洞鳴村へ

 一週間…北嶋さんは水谷さんのお庭で悪霊を抜き、草薙でバッタバッタと斬っていた。

 草薙が全く抵抗を見せない事から、完全に北嶋さんを所有者として認めたようだ。

 師の石橋も最初は渋い顔をしていたが、ああも見事に使いこなす北嶋さんを見て、遂には技術指導まで行った。

「仕方無しだ。認めざるを得んだろう」

 師は私に仕方無いと言う単語を連呼していたが、仕方無いと言う顔をしていなかった。師も嬉しいらしい。実際指導を行ってからの北嶋さんの剣捌きは、私を凌駕してしまった。

 悔しい筈なのに、不思議と心は晴れやかだった。

 そして一週間経った今…

 私達は洞鳴村へ乗り込む準備の真っ最中。

 水谷さんが皆を本堂に集めて、話をしている。

「早雲、120枚ご苦労じゃったな」

「いや、念を込めて戴けて、私の寧ろ方が御礼したい」

 師は深々と頭を下げた。

「しかし120枚もの消香符をどうなさるおつもりですか?」

 師の問い掛けに、水谷さんが答えた。

「警察官の為じゃ。洞鳴村は村人が平気で人を殺す。村人諸共一網打尽にするのじゃよ」

 成程、人殺しの罪を法により裁く訳か。

 皆が納得している最中も、水谷さんの話は続いた。

「目無し及び手足の被害が及ばぬように消香符が必要という訳じゃな」

「それはその通りで納得します。しますが、警察が素直に此方の言い分を信じて動くとは…しかも消香符を身に付けるなんて…」

 師の疑問に有馬さんが答えた。

「それは大丈夫です。現場を動かしているのは警視総監なのですから」

「警視総監ですって!?何故警視総監自らが現場の指揮を取るのです!?」

 師も私も驚いた。俄かに信じ難い。

「警視総監の菊地原はワシの客じゃからな。きゃつが駆け出しの頃に占って出世させてやったんじゃ」

 水谷さんはケラケラと笑った。

「け、警視総監と親しい間柄だったのですか…」

 改めて水谷さんの人脈の広さに驚愕する。

「その菊地原さんに、石橋さんが来たあの日に連絡を取って手配して貰っていたんですよ」

 そ、そう言えばあの時…北嶋さんを殺人者にしたくない、とか言っていたような…

「北嶋さんに無茶させない為に、警視総監を動かした…?」

 水谷さんは軽く頷く。

「小僧なら洞鳴村全員倒してしまうじゃろう。小僧が出来ると言ったんじゃからな。しかし、相手は生身…万が一、人を殺すやもしれん。小僧に生身の、普通の人間の相手はなるべくさせたく無いのじゃ。ババァの身勝手で警察を動かすのも申し訳ないがの」

「いえ、私が先走って菊地原さんに連絡してしまったので…」

 お二人は本当に北嶋さんを心配していたのだ。

 しかも、村人を『殺すかもしれない』の方で心配していたのだ。

 常識で考えたら、村人に『殺される』で心配する筈なのに、北嶋さんの『全部ぶっ倒す』の言葉を信じたのだ。

「しかし、北嶋君の能力は確かに驚嘆しますが……」

 師はやはり常識を考えている。

 私は水谷さんや有馬さんの考えに賛同していた。

 北嶋さんがやると、やれると言えば、恐らくやれるのだろう。

「そうですね。万が一、がありますからね」

 賛同した私を水谷さんと有馬さんがゆっくりと頷いたが、師は話を合わせているのだろう程度に受け止めていただろう。

「では師匠、早朝に洞鳴村に出発…でよろしいのですね?」

 神崎さんが話の流れを変えた。その表情は怖いくらいに真剣だった。

「うむ、早朝出発して、到着は昼過ぎかの。洞鳴村の入り口にて、警官が武装して待っておるから、それに合流せぇ」

「不慮の事故があった場合を考えて、私と師匠はここに待機するわ。何か起こったら連絡を頂戴」

 有馬さんも怖いくらいに真剣な表情だ。

「私は石橋さんに付いて、先に警官に合流して作戦を指示致します。尚美は北嶋さんと最後尾から付いて来て」

 みんな洞鳴村の作戦にかなり慎重だ。

 多数居る手足や、村人の脅威。警官隊が短時間で村人を制圧できるのかが鍵となる。

 ぼやぼやしていると、消香符の効果が消えてしまうからだ。

 そうなれば、私達の負担は数倍になる。

「札の効力が切れる前に、私達が手足を倒さないといけない。かなりの数ですが、やるしかないですからね」

 警官隊が村人を、私達が手足を、そして北嶋さんが目無しを…

 かなり厳しいが、みんな腹を括っていた。

 北嶋さんを除いては。

「別に手足も村の連中も元凶も、俺一人で充分なんだが」

 一人お菓子を摘まみながら能天気に話に加わる北嶋さん。

「それは解っておる。じゃが、ここはワシの言う事を聞け」

 諭すよう、たしなめる水谷さんに、一同が同意した。

「北嶋さん、北嶋さんは確かに凄いけど、敵の姿が見えないでしょ?絵も念写も、結構大変なの。解って?」

「不満は特には無い。無いが…」

 北嶋さんが言葉を濁す。

「え?何が引っ掛かるの?」

 桐生さんの問い掛け…私達は北嶋さんの答えを固唾を飲んで待つ。

 空に目を泳がせながら、ソワソワする北嶋さん。

「ど、どうしたの北嶋さん?らしくないわね?」

 敵に萎縮するような人じゃないのはみんな理解している。北嶋さんが何故躊躇っているのか凄い気になった。

 やがて北嶋さんは大きな溜め息をつき、口を開いた。

「俺はポリがあんまり好きじゃないのだ。だって奴等俺を捕まえたんだもん!」

 北嶋さんが警官の御厄介になった事がある?

 それは衝撃な事だった!!

「き、北嶋さん、捕まった事があるの?」

 北嶋さんはムスッとしながら答えた。

「おう!シートベルトだろ?一時不停止だろ?路上駐車だろ?一時不停止なんて、踏切で停止したのによー!『タイヤ動いていました』とか難癖付けやがってさぁ!路上駐車だってそうだ!トイレ行きたくなって、コンビニに止まったのはいいが、駐車場満車でよ!仕方ないから、ほんの少しだけ止まっただけだっつーの!オシッコ漏らしたらパンツの替えポリが買ってくれんのか?」

 北嶋さんは物凄く憤っていたが…

「なんだ、拍子抜けだわ」

 神崎さんは頭を掻く。

「良かったー!犯罪者じゃなくてー!」

 桐生さんはハンカチで涙を拭く。

「まぁ、北嶋さんに大それた犯罪ができる訳ないか…」

 有馬さんがハイハイと言った感じて適当に流す。

「お前等、俺はポリの横暴さにだな…あの時だって奴等の仕業だと掴んでいた筈…」

 北嶋さんが文句を言おうとした瞬間、神崎さんの右手が握り固められた。

「グダグダ言うの北嶋さん?」

「いえ言いません」

 北嶋さんが背筋を伸ばし、丁寧に正座をした。だけど今結構重要な事を言おうとしたような?

「まぁ、これは決定じゃからな。小僧も従って貰わねばならん」

 水谷さんが凛として周りを制す。

「まぁ面倒だが仕方ない」

 北嶋さんも折れた、と言うか、面倒だから言う通りにすると言った所か。

「じゃあこれで…質問とかありますか?」

 最後に有馬さんが締めようとしている。

 みんな理解していたので、今更質問などある筈がない。

「はい」

 北嶋さん…ピーンと手を伸ばしているわ…今更何の質問が?

「バナナはおやつに入りません」

 有馬さんが訳の解らぬ事を返答した。

「流石にそれは…」

 適当に流しすぎじゃないですか、と続けようとした矢先。

「バナナは入らないのか!良かったぜ!」

 ホッと胸を撫で下ろした北嶋さん。

 神崎さん達は平然としていたが、私と師は白眼を剥いて口を全開に開けてしまった。擬音が付いたら『ゴーン!!!』と言った所だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 師匠の話も終わり、明日の決戦に備え、各自部屋に戻り眠る事にした。

「微妙に暑いなぁ」

 少し夜風に当たろうと、襖を開けて外に出た。

「あれ、宝条さん?」

 宝条さんが縁側に腰をかけて星を見ていた。

「眠れませんか?」

「神崎さん…ハイ…明日全てに決着が付くと思うと、少し興奮しちゃって…」

 少し笑いながら話す宝条さんの表情には、全く不安が無かった。

「そうですね。勝てる戦いですけど、決戦前は興奮するものです」

「私と師だけでは不可能だったと思います。ここへ来て、上には上が…それもいただきが見えそうもない上限があるのを知りました」

 上…上限が見えない程の上…師匠と北嶋さんの事だろう。特に…

「北嶋さんは簡単に倒してしまうでしょうから、少し拍子抜けでしょうけども」

「草薙が全く拒否もせずに思うが儘扱われたのは、初めて見ましたよ」

 唇から微笑が零れる。

 初めて会った時の刺さるような気は全く感じなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …さん…

 ん~…?何だよ全くよ~…

 昨日婆さんの話が長かったから寝るのが遅くなっただろうよ~…

 俺は身体を丸める。布団を頭から被り、完全目覚め否定の構えだ。

 …さん…北嶋さん…

 何なんだ!!お構い無しで身体を揺すってきたぞ!!

 俺は頑なに目を瞑る。眉根を寄せて、迷惑を完全に露わにして。

 …もぅ…今日もかぁ…

 足音が俺から遠ざかった。

 ふはははは!勝った!勝ったぜ!

 これで心おきなく眠る事が出来る!!

 俺は眉根を解除した。

 その時、俺の腹に衝撃が走った!!

「ぐわあああああ!」

「北嶋さんおはよ」

 俺の腹に神崎の膝がぶち込まれたのだ!!

「お…おはようございます…」

「早く顔洗って来て」

 神崎は全く悪びれた様子もなく、俺の寝ている客間から出て行った。

 いつか俺の腹がぶっ壊れたら、責任取って嫁に来て貰う…!

 俺は鋼の決意を固め、仕方なしに起き上がった。


「ふぁぁぁあ~」

 顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませた俺。

「さ、行きましょうか?」

 神崎を始め、桐生、宝条、そしてオッサンが既に出発の準備をしているではないか!

「え?朝飯は?」

 食堂に通される事もなく、神崎に無理やり手を引っ張られ、玄関まで連れてこられた俺の疑問。

「朝ご飯なんか食べている暇なんて無いでしょ」

 朝飯が食えないだと?

 朝は1日の始まりだ。

 朝をしっかりと食って、1日のエネルギーを蓄えると共に、昨日の疲労やブルーな気持ちをリセットさせる役割を担っている。

 つまり朝飯は重要なのだ!!

 と、思う。

「朝飯を食わなきゃ力が出ないぞ!!」

 俺の必死の抗議!!

「大丈夫。私達はちゃんと食べたから」

 全く悪びれた様子も見せず神崎が切り返す。

「うおおおおぅ…何て不幸な…」

 エネルギーを補充せずに、一日中コキ使われるとは…

「北嶋さん、車で食べて」

 項垂れている俺に、桐生がおにぎりを俺に差し出した。

 天使光臨!!桐生に後光が差しているように見えたぞ!!

「き、桐生…なんて素晴らしいんだ…まさに彼女にしたい女ナンバーワンだ…」

 おにぎり一つで女は株を上げる。男は馬鹿で単純な生き物だからだ。

「え?あ、ありがとう」

 桐生が顔を真っ赤にして伏せる。

 うんうん!やはり可愛いなぁ。

 ほのぼの空気が充満する玄関で神崎の声が通った。

「それ食べて酔って車で吐いたりしたら…殺すからね!!」

 背筋が寒くなり振り向く。

 神崎が…凄い怖い顔をしながら睨んでいるではないか!!

 悪魔出現!!俺は神崎に暗い冥府の渦を感じた。

「は、はい…」

 その圧倒的な迫力は俺をたじろがせるに充分な威圧を与えた。

「北嶋さん、草薙は忘れないで下さい」

 宝条がハラハラしながら俺に促した。

「あ、そっか」

 宝条の注意により、俺は刀を取りに客間に戻る。

 とどめ用の武器を忘れたら、流石に洒落にはならない。使うかどうかは状況次第になりそうだが。


 オッサンと宝条が乗る車に桐生が乗り込む。

「それでは先に出発しているよ。あまり遅れないでくれよ?」

 オッサン!!冗談で言っているのは解るけども!!

 俺は恐る恐る神崎を見る。

「はうっ!!!」

 神崎が…獲物を狙う獣のような目になっている!!

「精一杯付いてまいりますよ石橋さん」

 その瞳には闘志の炎が灯っていた。

「か、神崎…さん?スピードはあまり出し過ぎては…」

 神崎が俺を一瞥すると、ちっ、と舌打ちして足手纏いを見るような目で俺を直視し、言った。

「私は酔いやすい北嶋さんが同乗だからハンデがあるわ」

「あしでまといですみません…」

 項垂れる俺。全部ひらがなで返すくらいのダメージを追ってしまう。

「まぁ、仕方ないか。足手纏いは毎度の事だもんね」

 神崎はヤレヤレと言った表情で肩を竦めた。

 ちくしょう!いつか絶対に屈伏させてやる!

 化け物退治の前に精神的ダメージを食らった俺は固く誓った。


 オッサンの車を追う形の神崎にとあるスポーツ用品店の前で停車を指示する。

「え?何買うつもり?」

 神崎が駐車場に入る。

「化け物退治に少し試したい事がある。その道具を買おうかと思って」

 俺はスポーツ用品店に駆け込んだ。

 少しでも早く済まさないと、神崎にどんな嫌味を言われるか解らないからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋スポーツ用品を買いに入店して20分は経過しただろうか。

 北嶋さんが出てくる気配がまるで無い。

「店員の女の子にちょっかい出している訳じゃないでしょうね」

 流石にいくらなんでもそれは無いとは思うけど…

 私が焦れているその時、パトカーがサイレンを鳴らしてスポーツ用品店の駐車場に入ってきた。

「何かあったのかしら…」

 凄い不安を感じる。北嶋さんが何か事件に巻き込まれたのではないだろうか?

 そればかりを気にしていた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 石橋さんの車の後部座席に乗って、洞鳴村を目指している私の携帯が鳴った。

「尚美からだわ」

 さっきスポーツ用品店に曲がったようだけど、何かあったのかしら?

「どうしたの?尚美?」

 電話向こうで尚美が何か慌てていた。

「落ち着いて!何が何だか解らないよ?」

 尚美を何とか落ち着かせようと宥める。

『北嶋さんが!北嶋さんが!』

 北嶋さん?北嶋さんに何かあったの!?私の心臓の鼓動が激しくなる。

「き、北嶋さんがどうしたの!?尚美!!尚美っ!!」

 私も尚美のように興奮していた。

 北嶋さんに何かあったら、私は…

 悪い方、悪い方に思考が偏る。

『北嶋さんが警察に捕まっちゃったぁ~!』


 北嶋さんが…捕まった…?何で…?

 携帯を落としそうになる私の耳に、尚美の声が響いた。

『銃刀法違反の現行犯で捕まっちゃったぁ!!』

 銃刀法違反…?

「銃刀法違反ですってぇ?」 

 叫んだと同時に車が右へ左へと車体を泳がせた。

『草薙を持ったままスポーツ用品店に入店しちゃったのよぉ!お店の人が通報して、現行犯で御用よぉ!』

 尚美の叫び声が携帯から車内へ響いた。

「草薙を持ったままお買い物しようとしたんですかぁ!?」

「彼は一体何をしとるんだぁ!!」

 た、確かに刀を持った儘お店の中に入るとは…強盗か何かと思われても仕方がない…

「どうするのかね!?今更作戦延期なんか出来ないぞ!!」

 怒り心頭の石橋さん。

 一週間の時間とお金を掛けて、洞鳴村まであと一歩と言う所で、警察に捕まるなんて…

「こ、こんなに思慮が浅い人だとは思いませんでした…」

 宝条さんも呆れてしまっている。

「な、尚美!お師匠様に連絡して事情を話して!私達はとりあえず洞鳴村へ向かうから!!」

 私達の到着を今や遅しと待っているであろう警察の方々にも申し訳ない。

 もし、作戦決行不能と師匠が判断したならば、私が北嶋さんの代わりに警察の方々に謝罪しなければならない…ものすごぉく気が重い…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「師匠、今尚美から連絡がありまして……」

 凄く、すごぉく言い難いのだが…

「視たわぃ。全く小僧は手間ばかり掛けさせるのぅ…」

 流石の師匠も大きな溜め息をついた。

「どうします?北嶋さんが居ないと、目無し攻略は難しいかと…」

 洞鳴村の目無し退治は北嶋さん有りきで作戦を立てたもの。

 その北嶋さんが警察に捕まったなんて…

「菊地原ちゃんに連絡済みじゃ。直ぐに釈放と所持品全て返却をお願いしたわ」

 警視総監の菊地原さんなら、北嶋さんの釈放は容易だ。流石は師匠。

『視て』いたと言う事は、このような事態に陥るのを予測していたのだろう。

「ついでに洞鳴村までのパトカーでの誘導を頼んだわ。尚美がいくら飛ばしても問題は無い」

 北嶋さんが捕まったタイムロスを尚美の運転に賭けたのか…

「そうなると、大変なのは北嶋さんですね」

 同情するわと息を吐く。

「小僧へのペナルティじゃ。文句は言わすなよ」

 師匠は愉快そうに笑った。私もそのペナルティに賛成だったので、師匠と一緒に笑った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ああ~っ!面倒臭い目に遭ったぜ!」

 身に覚えの無い罪で捕まり、すぐに釈放された俺は、神崎の待つ駐車場へテクテクと歩く。

 警察署でカツ丼をご馳走になった俺は、今は腹がいっぱいなので、走ると横っ腹が痛くなるのだ。

 故に移動はゆっくりと歩きたいものだ。

「北嶋さん!!」

 神崎が俺の姿を捕らえると、足早に駆け寄ってくる。

 そうか…俺を心配していたのか…

 ふっ、可愛い奴だぜ神崎…

 俺は両手を広げて神崎を抱き止めようと…

 お?おおおお?

 神崎のスピードが尋常じゃないぞ?

 此の儘ではハードにぶつかってしまう!!

 俺が思案しているその時、神崎がジャンプし俺の鼻に膝を叩き付けた!!

「ぷっしゃあああ!!」

 俺は大量の鼻血を噴出し地面に背中から倒れ込んだ。

 飛び膝とは完全に虚をつかれた攻撃だ。

 鼻血の量がいつもの倍以上放出される。

「何を間抜けな事を!それもよりによって今!このバカ!!」

 ぶっ倒れた俺の胸座を掴み、俺の上半身を無理矢理起こすと、神崎はそのまま俺に往復ビンタを喰らわした。

「ぶっ!ぎっ!神崎ぶは!ちょ、ちょっとまぎひゃぁ!!」

 激しい神崎の殴打!俺の頬が、みるみるうちに真っ赤に腫れ上がる!!

「か、神崎さん!も、もうそのくらいで!!」

「そ、そうですよ!洞鳴村に急がないといけないのでしょう!!」

 警官達が神崎を止める。

「はぁ…はぁ…はぁ…北嶋さん…早く乗って!」

 悪鬼の如くの形相の神崎。

「は、はいぃぃ~…」

 俺はビクビクと起き上がる。

「早く起き上がりなさい!!」

 神崎が魔王のような目を俺に向けながら叫んだ。

「はいっ!!」

 俺は近年稀に見る程素早く起き上がった!!

「我々が先導致しますので、どうぞ急いで下さい!!」

 警官が見るからに速そうな車で既に待機している。

「本当に申し訳ありません!!」

 神崎は警官にペコペコ頭を下げる。

「早く乗りなさい!!」

 グダグダしている俺に、再び叫ぶ神崎。

 俺はあまりにも怖くてオシッコをチビりそうになった。

「シートベルトを締めて!!」

 言われる儘、シートベルトを締める俺。同時に先導のパトカーがサイレンを鳴らす。

「ノンストップで行くわよ!!」

「お、おう…」

 パトカーがスタートすると神崎が後に続いた。

「か、神崎…す、スピード…」

 パトカーは信号が赤だろうと、構わず進む。その後ろを走っている神崎も、関係無く走った。

「神崎!?神崎さん!?スピードを緩め…」

 あまりのスピードに恐怖心を感じる俺!!微妙に声も裏返っていた!!

「喋ると舌を噛むわよ!!」

 そう言う神崎の表情はどこか嬉しそうだった。

 ぐんぐんとアクセルを踏む神崎!!先導のパトカーを煽っているようにも見える!!

「一度でいいから限界までスピード出してみたかったのよね…」

 神崎の表情が光悦している!!

 俺はただ助手席で身体を硬直させているしか術は無かった………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋達を先導しているパトカーには、ベテランの交通機動隊隊員の田中と、新人の青島が乗っている。

「先輩、あのBMWの先導を指示したのは、警視総監だって、マジっすか?」

 青島は後ろを振り返りながら、疑問を口にする。

「本当だ。それに助手席の男な、奴は銃刀法違反の現行犯で捕まったんだが、直ぐに釈放と所持品の返還も指示されたんだと」

 田中は『上の考えは解らん』と言わんばかりに溜め息をついた。

「え、マジっすか?何者なんすか奴等は?」

 驚いた青島は、田中に再び疑問を投げつける。

「さぁな…それよりあの女…俺を煽っていやがるな…」

 それは青島も気がついていた。

 このパトカーはNSXである。青島達の警察署に寄付された代物だ。

 NSXを煽るBMW…青島は少し憤慨した。

「先輩、あのクソ生意気な女なんか振り切って下さいよ!」

 冗談で笑いながら言った青島に、田中が微妙に嬉しそうに答える。

「あの女ただ者じゃあねぇぞ。こっちもかなりのスピードを出しているんだがな…」

 スピードメーターは130キロを指していた。

 それでも遅いと、BMWはNSXを煽っているのである。

「おもしれぇ…昔の血が騒ぐぜ!!」

 田中の口元から笑みが零れた。

 青島はドキッとし、田中を見た。

 田中は若かりし頃、かなりのヤンチャで、韋駄天田中と呼ばれて白バイやらパトカーをぶっちぎって遊んでいた猛者だった。

「せ、先輩!!一応街中なんでこれ以上はマズいっすよ!!」

 高速に乗るまで耐えてくれ。そう続けようとした矢先に、田中はアクセルを踏み込む。

「喋ると舌噛むぜぇ~!!」

 NSXの加速が簡単に上がった。

「先輩?先輩!?ちょっとマズい…のおおおおお!!?」

 青島の願いは虚しく田中は後ろのBMWをぶっちぎる事に全力を傾けてしまった。

「先輩!!先輩いいいいいい!!」

 青島の叫びは田中に届く事は無かった。

 青島は白目を向いて、涙を流し、口から泡を吹いて気絶してしまった…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ん?スピード上げたわね?」

 神崎の口元が緩んだ。同時に、アクセルを踏む力を増加させる。

「ゥエッ」

 俺は速攻で車に酔ってしまった。酸っぱい何かが、胃から口に逆流してくるのが解る。

「吐いたら殺すわよ…」

 先導のパトカーから目を逸らさず、俺に圧倒的な殺気を向ける神崎…

 俺は酸っぱい何かを飲み込んだ。

 こえぇ!!神崎こえぇ!!

 俺は開きっぱなしの瞳孔で神崎を見る。

 口元は笑っていたが、目が…目が!!まるで獲物を狙う猛禽類のようだ!!

「結構やるじゃない…チギってしまいそうだったけど、ちゃんと先導はしてくれるようね…」

 パトカーの後ろに張り付く神崎。

 その時俺は見たのだ。

 パトカーの助手席の警官が白目を向いて、涙を流し、泡を吹いて気絶している様が、パトカーのルームミラーに写し出されていたのを!!

 成程!あれはいい手だ!!

 早速真似る俺。

 俺も白目を向いて涙を流し泡を吹いて気絶した。記憶が無い方が良い事もあると信じて…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「もう直ぐで洞鳴村に到着するが…」

 警察と待ち合わせた時間には到着できるとは思う。しかし北嶋さん達が…

 石橋さんと宝条さんが浮かない表情をしている。私もだけど。

「私が事情を説明します」

「事情を説明しても時間は戻らんだろう」

 石橋さんがかなりのご立腹の様子。無理もない。石橋さんの悲願でもある目無しの退治…今まで届かなかった目無しが、直ぐそこまで近付いていた。

 それが…

「しかし、目無しは北嶋さんがいてからこそ、除霊に踏み切ったのですから…」

 落胆しながらも、石橋さんを宥める宝条さん。有りがたくて涙が出そうになる。

「ん?パトカーか?やけにスピードを出しているな?」

 バックミラーでパトカーを確認した石橋さんは、道路の端に寄った。私もパトカーを見る。

「あのパトカー、NSXだ。珍しいわね」

 パトカーは尋常じゃないスピードで、こちらに向かって来る

『左に寄りなさい!全ての車両は左に寄りなさい!』

 余程急いでいるのか、もの凄いスピードだ。

「ん?パトカーにピッタリ張り付いている車があるな?」

 その車は、パトカーを追い越さんばかりに煽っているように見えた。

 て!!

「尚美のBMW!?」

 パトカーに張り付いているのは尚美だった!!

「ほ、本当に?」

 宝条さんも後ろを振り返り、見る。

 グングンと私達に接近するパトカー!追うBMW!

 そしてパトカーとBMWは私達を追い越した!!

「見たか今の!?」

 石橋さんが興奮して叫んだ。

「見ました!!パトカーの助手席の人、泡を吹いて気絶していました!!」

「そうだ!!そのパトカーの助手席と全く同じ状態で…」

「北嶋さんも泡を吹いて気絶してましたぁ!!」

 私達は一瞬の奇妙な出来事に唖然としながらも、はしゃいだ。

 パトカーの運転手と、尚美の表情が全く一緒だったのもおかしな話だが。


 石橋さんの車が洞鳴村の入り口に到着した頃、尚美が待機していた警察官に、今日の段取りを話していた。

「尚美!!」

 私に呼ばれて尚美は振り返る。

「あ、生乃、遅かったじゃない」

 尚美は『大満足』と言った表情をしていた。凄くスッキリしているように見える。

 尚美のBMWには北嶋さんの姿が見えない。

「き、北嶋さんは?」

 尚美はニコニコして道路の隅…停車しているパトカーとBMWの影を指差した。

 そこで北嶋さんとパトカーの助手席の人がへたり込んで、抱き合って泣いていた。

「し、死ぬかと思ったぁ~!!」

「お互い生きていて良かったなぁ~!!」

 その姿は、長年の盟友のように私の目に映った。

「それでは我々はこの辺で!」

 尚美に向かって敬礼するお巡りさん。

「ご苦労様でした!」

 敬礼を返す尚美。

 この二人は好敵手を得たような、鋭い目をしながら笑っている。

「よ、よく解らないけど良かったね…」

 凄い微妙な作り笑いを尚美に向けた。尚美は遠慮なく破顔していたけれど。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 俺は再び神崎の車に乗る。

「さっきみたいなスピードは出さないから安心して?」と、神崎に促されたのだ。

 実を言うと、オッサンの車に乗ろうとしたのだが、「君と一緒にいると説教しそうになるな」と言われたので、やめたのだ。

 オッサンの説教程ウザい物はない。

 オッサンはポリの面々に何か変な札を配ったかと思ったら、直ぐに出発してしまった。

 ポリの面々もオッサンに続いた。

 結果的に、俺はやはり神崎の車に乗らざるを得なかった訳だ。

「洞鳴村に着いたら、脇目も振らずに洞窟に行くわよ」

「敵の大将に真っ直ぐ向かう訳か」

 俺は神崎が描いた目無しとか言う化け物の絵を見る。

 華奢過ぎる身体つき、何年も風呂に入っていないような髪…至る所に、切り傷や打撲の痕が見られる。

 そして最大の特徴であろう、目が空洞…

「目無しは耳も聞こえないし、喋る事も出来ないのは解ってるよね?」

 それは婆さんに聞いた。生前から耳と口が不自由だと言う事は。

 耳と口が不自由だった、ただの女が、身体を引き千切る化け物になったのは、目を抉られたからだ。

 化け物は目に執着、と言うよりは、見える画像を欲しがっている。

 網膜に焼き付けた目玉のビジョンを食うと、化け物の脳内には、そのビジョンが映る訳だ。

 それが楽しみで目玉を奪うのだが、自分の目が無い訳だから、敵ってか、対象者が見えない。

 だから適当に手を伸ばし、触れた箇所を引き千切る。

 目玉に触れるまで引き千切る。

 目玉は丸いから、触れた瞬間解る訳だな。

 と、まぁ、纏めれば、こんな感じだ。

 俺はポケットを確かめる。

 スポーツ用品店に買い物に行った時、ポリに冤罪で逮捕されたから買えなかったが、運良くポリの机にそれが二つあった。

 俺は黙ってそれをポケットに入れたが、冤罪の責任を追求しない事でチャラにはなるだろう。

「北嶋さん。スポーツ用品店で何を買おうとしたの?」

 ポケットを弄っている最中に神崎からタイムリーな質問が出た。

「これだ。神崎、マジックを貸してくれ」

 ポケットから取り出したそれに神崎は怪訝な表情をしたが、マジックをダッシュボードから取り出した。

 俺は神崎からマジックを受け取ると、それを少しばかり塗り潰した。

「これって…」

「まぁ見てろ。きっと化け物も気に入るさ」

 俺は不敵に笑う。

「そんな物で代用するつもり?」

 神崎は呆れ顔だが、俺は真剣だ。

「まぁ、神崎はいつも通りにナビしてくれればいいさ」

 神崎は溜め息をつきながらポリの後ろを法定速度で走った。


 程なく車が停止する。

 俺は車のドアを開け、外に出る。

 ポリの人垣を掻き分けて、最前列に向かう。

「北嶋さん!草薙を忘れているわ!」

 神崎が刀を持って後を追ってきた。

「いらね。取り敢えず預かっていてくれ」

 俺の一言に、神崎は驚く。

「いらねって…何のために悪霊を斬って練習したのよ!!」

「練習なんかしていないぞ?つか、道具は使うべき所で使うものだ。目無しとか言う化け物に使う所など無い」

 俺はズンズンと洞穴に向かう。

「北嶋さん!洞穴の場所は解っているの!?」

 俺は立ち止まる。

「…案内してくれ…」

 物凄くカッコ悪いが、場所を知らないので案内を頼んだ。






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