第14話

 結果として、襲撃者の顔は見ておりません、フード付きのローブを着込んだ濁声の男と思しき輩が、魔獣を従えて襲ってきたのです。という証言が取れただけであった。

 ……って、前の襲撃者と同じじゃん!この街に辿り着く前に俺らが撃退した奴とそっくりそのままな風貌じゃないか。まあ撃退したのは主に春香さんですが。

「ふむ、かず君たちが助けた時に襲ってきていた奴と同じと考えるのが妥当かしらぁ?」

「あなた達、冒険者なら、そういう事はギルドに立ち寄った際に報告してくれないと」

 自分たちが遭遇した相手かも知れないと告げた所、天音さんと支部長にそう言われた。天音さんの言葉に頷き返している俺に、支部長さんがお叱りの言葉を向けてきたが、冒険者になったのはこの街に来てからですので。そちらで呆けてらっしゃる我が推薦者パーティにも話しては居ますが、報告しろとは言われてませんでしたので。

「そういった事ならば仕方ありませんわね。冒険者でなかった頃にまで遡及して罰を与えるなどという恥ずかしい真似は、流石にギルドでは行っていませんし」

 俺がそう説明したところ、ちょうど扉を開けて入ってきた窓口業務のお姉さん、ヒルダさんが擁護してくれたのであった。……ああ、この人も確かフェルターさんなんだったっけ。

「おおヒルダ、元気そうだな。たまには家に顔を見せに返ってきておくれ。」

「家に帰るとすぐパーティー開いて結婚相手見繕おうとするから嫌よ」

 ご領主さん家ノ結婚事情はさておき、姫様をさらった奴を追うためにはどうすれバインダーなどと無い知恵を振り絞ろうとしていた所、もう既に動き出していたハイスペック姉妹の二人がそこに居た。

「魔獣のコア?って言うの?ドロップしてきたんだけど、コレ」

「ふうん、先の襲撃で襲ってきたクリーガーベアの遺留物、ねぇ。なるほどぉ……」

 春香が天音さんに、例の拾った金剛棒を見せていた。目を細め、全てを見透さんとするかのような視線を金剛棒に向ける。

「残留魔力の波長がやけに特徴的ねぇ。うん、コレならなんとかなるかもしれないわねぇ……」

 そう言って春香に金剛棒を返した天音さん、額に伸ばした人差し指を当てると、何やらぶつぶつと呟き始めた。すると、その直後。なんとも言葉にしがたい圧力というのか、水をかぶった後に熱風を全身で浴びたような感触がほんの一瞬感じられたのだ。

「今のは……?」

「まさか……」

「アマネ、やるならやると言ってからにしてちょうだい。年寄りには心臓に悪いわ」

 魔法に造詣の深い方々には理解できたようであるが、俺にはさっぱりわからない。

「行くわよかず君」

 そう言ってすっくと立ち上がった天音さんであるが、説明プリーズと言う視線を向ける俺に、「ああ、忘れてた」とでも言うように目をパチクリさせると、「春香の持ってた金剛棒を【鑑定】して、こびり付いていた魔力残滓の波長を元に魔力探知を仕掛けただけよぉ」と事も無げに告げられた。

「だけって、アマネ……あなた今のほぼ全力でしょ?こんな至近距離で、魔力耐性が無い人だったら高魔力被曝で昏倒しちゃうところよ?」

 天音さんのイキナリの行為に苦言を呈する支部長であるが、約一名、そこにひっくり返ってる気がするのは気のせいでしょうか。なお御者のおっちゃんではない。

「……お父様、だから冒険者ギルド《うち》に入れなかったのよ……」

 冒険者ギルドへの加入の際、魔力耐性は必須らしい。ただ、表には出してない項目らしく、受付窓口で魔力を当ててその都度確認しているという。……そういや俺たちが登録してた時にもふらついてる人いたな。てっきり窓口のお姉さんたちの魅力にやられたのかと思ってたが、そういう裏があったのか。

 なお支部長のお言葉に対しての天音さんの返答はと言えば。

「全力?手加減したわよぉ。全力だったら魔力放出だけでこの建物くらい吹き飛ぶわよ?」

 やめてください死んでしまいます。主に俺が。


 それじゃあ行動に移そうかと、ギルドの建物から表へと出るとようとすると、「そっちじゃない」とばかりに袖を引かれ、逆側の通用門的なところから外へと案内された。

 どうやらここは、ギルドハウスの裏庭らしい。もうとっぷりと日が暮れた空には、星がまたたき始めていた。暗くて細かいところはよくわからないが、だだっ広い、単純な広場で、ところどころ真新しい土が被せられている所なんかが目につく辺り、訓練とかをここで行ったりしているのだろうかと思われる、小学校の校庭よりはかなり狭い、五〇メートル四方もないくらいの広さだった。

 そして外に出るや、天音さんがすごくよく響き渡る高音の指笛を、高らかに吹きならしたのである。

「すーぐ《足》が来るからねぇ」

 足って、移動手段なら表に止まってる、でかい馬に引かれたでかい馬車があるじゃないかと視線を向けたが、天音さんは「あれ、一人乗りなのよぉ」と宣った。俺と春香を迎えに来てたのではないのか。一人乗りで着てどうする、と突っ込んだら「ああっ!」と、ぽんと手を打ち、その発想はなかった的な反応してくれました。というかあのサイズで一人乗りとか、どういう作りしてるんだろう。中に椅子一個だけとか?しかし、何が来るやら。うん、何が着ても驚かないぞ、驚いてやるものかー(棒読み)。

 まあそれは良いとして、御者の元冒険者なおっちゃんは、何やら引退した原因の古傷まで治ったとか言って、復帰するんだと息巻いて窓口へと走っていった。年齢的な制限はないのか?支部長さんを見るに無さそうであるが、色々と大丈夫なのか?冒険者ギルド。そのうち所属メンバーの高齢化が進んで若い有能な人たちがクーデター的なことを起こしたりしないだろうな。まあ俺にはそこまで関わりあうこともないだろうから良いとしておこう。なお領主様は絶賛気絶中で、支部長さんが面倒を見ておくとのこと。これから出発するのは天音さんと俺と春香に加え、「ぜひ私達も加勢させてください!何でもしますから!」とエルネスティーネさんが力説して承諾された【疾風怒濤】の五人組。ん?今(略)。

 あと、お見送りに来てくれているのか、窓口業務のお姉さんことヒルダさんも外までついてきていた。

 待つことしばし。空が一転かき曇り、などというエフェクトはなかった。天音さんの「おお、来た来た」という言葉にその視線を追って夜空を見上げたが……。

 やってきたのは羽を広げて降りてくる、小さな翼竜だった。

「翼竜のちっこいのに見えるわ」

「奇遇だな、俺にもそう見える。ぱっと見、ランフォリンクスっぽいな」

 軟着陸した翼竜に、俺と春香は首を傾げながら近づいたのだが、やはり何処から見ても小さな翼竜にしか見えなかった。

「遅かったな」

「はぁっ!?呼んだら三分で来いって言ったのお前さんだろうが!まだそんな時間たってないはずだ!」

 て、喋った。もう何が着ても驚かないつもりだったので驚きませんとも、ええ。

「私だけならいざしらずぅ?妹とかず君を待たせてるのに、その態度って無いんじゃないかしらぁ?」

 ニコリともしないでそう告げる天音さんに、翼竜は一転して平身低頭で謝り倒していた。なんだろうこの……何?言いようのない虚脱感と言うかなんというか。

「それじゃ、元に戻るからよ。魔王の妹さんらも、ちいと離れてくんな」

 そう言うや、小さな翼竜は、虹色の光を放って俺達の視界を埋め尽くしたのだ。

「おう、もう良いぜ。乗んな」

 先程は甲高い脳天から出るような声だったのに、今聞こえた声は、ナイスミドルというかジゴロなあんちゃんというか、やけに渋い声だった。眩しさに瞑っていた目を、なんとか開けたそこには。なんということでしょう、広場を埋め尽くすようなサイズの西洋的な龍が姿を表していたのである。

「うおおおおおおお!ドラゴン!ドラゴンだよ春香!やっぱドラゴンだよな!こういうところがなきゃやってらんねえぜ」

 驚きはしなかったが、すっごい興奮した俺を覚めた目で見てくる春香が言った。

「あれ、すっごい立派だけど、お姉ちゃんに泣かされたって言う古代龍じゃないの?」

 見てくれだけか、などと何処かのグルメな新聞記者のようなことを言ってのける春香さんである。いや、だってでっかいドラゴンだよ?言ってみりゃ男の子垂涎の存在よ?車好き的に言えば、出迎えの車が普通のセダンだと思ってたら、予想外にスーパーカーが目の前に滑り込んできたようなもんよ?興奮もしようってもんでしょうに。

「目的と手段、はき違えちゃ駄目よっていつも言ってるよね、かず君。これは足、単なる移動手段。OK?」

「はい、ワタクシ興奮して我を忘れておりました。以後このようなことが無いよう留意する所存であります」

 等と言っている間にも、出発の用意は整っていく。【疾風怒濤】の人たちは、武具を預けていたのはギルドのそういう部署だったそうで、即座に引き取りに向かった。流石にどういう状況に陥るかわからないので、今日狩りをした予備の装備では不安らしい。

 俺たちは特にこれといった準備もないので、とっととドラゴンさんの背中によじ登り、背中に何列か均等に生えている、膝よりちょっと高いくらいの背びれのような部分にもたれかかって春香とともに腰を落ち着けていた。

『お前たちが、アレの身内か?』

 やけにダンディーな声が、俺の脳に響いた。まさかの「こいつ、脳内に直接?」である。春香にも聞こえたようで、ウンウンと頷いている。ハタから見ると危ない人にしか見えない。って俺もか。

 なんでも、この古代龍さん、以前は世界中を気ままに飛び回っていた、自称・人畜無害な古代龍だったらしい。とある海で小腹を満たすために大型海獣を狩っていたところ、「うるさい」という理由で魔女王たる天音さんにシバかれたらしい。

「あのアマ、魔法が効かないと見るや、内封魔力でぶん殴ってくるんだぜ?信じらんねえ」

「内封魔力?」

 聞き慣れない言葉がまた来たぞ。と思ったら、ドラゴンが解説してくれた。注釈付きで語りだすとか暇なのか器用なのか。放出魔力による攻撃魔法は、古代龍たるこのドラゴンには通じないらしい。威力がどうこうで効く効かないではなく、ドラゴン自身がその身に内封する高魔力が無効化するのだという。

 天音さんはそれを初手で理解し、自身を高魔力で強化して、いわゆるレベルを上げて物理で殴り倒したのである。魔法使いなのに。

「それ以来、俺はあいつの手下ってわけだ。逃げたら追いかけて行って殺す、逆らっても殺す、死にたくなったら無理にでも生かして死にたいと思っても死ねないようにしてやるとか言われて俺にどうしろと」

 なんかすんません。うちの姉的存在がどうもすいません。隣では春香も申し訳無さそうにちっちゃくなってる。

「なぁに三人してコソコソ喋ってるのぉ?」

「ドラゴンさんの身の上話を少々」

 いつの間にか俺と春香の間に顔を突っ込んできていた天音さんに反射的にそう返した俺に、春香も同意するようにウンウンと激しく頷く。

「ああ、こいつねぇ、沖のほうでクジラ捕るのに大暴れしててねぇ。沿岸の漁港が大変なことになっててねぇ。頼まれてお仕置きしてぇ犯防止に呪いかけたのよぉ」

 ドラゴンさん、無自覚な加害者でした。って呪い!?天音さん手を広げすぎですわ。って思ってジト目で見たら、「だって暇だったから」としょんぼりされた。

 この一件が片付いたら、天音さんのやらかし――、もとい。苦労話を聞かせて貰うことにしよう。



「比較する対象がないけど、ずっとはやい!!」

「やめろ、そのセリフは俺と、ちょっと大きなお友達に効く」

 ドラゴンの背に乗り、空の旅へと出発したのであるが。

「このへん、わかる?」

「ああ、わかる。何、あっという間だ」

 天音さんは脳内会話で行き先を伝えたようで、飛び上がったドラゴンは、一気に速度を上げ、いつしか見覚えのない山の奥深くにある森の上空へと移動していた。

「あっという間すぎ」

「時間ができたらそのうち堪能させてもらおうね」

 早々に目的地付近へと到着したのであった。

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