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「えこうろ」の一番最初のオープニングはダウンロードした直後にしか見られない。以降はどのキャラの攻略ルートかを選択してゲームを開始するのだ。据え置きのゲームならともかく、携帯ゲームの乙女ゲームはバッドエンドだろうがグッドエンドだろうが確実に個別ルートが拝めるようになってるんだからありがたい限りだ。
さて、私がスマホを弄っていたのは他でもなく、ファンの人が作った「えこうろ」の攻略サイトを見ていたのだ。素人の人の作ったゲームでも評判のいいものだったらこうして攻略サイトが作られているし、共通オープニングはこうしてセリフをまとめてくれているものだから読みやすい。
「……ああ、やっぱり」
今は授業中だし、既に午前の分の売上計算は終わらせてしまっているから、後で昼食を食べつつ発注書を書いてしまえばいい。だからこうしてスマホだって弄れる訳なんだけれど。
私が見ていたのはオープニングの文面。「えこうろ」のオープニングは主人公が失恋する所から始まる訳だから、どうしてもその文面を確認しておきたかったのだ。
『ごめん……どうしてもお前の事は友達にしか思えないんだ』
主人公が初っ端からフラれるショッキングな文面をわざわざ読み返したい人もいないためなんだろうな、共通オープニングは一度見たらもう二度と見れないような設定になっているのは。
主人公を振る男の子が出てくるのもまた、この共通オープニングのみで、個別ルートに入ってしまったら背景にすら登場しなくなってしまう。そりゃ一度自分の事をフッた人とよりを戻したいかと言うと、なかなかそんな気分にはならないって話だ。
名前は矢島選君。立ち絵すら存在しない彼は当然のように評判が悪い。でも冒頭以外本気でどのシナリオにも接点がない訳だから彼がどう思って主人公を振ったのかは分からない訳だ。
芙美さんと微妙な関係になっている、あの子よね、矢島君は。あまりにも没個性的だから思い返そうとしても、どうしても引っかかりがないせいで覚えにくい。これでも仕事の関係上、人の顔を覚えるのは得意なはずなんだけどなあ。
昨日はペットボトルを売った訳だけれど、あの子ちゃんと芙美さんに渡せたのかしら。傍から見てたらもだもだとしちゃうんだけどどうなのかしら。全部が全部憶測に過ぎないんだけど、本当どうなんだろう。そう思いながら私は溜息をついてネットから落ちて、スマホをポケットにしまい込む。相変わらず雨は激しくひどく、こりゃもしかしたら警報が鳴るかもしれないなあと思ってしまう。
会社に戻るの大変そうだ。私、自転車通勤なんだけどなあと、ただただ苦笑した。
****
昼休みに入り、既に時間は正午を回っているはずなのに、ちっとも温かくならず、むしろ肌寒いままなのに、私はブルリと身体を震わせた。
三限目の休み時間に既にパンは売り切れてしまったし、雨がひどいせいか、廊下を歩く高校生の姿もどことなくまばらで気だるげだ。私も買っておいた焼きそばパンをむしゃりつつ、発注書に書き込みを続ける。雨がひどいけど、会社に戻る際に届けておかないと、明日品物届かないしなあ。またはむり、とやきそばパンを食べていた所で。
「あの、すいませーん!」
「あら、いらっしゃい」
発注書を書く手を緩めて顔を上げると、思わず私は目をしぱしぱとさせた。芙美さんだ。彼女、矢島君からペットボトルもらえたのかしらん。私はペンと発注書をテーブルに置いておくと店先に出て行く。
「いらっしゃい、どうかした?」
「すみません、あの……パンは売ってますか?」
「あー……ごめんね、三限目で全部売り切れちゃったの」
「そうですか……」
一応食堂もあったはずだけど、あんまり美味しくないのかな。私が廊下で眺めている限りでも食堂にお客さんを奪われる事は滅多にない。そりゃ生ものは売り切れてくれた方が嬉しいんだけれど、時々こうしてあぶれている子に会うのは気の毒だ。
しゅんとしてしまっているのを見兼ねて、私はがさがさとダンボールの奥を漁りに行く。栄養バー位ならあったはずだけれど。私はドライフルーツ味の栄養バーを取って来ると、それを彼女に見せてみた。
「栄養バー位なら売ってるんだけれど、これだと昼休みもたないかな?」
「だ、大丈夫です! ありがとうございます!」
ぴっと背筋を伸ばして挨拶をペコペコとする様がやっぱり可愛いなあと思ってしまう。元々この学校の子達は皆気性が素直な子達が多いから、可愛いなと思うんだけどね。彼女がいそいそと栄養バーのお金を支払っているのを見ながら私は言葉を探す。
矢島君にペットボトルを売った話とか、この間タオルで濡れていた話とか、してもいいのかな。
鎌をかける位だったら、大丈夫かなあ。
私は少しだけ考えながら廊下を見る。相変わらず雨のせいで皆元気がない。湿気が溜まると人って自然と動きが鈍くなるような気がする。肌寒いけど暖房付ける程でもないし、上着を着たら暑いしね。湿気も多いから蒸れるし。
「彼氏さんとは元気?」
「へ……あ、はい?」
今日は財布の中身がきちんと足りたらしく、過不足なくつり銭皿の上にお金が載っている。その中、芙美さんはかすかに指先が震えたような気がした。可愛いなあと思うのと同時に、むくむくと湧いてくるのは悪戯心って奴だ。いじめたい訳じゃないし、嫌がらせをしたい訳でもないから、慎重に慎重に私は言葉を選び始めた。
「体育祭の時に活躍していたあの子と一緒にいたじゃない。派手な子だったしあなたも応援団してたからよく覚えてるよ」
「み、見てたんですか!」
「私もそこで購買部してたからねえ」
彼女が視線をちろちろと途方に暮れた顔で動かす様が、やっぱり可愛いなと思う。頬が赤いのもスレて悪い事言わないのもやっぱりいい。
芙美さんは彷徨わせた視線をようやく私に戻すと、顔を赤らめたまま口を開く。
「あれは……友達で、別に……」
「あはは、ごめんごめん。からかうつもりはなかったの。でもへー、友達、ね。お似合いに見えたけど?」
「い、いや、あいつ……私の友達、ですけど……あいつと私は本当にそんなんじゃないんです」
そうごにょごにょ言うのに、こりゃ言い過ぎたなと反省して内心ぺろっと舌を出してみる。
「そっかそっか。ごめんごめん。私もここから見てたら高校生の恋路がきらっきらして見てるから、からかいたくなっちゃってね。ごめんね。あ、お金ちょうどね。ありがとうー」
「い、いえ! 私も前におまけしてもらいましたし……でも、その」
「うん」
芙美さんからもらったお金を回収していたら、芙美さんがおずおずと口を開く。
「その、時々でいいんで、相談してもいいですか? と、もだちとか、先生とかには言いにくい事って、ありますから」
それに思わず私も目をぱちくり、とさせてしまった。
外部業者だしね、私も。いいのかな。そう思って自分の高校生の頃を思い返してみる。私の高校時代は、まだ一人一台携帯なんて時代じゃなかったし、そもそもスマホなんてものは存在していなかった。高校時代は相談は部活の顧問の先生だったり友達だったりにしていたけれど、今はSNSの全盛期。少し相談したら知らない内に自分の会った事のない同級生が自分の事を知っていたと言う事もあるらしい。そりゃ迂闊に恋の相談を身内にはできない訳だよ。
ちらりと時計を見るとそろそろ予鈴の時間で、さっきまで気だるげだった廊下を歩いていた子達も移動授業だったり教室に戻ったりでばたばたしてきた。
「まあ……私でよかったら」
そう言った途端はにかんだように芙美さんは笑った。
高校生って大変だなあ。自分の頃はそんなにきらっきらしてたかしらん。思い返してみてもいまいち自信がなかった。
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