第17話
「倒しちゃったら戻るのねぇ。でなきゃ、ずっと戻れない、と」
驚いたことに、同じ遺跡の別の部屋に、それは居た。
「ねえ、どんな気持ち?絶対安全だと思っていた自分の本体が見つかっちゃってふん縛られるところ特等席で見るのってどんな気持ち?」
天音さんが、アルドラさんの肩に担がれている男に向かって非常にいい笑顔で語りかけている。ここは先程のドームから少し通路を移動した、遺跡の小部屋だ。
細長い、物置のような部屋の隅に寝かされていたのは、醜悪という言葉も生ぬるい程に、人としての姿を歪めたような、そんな老人であった。
周囲には、幾つもの召喚用のアイテムが置かれていた。操っている肉体が討たれた際には即座に新たに召喚、それを操る為の準備なのだろう。
「他のと同じように、コイツの魔力が予め纏わりついてるわねぇ」
「……なんか、この金剛棒捨てたくなってきた」
「気持ちはわかる」
【疾風怒濤】の人たちが、床に寝そべる老人を、テキパキとふん縛っていく。犯罪者捕縛も冒険者の仕事の一つらしく、その手際は見事なモノであった。なお、操られていた方の犯人は、本体の捕縛後に止めを刺した。あとに残ったのは、砕けた水晶のような物。前の時と同じ品であった。
そして、とりあえず報告をと言うことで、フェルターの冒険者ギルドに帰還したのだが。
「……ふむ、あいわかった。こちらから執り成しておこう」
「任せたわよぉ?変に駆け引きのネタに使ったりしないでねぇ」
ギルドには、未だにフェルターのご領主様が居たので、春香さんがついでとばかりについでに面倒事を押し付けていた。犯人の身柄も含めて。
「アマネ、お疲れ様でした。本当に有難うね」
「良いのよぉ。こっちの都合もあったわけだしぃ」
支部長さんが申し訳無さそうに感謝の言葉を告げてくるのを、天音さんはぶっきらぼうな態度で返していた。が、あれはこっ恥ずかしいからああいう態度をとっていると言うのが俺と春香には丸分かりである。なおそれを追求したりはしない。あとが怖いので。
「緊急重要依頼を解決したって扱いで、私達の功績になってますけど……良いんですか?あの遺跡発見の分まで……」
「良いんじゃないかしら。お姉ちゃんっていま国王様なんでしょ?下手に国のトップが解決しました、とかだと、貸し云々で面倒だろうし。ねえ、お姉ちゃん」
「ん?ああ、そうねぇ。て言うか、私はかず君のお願い聞いて動いただけだしぃ?」
そう、ギルドに戻ってから、あまりに早い事態の解決に、逆に面倒事が増えそうになったのだ。
考えてみて欲しい。一国の重鎮の子息が行方不明に成りました、という報告があった後、即座に犯人捕まえて帰ってきました、と言う隣国の首脳が居たりしたら、普通はどういう反応になるだろうか。
完全に善意でことを収めたのだが、自作自演を勘ぐられていらぬ騒動が起こらないとも限らない。たとえ真犯人が生きて捕縛されていたとしてもである。寧ろ引き渡した後居なかったことにされて国家間の問題にされかねない。と言うことで。
誘拐されたお姫様は、たまたま未発見の遺跡を探索していた【疾風怒濤】のメンバーによって救い出され、無事に開放されました、ということにしたのである。
「それに、【疾風怒濤】の力量なら、誰も不思議に思わないでしょうから。私の権限で事後承認と言う形で処理しておきます」
そう言ってくれているのは、窓口業務のヒルダさん。窓口業務……?
「あの、窓口業務の方がそんな権限持ってるもんなんですか?」
そう【疾風怒濤】のメンバーにコソッと聞いたところ、思わぬ返事が帰ってきた。
「私はヒルデガルド・フォン・フェルター。冒険者ギルドのギルドマスターよ」
「はあ、ぎるどますたー……」
ギルドマスター!?こんなに若いのに?聞けば先代が引退して、後進の指導のためにと支部長に。それを引き継いだのが孫娘、と。親族経営だったのか、冒険者ギルド。
「だから、権限としては大丈夫よ、心配してくれてありがと」
呆然としている俺に、ヒルダさんはニッコリと微笑んでくれた。なんか一矢報いたって表情に見えるのは俺の気のせいですかしら。
そして、俺と春香はようやく天音さんと共に、彼女が今住んでいる国のお城へと向かうことになったのだが。
「おう、待ちくたびれたぜ」
ギルドの裏庭では、アルドラさんがまたぞろ素っ裸で寝転んでいた。
「……おねえちゃん、ちゃんとしつけてね」
「え、あ、うんわかったわよぅ」
しぶしぶと言った体で、天音さんがアルドラさんに服を着ろというが、魔力で服を編むのが付かれているから面倒だという。言う事聞かない気かと天音さんが少々怒気を含ませた声で告げるや、慌てて体勢を変えあぐらを組んで座り直して腕をゆっくりと前に突き出したのだ。
すると、彼女の目の前に光る壁のようなモノが現れ、波打つ様に揺れ始めたのである。そこに腕を近づけると、まるで水面に手を入れるように揺れ、抜き出した時にはその手に青い布地の……若干古びてはいるものの、見覚えのあるジャージが姿を表したのである。
「これでいーんだろこれで」
若干寸足らずのジャージ上下を着込んだアルドラさんが、むふんとばかりに胸を張り、立ち上がる。俺より頭一個分ほど高いその背丈は、面影なんぞあるわけがない。
「ん?どうした?アマネの妹」
「いや、俺は幼馴染の方。って、男女の区別くらい……」
うん、俺も出来なかったんだから、相手がこっちを区別できているかなんて、ねぇ?
「そっかー、あの時のおチビちゃんだったんだー……ってなんで!?」
それはおいらも聞きたいことさ。なんで?
「かず君を追いかけて、この世界に来たって話はしたでしょ?」
聞いた。どうやって来たのかは知らんけど、まあ天音さんだからどうにかしたんだろう。
「かず君達が消えた場所を特定して、そこに行ったら、変な奴らが居てねぇ」
黒服を着た男たちがウロウロしていたらしい。そこに天音さん登場、そいつらを誰何したところ、その正体をいきなり現わしたらしい。
邪神の、尖兵だったと言う話だが。よくもまあ倒せたもんですねと聞いたら、倒しては居ないそうである。尖兵とか言う奴らは、俺らの跳ばされた先、この世界に戻ろうとしていたらしい。俺達が跳ばされた事で生まれた次元間の歪みの痕跡を利用して、空間を渡ろうとしていたところだったそうで、天音さんはそれを利用してコチラにやってきたという。
「それからが大変だったのよ。この世界にこれたはいいけど、今度は二人の反応が消えちゃって。若干弱い反応を見つけたから追いかけて行ったら、コイツがかず君のジャージ着て転がっててさ」
それがこの世界の五百年ほど前の話、だそうだ。早い話が、俺達二人はちびアルドラさんの帰還に巻き込まれる形だったせいで、時間軸が大きくずれて今の時間に到着したという事らしい。
そして、俺らがやってくるのがはるか未来だということを理解した天音さんは、と言うと。
俺らの代わりにちびアルドラさんのお願いを聞いてあげて、その当時世界を荒らしまわっていた邪神を一網打尽にしてしまった、と。ついでに邪神によって荒廃していた国も纏め上げてその王座に座って俺らが来るのを今か今かと待ち続けていたんだと言う。
「まぁ?ほとんど寝てたんだけどねぇ」
たまに起きて国政の大まかな舵取りを行って、粗方は支配下の魔族に押し付けていたらしい。君臨すれども統治せずか。冒険者ギルドも、この世界に俺たちが来たらきっと登録するだろうから、と設立にも関与したらしい。登録されたら即連絡が来るようにも手配したという。まあ普通に登録しましたけども。
「まあなんとか合流出来たんだし、塞翁が馬ってことで」
「まぁねぇ。とりあえずお城に行きましょうか。んで寝ましょう。かず君抱きまくらで」
「はぁ?何いってんのお姉ちゃん!」
「だってかず君分が足りないしぃ」
「それより元の世界に帰るんじゃ」
「え?帰れないわよぉ?今のところはぁ」
俺に抱きついてそういう天音さん。それを引き剥がそうとする春香。そして俺、その言葉を聞いて、愕然としてしまった。
「帰れるならぁ、別にずっとこの世界で待ってる必要もなかったわけだしぃ」
そりゃそうか。帰れるならまた来れる。帰ろう、帰ればまた来れるから、ってやかましいわ。
「アルドラさん、俺の世界に来た方法は……」
「ん?ありゃジジババ連中が総力を上げて作ってくれた次元回廊だったからなぁ。今の俺でも一人じゃ無理だ」
その次元回廊を開いたせいで、他の古代龍達は魔力枯渇によって死んでしまうレベルであったのか。
「いや、ちょっと寿命削った程度?もともと死にかけのじいさんばあさんだったからよ。最後の爺さんは百年前くらいか?ぽっくり逝ったのは」
「そうねぇ、大往生だったわよねぇ」
別に悲壮感これっぽっちもなかった!全盛期の頃なら苦もなく倒せた邪神達であったが、歳のせいで思わぬ不覚を取った古代龍たちは、面倒を押し付ける為にアルドラさんを異世界に飛ばして俺たちを引っ張り込もうとした訳か。なんか一気に追悼気分がふっとんだ。
「じゃあどうすんの?このままここで一生過ごせと?」
「まあまあかず君や、落ち着いて。簡単な話、回廊を開いたっていう古代龍達のレベルまで鍛えたらいいのよ。そしたら自分で次元回廊開けるようになるだろうし、おまけに歳も取らなくなるから、私みたいに。多少時間かかっても、向こうに帰る時は時間軸も遡って戻ればいいのよぉ?」
年取った古代龍と同レベルになれ?何百年も歳取らないレベルで経験値貯めるとか、邪神倒しまくるとかのレベルですよね!俺に出来るわけ無いじゃん!
「大丈夫よぉ、ちゃんとパワーレベリングしてあげるからぁ。たぶん向こうに戻っても、ぴっちぴちのままよぉ」
「ちょっとやってみようかな……」
春香さんが寝返った!?
「まあ、暫くこの世界を楽しんでもいいと思うわよぉ。ほら、『普通』じゃなくなるじゃない?」
……うん、そうだねふつうじゃないね。
でもね、きっとそれは『ごく普通の異世界転移者』にジョブチェンジするだけの気がするんだが。
まあ、きっとそれが普通なんだろう、俺的には。
どうやら俺は『ごく普通の高校生』らしい でぶでぶ @debudebu
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