第16話

 洞窟は、自然に出来たものではなく、どうやらこいつが召喚した幻獣に掘らせた物のようであった。

「壁がなんだかつるつるしてる。これ土が何かで固められてるみたいね」

「だな、なんかの粘液かな」

 鑑定しても※※の分泌液と土が混ざって固まった物、としかわからん。※※ってなんだろう。たぶん穴掘り作業する幻獣かなにかなんだろうけど残念、知識が足りない……ミミズのでかいやつとか?うん、嫌すぎる。若干凸凹はしているものの、やけに滑らかな表面をした洞窟を、俺達は進んでいった。明かりは天音さんによって作られた小さな光の玉が僕らの頭上でふわふわと浮いている。先頭は相変わらず斥候担当のフロレンティアさん。彼女の見たところ罠なんかはないらしい。まあ出入りするのが自分だけなんだから、普通は仕掛けないよね。侵入者に対する警報はあったけど。

 そして暫く進むと、向かう先がぼんやりと明るくなっていた。そこに向かって行くと、いきなり洞窟の作りがガラリと変わったのである。

「ふぅん、石を組んで作られてるわねぇ。天井はアーチ型、結構手間暇かけられてるわねぇ。作られたのは千年ほど前かな」

 天音さんの評価は、それなりに高度な技術を用いて作られた、遺跡じゃないかという。

「未発見の遺跡!」

「すごい!じゃあこの中全部、未盗掘なの?」

 天音さんの言葉で色めきだったのは、【疾風怒濤】の面々だ。曰く、新発見の遺跡なんて、キチンと報告すれば高評価を得られるし、それをする前に自分たちだけで粗方踏破して、遺跡の中の貴重な品々を懐に収めてから報告しても、咎められることはない、と言うことらしい。まあ、普通は危険度が高いためにギルドに報告するまで見張りをおいて確保しておく、位の対応を取るらしいが。初見殺しの罠があったりしたら怖いしね。こんな山の中の地下に隠された遺跡とか厄介事しか思い浮かばないし。

 さて、どうもここはその遺跡の通路のようである。そして右と左どちらに進むべきか俺にはさっぱりわからない。

「あっちから物音がするわね」

「うん、床を調べてみたけど、ごくごく薄くだけど積もった埃にコイツの足跡が残ってる。他にも幾つかあるから、それが攫われたっていう人じゃないかしら」

 そういうフロレンティアさんの言葉に、進むべき方向は決まった。そうして先を急いだ俺達であった。進む先々に、何やら色々と食指を動かしたくなる品々が目に入るようで、凄く悔しそうにしていた。まあ、後回しにしておくと次に来た時はなかったりする事が多いよね、掘り出し物。ここ、他の誰にも知られてないっぽいから、少なくとも第一報告者の栄誉は担えるんだから、我慢してください。というか、天音さんに自分から頼み込んで付いて来てるだけに、流石に本来の御用を放置してまでと言うほど無責任ではないということである。後でエルネスティーネさんが締められそうだけど、そもそもついて来なきゃ見つけられなかったわけで、うん、色々と悩ましいだろうなぁ。

 などと考えつつ進んでいると、春香が壁に手を触れながら首を傾げていた。

「どしたん?」

「ん?うん、これ。ここ明るいじゃない?明かりは、これ、壁が光ってるのかしら?」

「そうみたいだけど、なんだろう。光る苔とか?」

 この通路に入る前、ぼんやり光っていたのは、なにか光源があるのかと思っていたわけだが、これと言ってはっきりとした明かりは見当たらなかった。天音さんの作った光源があるから気にもしなかったが。

「こういう時こそ鑑定でしょうが……ってこれ夜光塗料?」

 周囲に気を払って進む【疾風怒濤】の人たちの後を追いながら、春香は壁に鑑定をかけたのである。

「うん、夜光塗料だわ。ふぅん、放射性物質はラジウムみたい。蛍光物質にはぁ……へぇ、海棲スライムから獲った色素細胞を使うんだ」

「ああ、そういや夜光塗料って昔はラジウムとか使ってたんだっけ」

「そうらしいわね、時計の針とかに塗ってたんでしょ?」

 時計の針に色をつける職人さんが、つい筆を舐めちゃう癖があったりすると、舌癌になってしまったりしたという話だが今はそれは関係ない。

「今は放射性物質不使用の蓄光塗料が主流だっけか。つーか、放射性物質に囲まれて大丈夫か?」

「表面がスライム粘液でコートされているから、直接の被害は起こらないわね。削って食べたりしたら駄目だけど」

 そんなことしない、したくもない。むしろする奴が居たら見てみたい。そんなこんなで進んでいくと、広いホールのような場所にたどり着いた。

 ここまでの通路よりもひときわ明るいそこは、楕円形のドームのような天井をしており、床も壁も、天井に至るまで、細かく精緻な模様が刻まれた石板で埋め尽くされていた。そしてその真中に、這いつくばっている女性の姿があった。

「ツェツィーリエさんだ!おーい」

 そこにいたのは間違いなくツェツィーリエさんであった。彼女はこちらの声に気づいたの気づかないのか、その這いつくばった姿勢を変えること無く、一心不乱に何やら床に嵌めこまれた石板に集中しているようであった。

「姫様どうしたのかしら。それにアマーリアさんの姿もないみたいだけど……っ!?」

 先にホールの中に進んだ春香が、何かに気づいたのか急に言いよどんで上を見上げ、息を呑んだ。

「アマーリアさんっ!?」

 ホールに入ってすぐの天井部分に張り出した狭いステージのような所に、、アマーリアさんが倒れているのが見えたのだ。

 そして、そのステージから、夥しい量の血が滴っている事も。



「カズヤ!ハルカ!アマーリアが、アマーリアが!」

「よく頑張りましたね姫様、もう大丈夫ですから」

 春香が姫様の元に走り、元凶の男は捕らえたことを告げると、彼女は鼻血を垂れ流しながらアマーリアさんの容体ばかりを気にかけて泣き始めた。手も届かない高い位置に放置されているアマーリアさんをどうやって助け下ろすかと考える前に、肩に担いでいた奴を床に放り投げて、アルドラさんが軽く跳躍、ふわりと抱いてアマーリアさんを下に降ろしてくれました。ぐっじょぶ。

「血を流しすぎてる。造血のポーションある?」

「あるにはあるが等級が低い、四級だ」

「効くのが遅いけど、無いよりマシ」

 神聖魔法をかけるシュテファーニエさんの声は非常に落ち着いている。しかしながら、一刻を争う状態なのは間違いないだろう。他の【疾風怒濤】メンバーには焦りが見て取れた。春香も少しでも足しになればと、側でなにかの祝詞を詠み始めた。

 地面に転がされた男は、落とされた衝撃で逆に目が覚めたのか、その光景を見てニヤニヤと笑ってやがる。

「何がおかしい?」

 猿ぐつわのせいで何が言いたいのかわからないが、嘲笑しているのだろうなというのだけはわかる。ざまあ、ってとこだろう。

「ふむ、このガヴァネスに眠りの魔法をかけて血が止まらないように傷を負わせた、と。そうして『助けたければ従え』と、この貴族の娘を脅してにこのドーム内に刻まれている石板を読ませていたわけか。目的の情報が見つかるまで、延々と続ける気だったわけだ」

 天音さんが、いつもの気だるげな語尾を伸ばした口調を止めて喋りはじめた。それを聞いた俺と春香は思わずビクッと反応してしまった。

 あの天音さんは厄い。

「そこの隅に転がっていた、この鍵付きの収納魔法がかけられている鞄、この中にあのガヴァネスを死なせないためのポーションが入っている、と」

 そう言って放り出した革のバッグが、シュテファーニエさんたちの目の前に転がり、かかっていたはずの鍵が外れてその中身をさらけ出した。

「造血のポーション、あるぞ!二級だ!」

「これだけ有れば!」

 さくっと中身を頂いて、アマーリアさんに投与するシュテファーニエさん。仕事が速い。

 そんな様子をみて悔しげな表情をする男に向かい、天音さんは無表情にこう言った。

「なにか言いたそうね、良いわよ、《喋りなさい》」

 その言葉だけで、男の口を縛っていた猿ぐつわがはじけ飛んだ。

「くっ、ああそうさ。その貴族の娘にこのドームのどこかに刻まれている邪神の封印を解く術を調べさせていたのだ。その女はそのための報酬よ。無事生きて返して欲しければ気合入れて鑑定しろとな」

 縛られたままとは言え、開放されて自由になった口はそんなに雄弁に語りたかったのだろうか、流暢に喋り始めた。それはそれは、延々と。天音さん、何かやったのか?

 そう思って天音さんを見ると、ちょっと唇の端を釣り上げて、ご明察とばかりに微笑んだ。やっぱり何か仕掛けたのか……。

「我が長年の願いたる邪神の復活は目の前だ。封印を解く術がわかりさえすれば後は用無しよ。長年封印されていた邪神の糧として贄にするもよし、活動資金を得るために腕の一本でも其奴の家に送りつけてもよし。良い事尽くめだろうがああああああああああああああああああああああ」

「もういい喋るな。その耳障りな濁声はこの世界にはいらん」

 そう天音さんが言うと、男の片腕を踏み潰して千切ったアドラさんが、今度は喉に指を突き立てて――


《何か》を引きちぎった。


「うん良いだろう。実に良い」

 ひゅうひゅうという音だけが、ドームに響く。その音の発信源は、男の喉にパックリと開いた穴だ。

「自分の血で溺れる、なんてことにならないように、傷口をキチンと焼いて止血してあげましょうね」

 続く天音さんの言葉を、忠実に実行に移すアルドラさん。忌避している様子もなく、寧ろ率先してやってやる。そういう顔つきで。

「邪神、邪神ねぇ。ふむ、アレかしら」

 そう言った天音さんの伸ばした手には、いつの間にかドームの壁から剥がれた一枚の石板が。

「ふうん、邪神はこのドームの石板の魔力を用いて封印されている、ね。封印の解除は、全ての石板を、封印時に決めたランダムな配置に並べ替えればいい、と。ふうん」

 そう天音さんが呟いた次の瞬間、ドームの壁から天井、床に至るまで刻まれていた文様が、無数のパズルのようにバラバラと浮き上がり、一斉に動き始めた。

「邪神って、あの邪神よね、おとぎ話の」

 天音さんの行為に、片腕を踏みちぎられた男は地面に転がったまま目を見開いている。

「うん良いわ。アンタの願いとやら、叶えてあげましょう」

 そう言うや、全ての石版が再びドームの壁に並び始めたのだ。先ほどとは違う、まるで幾何学模様のような再現不可能とも思える形状に。

そして姿を表したのだ。床に浮かび上がった封印の魔法陣から姿を表した邪神は、それはもう禍々しさに溢れ、世界のすべてを否定するかのような存在であったのだ。



 その光景を見た男は、歓喜のあまり叫びたかったのだろうか。それとも。



「邪神ごときがいつまでも封印されてるんじゃないわよ」

「ホントにな」

 天音さんが、アルドラが。

 その全力で魔力を迸らせ、その全力で膂力を振り絞り。

 そのどちらもが天を穿ち、地を切り裂くだろう程の力を秘めていた。

 にも関わらず、そんなことは一切起こらず。ドームの床にその身を表した邪神は、何をすることも出来ずに叩き伏せられ、投げ飛ばされ、踏みつけられて引きずられてはまた叩き伏せられて、最後には邪神らしさの欠片もなく、逃げ惑い、泣きわめき、懇願して、最後には神と名乗ってすいませんと無様な姿を晒して、この世界から逃げ出したのである。ありとあらゆる権能をその身から切り離された末に。



「ふん、クッソつまらん。邪神なんざここ数百年、暇つぶしにもならん」

「まあそうでしょうねぇ。私だってもう面倒を起こす奴としか思えないのよねぇ、本当にぃ」

 お伽話にその名を残していた邪神は確かに存在して居た。だからといって邪神が強いと誰が決めたのか。いや、普通に強いと思うけども。奴にとっては大変残念なことに、邪神より圧倒的に強いのがここに二人いたってことだ。

「あん?なんか言いたそうだな、おう?」

 滂沱しながら震えている男が、さきほどよりも激しい息遣いでこちらを睨みつけていた。精神よく保つな。俺なら十回くらい死んでる、って俺はそもそもあんな風にはならん。

「ああ、そう言えばぁ、自己紹介まだだったわねぇ。私ぃ、すぐそこの国で王様やってる、青井天音。ヒンメルズトーン・ブラウブルンネンって言ったほうが分かりやすいかしらぁ?」

「俺はコイツに使役されてるアルドラってモンだ。人化してるからこんなナリでわからんかもしれんだろうが、古代龍だ」

 二人して、ものすごくいい笑顔での自己紹介である。そしてその二人の自己紹介を聞いた瞬間、男の顔はこんどこそ驚愕に染まった。喉を潰された男の声なき声が響いてくる。

「なぁになにぃ?邪神戦争で邪神倒しまくったのは私じゃないわよぉ?むしろソイツ」

「お前は面倒くさいからって俺に押し付けてきただけだろうが。まあ死なないから権能剥いで時空の裂け目に放り込まなきゃならんのが手間だったけどよ」

 天音さん、唇でも読んでいるのだろうか、声を出せているわけでもない相手と普通に会話が成立しているし。しかもこれあれだ。ねえどんな気持ち?復活してしまえば無敵だと思ってた邪神様が軽くぶっ飛ばされてねえどんな気持ち?って奴ですわ。

「ふう、悪党を絶頂から叩き落とすのってスッキリするわねぇ。さぁて、かず君?」

「はい?」

「コレ、どうするぅ」

 絶好調で邪神崇拝者だった男で遊んでいた天音さんは、いきなりその処遇を俺に振ってきたのである 。

「どうするって言われてもなぁ」

 正直、ただ殺すってのもあれだし。なんか殺したら実は替え玉でした、とかありそうじゃない?邪神崇拝者的に考えて。

「ねえかず君。コイツ、倒したらまた消えちゃわないかしら」

 アマーリアさんの治療も一段落したのか、春香が俺のそばまで来てそう呟いた。途端、男の顔色が、今でさえ悪かったというのに更に悪くなったのである。

「ふぅん?この身体、そっかぁ、そういう事かぁ」

 天音さんが、俺と春香の言葉を聞いて引きつった男の顔を、ゆっくりと見下ろした。さぞかし嬉しそうに微笑んでいることだろうその後姿は、実に凄惨な雰囲気を纏っていたのだった。

 そして、奴が持っていた召喚用アイテムを取り出すや、再びあの魔力探知が行われたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る