一週間

「これが目無しが産まれた訳じゃ…って!聞いとるのか小僧!!」

 水谷さんが隣の彼に叱咤する。

「あ、ああ。も、勿論」

 煙草に火を点け、冷静を装う彼だが、視線はやはり可憐に向かっていた。

「ホントかえ?嬢ちゃんばかり見とる気がしたがのぅ?」

 これは…デジャヴか!!これで三度目だそ!!

 私は彼を恐る恐る見る。

「いやぁ、可愛いな、とか思ってさぁ」

「やはり言ったかぁ!!君は真面目にやる気はあるのかね!!」

 先程突っ込むのはやめようと誓ったが、気が付いたら見事に突っ込んでいる自分に驚いた。

「オッサン、さまぁ~ずか?」

「誰が私を三村にしていると思っているのかねぇ!!君だよ!!他ならぬ君だぁ!!」

「い、いえ、そんな…」

 私が血管すら切れる勢いで怒鳴っている横で、可憐がやはり、頬を赤らめ、顔を伏せていた。

「可憐!お前もデジャヴか!!」

 私の突っ込みが耳に入らないのか、可憐は真っ赤になりながら、顔を伏せた儘身を捩っていた。

「まぁ、聞いていたのならええ」

「信じちゃうんですね??」

 私の怒涛の突っ込みなど意にも介さず水谷さんが続ける。

「ならば目無しの処遇は小僧に任せるぞ」

「おう。解った」

 二つ返事で了解する彼。何と言うか軽い。適当のような気もするが…

「しかし、目無しって化け物造ったのがツインテールの先祖だとはな」

 可憐が固まる。

「可憐に罪は無い」

 弁護する私を制し、彼が続けた。

「安心しろ。俺がツインテールの業も断ち切ってやるさ」

 頼もしく見えた。適当だと疑った自分が恥ずかしくなる程に。

「おお…き、君は…ん?」

 私が見直したと言おうとしている傍から、彼の視線が可憐の胸元に行っているのを察知してしまった。

「君はっ!!」

 拳を握り、立ち上がる。

「オッサン、いい女に育てたな。婆さんといい勝負だぜ!」

 彼は私に親指を突き立て、笑った。

「あ、ああ…ありがとう…」

 不意に誉められた私の拳が緩んだ。

「き、君は一応見る目があるのだな」

 格好つかないが、再びその場に座った。

「では、出陣は一週間後じゃ」

「特に今でも構わんが?」

「色々準備があるのでな。準備期間に一週間はくれ」

 成程、その間に戦略や道具を作成する訳か。流石は水谷さん。抜かりがない。

「梓!梓ぁ!」

 突然、水谷さんが襖を向いて叫んだ。やや遅れて襖が静かに開く。

「師匠、既に連絡はつけました。やはり一週間欲しいそうです」

 先程の美女が既に何らかの手を打ったらしい。

「ほほ、行動が速いのぅ。やはり小僧が心配かぇ?」

 何かを含んだような笑いを美女に向ける。

「流石に北嶋さんに殺人はさせたくありませんからね」

 美女は特に動揺も見せずに答えた。

「よろしい。小僧、一週間ここで手伝って貰うぞ。働かざる者食うべからずじゃ」

「一週間プラプラするのも暇だしな。構わんよ」

 彼が同意する。

「あ、その前に、だ」

 彼の次の言葉を、水谷さんも美女も待っている。

「有馬、最中もう一個くれよ」

「君は一体いくつ食べれば…」

「だと思っておかわり持って来たよ」

 優しく微笑み最中を差し出す美女に私は白目を剥きながら、口を全開に開けてしまった。

 何と言うか、愛されていると言うか…兎に角私の常識は彼には通じないようだった。

 彼と美女が客間から姿を消して直ぐに水谷さんが打診して来た。

「お前さんは消香符を120枚程作ってくれんか?」

「120枚、ですか?」

 出来ない枚数では無いが、120枚も一度に作った事は無い。

「120枚は欲しい。無論、念を込めるのは手伝うがの」

 水谷さんの念が込もっている消香符…効果が持続しそうだ。

「解りました。やらせて戴きます」

 私は素直に同意する。

「して、嬢ちゃん、嬢ちゃんは真剣で練習じゃ。実戦で使うかどうするかは嬢ちゃんに任せるがの」

「真剣でですか…解りました。ですが、真剣を持って来ていません」

 可憐が申し訳なさそうに呟く。

「ご苦労かけるが、持って来て貰えぬか?勿論、誰か付き添わすが」

「…解りました。持ってまいります」

 少し悩んだ可憐だが、深々と頭を下げた。

 真剣での実践はやはり躊躇してしまうのだろう。万が一をどうしても考えてしまう。

 それでも可憐は決意した。

 更なる高みに昇る為に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 BMWが私の前に止まる。

「お待たせしました。私がお送りします」

 さっき北嶋さんに手足の居場所をナビしていた髪の長い女の人だ。

 とっても綺麗だ。私より少し年上のようだ。

「すみません。お願い致します」

 私は少し頭を下げ、BMWの助手席に乗る。

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私は神崎 尚美と申します」

「あ、そうでした!私は宝条 可憐です。どうぞよろしくお願いします」

 私達は同時に頭を下げた。

 挨拶が終わった後、神崎さんがアクセルを踏み、BMWが走り出す。

「一応ナビは付いていますけど、近道とかあったら教えて下さいね」

 ニッコリと微笑む神崎さんは、やはり私より落ち着いた雰囲気を出している。

「解りました」

 神崎さんが私に近道の話をしたのは会話を作ろうとしているのだ。その辺の配慮も大人だ。

 この人になら聞いてもいいのかな?

 水谷さんに聞きたかったが、あのお婆さんは、何か見透かしているようで、少し苦手だ。

「あの、北嶋さんの能力は…あれは一体何ですか?」

 凄く不思議な力…

 悪霊をアッサリと成仏させたり、殴って肉体的、精神的ダメージを与えたり…  色々な霊能者を見たが、彼のような能力は見たことも無い。

「解りません。師匠なら何となくは解っているかもしれませんが」

 神崎さんは困ったような、嬉しそうな表情をして答えた。

「水谷先生の元で修行されて産まれた力では無いんですか?」

「北嶋さんは誰にも教えて貰っていませんよ。全て天然です。あの馬鹿さ加減も勿論天然です」

 修行していなくてあの力!?なんて奴なの!!

 驚いたが、それ以上に驚いた事があった。

「やはり北嶋さんは馬鹿なんですか?」

「馬鹿でエッチです!あの人はほんっっとにエッチなんです!」

 神崎さんのアクセルを踏む足が若干強まった。

「え、エッチなんですか…やっぱり…」

「お風呂覗こうとするし、部屋に入ろうとするし、すぐに抱きしめようとするし… ハッキリ言ってムカつきます!!」

 ん?お風呂?部屋?

「一緒に住んでいらっしゃるのですか?」


 ギュギュギュギュギュギュ!!


 神崎さんは動揺したのか、ハンドル捌きを誤ったようだ。

「っっはぁ!ご、ごめんなさい!大丈夫でしたか?」

 体勢を立て直し、神崎さんが私に声を掛ける。

「え、ええ。ちょっとビックリしただけですから」

「すみません!ほんっっとにすみません!」

「だ、大丈夫ですから、そ、それより前向いて下さい!!」

 神崎さんは慌てて前を向き直す。

「い、一緒に住んでいるって言うか、北嶋さんの事務所に住み込みで働いているって言うか…」

「あ、そうなんですか」

 色々突っ込みたい所だが、私の命も危ういので、今はやめておこう。

「それより、師匠とお話された時に、北嶋さんに何かされませんでしたか?」

「え…あの、可愛いと誉めて貰っただけです」

 顔が熱くなった。

「全く北嶋さんはっ!すぐに女の子を口説こうとするんだからっ!」

 再びアクセルを踏む力が強くなった。

「あ、あの、神崎さん、もう少しゆっくり…」

 神崎さんは明らかにしまった、という顔をして、アクセルを踏む力を緩めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎はツインテールとお使い、婆さんはオッサンと札作り。

 そして俺は婆さんに言われた通りに、婆さんの屋敷で悪霊祓いに取り組まねばならない。

「さあ北嶋さん、頑張りましょ」

 桐生が機嫌良く、俺を庭に案内する。

 桐生が敵を見て絵を描き、俺がぶっ飛ばす対象を確認、そして依頼者に平和が戻る、と。まぁ一連の流れはこうだ。今までと特に変わった事は無い。

「いっぱい勉強したから、大丈夫だとは思うけど…」

 不安な桐生だが、その表情はかなりいい。

 今なら神崎も居ない。これはチャンスだ。

 そっと桐生の肩に手を回そうとする俺…

「北嶋さん?準備はいいの?」

 俺は咄嗟に手を引っ込める。

「有馬か、俺はいつでも行けるぜ」

 あービックリした!!有馬に見られたら神崎にチクられそうだ!!

「そう?じゃ、早い所済ませましょ」

 どうやらバレていないようだと胸を撫で下ろす。

 有馬がそっと俺の耳元で囁く。

「尚美が怒るよ。私もかな?」

 悪戯っぽく笑う有馬がそこに居た。

「神崎にチクるなよ」

 俺は思わず鼻を押さえる。毎日鼻が大惨事なのだ。脊髄反射だ。

「じゃ、大人しくしている事ね」

 有馬が鋭い顔をするも、それは直ぐに和らいだ。

「私を選ぶなら、少しは我慢するけどね」

 う~ん、有馬かぁ…

 一緒に風呂に入った事もあるし(水着だったが)一緒に寝た事もあるんだよなぁ(俺は簀巻きにされていたけど)。

 有馬は美人だ。桐生はアイドルばりに可愛い。

 う~んう~んう~んう~んう~んう~んう~んう~んう~んう~ん…

 悩む!超悩むぜ!これが俺が産まれてきた罪!!

 俺を廻って仲良しの女達が血みどろの修羅と化すのは流石に良心が痛い。

 ああ…俺はなんて罪な男だ…産まれてきてごめんなさい。俺!!

 俺が苦悩しているその時!!

「着いたよ。また『俺は罪な男だ』とか思っていたんでしょー?」

 有馬がニヤニヤしていた。

「安心して。私は北嶋さんには勿体無いから」

 有馬がクシシとケンケンみたいに笑っていた。

「何か軽く振られた感が…」

 釈然としないが取り敢えず仕事に取り掛かるとしようか。

 庭の真ん中に、中年のオバチャンが縛られて正座していた。

 周りには婆さんの弟子達が巫女ルックで囲んでいる。

「北嶋さん、あの人に、こんな霊が取り憑いているの」

 差し出された絵を見る俺。

「………ジブリ?」

 絵はトトロに出てきたネコバスのようなものが描かれている。

「猫…化け猫なんだけど…」

 化け猫か。

 宮崎 駿に叱られるかと思ったぜ。

「マンガチックに描かれているが、本物もこんな感じか?」

「え~っと、本物は本当の黒猫が黒豹みたいに凶暴になっていて…」

 黒豹?この絵はどっちかって言うとデブネコだが…

「この×の印しは?」

「ああ、これはね、ここを黒くって意味」

「…絵の勉強とは漫画家のアシスタントか?」

 桐生が目を輝かせた。

「そうよ!!よく解ったね北嶋さん!!今人気が出てきた少女漫画家の海乃うみの まい先生よ!!師匠のお知り合いなんですって!!」

 桐生が両の手のひらを組み、目をキラッキラさせている。まさに少女マンガッチックに。

 つか海乃舞って、並べ替えれば舞乃海じゃねぇか!!

「安直なペンネーム付けるなよ!!」

 ついでっかい声で突っ込んでしまった俺だが、桐生から訂正が入る。

「海乃先生は本名だよ?」

「本名!?ペンネームじゃねーの!?ま、まあまあ、海乃舞は取り敢えず置いといて、この絵でやってみるか…」

 俺は桐生の絵…ってかイラストをイメージしならがらオバチャンに近付く。

 オバチャンは何か俺にシャーシャー言っている。

「勝俣みたいなオバチャンだな」

 オバチャンの脳天に、例のイラストの化け猫をイメージし引っ張る!!

「…抜けた?」

 桐生と有馬が首を左右に振った。

「やっぱりイラストは無理よ」

「う~…マンガは駄目かぁ」

「お試ししやがったのか…」

 オバチャンが俺に向かってシャーシャーうるさいので、取り敢えずオバチャンにビンタして黙らせる。

「化け猫はダメージ受けてる?」

「いや全く」

「北嶋さんごめんなさいぃぃ!私のせいですぅ!」

 桐生が泣きそうになっているが、これはちょっと困った事になったな。

「姿をイメージ出来ないと、どうもならん…」

 八方塞がりだ。海乃舞には申し訳ないが、俺はそいつの作品に憎悪を感じる。完全に逆恨みだが。

「北嶋さん、これは師匠が前もって念写した物だけど」

 有馬が写真を俺に差し出した。

 桐生の絵とは全く似つかない、本当に凶暴そうな黒猫が写し出されている。

「これなら…」

 再度、俺はオバチャンの脳天に手を翳し、化け猫の背中を引っ張るイメージで抜く。

――シャー!!キシャー!!………ん?え?えええええ??

「見事に掴んでいるわ」

「かなりビックリしているわね」

 どうやら成功したようだ。化け猫をそのまま地面にビターンと叩きつける。

――ギャース!!

「あら、地面を転がっているわね。余程痛かったみたいね」

 今度はちゃんとダメージを与えられたようだ。

「じゃ、私がとどめを…」

 桐生が真剣な顔つきになる。

「腕が化け猫を穴に引きずり込んだわ。これで終了…さっ、北嶋さん、次の依頼。どんどんこなしていきましょ」

 化け猫は地獄に堕ちたようだ。

 だが、有馬の持っている写真の量を見る所、俺はコキ使われるに違いないと思った…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎さんに連れて来て貰った師匠の自宅。私はここにお世話になっている。

「ありがとうございます。少し休んで下さい」

 神崎さんを居間にお通しし、お茶を出す。

「あ、お構いなく」

 神崎さんは落ち着かない様子で居間をキョロキョロと見ている。

「どうかなさいましたか?」

「いや…なにか…凄い力を感じて…そうですね、私なんかじゃ、御し切れない…そんな偉大な御力…」

 流石は神崎さん。アレの存在を感じるなんて。尤も、アレは自分の姿を隠すような真似はしないけれど。

「少しお待ち下さい」

 私は居間の隣の部屋の襖を開けた。

「祭壇…ですか?」

 隣の部屋の半分を占める大きな祭壇。

 そこにある刀を取り出す。

「この刀の御力です」

 神崎さんが、刀を見た途端に驚いた。

「これ…ひょっとして皇刀草薙!?」

「そうです。師から私に譲り受けた刀です。が、やはり私にも御し切る自信が全く…」

 皇刀草薙こうとうくさなぎ。神の刀では無く、刀の神として、賢者の石と並び、三種の神器の一角にある刀だ。

「こ、この刀を継承したんですか?」

「継承、とは言っても、ただ伝えられただけですね。師曰わく、草薙は誰にも扱えない、流派の象徴だけになっているらしいです」

 始祖が草薙を扱えたと言う文献も無い。

 誰にも扱えない刀を、ただの象徴として飾っているに過ぎない状態らしい。

「凄い力を感じる…誰にも扱えないと言うのも頷けますね…」

「以前泥棒が入った事があるのですが、草薙を見た瞬間、腰が抜けて動けなくなった所を捕らえた事がありますしね」

 普通の人間には触られる事すら拒否する、刀の神の誇り。その、気高い誇りを預けるに足りる人間などいるのだろうか?

 草薙を目の前にすると、私がいつも思う事だ。

「これは北嶋さんくらいしか…」

 北嶋さん?

 彼が草薙を?まさかそこまでは…

 私が苦笑いをしているのを見た神崎さんが続けた。

「賢者の石を普通の石にした人なんですよ。危なくて草薙みたいな貴重な刀、持たせられないわ」

 どうやら、北嶋さんには触らせたくないと言っているようだ。

「そうですね。触らない方が…って、え?」

 今賢者の石を普通の石にしたとか言わなかっただろうか?

「賢者の石を?普通の石に???」

 何を言っているのか理解が出来ない。

 神崎さんが遠い目をする。

「師匠から預かった賢者の石を『そんな石コロにそんな力がある訳ない』と思い込んでしまったんです。そうしたら、石が北嶋さんの意思を反映してしまって…」

 ああ、だから遠い目をしていたのか。

 そりゃショックよね、至宝中の至宝を石コロに変えられちゃあ…

「えええええ!?意思を反映?賢者の石が!?」

 神崎さんは、静かに頷いた。

 口元は笑顔を作るように、微妙に笑っていたが、目が全く笑っていなかった。

「し、信じられない!!賢者の石がそんな訳解らない望みを叶えるなんて!!」

 賢者の石は、物質を違う物質に変換させる事が出来る石だ。砂を金に変えたり、水をワインに変えたり。

 詳しい原理は解らないが、その石を巡って幾多の争いも起こったと言う。

 しかし、石にも意思があって(何かややこしいが)つまらない願いなど叶える事は無いと聞いた事がある。

「その石が北嶋さんの単なる思い込みに反応したんですかぁ!?」

 神崎さんは、泣きそうになりながら、再び頷いた。

「師匠に凄く申し訳なくて………」

 いやいやいや!神崎さんが申し訳なく思う必要は無いですよ!事故ですよ!事故?事故でいいの?

 あああ!!上手く頭が回らない!!

「師匠も大変落胆されていました。サン・ジェルマン伯爵なんか、敵なのに凄く可哀相に思えてしまいましたし…」

 サン・ジェルマン伯爵に同情まで??

 かつて無い程の衝撃が私を貫く!!

「北嶋さんは凄い人なんです。良い意味でも悪い意味でも…」

 た、確かに…両刃の剣…しかも、どちらも刃も相当の切れ味のようだ。

「ま、まぁ、北嶋さんの話よりも、宝条さん、準備を…」

 そりゃそうだと同意して自室に行った。

 真剣と着替えとお金、それと多少の身の回りの物をバックに詰め込む。

「神崎さん、お待たせ致しました」

「いえ、大丈夫です。では戻りましょうか」

 神崎さんが立ち上がり、外に出る。

 私も後を追うよう、玄関に向かう最中…皇刀草薙が私の視界に入って来た。

 存在感は物凄くある皇刀草薙だが、その時はかつて感じた事が無い程のオーラを放っていた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「師匠、少しよろしいですか?」

 札作りの為に本堂に石橋氏と籠もっている師匠を呼んだ。

「梓か。どうじゃった?」

 作業の手を止め、師匠と石橋氏が、私を見た。

「やはり生乃の絵、と言うかイラストでは北嶋さんは戦えないようです」

「やはりか、そうじゃろうとは思っておったが…」

 最初から知っている風の師匠。だけど海野氏のアシスタントに生乃を紹介したのは師匠なのだが。

「丁度海野から頼まれておった所に生乃の絵の勉強と被ったのじゃから、紹介したのじゃが、意味は無かったか」

 私の心を視たように、師匠が弁解をした。

「しかし、桐生さんが、あの土地に居なかったら、私達もここに居なかった訳でして、私は感謝をしております」

 深々と頭を下げる石橋氏。

 これも縁だが、生乃の希望は通りそうもない。

「生乃はちゃんと学校に通わせようかの。海野にはワシから話しておくよ」

 師匠も罪を感じたようで、手配はしてくれるようだ。

「それともう一つ、北嶋さんは確かに霊に打撃を与えたり、簡単に憑依を抜く事は出来ますが、とどめは刺せないようですね」

 地獄に送らなければいけない悪霊は、私に斬らせたり、生乃に引き摺り込ませたりだった。

「ふ~む、やはりそれがネックか」

 そう言いながらも、特に師匠は動じてはいなかった。

「北嶋…君は、今日だけでどれだけの憑依を抜いたのですか?」

「え~っと、38件ですかね。」

 石橋氏が目を剥いてが立ち上がる。

「38件!?ほんの4時間足らずで?」

「ええ。北嶋さんは簡単に抜くのですが、地獄送りが出来ないもので、私達の方が先に音を上げてしまって、今日はここまでにしたんです」

「とどめを刺す方が先に疲れきったのか。ホッホッ!」

 師匠が愉快そうに笑う。

「笑い事じゃ無いですよ師匠…」

 げんなりしている私を見て呆然とする石橋氏。

「まぁ、その辺もちゃんと考えておる。後は早雲、お主が許すかどうかじゃがな」

 呆然としていた石橋氏が、我に返る。

「私次第…ですか?」

「石橋氏が北嶋さんにとどめの刺し方を伝授すると?」

 いや、と首を振る師匠。

「もう直ぐ来る。お主も度肝を抜かれるぞ。無論早雲もな。いや、お主達のたまげる様を思うと愉快じゃわい」

 師匠が一人でケラケラ笑う。

 私と石橋氏は顔を合わせて困惑するばかりだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「き、北嶋さん、ほ、本当に何とも無いの?」

 とどめを刺せない北嶋さんの代わりに私達が悪霊を地獄に送っていたのだが、姉弟子も私も、疲労でいっぱいになっている。

「特に?今日は終わりってのはありがたいが」

 北嶋さんはコーヒーのプルトップを開けながら言う。

「北嶋さん、やはりあなたは凄い人だわ…」

 憑依をあんなに簡単に抜き、疲労すら感じない北嶋さん。

 やはり、北嶋さんは最強なのだ。

 だけど…

「私は…私達は疲れちゃったから………」

 北嶋さんの能力に追い付けない…本当に情けない…

 自己嫌悪に陥りそうになる。いくら北嶋さんが凄いと言っても、足手纏いになってもいい理由にはならない。

 地獄送りが出来ない北嶋さんに代わって私がやらなければならない事なのに…

 せめて力不足の私達に代わる何かがあればいいのだけれど…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 深夜、皆が寝静まっている時間、尚美が帰って来た。

 皆が起き上がる。一斉に部屋という部屋の明かりが灯った。

 BMWのエンジン音で目覚めた訳じゃない。

「な、尚美…あなた…何を持って来たの?」

 私は勿論、姉弟子も、石橋氏も、師匠も、それに反応して起き上がったのだ。

「わ、私もアレ運ぶなんて思わなかったよ…」

 尚美がへたり込む。余程緊張したに違いない。それ程の物と共に帰って来たのだ。

「ほ、宝条さん…あなたが持って来られたのですか…?」

 生乃も、それのオーラに当てられて座り込む寸前だった。姉弟子の中には、それに当てられて腰が抜けたのも居る。

「可憐…それを持って来てどうするつもりだ?」

 石橋氏も驚きは隠せないようだった。

「やはり持ってきたか。嬢ちゃん、それをどうするつもりかぇ?」

 師匠がニヤニヤしながら宝条さんに質問をする。

「わ、私はこれを継ぎましたが、御せる自信が全くありません…宝の持ち腐れです。だけど、これは飾られているだけでは満足していないんです…」

 宝条さんは泣きそうになって師匠にそれを渡した。

「水谷さんに託そうと言うのか!?いや、水谷さんならば御せるかもしれんが、それは我が流派の宝だぞ!!」

 石橋氏は外部の人間にそれを渡す事を反対している様子。

 それも無理からぬ事だろう。私達の世界では、それは伝説で、見た者すら乏しい。

 無論私達も初めて見る代物だ。

「いえ、水谷先生に託すのではありません。水谷先生に渡して貰いたいのです」

 石橋氏の顔色が変わる。

「まさか北嶋君に…!?」

 宝条さんは静かに頷く。

「正気か可憐!?彼は素人だぞ!!」

「だけど、北嶋さんに使って貰いたい…」

 私達は驚いたが、何となくは理解出来た。

 あれを北嶋さんに渡すと決めた宝条さんの決意は本物だった。

 私達はそれを理解したが、石橋氏はただ手で顔を覆い、首を左右に振っていた。

「嬢ちゃん、嬢ちゃんから小僧に渡してやりなさい。小僧もその方が良かろうて」

 師匠はそれを宝条さんに再び渡して辺りを見た。

「…小僧は寝とるのか?」

「そ、そのようですね…この神気を全く感じないで寝ているんでしょうね…」

 私達はそれのオーラに驚き、飛び起きたが、北嶋さんは全く関係無く寝ているのだろう。

「やっぱり北嶋さん素敵…全く動じないなんて…」

 生乃が手のひらを合わせて、瞳を潤ませている。

「鈍感なだけよ」

 尚美が多少不機嫌になっているのは、宝条さんが託そうとしているからか、生乃が北嶋さんに懐いているからか?

「まぁええ。小僧を起こして来てくれんか?」

「わかりま」

 尚美が立とうとするほんの僅かの瞬間。

「私が起こして来ます!!」

 生乃が上機嫌になって客間へと小走りて向かって行った。

 呆けている尚美。

「あら、生乃が行っちゃったか~」

 尚美の顔を覗き込んで笑ってみた。

「北嶋さんは普通に起こしてもなかなか起きないのに…」

 尚美が少しほっぺたを膨らませる。


「んぁ~…何だよこんな深夜によ~…」

 北嶋さんが生乃に手を引っ張られながら登場した。

「よく起こして来れたね?」

「なかなか起きてくれないから、廊下まで引き摺ったら目が開いたの」

 生乃は嬉しそうに語るが、引き摺ってって!

「生乃…前から思っていたけど、あなた結構強引よね…」

 少し怖い気がするのは気のせいだろうか?

「小僧、嬢ちゃんがお主に用事があるそうじゃ。話を聞いてやりんしゃい」

 師匠が促す。

「む、無理に了承しなくて構わないからな?」

 石橋氏はやはり気が気でないようだ。

「ん~?ツインテールが俺に抱き締めて欲しいとかって話かぶわっ!」

 話途中で北嶋さんの鼻に尚美の拳が叩き込まれた。

「真面目に聞きなさいよっ!」

 ボタボタと鼻血が流れ落ちる。

「うおおおお…完璧に目が覚めた…」

 北嶋さんは鼻を押さえ、頭を振った。

「相変わらず鼻血は枯欠する暇無いみたいね~」

 仲が良くて羨ましい。

 微笑する私に対して、宝条さんは青い顔をしていた。

「き、北嶋さん、もの凄く鼻血出していますけど…大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ無いが慣れたと言うか…まぁ、朝起きて歯を磨くようなもんだな」

 北嶋さんは鼻を押さえながら、実にあっけらかんと宝条さんに言った。

「し、習慣なんですか…」

「それより、俺に何か用事があったんじゃねーのか?抱き締めるくらいならいつでも言ってくれれば…はうっ!!」

 尚美が凄く怖い顔で北嶋さんを睨んでいた。

「だ、抱き締めるのは置いといて、な、何でしょうか?」

 腰が引けている北嶋さんが妙に可笑しい。

「え?ええ…これを…北嶋さんにお渡ししたくて…」

 宝条さんが、北嶋さんにあれを渡した。

「ん?なんだこの刀?」

 そう。宝条さんが持ってきたのは刀。だけどただの刀じゃない。

「…それは皇刀草薙…刀の王だ。凄まじい御力をお持ちなのだが、誰も御す事が出来ないんだ」

 石橋氏が口を挟んだ。

「皇刀草薙?ふーん」

 北嶋さんは何の畏れも敬いも無しに、無造作に草薙を鞘から抜く。

「おお…なんと美しい刀身じゃあ…」

 師匠が感動している。私なんか、言葉も出ない。尚美も生乃も、草薙の美しさに心を奪われていた。

 抜いた瞬間、夜空の星達の輝きが刃から零れ落ちたような煌めきが見えた。

 それでいて、他を寄せ付けない程の神気。あの刃に、美しさと同時に畏れも備わっている…

「真剣じゃねーか」

 北嶋さんは何も意に介さずに、棒っきれの如くブンブンと草薙を振るっている。

「き、君は何も感じないのか?」

「あ、あの、何か清々しさとか、無いですか?」

 持っているだけで負のオーラを浄化している草薙…心が弱い者ならば、その神気に当てられて、気を失いかねない程だ。

「んー?特に何も。修学旅行の時に買った模造刀より重いかな?」

「く、草薙をお土産物の模造刀と一緒にするなんて…」

 何と言う罰当たりな…私を含め、その場の全員が頭を抱えた。師匠だけはケラケラと笑っていたが。

「小僧、お前さんは悪霊にダメージを与える事が出来るが、地獄に送る事は出来ん。が、草薙で斬れば、悪霊を滅する事が可能となる」

 な、成程、北嶋さんに悪霊を地獄送りに出来るよう、草薙が必要だったのか…

「わ、私は草薙は無理です。しかし北嶋さんなら…」

 草薙の凄まじい神気を御す事は、宝条さんには不可能。石橋氏も勿論。更に言うのなら、この世界には恐らくいない。一人を除いて。

「ふーん…まぁ、くれるなら貰うけど…」

 その唯一の北嶋さんは特に興味を示していない。流石だ…

「か、返してくれても構わないのだよ?」

 有り難みを全く感じない北嶋さんに草薙を渡す事に凄く抵抗があるようだ。気持ちは解る。痛い程。

「いや~、ツインテールがせっかくくれたからな。明日試してみてからだな」

 抜いた悪霊を斬ってみようと思っているに違いない。

 そして、つまらなかったら石橋氏に返却しようとしている。

「大丈夫です!今までと何か変化を感じる筈です!それに…」

 少しだが、宝条さんの唇が緩んだ。

「私はツインテールじゃありません。宝条…宝条 可憐という名前です!!」

「宝条か。俺は北嶋…」

 北嶋さんが親指を立て、自己紹介をする。

「あの、知っていますけど…」

「なに?俺にどれだけ興味津々なんだぐあああああああああああああああああ!!!!!」

 深夜なのにも関わらず、北嶋さんは再び尚美の手によって鼻血を噴出させた。このお屋敷が広くてよかったと思う程の絶叫と共に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 …さん…

 …北嶋さん…

 誰かが俺の身体を激しく揺さぶる。

 んん~…誰だよ全く…昨日深夜に叩き起こされたんだからさ~…もう少し寝かせてくれよ…

 俺は布団をクルクルっと身体に丸めた。決死の抵抗だ。

 …北嶋さん…朝ご飯だってば…

 朝飯ぃ?朝飯程度では俺の心は1ミクロンたりとも動かんわバカめ!!

 俺は無視を決め込んで眠ろうと頑張る。

 …もう…しょうがないなぁ…

 客間からスタスタと立ち去る足音が聞こえた。

 フハハ!勝利したぜ!これで安心して夢の世界へダイブできると思った矢先!!

「ぐはぁ!!!」

 俺のボディに凄まじい衝撃が走り、文字通り飛び起きた!!

「やっと起きた」

 か、神崎…!!

 俺は寝ぼけながらに神崎に苦情を言う。

「毎日毎日ニードロップを喰らわすのやめてくれ…」

「北嶋さんが起きないんだもん。仕方ないでしょ?」

 婆さんの家に泊まっている筈なのに、何故いつもと同じ起こされ方をされなきゃいけない?

 不満に思いながらも、俺は渋々と起き上がった。

「おはえよあ~…」

 食堂に行った俺の前には、既に食事を終えたツインテール…宝条か、宝条が待っていた。

「あ、おはようございます北嶋さん」

 ツインテールがピョコピョコ跳ねている。

「朝から可愛いなぁ…」

「い、いえそんな…」

 真っ赤になって顔を伏せる宝条…うむ、可愛い。

 うなじがいいな、うなじが。ロリィタ感がまた色っぽさをアップしているな~。

「北嶋さん、あと北嶋さんだけだから、早く食べちゃって」

 神崎が俺を急かす。

「ほう、卵焼きとシャケか。味噌汁は豆腐と油揚げ…日本の朝飯は芸術的だな」

 パンよりご飯、スープより味噌汁。日本に生まれて良かったぜ。

 俺は朝飯をモリモリ戴く。おかわりを宝条が装ってくれたのが嬉しい。

「昨日の続きで憑依抜きの仕事だって」

「今日から私達もお手伝いしますから」

 今日から神崎達が合流か。

「草薙も試さなきゃだしね」

 あーそっか。昨日貰った刀あったなー。

 俺は急いで朝飯をかっ込んだ。意外と楽しみだったのだ。試し斬りが。


 そんで昨日貰った刀を持って庭に出た俺。

「あ、北嶋さん、おはよう」

「おう桐生。今日は有馬いないのか?」

 辺りに有馬の姿が無い。

「今日は師匠のお使いみたい」

 ふーん。有馬は婆さんの秘書みたいな仕事しているから、当然と言えば当然か。

 つか、俺も秘書が欲しいぜ。秘書としっぽりと行くのも悪くないかも…

「北嶋さん…鼻の下伸びているけど?」

 神崎が目ざとく俺の妄想に気が付く。

「な、なんでもないぞ!俺も秘書欲しいとか全然思ってないからな!」

 大仰に手を振って取り敢えず誤魔化す俺。

「秘書が欲しいですって?わ・た・し・が!!秘書の仕事もしているのを解らないって言うんじゃないでしょうね!?」

 ちくしょう!誘導尋問に引っ掛かったぜ!

「勿論解る!だから秘書欲しいなんて思っていない!」

 神崎の追求を逃れる方法は、激しくしらばっくれるしか方法は無い。この大量に出て来る汗の言い訳は全く思い付かないが、しらばっくれるしか俺には残されていないのだ。

「北嶋さん…あなた本当に解り易いわ…」

 神崎が呆れているその時、宝条の一声に神崎が庭を見た。

「来ました」

 庭には、桐生に促されて座る最中の爺さん。

「北嶋さん」

 神崎が渡した写真には(多分婆さんの念写だろう)爺さんの首を掴む女と、爺さんの胸に顔を埋めて泣いている幼女の姿があった。

「この女の人自殺ね。この女の子はこの人の子供…あのお爺さんの子供でもある…」

 ん~っ?って事は?

「爺さん!!その歳で孕ませたのかよ!!」

 爺さんは項垂れて、コメツキバッタの如く、何度も何度も頭を下げる。

「お爺さんに恨みがあって取り憑いたみたい…」

 宝条の同情が見えない機械的な見解に激しく同意する。

「自業自得じゃねーかジジィ!!羨まし…いや、けしからんジジィだ!!」

 あっぶねぇ!!危うく本音が出る所だったぜ!!

「今羨ましいとか言おうとしなかった?」

 神崎の鋭い眼光が背中に突き刺さる。

 マズい!!振り向いたら…られる!!

 かもしれない…

「ま、自業自得だけど、ちゃんと還すべき所へ還さないとね」

「そ、そうだな!じゃあ早速仕事に取り掛かるとするか!!」

 桐生のナイスフォローにより、神崎の追及を逃れた俺。

 かなり安堵した。そして自分で言い出した事を行う。即ち仕事をすると言う事だ。

 俺はジジィの頭に手を翳し、悪霊と化した女を抜く。

――ジジィ!死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇえええ?えええ??

「あの人凄い怖い顔していたのに…」

「鳩が豆鉄砲食らったような顔になりましたね…」

 ふむ、女の髪を引っ張るイメージだが、どうやら成功しているようだ。

――なんだ貴様ぁ!なぜ掴める?

「暴れているわ」

 暴れているのか。だったら、と俺は女の顔をそのまま地面に押し付ける。

――ぶぶっ!!

「土が口の中に入ったみたいですね」

 桐生と宝条が解説してくれているおかげで状況が解ってやりやすい。

 俺は昨日宝条から貰った刀を抜き、それを女の背中に突き刺す。

――ぎゃあああああぁぁぁぁ……………!!!

「草薙が悪霊を滅した…」

 神崎と桐生、宝条が呆けて見ている。どうやらくたばった人間を再びぶち殺したようだ。全く感覚は無いが。

「さて、ジジィ。女は再びぶち殺したが、幼女はまだだ」

 ジジィは俺に懇願してきた。

「お願いです…首を絞められ、胸を患い…もう、もう充分罰は受けた筈です…」

 拝むような仕草のジジィ。

 可愛く無い!可愛く無いからどうでもいい!

「幼女はなぁ…ジジィ、可哀想だが、自分で何とかしろ」

 俺が言い放った瞬間ジジィが青ざめる。

「き、北嶋さん!」

 神崎がたしなめに来たが、俺はどうしても幼女が悪いとは思えない。

「還すならやってもいいが、幼女が不憫でな…父親から無理やり引き剥がすのに抵抗が…」

 そうなのだ。霊障があるとは言え、幼女は親父であるジジィを慕っていると思うのだ。

 念写の写真、胸に甘えているような仕草…

 ジジィは結果胸を患ったに過ぎない。

「で、でも、ちゃんと在るべき所へ還さないと…」

「だからジジィ。ジジィが説得しろ。幼女が納得したら、俺が還してやるさ」

 娘を説得するのは親父の役目だ。

 ジジィはかなり取り乱していたが、俺の知った事では無い。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 なんて…なんて凄い人なの!!

 草薙が全く抵抗せずに、彼の思うが儘に力を振るうなんて!!

 私が彼に草薙を託したのは間違いではなかった!

 彼ならば草薙は本来の御力を出してくれるだろう…

 感動に打ち震える私だが、依頼者のお爺さんが狼狽えていたのが目に入り、固まった。彼が幼い女の子を引き剥がすのに抵抗したから。

「き、北嶋さん!気持ちは解るけど、あの人に説得なんて無理よ!」

「せ、説得なら私達がしますから?ね?」

 神崎さんと桐生さんが必死で説得するも、彼は首を縦に振らない。

「仁義と筋くらい通せジジィ。父親なら楽勝だろう。さぁ、ジジィはお帰りだ。じゃあなジジィ」

 北嶋さんは全く取り合わない。

 神崎さんと桐生さんは、遂にはお爺さんに謝り、改めて、と言う形にして、その場を収めた。

「北嶋さんの言う事も解るけど…」

「師匠の信用問題が…」

 お二人の言う事もごもっともだが、私は彼を改めて見直した。

 彼は凄いだけじゃない。

 ちゃんと人の心が解る、人格者でもあるんだ。






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