あれから

 洞鳴村の目無し退治から一月が経った。

 私達は相変わらず悪霊退治に駆け回っている。

 依頼があれば、ほぼ100%受け入れ、北嶋さんをコキ使っていた。

 北嶋さんはブーブー言っているが、無視した。

 あの後、師匠が菊地原さんにまたまたお願いして、直ぐに釈放となったのだが、流石に師匠も怒ってしまって、北嶋さんは説教を喰らっていた。

 生乃と宝条さんが必死に庇っていたが、師匠は罰として全ての依頼を受けるよう、北嶋さんに言い付けた。

「面倒だが仕方ないか…つか、今までと何が違うんだ?」

 北嶋さんは頭を掻きながら了承した。今までとは、アルファを現金で買う為にこき使っているからだ。

 兎も角、その態度が気に入らなかった私は、北嶋さんの鼻血で師匠のお部屋を汚してしまった。

 結果、私も凄い怒られた。

 北嶋さんのおかげで散々だった私は、生乃に北嶋さんを渡して楽になろうと試みた。

 のだが!!

「生乃の絵は使い物にならんからダメじゃ」

 と、思い切り却下された。

 生乃は漫画家のアシスタントを辞め、ちゃんと絵の勉強の為に学校に通う。

 筈だったのだが…

「なんか海野先生がアシスタント辞められたら困ると引き止められて…それで…」

 と、言う事になり、漫画家のアシスタントを続ける事になった。

「早く辞めて学校通うからもう少し待って」

 生乃に凄い勢いでお願いされた私は、渋々北嶋さんの『お守り』を引き受ける事になった。

「良かったわね尚美。生乃が北嶋さんの所に行けなくなって」

 梓が妙にニヤニヤして言うものだから、私は梓に北嶋さんを押し付けようと試みた。

「無理よ。師匠のお世話で精一杯だし。何より尚美に疎まれたくないし~」

 と、キッパリと断られた。

 梓は師匠の秘書みたいな感じになってしまったから、致し方無いが、私に疎まれるとは凄い心外だった。

「あ、じゃあ私がお手伝いしましょうか?」

 と、宝条さんが名乗りを上げた。

 北嶋さんの『お守り』の負担が軽減するかもと思った私は、その申し出を受けようとした。

 のだが…

「イカンイカンイカンイカンイカンイカンイカンイカンイカンイカンイカン!!年頃の娘が男の元へと手伝いに行くなんてイカン!!何か間違いがあったらどうする!!イカン!!断じてイカン!!!」

 と、石橋さんの猛反対を喰らい、話は流れてしまった。

 宝条さんは石橋さんを頑張って説得していたが、結局願いを聞き入れて貰う事は叶わなかった。

 まぁ、北嶋さんの毒牙から女の子、しかも余所から預かる形になる女の子を守るのは、かなり心労が嵩むと思い、それはそれで良いけども。

 北嶋さんは草薙を使う事により、地獄送り…つまりはとどめが可能となった。

 これにより、私の現場での仕事は対象の位置の指示になったのだから、私の仕事は軽減した。

「なんか俺の仕事増えてないか?」

 北嶋さんが不満を漏らしたが、私は華麗にスルーをする。

 そして、私は新しい術を勉強する時間が増えた。

 新術については後に語る事にするが、北嶋さんはブーブー言いながらもちゃんと仕事はこなしてくれる。北嶋さんの良い所の一つでもある。

 そんな北嶋さんを、私はニコニコしながら見ているのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 1ヶ月前、洞鳴村の化け物を楽勝で倒した俺は、帰りの途中、いわれもない罪で再びポリに拘束された。

 婆さんが裏から手を回し、無事俺は解放されたが、神崎からリンチのようにグーでぶん殴られまくられた。

 目が腫れ上がり、帰りの高速道路の風景が見えなくなった程、虐待を受けたのだ。

 帰ったら帰ったで婆さんが長々と説教をするものだからたまらない。

 婆さんは「これからしばらくは依頼は全て受け入れぃ!お前さんを過労死にさせてやるわぃ!」と、殺人予告までしやがったのだが、年寄りの説教は長くて面倒だ。

 俺は仕方無しに了承したが、神崎が再び俺の鼻っ柱をぶん殴り、婆さんの部屋を大惨事にしてしまった。

 神崎は婆さんにかなり怒られていた。時折涙ぐむ神崎が可愛かった。

 婆さんの説教が終わり、部屋から出ようとした俺に「あ、小僧はもう少し残れ」と、引き止めたではないか。

 また説教かよ…

 そう思いながら、俺は婆さんの部屋にしぶしぶ戻った。

 他の連中は退散し、俺と婆さん二人だけになったのだ。

「まだ説教があるのかよ?」

 うんざりしながら婆さんと向かい合って座る。

「説教などせん。気楽に聞くがええ」

 そう言って婆さんは俺に茶を差し出した。

 説教じゃないと聞き、安堵し茶を啜る。

「草薙じゃがな、喚べば来る。だから持って歩かなくてよい」

 呼べば来る?犬や猫じゃあるまいし?

 ふーんと聞き流す俺。

「疑うでない。お主を完全に主と認めた神具じゃからな。お主が来いと念じれば、お主の前に現れるのじゃ。もう警察の厄介になる事も無かろう」

 持ち歩きさえしなければ、いわれのない罪で拘束される事もない。

 来てくれるならばそれに越した事は無い。

 だから楽だから婆さんの言葉を素直に信じた方がいい。

「解った。これからは呼ぶ事にするよ」

 再び茶を啜りながら返事をする。

 婆さんはウンウン頷き、話を続ける。

「お主が単なる石に変えた賢者の石な、覚えておるか?」

 フランス人のオッサンが執拗に狙っていた石コロか。

「勿論覚えているさ。そんなに昔の話じゃないだろう」

 俺は婆さんに物覚えが悪いと言われているようで、少しムッとしながら答えた。

「ひねくれた考えをするでないわ。結論から言うとじゃ、賢者の石はまだ生きておる」

 生きているだぁ?石コロに生きるも死ぬもあるのか?

 怪訝な表情の俺。わざと拵えた表情だ。

「ああ、生きていると言っても理解できんか。ようは効力が消えていないと言う事じゃ。今は眠っている状態か」

 そう言って、俺に石コロを差し出した。あの時、有馬の胸に掛かっていたペンダントそのままの形だ。

「ふーん。石コロは寝ている、と。じゃ、起きろと命令すれば起きるのか?」

 俺は適当に話を合わせようとした。

 何故ならば、良く解らないからだ。

 この石コロが水をワインに変えたり、砂を砂金に変えたりした様を見た訳ではない。

「お主が望めば目覚めるじゃろう。ワシが何度か試みたが無理じゃったわ」

 成程、つまりは婆さんは石コロを起こせと言っている訳か。

「違う。それはお主に任せるわ。何か必要になった場合、石を起こして役立てるがよい」

 俺が言葉に出していないにも拘わらず、婆さんは返答をした。

「心読むなよ全く…」

 俺はふてくされて石コロを見ていた。

「何をしとる?はよ受け取らんか」

 婆さんは石コロを俺にススッと差し出した。

「え?くれるのか?」

 くれると言われても、俺は石コロの価値が解らない。

 解る婆さんが持っていた方がいいと思うのだが。

「やる。と言うより、あの時から賢者の石はお主の物になったと言った方がええか。とにかく、賢者の石はお主が眠らせたのじゃ。お主が起こし、役立てるがよい」

 有馬や神崎が至宝中の至宝と謳っていた石コロを俺に惜し気もなく渡す。

 俺は価値が解らないと言うのに。

 無造作にポケットに石コロをねじ込む。

「くれると言うなら貰うが…」

「お主の物じゃよ」

 婆さんは笑っていた。

 いつものケタケタ愉快そうな笑いじゃあない。

 優しい瞳を俺に向けながら、微笑ましいと言う感じで笑っている。

「婆さん…もしかして…」

 俺の口から出かけた言葉を婆さんが手を翳して制した。

「まだじゃよ。少なくとも今日明日の話では無い」

「そうか。何よりだ婆さん」

 残った茶を一気に飲み干す。妙に喉が乾いたのだ。

「じゃが、そう遠くは無い」

 婆さんは真っ直ぐに俺を見ながら言った。

「…どうするつもりだ婆さん」

 婆さんは俺から視線を外した。

「どうするもこうするも無いわい。それまでワシはワシの仕事をやるまでよ」

「その仕事の一つが草薙と賢者の石か?」

 婆さんはフッと口から笑みを零した。

「お主のおかげで賢者の石は守れた。草薙はお主の人徳の産物じゃ。まぁ、オマケじゃな」

 人徳には自信がある俺は、その言葉に素直に頷く。

「遠慮が無い奴じゃのう」

 婆さんは軽く溜め息をついた。

「ついでじゃが、神具にはもう一つある。三種の神器と呼ばれておるが、全て揃った事は無い。残り一つ、小僧、お主が必ず手に入れねばならん」

 揃った事の無い道具を俺に集めろと?

「三つ集めたら願いを叶える龍でも出て来るのか?」

 俺は笑いながら軽口を叩いた。

「願いが叶うか…残り一つはお主の願いを叶えてくれるじゃろうな」

 婆さんは意味深な笑みを浮かべた。

 気になる…いや、気にするように話しているのだろう。

 つまり俺は婆さんの術中に嵌ったのだ。

「教えてくれ婆さん。もう一つは何処に?どうゆう代物だ?」

 身を乗り出し、詰め寄る。

「まだ教えん。その時が来たらば、何らかの形で教えてやるわい。それまで辛抱せぇ」

 意地悪な笑いを俺に向ける。

「ちっ、ケチなババァだな」

 俺は座り直した。

 婆さんが今は教えないと言うのなら、決して教えるつもりは無いだろう。

「ケチじゃよワシは?」

 キョトンとして思い切り肯定しやがった!!

「ふははは!流石だ婆さん!そういや仕事でボーナス貰った事が無かったな!」

「たわけ!代わりに旨い物食わせてやっとるじゃろう!」

 俺と婆さんは互いに顔を見ながら大声で笑い合った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの戦いから1ヶ月が経った。

 私はあれから師に札作りの指導も受けている。

「炸裂符は元より、消香符も一応教えよう」

 対目無し用に作成した札だから、消香符は必要は無いだろうが、そこから何かのバリエーションが産まれるかもしれない。

 ちなみに、師は第一線を退いた。

「私を遥かに凌ぐ才能を知ってしまったからな。これ以上、伸びしろがたかが知れている私より、可憐を鍛えた方が良い」

 そう言う師は少しだけ寂しそうだったが、私を彼に並ぶよう鍛えるのが、今の師の夢となっている。

 寂しさよりも目標の方が上回っていて嬉しそうだ。

「北嶋さんと並ぶ事は不可能でしょ」

 私は彼の凄さを目の当たりにした時から、彼を超えるような人間は現れないと確信していた。

「目標は高い方がいいだろう?」

 師はそう言っているが、実は草薙を諦めていないだけだ。

 北嶋さんを追い越し、草薙を奪還する事が師の今の悲願なのである。

「まぁ、やるだけはやりますよ」

 庭に出て、軽く剣を振る。今は真剣も怖くない。

 あれ程の神気を平然と扱う北嶋さんを見てしまったからだ。

「…彼には感謝しなきゃならないな」

 柱に寄りかかり、腕を組みながら私を見て微笑む師。

「ですね。北嶋さんにはどれだけ感謝していいのか解らないくらい、感謝しています」

 目無しを救い、片目を私に滅させてくれた北嶋さん。

 誰にも扱う事が出来なかった草薙を平然と扱った北嶋さん。

 今でも彼の胸で泣いた時の感触が頬に残っている。

 あの時の感触を確かめるように、そっと頬に手をやった。

「イカンぞ!イカンイカンイカン!まだ男はイカン!更に北嶋君など絶対にイカンからな!!」

 いきなり師が私に駄目を連発してくる。

 一気に火照る顔。

「大丈夫ですよ。まだ北嶋さんの前には立つつもりは有りませんし」

 慌てて手を振る私。師がジロリと私を睨んだ。

「『まだ』だと?まだとは一体どう言う事だ?」

 しまった。と思った。

 私は自分に自信が付いたら、いずれ北嶋さんの前に立ちたいと…神崎さんに宣戦布告をしようと密かに思っていたのだ。

 桐生さんも有馬さんもいずれ私の敵になるだろうが、女の勘で一番の敵は神崎さんだと思っている。ならば宣戦布告は神崎さんに行うのが一番手っ取り早いかな、と。

「やはりあの男に毒されたか…!!」

 師はヘナヘナとへたり込んだ。

「はい!!」

 私は素直に返事をした。

 彼以上の男など存在しない。そう思ったからだ。

 一人を除いてだが。

「彼は危険過ぎる!女癖が悪そうじゃないか!それにだ…」

 師が北嶋さんを否定しようとするのを、私は感謝と信頼を込めて言葉で制した。

「もう…口うるさいんだから、お父さんは」

「口うるさいとは何だ!お父さん…お父さん?」

 私はクスッと笑い、師…お父さんに背を向け、剣を振る。

「もう一度!もう一度言ってくれないか可憐っ!」

 お父さんが私に近寄ってくる。

「真剣を振っている最中よ、お父さん」

 お父さんはピタッと止まる。

「そ、そうだな!真剣は危ないからな!それはその通りだ!」

 お父さんの声が上擦っていたのが可笑しかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 可憐が…

 可憐が私をお父さんと…!!

 今まで生きてきた中で最大の讃辞を浴びた気分だ。

 喜びで小躍りしたくなる!

 これも認めたくは無いが北嶋君のおかげだ。

 彼がいなかったら、目無しに私達は殺されていただろうし、目無しを許す事も出来なかっただろう。

 あの日、北嶋君が目無しを治し、目無しの呪縛を解いた時から、私達は目無しに対して恨みは無くなったのだ。

 彼女も可哀想な被害者だと、頭では解っていても、それを認める事はなかなか出来ない。

 彼が目無しから小夜に戻したその時、目無しの痣や傷、振り乱した髪、空洞の眼が無くなったその時初めて、私達は彼女が被害者だと実感出来たのだ。

 それだけでは無い。

 皇刀草薙…

 御せる者など皆無だった単なる流派の象徴だった草薙を、いとも簡単に扱う彼に、草薙は御せると希望を見出した事。

 今は無理だが、いずれ可憐が草薙を振るう事が出来るかもしれないと希望を見出せた事。

 彼には本当に感謝しているのは事実だ。

 しかし、いずれ可憐は北嶋君の元に行こうとしている。

 それは流石に許せん!!

 彼は確かに筋が通った人格者だが、寄りによって『娘』を女にだらしがない男の元には行かせられないだろう。

 憤慨した私だが、可憐は私に背中を向けながら真剣を振って知らん顔している。

 まぁ、今日はいい。

 いずれ『父と子』でゆっくりと話合えばいいのだから。

 空を仰ぐ。

 真っ青でとても美しい空だ。

 この空を与えてくれた北嶋君には、必ず恩は返したい。

 返したいが…

 可憐は絶対にやらん!!

 徐に立ち上がって真剣を手に取り、振る。

 切っ先は勿論北嶋君だ。

「…ぷっ!彼が誰を選ぶか解っているのになぁ」

 可憐に聞こえないよう、呟く。

 同じ男として彼が誰に惹かれているのかは理解出来るからだ。

 もうすでに尻に敷かれているその様子が全てを物語っている。

 まあ…娘の初めての失恋相手としては認めてやろうか。

 知らず知らずに私の顔が綻んだ。切っ先の向こうの北嶋君に対して…





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北嶋勇の心霊事件簿4~洞鳴村の悲哀~ しをおう @swoow

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