第15話

「で、この辺りなのか?周囲には特に何もないが」

「アンタの図体で目的地まで行ったらぁ、即見つかるじゃなぁい」

 そんなわけで本来の目的地から少々離れた森の、ちょいとばっかり開けている部分を見つけて着陸した俺達だったが……見慣れないおねいさんがそこにいるのは何なんでしょうか。ドラゴンさんがいなくなっているので、だいたい理解はしているのですが。銀の長髪、夜でも光る金の瞳、頭の左右には捻じれ尖った角、背中には畳まれた皮膜の翼、お尻にはゆるりとうねる二股の尻尾。それが高身長スレンダーダイナマイツなんて肉体美に引っ付いてるなんて何処の二次元キャラだ。

「ああ、さっきのドラゴンだ。よろしくな」

 ああうん、人化の魔法的ななにかか。よくあるはなしですね。それは良いから服を着ろ。って言うかあんな渋い声だったのに、女性?嘘をつくな!

「おい、アマネ。俺も手伝えば良いのか?」

「そうねぇ、特にこれと言ってやってもらうことはないと思うけれどぉ……あなた、小技がないからぁ」

 まさかのスルー。素っ裸で天音さんと会話をしだすドラゴンさん。名前は知らん。まだ無いとか言うのかもしれないが。

「俺が下手に攻撃したら、人相手だと消し飛ぶからなぁ……じゃあお前の身内守ってりゃ良いか?」

「そうしてもらおうかしら。かず君、そいつにしっかりくっついてなさぁい」

 いや、くっついたり離れたりしてもいいのですかごちそうさまで痛いっ。何事と思ったら、春香の脳天チョップが俺の頭に落ちてきていたのである。



「いやすまん。あんまり人間と一緒に行動することがなかったんでな、すっかり忘れてた」

「もう、お姉ちゃんもこの龍、ちゃんとしつけしておきなさいよ、飼い主なんでしょ!?」

 春香さんや、流石にその言い草はちょっと。ほらドラゴンさんが地面にのの字書いてる。結構硬そうな岩盤っっぽく見える地面なんだけどさすがドラゴンだね地面抉ってるよ……。見ないふりしていた現状を思いっきり再確認させられてしまって改めて落ち込むドラゴンのねーちゃんであった。まる。

「で、なんて名前なの?いつまでもドラゴンさん古代龍さんとか正直めんどい」

 そういった俺の問いかけに、天音さんは首を傾げてこう言った。

「古代龍はぁ、もうこいつ一匹だけだから、個体名はいらないかなぁって思って着けてないのよねぇ」

「そういや俺、同じ古代龍連中からなんて、名前で呼ばれたこと無かったんだよなぁ。俺以外はジジババばっかりだったから、オチビちゃんとかそんなふうにしか呼ばれて無くてさ。名前なぁ……名前かぁ……」

 マジで吾輩は龍である、名前はまだない、だった。何やら魔力で編んだ服とやらを身に纏った人型の古代龍は、そんなことを呟きながら、遠い目をして夜空を見上げた。あれ、なんか不憫。なんぞいい名前考えてやろうか、とない頭を捻ったのだが。うーん古代龍……エンシェント・ドラゴン?エルダー・ドラゴン?アルタートゥーム・ドラッヘ?エルドラとかエンドラとかアルドラ?エル○ランはなんか子供に厄介事を丸投げして来そうなのでパスするとして。などと考えていたら。

「アルドラ、その中ならアルドラが良い!うんそれが良い」

 こいつ、また俺の思考読みやがった。と思ったら、春香に「ひとりごと、多いよ?かず君。前からだけど」と言われた。

え、口に出てた?まじっすか。……これから考え事する時は、もっと意識して口を閉じていよう。思考だだ漏れとか辛すぎる。

 さて、それはそれとして、ここはどこなのでしょう。

「だいたいヘルヴェルティア(うちの)王国(トコ)とエステルライヒ王国の国境付近の山奥ってところねぇ。これが地図」

 そう言って天音さんが手を振ると、地面に蛍光色の光の線が走り、この地域周辺の地図が立体的に浮かび上がった。そうして俺達がいる辺りに青い光点、出発地点であるフェルターの街がオレンジ色で示され、周辺の大きな街道も黄色い線で刻まれていた。北を指す矢印が宙に浮いて見えてちょっと邪魔な気がするが今はいい。白いラインで国境線が引かれ、その側に赤い光点がくっきりと表示されたのである。

「ここが目的地。魔王様が仰った、怪しい魔力残滓の元が居ると思われる場所……」

「よーし、気合入れるぞ」

「斥候、出る?」

 付いて来た【疾風怒濤】の人たちも、意気軒昂だ。当初天音さんは「えー、別に手助けとかいらないんですけどぉ」とか言ってたが、万が一のこともあるし、手数が無いと困るかもしれないと言う俺と春香に言葉を受けて、承諾したのである。別にどっちでもよかったようであるが。

「よし、敵はおそらく使役(テイ)獣使い(マー)だ。鼻の効く奴が見張ってる可能性もある、風下から向かうぞ」

 そうして俺達は、夜間の森林を進み始めたのである。


「ねえ、かず君。森の動物達が大挙して退去してる件について」

「そりゃ最強の魔王とその配下の古代龍が闊歩してたらそうなるよ」

 俺が思うに、夜の森なんて本来昼間よりも寧ろひっそりとした活気に満ちている感がある。夜行生物的な意味とかそれ以外のオカルティックな意味も含めて。正直なところ、一人で放り出されてたらおしっこに行けないどころの話じゃなくビビることうけ合いである。その夜の森が、盛大に賑やかなことになっているのだ。

 斥候のフロレンティアさんなんて、さっきからあっちからもこっちからも聞こえてくる野生動物やら魔獣やらがなりふり構わず逃げ出しているせいで【探索】スキルに引っかかりまくるらしく、すっかり諦めている。何を諦めたのかって?音を消して歩いたりしなくなったのです。もうね、天音さんも古代龍のアルドラさんも、気配隠すとかしないからね。

「だって、隠し切れないんだもん」

「龍が気配を消す?おまえは何を言っているんだ」

 だって、だもん、とか開き直るとか、子供か。可愛いから許すとか、俺は言わない系の人なのです。

「天音さんとアルドラさんはここで待機。【疾風怒濤】の方に先行して様子を見てきてもらいましょう」

「了解した。フローラ、頼む」

 俺の意見が通り、ベアトリクスさんの指示でフロレンティアさんが先行していった。



「この先に洞窟がある。見張りらしいのは居なかったけど、周りに何か細い糸が張られてた。おそらく鳴子」

「この辺りには洞窟なんて無かったはず」

 十分ほどで戻ってきたフロレンティアさんの報告で、目的の場所は確認できた。このあたりの洞窟は、粗方確認されているはずなのだというが、記録にはないという。

「新しく掘ったのか、未発見の物か?」

「どっちでもいいさ。どうせやることは変わらないんだし」

 突入するのは当然として、問題は、今さらわれた二人がどうなっているか、だ。二人の安否がわからないと、隠密しての救出が良いのか強行突破した方が良いのかどうかの判断もつかない。

「じゃあ強襲しましょう」

 天音さんの独断で、作戦は決定。即座に実行に移された。って言うか、いきなり洞窟前に転移させられたのである。



「斥候してもらった意味ねえッ!」

 当然のごとく、敵に気づかれた訳ですが。前の時同様瞬間的に姿を表したフードの男。俺を見るなりこう宣いやがった。

「また貴様か。だが生憎だったな、あの者達は世に戦乱を撒く礎となってもらう」

「いや、なんと言ったらよいか。とりあえず両手を上げて降伏したほうが良いと思うんだけど」

 洞窟から出てきたフードの人は、俺を見て何やら怪しいことを言い出したが、姫様に何かあった日には、戦乱云々よりも戦々恐々って感じなんですが。

「我が最強の召喚獣よ、奴らを倒し糧とするがいい」

 なんだろう、このありがち感。もしかしたらと思っていたけれど、もしかするぞ。

洞窟から出てきたフードの男が呼び出したのは、金色に光る角を持つ、獅子のような身体に馬のような首、額に三本の捻くれた角が生えた、全身が鱗に覆われている幻獣だった。懐から取り出した核と思しき捻れた杖に魔力を送り込んだ……んだろうなぁ、わからないけど。と思った次の瞬間に、それは俺達の前に姿を表していたのである。

「さあ行け鬼騎麒麟よ、疎ましき敵を討ち滅ぼせ!」

 最強の召喚獣と言うからにはさぞかしハイスペックなステータスを持つ幻獣なんだろうなぁ。そう思って、俺は一応いつでも動けるように身構えた。が、次の瞬間終わってた。

「煩わしい」

 アルドラさんの蹴り一発でぶっ飛ばされてしまったのだ。

「何……だと……?」

 洞窟の穴の横辺りの岩肌にめり込んだ幻獣は、暫く微妙に痙攣していたが、ふっと消えてなくなり、後には先ほどの捻れた杖がポッキリと折れた状態で転がっていた。

「そんな、我が最強の幻獣が……こんなはずはない、貴様!何をした!」

 何をした、って。まっすぐ突っ込んできたのをカウンター気味に蹴り入れただけなんじゃないだろうか。ただ、常識で考えられない勢いと膂力でそれが行われただけで。

「んー。今やったのってぇ、幻獣のコアに魔力を送り込んでぇ無理やり顕現させた、であってるかしらぁ?」

「ああ、そうとも。我が叡智によって生み出された幻獣、召喚獣よ!核となるに相応しい遺留物に我が魔力を込めることにより、すぐさま顕現させる事が出来るのだ!」

 天音さんが、今見た幻獣の出現状況を簡単に確認していた。それに対して喜々として応えるローブの男。なんだろうこの、ものすごく天音さんが呆れているというか、勘違いして突っ走っているバカを見る目になっている気がする。

「て言うかぁ、あなたぁ幻獣ってものをわかってないみたいねぇ」

 言いながら、そのへんに転がっている適当な石ころを拾い上げた天音さん。それをギュッと握り締め、何やら気合を入れるように声を発したかと思うと、その石ころを地面に叩きつけた。

「なっ!?」

 地面にたたきつけられた石ころは、砕け散るか地面にめり込んでいるかと思いきや、ひょこりと首を傾げてつぶらな瞳を向けてくる、木菟……いや梟か?まあどっちでも良いんだけれど、そんな姿の幻獣として顕現したのであった。俺もちゃんと確認したからね、【鑑定】スキルで。れっきとした幻獣がたった今生まれたわけよ。

 だがしかし。

「こんなことくらいぃ、誰でも出来るのよぉ?ちょーっと魔導を探求した経験があればねぇ」

 だけど、と続けて、天音さんは足元に生まれた幻獣を、しゃがみこんで人差し指でツンとつついた。ただそれだけで。

「長い年月をかけて、コアに魔力が溜まってこその幻獣なのよぉ。アンタがやったのは、風船に空気を詰めて膨らませただけ。違い、分かるぅ?」

 生まれたての幻獣は、ホンの少し突かれただけでその身を霧散させ、あとには先程の石ころが残るだけであった。

「くっ!ぐぐぐ……この屈辱は忘れんぞ、覚えておれ!」

 そう言って踵を返したローブの男だったが。

「逃がすわけ無いじゃん」

「当身」

 天音さんとアルドラに気を取られていた隙を突いて、【疾風怒濤】の方々がこっそりと背後に回りこんで彼の者をひっ捕らえたのであった。

「それじゃ、ツェツィーリエさん達を助け出しにいきましょうか」

 そう、やっつけておしまい、じゃないので。「ああ、攫われてた人たち忘れてきちゃった!」的な展開は現実では笑えんのです。

「こいつどうする?殺しとく?」

 ベアトリクスさんがやけにひっ捕まえた奴に気軽にトドメ刺しておくかどうか聞いてきてくれました。さすがそれなりの修羅場をくぐっている冒険者、敵対するものには容赦なしだな。よくまあ殺さずに捕まえたもんだ。

「とりあえず、身包みはがしてふんじばっておきましょうか。死なれると背後関係とかあったら困るし?」


 春香さんがスタスタと、ひっくり返ってフロレンティアさんに踏みつけにされている奴のところに近寄って、フードをめくって見たところ。

「……人、じゃない?」

「魔族?」

「いや、うちの連中にその系統はおらんぞ」

 フードの下に隠されていたのは、その濁声に似つかわしくないやけに端正な顔であった。ただ、肌の色が人としておかしいレベルで青い。どこぞの放射能の中でも生きていられる宇宙人レベルで青い。フロレンティアさんが魔族かと口にしたが、天音さんが即座に否定していた。

「……まあ基本方針に変更はないってことで」

 身包み剥がして猿ぐつわ、適当に手足をふん縛って連れて行く事に。こいつ、他にも色々とコアになるらしき品物を所持していた。綺麗な石というか宝石の原石の様なものとか、古美術品のような品とかが両手に余るほどに。それぞれが使い道のある幻獣召喚用アイテムなんだろうが、お前は幻獣ゲットだぜ!とでもやりたかったのかと。

 そうして移動と相成るわけだが。

「んでオレが担ぐのか……。いや、その担ぐのは良いんだが、連れてかなくても良いんじゃねえのか?」

 面倒くさいのか嫌がった素振りを見せたアルドラさんであったが、天音さんが視線を向けるだけですぐに否定した。どんだけ怖がらせてんだ、天音さん。

「後ろ盾とかがいたら、そのへんに転がしといて口封じに殺されたりしそうだし」

 オレがそう言うと、しぶしぶと言った体で担ぎ上げたアルドラさんであった。まあ居無さそうだけどね、黒幕とか。居たらこの人一人でやってないだろうし。でも居ないと限ったわけでもないので、道案内がてら連れて行けばいいじゃない、と。聞くとしても迷うことが有れば、だけども。その時には神官であるシュテファーニエさんに魔法をかけてもらって意識を取り戻させてもらうとして、暫くは失神したままにしておくこととなった。

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