対峙再び

「これが奴と初めて対峙した時の話です…って、君は聞いているのか!!」

 私が目無しと初めて対峙した時の話を語っている最中、彼は煎餅をバリバリと食って可憐ばかり見ていた!!

「あ、ああ、も、勿論」

 そう言ってお茶をグビグビと飲み干す。

「可憐ばかり見ていたような気がしたがね?」

 意地悪く、本当の事を言ってみる。果たして、どんな言い訳が飛び出すか見ものだ。

「いやぁ…可愛いなぁ、とか思ってさぁ」

 全く悪びれる様子も無く、キッパリと言い放ちやがった!!

「い、いえ、そんな事は…」

 可憐は真っ赤になり、顔を伏せる。満更でもないようだが…

「お前さんの話がつまらんから、他に気が逸れるのじゃろう」

「わ、私の責任ですか?」

 流石に驚いて直球で水谷さんに訊ねる。

「冗談じゃ。本気にするでない」

 ガックリと頭が下がった。

 世界屈指の霊能者の水谷さんが、こんな冗談を言うとは思いも寄らなかったからだ。

「さぁ、不貞腐れていないで次の話をせぇ。お前さんが片目を失った話じゃ」

 水谷さんはやはり気が付いていたか。私の右目が義眼だと言う事を。

「なに?オッサン片目が無いのか?」

 彼が身を乗り出して興味を示した。

 成程、彼に目無しの脅威の説明をしっかりする事を目的としているのか。

「解りました!!では、その時の話を…」

 私が話をしようと気を取り直したその時、客間の襖が開いた。

「お茶のお代わりをお持ちしました」

 現れたのは、少し茶色のかかったウェーブの長い髪の…モデルと見間違うばかりの美女だった。

「ああ、これはすみません」

 私が美女からお茶を受け取ろうとしたその時だった。

 お茶は私を通り越し、彼の前に置かれた。

「おう有馬じゃないか。久しぶりだなぁ」

「北嶋さん元気そうね」

 美女は嬉しそうにそう言って、彼にお茶受けの最中もなかを渡したのだ。

「最中好きだったでしょ?」

 どうやら、お茶受けの最中は、彼の好みに合わせた物のようだった。

「ああ、悪いなぁ」

「ふふ、ちゃんとお話は聞くのよ?」

 美女は今度こそ、私にお茶とお茶受けの最中を置いた。

「梓よ、お客様から最初に出さんか!!」

 水谷さんが流石に怒った。

「ま、まぁまぁ、水谷さん…」

 私が水谷さんを宥めようとした刹那の事だった。

「有馬、おかわり」

 最中のおかわりを要求したではないか!!

「石橋さん、宝条さん、大変申し訳有りませんでした」

 丁寧に謝罪した後、彼の方に最中を出した。

「高いんだからね!私のお金で買って来た最中なんだからね!!」

 クスリと笑い、客間から退室して行った。

「何と言うか…彼は特別優遇されていますね」

 先程の美女もそうだが、桐生さんにしても、彼を慕っているのが良く解る。

「あれ等は小僧に救われたからのう。小僧がいなければ、この世に今存在しているか解らんしの」

 この最中をパクついて、喉が詰まって胸をドンドン叩いている男に救われた?

 私は怪訝な表情をしていた。

「で、ではお話を続けましょう…」

 気を取り直して、話をしようとした時だった。

「婆さん、食わないならくれ」

 水谷さんに最中の催促をしたではないか!!

「私のをやろう!!」

 私は最中を彼の前に滑らせた。

「もう話を続けてもいいかねっ!!」

 かなり苛立ちながら彼を見る。

「すまんなオッサン。戦いの後は糖質補充をしなければならないんでな」

 そ、そうだったのか…

 彼の能力を発揮する為には甘い物が必要なのか…

 そうとは知らずに私は…

 反省し、項垂れる。

「あ、じゃあ私のもどうぞ」

 可憐もおそらくそう感じたのだろう。自分の最中を彼に差し出した。

「すまないな」

 彼は最中をパクつく。まるで失ったエネルギーを補充するように。

「お前さん達の考えとは、まるっきり関係無く、ただ甘い物が好きなだけじゃよ」

 水谷さんは、動じる事無く茶を啜る。

 対して私は白目を剥いて口が半開きになった。

 彼の能力と甘い物は、全く関係が無い。ただ甘い物が好きなだけだったとは…

「小僧に構わず、話をしてくれんか」

 確かに…彼にこれ以上構っている事は無い。要するに呆れて諦めた。

 なので私は勝手に話を始める事にした。


 力量不足を痛感してから十数年。

 私は以前の私よりも、多少は力を付けていた。

 数々の依頼をこなし、依頼者の心のケアもしていた私は、あの頃の私よりも人間的に成長していたと思う。

 その頃、私は師に従事していた鍛錬とは別に、札を使った戦闘方法を編み出していた。

 炸裂符である。陰陽道にヒントを見出した私のオリジナルだ。

 符に自身の霊力を込めて敵に貼り付け、爆発させる。

 札はストックが出来る為、私の戦術により幅が出来た。

 他の札も試作をしていたが、この時点では起爆符の完成度が高かった。

 いや、他の札の効力が期待出来る程、完成していた訳で無かったのだが。

 そんな折、私に依頼が入った。

 依頼者は私の師。

 聞けば数々の霊能者に除霊を断られ、最終的に私に回しされたようだ。いや、師が回した。

「構いませんが、お師さんが依頼を請ける訳にはいかなかったのですか?」

 師は高齢とは言え、まだ現役だ。それどころか、まだまだ私は師には追い付いていない。

『いや、お前がやれ。私は奴には勝てん』

 師は霊視にて相手の力量を探る技に長けていた。

 今回も、敵の力量と自分の力量を天秤にかけた結果なのだろうが…

「お師さんが勝てない相手に、私が立ち向かえる訳が無いでしょう?」

『いや、お前なら何とかなる。お前は気付いていないだろうが、既に私を超えている。それに…この依頼はお前が請けなければならん』

 私が請けなければならない理由とは一体?

『相手は洞鳴村の目無しだ』


 心臓が一回高く鼓動する。

 洞鳴村の目無し…若かりし頃の敗北が思い出された。

 あの化け物が再び私に廻って来たのだ。

「それは…勿論私がやります!!」

 断る理由がある筈も無い。私はあの時から、奴との対峙をずっと望んでいたのだから。

『よし、私が他を押さえておく。お前は奴を葬るのだ。洞鳴村の宝条を訪ねるがいい。今回の依頼者だ』

 そう言って、師は電話を切る。

 他を押さえる…その意味が良く解らないが、奴を葬るチャンスが来たのだ。

 私は炸裂符に霊力を注いだ。

 奴の力量は知っている。だが、今回は炸裂符と言う新しい技を手に入れた。

 同じ相手に負ける訳にはいかない。

 刀も点検する。

 鬼斬丸に次ぐ新しい刀だ。

 銘は牙邪絶がじゃぜつ。邪悪な牙を絶やすと言う意味らしい。師から頂いた業物であり、霊剣だ。

 鬼斬丸は折れたが、牙邪絶はどうなるか…

 念入りに点検した。刃こぼれ、反り、目釘…

 牙邪絶は美しい光を放っていた。一点の曇りも無い。

 いける…私も以前の私では無い…

 今回は本当の意味での私の死合いだ。

 私は洞鳴村に向かった。

 宝条と言う依頼者の元へと急ぐ。

 私自身の復帰も掛かっている戦いに向けて。

 早朝から出発し、洞鳴村に到着した頃には、もう深夜になろうとしていた。

 現在は高速道路や電車、はたまた飛行機など、交通の便が発達したが、その頃は洞鳴村まで車で直行しても、ほぼ丸1日はかかった。

 この時はかなり飛ばして行ったので、この時間に到着したのだ。

 早速宝条家を捜した。

 村の八割は洞口の性を名乗っていたので、簡単に発見出来た。

「夜分遅く…」

 周りにあまり家が無いとは言え、近隣住民の睡眠を配慮し、私は静かに家主を呼んだ。

「はい…」

 奥から現れたのは、宝条家家督の宝条 清武氏であった。

「依頼を受けた石橋ですが」

 私が名乗ると、清武氏は深々と頭を下げ、私を静かに居間へと案内した。

「家族の者が全員出払っております故、何ももてなしは出来ませんが…」

 清武氏は、危なっかしい手つきで煎れたお茶を私に差し出した。

「出払っているとは?」

「無理やり旅行に行かせましたので…」

 清武氏は都合が悪そうに、頭を掻いていた。

「宝条さん、目無しの標的は家族の者では無いのですか?」

 私はてっきり息子、もしくは孫が餌に選ばれたのかと思っていた。

「まぁ…家族と言えば家族ですが…」

 未だに頭を掻いている清武氏だったが、決意を固めたのか、口を開いた。

「私は、妻の清子の他にめかけがいるのです」

 ああ、そうか。特に動じる理由でも無かったな。

「では、その方の家に行きますか」

 立ち上がろうとした私に清武氏は手で制した。

「妾はもう死んでおります。三年程前ですけどね。目無しの標的は、それの間に出来た子供です」

 それも想定内だ。しかし、その子はここには居ない。家族と共に旅行に追い出したのか?

 それならば家族も危険だ。

「その子は、私の知人の家に預けているんです。月に幾らか渡して…」

 里親がいるのか。つまりは未成年だと言う事だ。

「失礼ですが…妾さんは、もしかしたら…」

 ある疑問が浮かんだので訪ねてみた。

「お恥ずかしながら…長男と同い年でした…」

 頭を掻くのを止めずに清武氏は言う。

 清武氏の長男と同年齢ならば、ひょっとして私と同年代…?

 凄いバイタリティのある人だと、私は本気で感心した。

「では里親さんの元へ行きますか」

 私は立ち上がって清武氏を促した。

 清武氏も覚悟を決めたのか、私と自分の靴を玄関から持ち出し、勝手口の方へと誘った。

 何故勝手口から?そう思いながら、清武氏の後を付いて行く。

「この家です」

 勝手口から徒歩15分程で到着とは…この洞鳴村でも珍しいお隣さんだ。

 清武氏はコンコンと玄関を叩く。

「私だ。開けてくれないか?」

 暫く待つと、ガチャリと鍵の開く音がし、カラカラカラと玄関が開いた。

 清武氏と同い年くらいの女性が出迎える。

 女性は私をジロジロと、頭の先から足の爪先までよ~く観察した後呟いた。

「この人が霊能者さんかい?」

 頷くと、私達を家へ入るよう促す。

 家の中には三歳くらいの子供が気持ち良さそうに眠っていたのだが…

「この子がもしかして…」

 清武氏に話を伺おうとしたのだが、女性の方から言葉が出る。

「私の孫です」

「子供って簡単に出来るもんですな…」

 清武氏はバツが悪そうに頭を掻いていた。

「清武さん、ご自身の子供と同い歳くらいの妾に、ご自身の孫と同い歳くらいの子供を作ったんですか…」

 清武氏は頭を掻くのを止めなかった。

 里親さんの名前は洞口ほらぐち 順子じゅんこさん。そして洞口さんの孫…清武氏の娘の名前は洋子ようこだと。

 孫と同い歳くらいの子供を清武氏は大変可愛いがったが、妻の清子は激怒したそうだ。

 それはそうだ。浮気発覚は無論、浮気相手が自分の娘くらいの歳。

 更にお隣と言う立地、更に、更には子供までこさえてしまったのだから。

 その妾の子供を引き取りたいと清武氏が申し出たのだが、清子さんは頑として首を縦には振らなかったそうだ。

 仕方無しに、祖母の順子さんが、養育費を入れる条件で、孫の里親となったのだが…

「正直言って、娘を傷物にした男の子供は面倒みたくは無いんですけどね。私にとっては可愛い孫ですので」

 そう言いながら、眠っている洋子の頭を撫でていた。

 しかし、その目には涙を溜めていた。

「そ、そんな事はともかく、ここに目無しが来たのです」

 清武氏の話はこうだ。

 深夜、就寝している最中、扉をガリガリと引っ掻く物音で目が覚めた順子さんは、何事かと思い、そっと外をうかがった。

「あ、あれは…もしかして!!」

 順子さんは蒼白になり、身体中が震えた。

 目無しが扉を引っ掻いていたのだから。

 古くから洞鳴村には、目無しが『餌』を求め、彷徨う時があった。

 目無しが徘徊するサイクルは特には決まってはいない。

 一年後だったり、三年後だったり、六年後だったり…

 ただし、ならわしで、目無しが現れた家では、一番若い者を餌として献上する事になっていた。

「何故一番若い者なのかは解りませんが…」

 おそらくは、年齢はあまり関係が無いのだろう。

 過去に餌として赤子を献上した時に、目無しが現れるサイクルが長かったらしい事から、餌はなるべく若い方がいい。そう決まっただけの様子だった。

「ご自身が贄になると?」

 私がそう訊ねると、順子さんはゆっくりと首を横に振った。

「別に私はこれ以上生きる目的もありません。ありませんが…」

 口を閉ざす洋子さん。暫し沈黙が流れた。

 沈黙を破ったのは清武氏だった。

「習わし通りにしないと、村人達に殺されるのです」

 その時の清武氏の表情は、憎悪で歪んでいた。

 温厚そうな印象の清武氏の顔と、全く一致しなかった。

「殺される?」

 怪訝に思い、聞き直す。順子さんが答える。

「ええ…しかも、その家の家族を、皆殺しです…私には弟がいまして…弟も所帯を持って、本家を継いでいますが、その本家も皆殺しにされる可能性があるのです…」

 項垂れ、顔を上げようとしない順子さんに代わって、清武氏が続きを答えた。

「昔に習わしを無視した家があったのですが、その時に手足が大量に徘徊し、手 当たり次第に村人を殺し、目玉を奪っていったのです。その時に、その家の家族を皆殺しにして、目玉を献上した所、騒ぎが収まった」

 因果関係は解らないが、村人が自分達の命惜しさに殺した。

 私も清武氏のように、村人達に憎悪を感じた。

「贄になる前に私が必ずや目無しを滅ぼしますので」

 村人達に殺されず、幼き命を守るには、そうするのが一番だ。

 勿論、私の為にも、奴には滅びて貰う。

「石橋さん、何とかよろしくお願いします」

 清武氏は私に深々と頭を下げた。順子さんも、ただ私に頭を下げる。

 私は一つ、頭を下げてそれに応えた。


 そのまま洞穴へ向かって行く。

 不思議と脅威を感じなかった。

 以前の私よりも、確実に力を付けた所為せいか、それとも村人達への怒りの方が大きかったのか、解らない。

 解らないが、私を奮い立たせる何かが…その時にはあったのだ。

 洞穴周辺にまで来た私は、村人が居ないか、辺りを見回す。

 洞穴周辺には人は居ないのを確認し、私は正々堂々、真正面から侵入した。

「以前来た時と変わらんな…禍々しい負の霊気で充満している…」

 以前来た時よりも、はっきりと感じる目無しの力量。それでも、私は祭壇に進んだ。


 どれくらい歩いただろう。祭壇までの距離は短いが、結構長く歩いたような気がする。

 そして私はとうとう祭壇に辿り着いた。

 以前来た時は、祭壇の蝋燭に火が灯っていたが、今は真っ暗闇だ。贄をまだ献上していない為だろう。

 私は祭壇を蹴った。

 蝋燭立てやら、木箱やらが散らばる。

「十数年振りだ…あの時は私には興味すら覚えて貰えなかったが…果たして今はどうかな?」

 刀を抜き、構える。


 ………ウワァ………


 聞こえた。

 鳴き声が、微かだが聞こえた。

「勿体ぶらずに出て来い」

 再び祭壇を蹴る。

 祭壇の奥の闇が濃さを増したような気がした。

 私はまばたき一つせず、暗闇を凝視した。

 やがて暗闇から右腕と思しき物がニュッと出て来た。


 ……ウワァァァアァア……


 右腕から胸…胴体から腰…腰から脚…

 全て身体が露わになった時、目無しが顔を上げた。


――ウワアァアァアアアァァァアアアアアアアアアアア!!!!


 上げた顔にはやはり目があった場所が空洞となっていた。

 それでも此方を直視していると、私は感じた。

「以前は何も出来なかったが…今回はそうはいかない…!!」

 炸裂符を懐から出し、投げつける。


 ドウッ!!


 それは目無しの左顔側面で爆発した。


――アアアワアワアアアワアワアアワアア…


 怯んだか?

 私は一歩前に踏み出した。

 その刹那、私の視界 が真っ暗になる。

「おうっと!!」

 私は結構な勢いで後ろに下がる。

 私の視界を遮ったのは、目無しの左の手のひらだったのだ。

 炸裂符で退いた筈の目無しが、私の身体を毟り取る為に左腕を伸ばして来たのだ。

「速い…と言うより、炸裂符にも意に介さずと言った所か」

 ダメージは受けているだろうが、身体の痛みより、欲している目玉の方が重要と言う訳か。

 改めて戦慄を覚える。

 背中から、冷たい汗が流れて来たのを感じる。

 炸裂符を地面に撒く。地雷の代わりだ。

 目無しが一歩、私に近付く度に爆発していた。

 身体中の肉をふっ飛ばしながら目無しは私に向かって来る。

「足止めくらいにしかならないか…」

 それでも、ノーモーションでいきなり目の前に現れるよりは、遥かに遣りやすい。

 牙邪絶に私のありったけの霊気を込める。

 炸裂符は全て地雷に使用して、もう無い。

 いずれにせよ、一撃で決めなければならないのだ。

 目無しは炸裂符を踏みながらも、私の間合いへと入った。

「けりゃあああああ!!」

 脳天に牙邪絶が入った。


――ウワァアァアアァァァ…!!


 渾身を込めてそのまま斬り入れる。牙邪絶が目無しの脳天から鼻の上まで斬り込んだ。

「勝った!!」

 勝利を確信した。

 真っ二つまでは無理だったが、致命傷には違いない。そう思っていた。


――ウワァアァア…


 目無しの動きが停止した。そして膝が折れる。

 だが膝が地に付く前に目無しは起き上がった。


――アァアァァァアアアァァアア!!!


 激しく首を振る目無し。


 パキィ


 その音と共に私は背中を地面に叩き付けられた。

「うわっ!?」

 叩き付けられた背中の痛みの意味を理解する前に、軽く頭を振って、握っていた牙邪絶の感触を確かめた。

 左手に握られている柄。右手は頭を押さえている。

 多少目眩がするが、まだやれる。

 立ち上がり、目無しを見た私は驚愕した。

「や、刃が目無しに入ったままだ!?」

 目無しの脳天から斬り込んだ牙邪絶の刃が、いまだに目無しの顔面に入っていたのだ。

 左手に握られた柄を、慌てて確認する。

「そ、そんな………!!」

 牙邪絶は刀身の真ん中から真っ二つに折れていた。


――アアアァァァアア!!


 目無しは斬り込まれ、途中で折れている刀身を自ら引き抜いた。

 霧と化す事も無い。あれ程の傷を負っても滅する事は無い。

「改めて…化け物だな…」

 最早私には武器は無い。

 私はその場に胡座を組む。

「私の目玉を取れ。代わりに、あの幼き目玉は諦めてくれ」

 最早私には、幼き命を救うすべは、これしか思い浮かばなかった。


――ウワアアアァアァアア…


 目無しは咆哮しながら私の横をすり抜けて行った。

「待て!聞こえないのか!!私の目玉で治めてくれと言っているんだ!!」

 しかし目無しは私の言葉には耳を傾けず、そのまま洞穴から出て行った。

 慌てて後を追う。

 私は走った。あの幼き命の元に走った。

 順子さんの家の前まで息も絶え絶えに辿り着いたと同時に順子さんの悲鳴が聞こえた。

「きゃあああああ!!」


 私は家に入った。

 目無しが今まさに順子さんに抱かれて眠っている、幼き目玉を毟り取らんとしている最中だった。

「やめろ!!」

 私は目無しと順子さんの間に入った。

 目無しは全く動じず、右腕を伸ばして来る。

「わわわわわわわ……」

 順子さんの身体が震えているのが、背中越しからでも解った。

 私は柄に半分残っていた牙邪絶の刀身を、自らの右目に突き付き入れた。

「がががが!!ぐああああっっっ!!」


 ブチィン


 何かが切れる音と共に、私の右目が床にコロンと落ちた。

「ひいぃぃ!!」

 順子さんが背中越しで引き吊った悲鳴を上げる。自分で目玉をくり抜く様をこんな間近で見たのだ。当然悲鳴もあげる。

「持って行け」

 私の右目から激しく血が噴き出した。

 コロコロと目玉が目無しの足元に転がって行く。

 目無しは目玉の気配を感じたのか、それを抓み、口に放り込んだ。

 ……カリカリカリ…カリカリカリ…

 私の目玉を光悦しなから喰っている目無し。

 ゴクン!!

 目無しの喉が鳴った。

「一つで我慢出来んなら…もう一つくれてやる…」

 牙邪絶の半刀身を左目に突き入れようとしたその時、 目無しは踵を返した。

「…恩に着る…」

 目無しはそのまま夜の闇へと消えて行った…

「ぐぅぅ…」

 激しい痛みが右目から走る。

「い、石橋さん…」

 順子さんは、私を怖がっているのか、気味悪がっているのか、手を伸ばしたり引っ込めたりしているばかりだった。

「私は敗れましたが…幼き命は…守りました…」

 私は右目をタオルで押さえて、そのまま順子さんの家を後にした。

 その足で清武氏の家に行き、玄関をドンドンと叩いた。

 灯りが灯り、暫くして玄関が開く。

「!石橋さん!そのタオルは!?」

 タオルは既に血で真紅に染まっていた。

「私は敗れました…目無しに餌をやったので、子供は大丈夫だとは…思います…」

 失った右目が激しく痛む。

「目無しに餌を?まさか!自らの目玉を…!!」

 清武氏の言葉を遮り、私が続けた。

「私はやはり及ばなかった。私を凌駕する才能が現れた時、その時再び私はこの村に戻って来る…!!それまで…暫しお待ち下さい…」

 私は名刺を差し出した。

「また何かあったらば、ここに」

 それだけ言うと、自分の車に乗る。

「石橋さん!石橋さん!」

 清武氏が何か言おうとしたが、私はそのまま車を走らせた。

 出血で気が遠くなる。だが、それより自分が歯痒く、情けない想いで一杯だった。

 その気持ちが幸いしたようで、街の病院に到着するまで、私は意識を保っていられた。

 緊急で手術が行われた。

 いきなり現れた私だが、病院側は何故か解っていた様子で、手術の準備も万端だった。

 全身麻酔を施され、私はやっと気を失えた。


 目が覚めると私はベッドに横になっていた。

「つ!」

 右目が痛む。失った右目が痛いとは滑稽な話だが。

「気が付いたようだな」

 私の病室に現れた医師…昨晩、私の手術をした医師だ。

「昨日はいきなり申し訳無いです…」

「いや、手術から二日後だ。アンタは一昨日の晩…既に明け方だったが、兎も角、手術し、丸一日眠っていたんだ」

 椅子に腰掛け、話をする医師。

「丸一日…ですか…」

「あの時はアンタが来るのが解っていたが、これからは無茶はするなよ?洞鳴村の化け物には、誰も勝てないんだからな」

 私の方に、鋭い視線を向けて医師が話した。

「解っていた?」

 私の質問が予測済みと言わんばかりに、医師は話を続けた。

「アンタがここに来る数時間だ。いきなり知らん爺さんから電話が来てな『弟子が目玉を失ったから、そちらへ向かう』と。救急もやっているから、患者は無論受け入れるが、悪戯と思い適当に話を聞いていたら、洞鳴村の目無しの仕業だと…洞鳴村の化け物の話は良く知っているんでな…直ぐに本当だと解ったよ」

 知らん爺さん…

 心当たりを探る。

 不意に、師の『他を押さえる』の言葉が脳裏に浮かぶ。

「師から連絡が…」

 他を押さえると言う意味が理解出来た。私が失敗した場合のフォローをしたのだ。

「…だが爺さんは失敗した」

 失敗?何の事だろうか?怪訝に思い、医師を見た。

「洞口順子と孫の洋子は村人に殺されたよ」


 この医者は何を言っているんだ…?私が右目を棄てて、守った命が?

「洞鳴村の住人の死亡診断書な、代々ウチが書いているんだよ…目無しの餌にされた奴とかな…」

 医師は遠い目を私に向けながら言った。

「馬鹿なっ!私が奴に餌を与えて終わった筈だ!!」


 ズキッ!!


 右目が痛む。この痛みが何よりの証拠。あれで目無しは納得し、去ったのだ。

「村人には関係無いのさ。言い伝え通りにしないと次は自分の番…アンタの師匠は 被害者を助けようと、電話を入れ、自分の元に保護しようとしたんだ。その矢先、村人に見付かってなぁ…逃亡する所だと思われたんだな。爺さんは嘆いていたよ。『もう少し早ければ』とな…」

 絶望した。

 あの村は、自分の身を守る為には、平気で他人の命を奪うのだ。清武氏の話した通りだったのだ。

「ウチも目無しや手足の恐怖って言う『武器』に脅されてなぁ…代々あの村の言いなりさ」

 医師は苦渋に満ちていた表情をしていた。

 恐らく一度や二度どころじゃない。何度も何度も、代々偽りの死亡診断書を無理やり書かされていたんだろう。

「命を助ける医者がなぁ…義眼は特別にタダで入れてやるよ。それまでゆっくりしていけ」

 医師はそれ以上何も言わず、病室を後にした。


 暫く病室に厄介になっていた。

 そんな時、師が見舞いに来た。

 師は私に頭を下げた。

 何度も何度も。

 お前が犠牲にした目玉を無駄にした。

 涙を浮かべ、何度も何度も謝った。

 私も師に何度も何度も頭を下げた。

 技量不足で死者を出したのは、紛れも無く私。

 私達は互いに謝ってばかりいた…


 それから暫くした後、義眼を入れて貰った私は病院を後にした。

 二度の敗北により、いや、村人が他人を殺すという行為により、私は完全に心が折れていた。

 いずれにしても、私は目無しには及ばない。

 この日から私は後継者を探した。

 何年も何年も…目無しを倒せる後継者を探した…


 それから十数年後、かつての依頼者、清武氏が再び連絡をして来た。

 未だ後継者が見付からない私は、断ろうと思ったのだが、後継者は産まれていた。

 忌まわしき土地の中、慈愛に満ちた一つの家族の中で…

 歓喜した。

 この娘がきっと目無しの負の連鎖を止めてくれると…

 娘は私よりも遥かに才能があったのだ。

 私は、この珠玉の娘を、自分の子のように大切に育て、鍛えたのだ…





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