元凶
大量の警察官が現れて、大騒ぎになる洞鳴村。
助役の実吉が村人の先頭に立ち、不愉快さを露わにしながら我々を睨み付けた。
「これは石橋さん。警察をこんなにお連れして何をお考えですかな?」
口元がいやらしく歪んでいる。
手足、及び目無しと言う武器の巨大さに絶対の自信を持っている洞鳴村の村人…
ここで誰かが捕まっても、後々この場にいる我々全員の命は無い。そう目で訴えている。
「君達全員を逮捕しに来たのだ。君達には強力な武器があるが、我々にも強力な切り札が出来たのでな」
それを合図として、警察官が洞鳴村の家全てに家宅捜索を開始した。
「殺人の証拠探しかい?それならば直ぐにでも出てくるだろうね」
不敵に笑う実吉。
どうせ全員釈放となる。目無しの脅威に敗れてね。
歪んだ笑みが、確かにそう語っていた。
「貴様…!!うおっ!?」
実吉に詰め寄ろうとした私を押し退け、北嶋君がズンズンと前に出る。
「き、北嶋君!!」
北嶋君は実吉の前に立ち止まると、実吉の顔面に、何の躊躇も無く拳をぶち当てた。
「ぎゃあ!!」
実吉が倒れ込む。そして尋常じゃ無い程の鼻血の量が流される。鼻の骨が折れたのか?
「ぎざま!!何を!?」
実吉が鋭い視線を北嶋君に投げつけるが、逆に気分を害したのか、北嶋君が実吉の襟首を掴み、持ち上げた。
「お前が宝条をぶちのめした馬鹿野郎の一人だな!残りのクソ共前に出せ!!」
「可憐を殴打した連中を探しているのか…」
北嶋君には目無しに集中してもらいたいが、このままでもいいか、と思った。
「ああ?宝条の娘だ?」
その目は北嶋君を見据えている。深く記憶するように。
「前に出せって言ってるんだハゲ!!」
北嶋君は実吉をそのまま地面に叩き付けた。
「ぎゃああああああああああああ!!」
余程痛かったのか、実吉は地面を転げ回った。
北嶋君は転げ回る実吉を止めるように、実吉の顔に靴を押し付けた。
「おうハゲ!残り少ない余生を俺にここで止められたいのか!?」
実吉を靴でグリグリと地面に擦り付けながらの恫喝。傍から見ればチンピラのようだ。
「ぎゃああああああ!!貴様、私にこんな真似をしてただで済むと…うげぇ!!」
実吉に最後まで言わせずに、北嶋君は腹に蹴りを入れた。
「ハゲコラ!!俺の言っているのが聞こえねぇのか!!耳ついてんのかオゥ!!」
実吉の耳に蹴りを入れる。
「耳が!?いてぇぇぇ!いてぇぇぇよお!!!」
転げ回る実吉。神崎さんと可憐が止めに入る。
「北嶋さん!こんなのに構っている場合じゃないわ!」
「目無しです!あれを片付ける事が先決ですから!」
宥め、制する二人。本来なら私が止めなければならないのだが、そこは見て見ぬ振りをしてくれるようだ。心中察すると言う事だろう。特に可憐は。
「ひぃぃ!ひっ!ひっ!ひえぇぇぇ!!」
その隙に、実吉は逃げ出した。
「あっ!コラハゲ!!」
北嶋君が追おうとしたその時、村の者二人が北嶋君の前に立ち塞がった。
「なんだぁ?お前等は?」
ギロリと睨む北嶋君。何と言うか凄い迫力だ。二十数年しか生きていないとは思えない、覚悟を決めた者の迫力。
「ガキ、調子に乗んなよ…」
「どうせ捕まるんだ…もう一人殺しても大差ないだろ」
二人は鉄の棒を持ち、北嶋君に殴り掛かった。
「やめなさい!!どうなっても責任は持てないわよ!!」
神崎さんの制止など聞く訳もなく、二人の男は北嶋君に踊りかかる。
「正当防衛いただきぃ!!」
北嶋君は二人の男を回し蹴りで吹き飛ばした。
「うわああっ!!」
「ぎゃああっ!!」
一人の男が鉄の棒を手放してしまった。北嶋君はそれを拾い上げる。
「お、おい…まさか…冗談だろ?おい!!」
一人の男が地べたに座りながら、後退りをした。
「お前が持ってきた代物だろう?」
北嶋君は鉄の棒を容赦なく降り回す。
「ぎゃあああああああああああ!!」
右肩に当たった。肩を庇おうと、左手を右肩に添える。それも関係無しに、鉄の棒を左手にぶち当てた。
「ぎゃあああああああああああ!!!!」
倒れ込む男。左腕も右腕も全く動いていなかった。どうやら骨を折ったらしい。
「おいオヤジ…まさかこの程度で終わるとは思ってないだろう?」
北嶋君は倒れ込んでいる男の腹に、思いっ切り蹴りを入れた。
そんな北嶋君の攻撃している光景を見たもう一人の男が、悲鳴を挙げながら逃げ出した。
「北嶋さん、もういいでしょ?」
「目無しの脅威を取り除けば、彼等もマトモになりますよ」
神崎さんと可憐の説得で、攻撃をやめた北嶋君だが、その顔は納得していないようだ。
「殺す覚悟はあるのに死ぬ覚悟は無い訳か。一生日陰で卑屈になりながら生きやがれオヤジ!!」
最後に北嶋君は男の頭を踏み突け、地べたに顔をこすりつけた。
男は涙と鼻水と涎を垂れ流しながら嗚咽していた。
私は男に近付き、教える。
「彼は目無しを倒す男…アンタが向かって行ける男ではない。実吉やもう一人の男のように、さっさと退散すべきだった」
「こ、こえぇよ…あんな鬼みたいな人間がこの世にいるなんて…」
痛みより恐怖の方が強かった男は、完全に心が折れていたようだった。
北嶋君は自分が殺される事を覚悟して臨んだ。
殺す覚悟があるのなら死ぬ覚悟も出来ていなければならない。当然だ。誰が大人しく殺されるのを待つのだ?反撃を行う。その反撃で殺されるかもしれない。
自分は殺す側だと慢心…いや、気付かなかった男共と、北嶋君の覚悟の差が明確に現れただけだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
洞穴の奥に、実吉が逃げ込んだ。
「なんだあの男は…!?」
ブルッ
身体が震えた。
良くも悪くも、目無しによって、たかが人間には感じた事が無かった感情が身体の芯を突く。
だが、そんな感情は後回しだ。このままでは確実に捕まってしまう。それを回避する為には皆殺しにするしかない。
しかし、あの男の他に、大量の警察官に数人の霊能者…
必然的に目無しの力が必要になる。
しかし餌は?今から誰かぶっ殺して、ここに突っ込んでおくか?
実吉がそんな事を考えていたその時…
………ウワァ…
「な、鳴き声!?」
実吉は辺りを見回した。そして気が付く。
目無しならば祭壇から現れる筈だ。ならば見るべきは祭壇。
暫く凝視したが、目無しは現れない。
「気のせいか」
安堵したした実吉は、一瞬目を瞑る。
再び目を開いたその時、視界いっぱいに広がる手のひらが!!
「ひゃあああああああああああああああ!!!」
実吉は絶叫した。と同時にその手に右顔が触れる。
ゴギャッ
手のひらは実吉の右顔半分を毟り取った。顔の半分から血が飛び散り、洞穴中が生臭くなった。
絶命してもおかしくない一撃だったが、実吉はまだ辛うじて意識があった。
それは目無しに願う時間がある事を意味していた。
カリカリカリカリ…カリカリカリカリ…
目無しは目玉を食う。
実吉の目玉に映ったのは、凄い数の人間。
その中にも知った顔があった。この前貰えなかった人だ。
石橋、宝条を『見て』思い出す。
今度はちゃんとくれるのかな…?
そして、一番映っている男…記憶に無い顔だ。
髪の長い女と、『見た』事のある女が、男を制止している様が『見え』た。
この人もくれるのかな?
目無しはもう一つの目玉を抜き取ろうと手を伸ばす。
――全部やる!!
目無しの脳に響いた言葉…今食べている目玉の持ち主の声…
――見た物全ての目玉をやる…早く行かないと無くなってしまうぞ…
全部?全部くれるの?
目無しは伸ばした手を引っ込め、頬に手を当てた。
どうやら、にやける頬を押さえたい様子だった。
こんなにいっぱい!!ありがとう!ありがとう!!
――ゥウワァァアアアアアアワアア!!
目無しの歓喜の咆哮…それを聞いた手足が、一斉に動き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「む、咆哮が聞こえたな!」
石橋さんは身構えた。陰に隠れていた手足の全てが、一斉に動き出したのだ。
「そうですね…目無しが号令を出したのかしら」
私は誘いの手を発動させた。
消香符の効果で、私達や警察官の位置は掴めていないが、いつ効果が切れるか解らない。
「北嶋さん、急いで!尚美、宝条さん!北嶋さんをお願い!!」
かなりの数の手足を相手にするのは不可能。それよりも、北嶋さんに目無しを倒して貰う方が絶対に早くケリがつく。
「解った…北嶋さん、急ぐよ!!」
「洞穴の場所は私が案内します!!」
尚美と宝条さんは、北嶋さんをグイグイ引っ張って走り出した。
「北嶋君が目無しを倒すのが先か、消香符の効果が終わるのが先か…」
「心配ないです。消香符の効果は抜群に上がったのでしょう?北嶋さんは、効果が切れる前に倒してくれます」
私は絶対の自信をもって石橋さんに言った。
「いずれにしても北嶋君頼みが歯痒いな…」
出来ればご自身が決着をつけたかっただろう。それでも石橋さんは、北嶋さんに託した。
彼が全てを終わらせると信じて…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
洞穴に急ぐ途中、通路の真ん中で蹲っている老婆に遭遇した。
「おぅ婆さん、危ないぞ。早く家に帰りな」
北嶋さんが手を差し伸べても、老婆はただ頷くばかり。
「婆さん、コケた拍子にどこか痛めたか?」
北嶋さんがしゃがんで老婆の顔を見る。
「!婆さん…目が…」
老婆の両目は抜かれて窪んでいた。
「お婆ちゃん、お婆ちゃんの御両親が助けてくれたのね」
私の問い掛けに、やはり頷くお婆ちゃん。
「え?ど、どう言う意味ですか?」
北嶋さんと神崎さんが、私に答えを促した。
「目無しに目を献上する場合、そのまま洞穴に縛り付けるか、目玉を桐の箱に入れるか…どちらかになります。大抵は洞穴に縛り付けられて、身体を毟り取られて手足となりますが、目玉だけを献上した場合は命は助かります」
「ん?目ん玉だけってのも有りなのか?じゃ、何故そうしない?少なくとも命は助かるんだろ?」
北嶋さんの疑問は、神崎さんも感じたようだ。
二人は私の答えを待つよう、私の顔を覗き込んだ。
「洞鳴村は、あまり裕福ではないので、全盲の人を介護し、養う事が困難なのが一つの理由です」
「じゃ、別の理由はなんだ?」
私は眉根を寄せて、目を固く瞑った。
「言うのもおぞましい、って事?」
神崎さんの言葉に私は頷く。
「まさか…」
神崎さんの表情が強張った。
「そのまさかです…手足の増産のために、わざわざ生き餌にしているんです…」
私がお婆ちゃんに、ご両親が守ってくれたと言った理由はそこだ。
洞鳴村は贄に選ばれた者、もしくは贄とされた者を、手足にする為に生かしたまま、目無しに献上するのだ。
目玉を献上した場合、手足になる事は無い。
「ふん。ムカつくなぁ…婆さん、この村の狂ったしきたりは今日で終わる。早く家に戻りな」
お婆ちゃんは逃げるように去った。余所者の私達の言葉など、この村の人間には届かないのだ。
厄が来たくらいしか思っていないのだろう。
しかし私は確信している。
北嶋さんが今日全てを終わらせる事を…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
洞穴付近に到着した私達。
「聞こえるわ…風の鳴く音…これが目無しの咆哮なのね…」
洞穴の奥深く…途絶える事無く響く咆哮…
――ゥワアァアアアァアアアアァ…ァァァァアアアアアア!!!
「居ます…すぐそこに!!」
姿は確認していないが、確実に洞穴の入り口付近まで来ている目無し…私と神崎さんは同時に震えた。
怖い。
人間の感情の中で、一番素直な反応をする感情ではないだろうか?
恐怖を覚えた身体は、震えと硬直により、うまく動く事は無い。
「来ている?どこに?」
北嶋さんがキョロキョロと辺りを見渡す。
「咆哮が、すぐそこから聞こえます。恐らく洞穴の入り口に…」
私が話終わる前に、北嶋さんはズンズンと洞穴に向かって歩いた。
その行動に恐怖など微塵も見当たらない。
「北嶋さん!そんな無防備に…」
言い掛けて、神崎さんは口を閉ざした。
北嶋さんには目無しは触れる事は出来ない。神崎さんが一番それを解っているのだ。
洞穴の暗き闇から腕が伸びてきた!
「北嶋さん!出たわ!」
「神崎、ナビしろ」
腕から肩、肩から半身が現れ、やがて髪に覆われて見えない顔が現れる。
――ウワアアアアアアアアアア!
目無しが顔を上げた。
覆われた髪が上へ後ろへと跳ね上がる。
露出した顔には、目玉が無く、目玉のあったであろう場所は、空虚の如く空間が広がっている。
「目無しはいきなり腕が身体に触れる距離まで接近します!」
注意を促すと同時に、北嶋さんの顔スレスレに目無しが腕を接近させていた!!
「北嶋さん!真正面よっ!!」
「何?もう?」
先程まで入り口付近と指示されていた北嶋さん。
自分のすぐそこに『居る』事に戸惑っていた。
目無しの腕が北嶋さんの顔に触れる!
「あっ!」
引き千切られる!
私はそう思い、顔を伏せた。
しかし目無しの腕は北嶋さんをすり抜け、北嶋さんと目無しの顔がおでこが当たるまで接近している。
「やっぱり目無しにも触る事が出来ないのね」
感心する私と相反し、目無しが触れていない指先を固め、首を傾げていた。
匂いはそこにある。気配も感じる。しかし、触れない。
目無しは再び腕を北嶋さんに伸ばす。
スッ
やはり触れない。苛々が募る目無しは咆哮を強めた。
――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「北嶋さん!本当に真正面よ!」
北嶋さんが神崎さんのナビに従い、真正面にあるであろう目無しの顔を両手で挟むよう、掴んだ。
「神崎、今俺の人差し指は奴の耳に向いているか?」
不思議な事を聞く。
「え?耳と言うより、こめかみかな…」
確かに顔を挟んでいる手のひらの人差し指は、こめかみに添えている。
「もう少し下か…」
北嶋さんが挟んだ手を緩めようとしたその時!触られた目無しが驚き、暴れた!!
――ウワアアアアアアアアアア!!!
「北嶋さん!何がしたいの?言って!」
「人差し指を耳の穴の手前に添えたいんだが」
また見えないのにシビアな要求だ。
「解った!今目無しは暴れて逃れようとしているわ!そのままの体勢をキープして!」
北嶋さんは言われるまま、両手にしっかりと力を入れた。
「神崎さん!北嶋さんに草薙を渡しては!?」
今、草薙は神崎さんがしっかりと持っている。
消香符の効果がある今は、私達には襲いかからないだろうが、北嶋さんの手を逃れ、私達に向かってくるかもしれない。
その時に効果が切れているとも限らないのだ。
北嶋さんが目無しを押さえている今が好機と言える。
「北嶋さんには何か考えがあるようです。彼の思う通りにしましょう」
「目無しが北嶋さんから逃れる可能性もあるんですよ?私達はともかく、警察の人達に危険な目は遭わせられません!!」
目無しが『生きている』と言う事は、手足も活動出来ると言う事だ。
現に手足は村中を徘徊している。消香符の効果により、被害が出ていないだけだ。
苛立つ私を真正面から見据える神崎さん。
「北嶋さんは被害者を出しません。彼は約束しましたから」
その時瞳には一点の曇りも無く、澄んでいた。北嶋さんをそれ程信頼しているのだ。不安など微塵も無い。
「…解りました。じゃあ私も信じます!」
どちらにせよ、私達は彼に頼らざるを得ない。
消香符の効果が切れる前に、彼がきっと何とかしてくれる事を信じる!!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
北嶋さんの手から逃れようと暴れる目無し。しかし彼の望む位置にはまだ指は添えられていない。
「まだよ!少し手前に手をずらして!」
私の指示通り、北嶋さんが顔を挟んでいる手を前に引く。
一緒に目無しもついて来る。
「少しだけ力を弱めて!」
「微妙だな。面倒だが仕方無い。おう、今助けてやるからじっとしていろ」
目無しに、彼にとっては真正面の空間に言い放つ。
助けてやるから?
よく解らないが、北嶋さんに任せると決めた私は、北嶋さんの欲しい指示を出す。
「少し下!」
手をずらした北嶋さんの人差し指が、目無しの耳の穴から多少前方に位置した。
「そこよ北嶋さん!」
「やっとか」
北嶋さんが気合いを込めて人差し指に力を入れる。
「うらぁ!!」
人差し指が目無しの耳の穴前方にめり込んだ。
「成功か?」
北嶋さんの成功の意味が解らない。しかし不思議な事が起こった。
「咆哮が…止んだ?」
宝条さんも気が付いたようだ。あれ程猛った咆哮が止んでいる。
私は目無しに目を向ける。
あんなに暴れていた目無しが、口を開けながら自分の両手を耳に翳していた。
「な、何があったの?」
暴れ、絶えず咆哮を発していた目無しが大人しく…
自分に何が起きたかを確認しているように耳を澄ませている?
「おう、大人しくなったか。じゃあ成功したんだな。続けるぞ。神崎、こいつにそのまま大人しくしろと言ってくれ」
「言った所で目無しは耳が聞こえ…」
目無しは北嶋さんの言う通り、大人しく待っていた!
まるで、北嶋さんの次の動作を待っているよう、期待を弾ませているように、口元は笑っている。
「き、北嶋さん…目無しに何をしたんですか?」
「目無しは耳が聞こえない…のに…」
聞こえない…?
私はある事を思い出した。
師匠に呼ばれて師匠宅に向かった車内で北嶋さんは眠っていた。
その時、日光を遮るように顔に被せていた本…
「目無しに聴覚回復のツボを押したの!?」
肩こりがすると言ったその日に買ってきた本…
【中国医学 経絡とツボ】
本のタイトルがそれだった事を思い出したのだ!!
「今押したツボは
やはり北嶋さんは目無しのツボを押していたのか。
いや、そんな事より…
「霊のツボを押して聴覚が治るものなの!?」
宝条さんが激しく驚いている!!勿論私もそうだ!!
「治っちまったんだからそうだろ?」
何を今更、と言った感じの北嶋さん…
彼の能力と言うか、行動言うか、とにかく私達の想像を遥か上に行く事は間違いない!!
間違いないが…
「あなたやはり無茶苦茶だわ!!」
驚きを通り越して呆れてしまう。
この頃は北嶋さん中心で世界が動いているような錯覚に陥ってしまう程、彼は何でも有りになってきている。
「誉めるのは後回しだ。神崎、ナビだ。後頭部の場所を指示しろ」
「誉めてはいないけど…」
と、取り敢えず私は、目無しの後頭部を指示する。
「そのまま包むように…」
北嶋さんの両手が、目無しの首の後ろに回る。
「ちょっと上…」
ゆっくり上に手を移動する北嶋さん。
目無しはその間、ワクワクしながら何が起きるか待っているようだった。
「そこよ北嶋さん!」
指示を聞き、再び人差し指に力を込める北嶋さん。
「うら!」
人差し指が目無しの後頭部にめり込む。
「成功か?おい、何か言ってみろ」
目無しは言葉を喋れない。つまり今押したツボが言葉を喋れるようになるツボだと言う訳だ。
――アァ…
「また咆哮を…」
「失敗したかな?」
北嶋さんが再び後頭部に手を回そうとしたその時!!
――ナセル…
「今何て!?」
私も聞いた!!目無しが何か言ったのだ!!
「話せるようになったの!?」
目無しに問い掛ける私!
目無しの口元が緩んだ!
――ハナセル………
「喋ったわぁ!」
「確かに喋った!」
――ハナセル!!ハナセル!!ハナセルゥゥ!!
目無しの歓喜の咆哮!私と宝条さんは目無しを滅ぼしに来た事すら忘れ、目無しと共に喜んだ!!
「これも成功か。今のは
喜び、はしゃぐ目無し。
「最後だ。お前に再び目玉をやろう」
その言葉を聞いた私達は、はしゃぐのをやめて固まった。
「目玉は無いですから、ツボは…」
目玉をくり抜かれたから『目無し』となり、数々の人間を襲った訳だ。ツボ押しは意味が無い。
「おう。俺がお前に必ず見えるように目玉をやる。俺を疑うな。いいな?」
目無しは北嶋さんに向かってウンウン頷く。期待と希望に満ち溢れた表情だ。
北嶋さんはポケットから警察署から持ってきた品物を取り出す。
車の中で、マジックで少し塗りつぶした球状の物…
「これってピンポン玉じゃないですか!」
北嶋さんはピンポン玉に少しだけマジックを塗り、目玉を作ったのだ。
「流石にこれは…」
目じゃないし、見えるのは不可能だ。
宝条さんはそう思っただろう。私も勿論半信半疑だ。
「神崎、どこが目の位置だ?」
北嶋さんはピンポン玉を抓みながら、何も無い空間をウロウロとしていた。
「北嶋さん。後ろよ。目無しに思いっきり背中を向けているわ」
北嶋さんは片足の踵を軸にしてクルンと180度回る。
それで目無しと向かい合う形となった。
「いくぞ」
ピンポン玉を目無しに向かって突き入れる。
ガン
目無しの額に見事にヒットした。
たまらず蹲る目無し。額を押さえてプルプルしていた。
「北嶋さん、おでこに当たってダメージを受けたわ」
「何?わりぃわりぃ。気を取り直して、だ…」
目無しがフラフラと立ち上がる。
「私達は奴を倒しに来たんですよね…」
宝条さんが笑いを堪えるのに必死のようで、にやける顔を何とか制御しようと必死だった。
「本当ですよね…」
聴こえるようになった事、喋れるようになった事…
生前の目無しには無かった機能を復活させた北嶋さんに、随分と懐いているようだ。
それがまた滑稽と言うか癒やされると言うか…
凄い数の人間を殺してきた悪霊を完全に御している北嶋さん。それにしても、彼は何故目無しを助けようとしているのだろうか?
問答無用でぶち倒すと思っていた私達は、些か拍子抜けだった。
北嶋さんはソロソロとピンポン玉を目無しに近付けて行く。
「少し右…上かな…左にズレたわ…」
私の指示通りにピンポン玉を動かす。
「微妙だな…面倒くせー」
「自分で始めた事でしょうよ…」
文句を言い始める北嶋さんを軽く窘める。
「そのまま…そこよ!」
ピンポン玉と目の空洞の軌道が一致した。
「ふん」
ピンポン玉が空洞に押し込まれる。そして横に多少ズラして、もう一つのピンポン 玉も押し込んだ。
「はまった?」
「はまった…けど…」
見えたのか…見えてないのか…表情からは解りかねる。
「目玉は入った。見える。絶対に見えるぞ。俺を疑うな!!」
目無しが二度、三度と瞬きをする。
「ピンポン玉…が…」
宝条さんが驚いた。
ピンポン玉…塗りつぶした黒目だった筈なのに、私達と同じ瞳に見えたのだ!!
静かに目を瞑る目無し…
両目から涙が頬を伝った。
――アアア………ああ…あああああ……
口から零れたのは咆哮ではなく、言葉…
――みえる……みえる……みえる!!!
目無しの身体が優しい光に包まれる。
「な、何この光?」
「浄化?悪霊自ら?」
「光?どこどこ?」
私達は目無しの光に当てられたが、北嶋さんは全く見えていない。
やがて光に目が慣れると、そこには先程の痣や傷だらけの身体は無く、真っ白い雪のような裸体が映し出されていた。
「普通の女の子に戻った…の?」
「負のオーラが全く感られない!!」
目無しは乱れていた髪すらも真っ直ぐと整えていた。
真っ白い頬から溢れ出る涙…
目無しは小夜に、しかも生前よりも美しく戻ったのだ!!
目無し…小夜は北嶋さんに跪いた。
胸の前に手のひらを合わせて、深くお辞儀をしていた。感謝の気持ちを全面に現していたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「む!?何だこれは?一体何があった?」
数多く徘徊していた手足が一斉に光に包まれたかと思ったら、笑みを浮かべて消えていくではないか!!
「決まっていますよ!!北嶋さんが目無しを倒したんです!!目無しの呪縛が無くなったんですよ!!」
桐生さんが興奮して捲くし立てる。
両手をグッと握り締め、ガッツポーズを取っていた。
「や、やはりそうなのか!!」
呪縛が解けた手足達は行かなければならない所へと還った。
最早疑う余地は無い。北嶋君が目無しを葬ったのだ!!
桐生さんが駆け出す。
「ど、どこへ?」
「決まっていますよ!北嶋さんを迎えに行くんです!!」
「そ、そうか、そうだよな!待ってくれ!私も行く!!」
私達は洞穴に向かって駆け出した。
私の、可憐の悲願。
そして、洞鳴村の長年の災いを断ち切った北嶋君に、是非早く礼を言いたかったのだ。
北嶋君の元についた私達は一人の少女が北嶋君に跪いているのを目撃した。
「はぁ、はぁ、き、北嶋君…目無しを倒したんだろう?」
「はぁ、はぁ、き、北嶋さん、その子は?」
北嶋君に跪いている少女は、雪のように白い肌で、美しい黒髪を腰まで伸ばし、涙を流していた。
しかし、この世の娘では無い。
「この子は目無しです。北嶋さんが目無しの苦しみの元凶を治したんです!!」
可憐がやたら興奮していた。
「目無し?この娘が?しかも治したとは、どう言う事だ?」
少女は目無しとは全くかけ離れていた。
目無しは全身傷や痣だらけで、髪は乱れまくり、何より目が無い。
「信じられないでしょうが…」
神崎さんは、ここで北嶋君が行った事を私達に説明した。
それは私にとって衝撃だった。
「ツボ押しぃ!?ピンポン玉だって!?」
「霊にツボなんて効果あったの!?」
神崎さんは『ねぇ?』と言う表情をして続ける。
「北嶋さん曰わく、治ったんだから効いたんだろ、だ、そうです」
彼が滅茶苦茶なのは何となく解っていたが、まさかここまで想像を越える事をするとは…
私達は続く言葉も出ずに、彼を見ていた。
私達が呆けていると、やがて目無し…いや、小夜が顔を上げて立ち上がった。
――ありがとう…ありがとう…
小夜は彼に何度も何度も礼を言って、天に昇ろうとしていた。
「還るんだわ…」
「新しく目を貰ったばかりか、耳と口まで治して貰ったんです」
「現世に留まる理由も無い、か…」
「北嶋さん素敵…本当に凄いわ…」
小夜が昇っていく。私達はそれを見送っていた。
その時、北嶋君が小夜の足をむんずと掴み、自分の元に引っ張り込んだではないか!!
――え?えええ??きゃーっ!!
トスン
小夜は地面に尻餅をついてしまった。
「北嶋さん!何をしてんの───!?」
「成仏しようとした女の子を引っ張って戻すなんて───!!」
神崎さんと桐生さんがムンクの叫び宜しくの表情をしている。勿論、私も可憐も例外ではない。同じように「はああああああああぁ!?」と叫んでいた!!
北嶋君は小夜をキッと睨む。
「お前勝手に成仏すんじゃねーよコラ!宝条とオッサンに詫びいれろ!!」
何と彼は謝罪を私達にさせるために、成仏しようとした小夜を引っ張り戻したのだ!!
「き、北嶋君……」
もういいじゃないか。
そう続けようとした私を無視し、続ける。
「オッサンはお前に目ん玉取られたの!お、ま、え、が!宝条をボコボコにした原因なんだ!詫び入れて筋通せっ!!」
目無し…小夜を精神的に追い詰める。何と言うか、普通に酷いと思う光景だった。
――解りましたぁぁぁぁあ~!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!
小夜が私と可憐に何度も何度も頭を下げた。
「い、いや、君も被害者な訳だし…」
「そ、そうですよ!断ち切れて良かったじゃないですか!」
私達は目無しが憎いのであって、小夜を憎んでいない訳だから…
寧ろ仕事柄、早く成仏して貰った方が有りがたいのだ。
「き、北嶋さん、石橋さんや宝条さんも、こう言っている事だし…」
「そ、そうよ。罪を憎んで人を憎まずですよ」
神崎さんと桐生さんも、仕事柄成仏してもらった方が良いと思っているのだろう。
因果を断ち切って天に還れるならば、それに越した事はない。
しかし、北嶋君は不満な顔をしていた。
「おいお前、今まで散々人殺しておいてだな、そう簡単に許されると言う甘い考えをだな…」
北嶋君はくどくどと小夜に説教を開始した。
正座し、項垂れている小夜に向かって、もうくどくどと…
「ああもう!!」
神崎さんがスケッチブックに何かを描き始める。
その間小夜はひたすら北嶋君に謝っている。
暫く見ていたが、あまりにも気の毒だ。
「き、北嶋君、あまり現世に留めておくものじゃない。せっかく成仏しようとしているんだから…」
北嶋君は私をキッと睨み付ける。怖いのだが…
「オッサン!慈悲深いのも結構だがな、こいつが行った所業は余りにも酷い!!残虐非道だ!!世間は許しても、俺の正義の魂がそう易々と許す事が出来ないのだ!!」
小夜が目無しになったのは、呪いの材料にされた為だ。なので小夜に罪は無い。
だから北嶋君は小夜を治したのだ。
だが、腹の虫が治まらない北嶋君は、小夜を精神的に追い詰める。
「し、しかしだね」
私達は北嶋君の説得を試みる。
小夜は見ているだけでも可哀想なくらい、泣きじゃくり、北嶋君に謝罪を続けていた
「北嶋さん!これが今の彼女よ!」
スケッチブックに描いた絵を北嶋君に見せる。
「…結構可愛いじゃないか?裸?ふむふむ…」
北嶋君は暫く絵を眺めていた。
「今の内に還りなさい。後は私が何とかするから」
――はい…ありがとう…ありがとう…
神崎さんに急かされて、小夜は昇っていった。北嶋君にはどうせ見えないのだから、どうなったのかは解るまい。
「う~ん…しかし幼いなぁ…俺の許容範囲から外れているなぁ…」
何の心配をしているのか解らないが、小夜は完全に成仏した。
それを見計らって肩をポンと叩き、労う素振りを見せながら、描いた絵を取り上げる。
「彼女還ったわよ。お疲れ様北嶋さん」
「え?何だって?神崎!俺を嵌めやがったな!!」
北嶋君が喰って掛かろうとした仕草を見て、右手に拳を硬く握り締める神崎さん。
「ま、まぁ、説教はあれくらいで充分だろ」
北嶋君は神崎さんから二、三歩後退りした。
それ程の力を持っていても神崎さんは怖いのか…
彼の人間らしい一面に、私は何故か胸を撫で下ろした。
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