けてしまった。
「いや、病院に連れていくって……学校は?」
「もうそろそろ休校になると思うんで」
「あー……そうなの? じゃあ、雨ひどいけど気を付けるのよ?」
「こいつにタオルありがとうございます」
三ヶ島君は私に頭を大きく下げてから、元来た道を走っていった。相変わらず窓を雨が激しく叩いて、本当に休校にした方がいいんじゃないかって思うんだけれど。
そう思っていたら「あー……」と言う声が聞こえ、思わず私は顔を上げる。こちらに視線を向けていたのは、名東先生だった。しまった……私は思わず罰の悪い顔をしてしまう。
「前にも言いましたでしょう? 猫は」
「学校で育ててるのは見て見ぬ振りでしたよね……すみません」
「まあ、三ヶ島も悪気はなかったんでしょうがね。ただ責任を取れないような事をするのはよくない。家で飼えないのなら餌をやってはいけない。餌をやらなかったらいずれ縄張りを換えて他に餌をくれる人のいる所に行けるんですからね。餌をやったらそれができなくなってしまいますから」
名東先生の言葉に、私はグーの字も出なかった。おっしゃる通りでございます……。
でもしゃべっている名東先生はと言うと、言葉とは裏腹に別に三ヶ島君をヤジるような声色ではない。
「授業さぼって慌てて動物病院に行って……あの子猫、助かるといいんですけどね」
「……授業がなかったら、さぼったんじゃなくってただの救助活動になるかなと思いますけど。そう言えば……?」
私がちらっと名東先生を見ると、名東先生はくすりと笑った。この人は多分私と同い年位だとは思うし、私もこの人と同じ位高校生と接しているとは思うんだけれど、どうもこの人には勝てないような気がする。これが学校の先生と外部業者の壁……なのかもしれない。
「今日は休みになりましたよ」
「はー……そうですか。よかったです」
「今、慌てて校門前で登校中の生徒に引き返すよう言っている所です」
「……お疲れ様です」
その言葉は本当に心の底から出た。この雨の中登下校も大変だけれど、そんな生徒達に「今日は警報だから早く帰りなさい」と言う方だって大変に決まっている。名東先生も私にくすりと笑う。
「それじゃあ、自分も学校に着いている生徒に休みになった事言わないといけませんから」
「あー……部活の子とか、です?」
「体育館の部の生徒は既に来ていますから」
そう言って去っていった。
あー……私は雨を睨む。学校は休みになったのはいいけれど、折角開けた店をもう閉めないといけないのが憎らしい。中途半端に休みになってしまった上に、明日朝一で会社に寄らないといけない用事までできてしまったのは億劫だ。私はのろのろと店を閉めようとしている中。ふと廊下が騒がしい事に気がついた。
今、三ヶ島君が学校を出て動物病院に走っていったのと、名東先生が臨時休校になった旨を伝え回っている以外に、まだ何かあるのか。私は思わず「えー」と思いつつも、並べた品をひとまず店の在庫段ボールの中にしまい込んでいく。
「だから……! いい加減にしろよ!?」
と、私の元にまで怒号が響いているのが分かる。って、この声は鏑木君じゃない!? 私は思わず段ボールに在庫を片付ける手を早めた。
業者の出入りする裏門は、廊下を突っ切ってこの学校の生徒が使っている玄関とは逆の入り口から出ないといけない。つまり、私も帰る準備が整ったら廊下に出られる訳だ。
「ちょっと、お願いだからやめてってば!」
鏑木君に声をかけているのは、芙美さんみたいだ。ああ、やっぱり荒れてるのか。
台風は、問題も一緒に引き連れてやってくるのがセオリーみたいだ。
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