第13話

 ガボッとした腿丈ほどの真っ赤な原色の外套を身にまとった、わりと裕福そうな体型のおっさんが、懐から取り出した丸めた書類を開き、俺達に告げてくる。

「そなたらは、エステルライヒ王国はティアローイ辺境伯家の第三子、ツェツィーリエ・フォン・ティアローイ、及びそのガヴァネスであるアマーリア・ナータンゾーンの略取・誘拐事件に関わる重要参考人となっておる」

「ツェツィーリエさん達が誘拐されたですって!?」

 俺よりも早く反応した春香に、そのおっさんはゆっくりと無表情に頷きを返し、見下すような視線でこう続けた。

「左様、先日この街を出立なさった後、その消息が途絶えておる」

 聞けば、先日この街を立ったあと、その日の内にこの街まで帰ってくる予定であった貸し馬車が次の日になっても戻らなかった為、貸し馬車屋の主人が使いを出したそうな。そして公都に至る途中で、目的の馬車が街道から外れて破壊されているのが発見されたという。

「御者はその破壊された馬車の側で大怪我を負ってはいたが、自力で応急処置を施しておったらしく、なんとか命を繋ぎ止めていた。現在はこの街の診療所で治療中である。……が、長くは保たんだろうな」

 唯一の目撃者じゃん。じゃぶじゃぶ神聖魔法なり魔法のポーションなりかけてあげてくださいよ。

「ではついてまいれ。貴殿ら二人には、きっちりと証言をしてもらわねばならん」

 そう言って、おっさんはこちらが従順についていくのを微塵も疑いもせず踵を返した。

 大人しく付いて行くべきか?実際何にもしてない俺たちだが、話を聞くだけで済むのだろうか。よくある俺らに罪をかぶせてハイおしまい、とか言う事にならないだろうか。……うん、すごくそうなりそう。

 そんな風に悩みつつ、ついつい一歩踏み出そうとしたところで、襟首を掴まれて後ろに引き戻された。

「まったく。かず君や、人がいいのも普通過ぎる反応も、駄目とは言わないけれど、時と場合によるといつも言っているでしょう?」

 そう言って俺を胸に抱いたのは、天音さんであった。そんな俺達に振り向き、じろりと玄関口でこちらを睨みつけるおっさんが、小さく舌打ちしたのが見て取れた。

「この館は、この館の中においては冒険者ギルドの法によってのみ裁かれる。この街とはそういう約定を結んでいるはずであるが?」

「ぐぬぬ……【魔王の愛弟子】か……」

 そう言いながら姿を表したのは、支部長のレオポルディーネさん。冒険者ギルドの中は治外法権なん?規約には載ってなかったように思えたが。ちゅーか魔王様の愛弟子とか、やっぱすごいひとだったんじゃん。

「残念ながら、サトウカズヤもアオイハルカもこの館にいる限り、あなた達には手は出させないわ」

「そうね、だからこそ、玄関先で待ち伏せしていたのでしょう?一歩ここから出さえすれば、この街の法の下に、無理やり従わさせる事が出来ると思ったのでしょう?――おう、このくそったれな木っ端役人が、ウチの身内に手ぇ出してんじゃねえぞ!」

「なっ、ブ、無礼な!」

 切れた。天音さんが切れ申した。思わず抱きついて押しとどめてしまったが、超柔らかいモノが当たって、ってそれどころじゃないんですが。こう言った世界の、こういうお役人様を罵倒しちゃったりしたら、あとが面倒になるのが相場じゃないですか。

 なんとか執り成せないかとアワアワしていると、支部長さんがずずいと前に出て、ちょっとビビってる小役人に向かい、ピンと背を伸ばしたひどく綺麗な立ち姿でこう告げたのである。

「こちらにおわすは、ヘルヴェルティア王国が魔女王、ヒンメルズトーン・ブラウブルンネン陛下にあらせられます。こちらの御二方は、そのご身内。さて、どちらが無礼を働いたのでしょうね?」

 ……ひんめるず、何?

「ヒンメルズトーン・ブラウブルンネン、ヒンメルが空とか天って意味で、トーンは音でしょ?ブラウが青でブルンネンは井戸だったかしら。ドイツ語ね」

 特に動揺していない春香さんが解説してくれた。この状況で落ち着いてるとかパない。なるほど、逆翻訳すると天音青井。姓名が上下逆転してはいるが、名前の漢字ほぼ直訳偽名であったか。安直ぅ、って違うわ!魔女王?天音さんが魔女王様、略して魔王様ってこと?て魔王様って五百歳超って聞いたんですがって考えたら天音さんの気配がひどく怖くなったのでそれは置いといて。

 どうゆうこと?


 おっさん木っ端役人が衛兵を連れて退散した後、天音さんは「ちょっと出てくる」と言って姿を消すと、すぐさま戻ってきた。ほんの十数分といったところだったのだが、その折にはさっきのおっさんとは比較にならないくらい偉そうと言うか立派なおじさんと、少々やつれた顔色の、爺さんに片足突っ込んでるくらいの年配の男性を連れてきたのである。爺さん未満の人、ここに来るなり顔引きつってましたが、大丈夫なのか?

 そして今度はギルドの酒場の奥まった所にある個室に、連れて来た二名に加え、俺と春香、【疾風怒濤】の五人に支部長を交えて、再び話を伺うこととなった。

「さてさてぇ、どうなっているのかしらぁ?」

 柔らかい口調ではあるが、断固として嘘は許さないという感情の篭った天音さんの言葉で、その場は始まった。

「それはこちらが聞きたいのだが……」

「答える気はないのねぇ。じゃーあ、今日からこの街はうちの国の敵認定ねぇ。借款とか商会とか引き上げなきゃ」

「そっそれは困る!」

 そう天音さんが言った途端、お偉方っぽいおじさんは口をつけていたお茶を思い切り吹き出した。聞けばこの街の領主様みたいなものらしいのに、天音さんに手玉に取られそうである。その名もボニファティウス・フォン・フェルターさん。……名前にものすごくこの街の名が付いてるのって、領主様そのものなんじゃ……。そんなのどうやって連れてきたんだ天音さん。というかそんな人脅して大丈夫……なんだろうなぁ、今の流れを見る限り。

「いや、本当に知らんのだ。ティアローイ辺境伯家の娘が行方知れずというのも、先ほど報告が上がってきたばかりなのだよ」

 懐から取り出したハンカチで口元その他を拭いながら、そう言い訳めいた言葉を口にする。が、天音さんの追求は止まらない。

「じゃあ、さっきのあの木っ端役人が勝手にやったってことなのかしらぁ?」

「おそらくは、今回の一件を奇貨にでもする気だったのではないかな。何しろティアローイ辺境伯家に恩を売れば、少なくとも良い金にはなる」

 ツェツィーリエ姫様の実家は、辺境伯という国家の端っこに位置する領主様だそうな。端っこだからと言って、別に田舎者とか冷遇されているというわけではなく、国境を挟んだ向こう側への監視・対応を任されている、要するに仮想敵国と接している国境の防衛を任されている重鎮ということだ。国境の防衛なんて、下手な者には任せられない。裏切られたり寝返られたりした日には、国家の崩壊に繋がるってレベルの話である。

 そんなお家の娘さんが行方知れずとなれば、第三子とは言え大問題である。起こったことはしょうがないとして、即座に解決の糸口を握ったものが、高い評価を受けるのは間違いないだろう。もしくは犯人を捕らえるか。と言うことで。

「なるほど、私達に話を聞くって言う点は間違いなかったわけよね。どんな話をどんなふうに聞くかは別にして」

「無かったことをあったように言わされる(物理)わけですね、わかりますん」

 俺と春香は姫様が行方不明になる直前に別れた、旅の途中から道連れになった者達。とっても怪しいですわ、俺が当の本人じゃなかったら誰だって疑う。俺だって疑う。

「で、ボニーの坊や?捜査の方はどうなっているんだい?」

「坊やはやめてくれ、支部長。コレでもそれなりの立場にある身なんだ」

「あら、あなたが私のことをおばあちゃんと呼んでくれるのはいつだって構わないのよ?」

「……っ!だから、公私混同はしたくないんだっての。ああ、もういいっ。この性悪婆さんがっ」

「で、レオポルディーネぇ。可愛い可愛い孫いじりはそれくらいでいいでしょう?」

「そうね、で?」

 お孫さんでしたか。なるほど、この気安いやり取りも納得である。って、そうか?

「……ああ、今のところ、これといって何も見つかってない。実際昨日の今日だ、現場を再確認しに行ってる連中が戻るのも今日遅くだろうよ」

 何かが起こったとしても、対応の遅れはしかたのないことなのだろう。この世界だと、旅の足は馬車が最速だと思うし。まあ普通の馬じゃないけど。なので情報伝達という速さが命の分野に関しても、精々が伝書鳩程度が限界なんじゃないだろうか。鳩じゃない何かが代わりに飛ぶのかもしれないが。

 現状で俺たちに何が出来るかって言われても、正直なところ何も出来ないと思うが、ここになんとかしてくれそうな人がいて、その人は俺の頼みを聞いてくれるかもしれない人なのだ。

 関わりあった人が、たかが数日の関わりあいだとしても、行方不明になったと聞いたのにそのまま放置ってのは、ちょっとね。普通だったらどういう選択をするか?いやもうこんな状況で普通とか、そういうのはもう良い。ここは頭の下げどころだ。そう思った俺は、立ち上がって天音さんに向かって頭を下げずに入られなかった。

「天音さん、行方知れずになった人って、俺と春香が助けた人なんだよ。まあ寧ろ助けてもらったほうが大きいと思うんだけどね。だから、その人達が危険な目にあっているかも知れないって言うなら、何かしてあげたいんだ。俺にはそんなこと出来るような力はないから、天音さん、お願いです。力を貸してください」

 そう言いきって俺は、頭の上に手が載せられている感触で、思わず頭を上げた。

「んー、かずきゅんのお願いかぁ。仕方にゃいにゃあ」

「お姉ちゃん、素が出てる」

 ものごっつい蕩けたような顔つきで、俺の頭をなでなでしてくる天音さんがそこに居たのである。

「……魔王、様……なんだよな……」

「魔王様……使者の方だとばっかり思ってたのに……ご本人だったなんて……」

 その光景を、この部屋に連れてこられてからずっと沈黙していた五人組は、呆然とした表情で見つめつつ、何度も同じようなことをつぶやいていた。現実は得てして残酷なものなのである。



「ええ、はい、それでですね」

 もう一方の連れてこられた人物はというと、大方の予想通り姫さまの貸りた馬車の御者をやっていた、重篤で今にも亡くなるやもと言われていた方であった。

 天音さんに曰く、「死にそう、だったら治せばいいじゃない。死んじゃった、なら無理だけどぉ」ですと。この街の診療所とやらは場所を知っていたそうなので、ボニファティウスさんを連れてくるついでに治して攫ってきたというのだ。

 顔色をくるくると、赤やら青やらに変えながら、あわあわと、まるで場馴れしてない素人さんが裁判において供述させられていくようなさまは、見ていてとても心苦しかったが、知らなければ動けない事もある、とのことなので、無理にでも話してもらいますと天音さんに強要されたわけである。

 ただ単に、たまたま貴族の娘さんの御者をやったばっかりに、このような状況に陥っているのはもう運が悪いとしか言いようが無い。そう言えば、先日襲われて行方知れずとなった、ツェツィーリエさんが前に乗っていた壊された馬車の御者さんの消息は……うん、今回命を拾っただけ儲けものだと思ってもらうことにしよう。

「とまあ、もうワシの命もここまでか、と思ったもんでした。ですが奴ら、乗ってたお客さん二人を捕まえたらさっさと居なくなりましてな」

 御者の人が語ったのは、この街から出立してしばらく行ったところで謎の襲撃者に襲われた事、馬車を破壊され乗っていた二人が連れ去られた事、馬車が倒れた際に怪我を負った自分を放置して、何処かへと去っていった、との事であった。

「折れた足やら腹の傷やら、色々と死にそうではあったのですが、とりあえず壊れた馬車の部品で添え木をしたり腹の傷に切れた手綱を巻いて止血したり、何とか応急処置が済んだところで意識がなくなった次第ですわ」

 そして貸し馬車の主人が使いを出して、街道を外れて破壊されていた馬車を見つけて連れ帰って、診療所に放り込んで報連相を行って今に至る、と。

「それでぇ?肝心の襲ってきた奴の顔は見たのぉ?」

一通り話をさせたのだが、核心部分が一向に語られなかったのに業を煮やした天音さん、ちょっと、いや大分不機嫌そうに御者の人を問い詰めた。話慣れていない人は、何をどう話せばいいかっていうのがわからないから、だらだらと話してしまうんですよね。ディベートとかし慣れてたら話は違うけれど、お仕事柄とか教育の一環でそう言った事をする必要や、経験が無かった場合、仕方ないとは思うんだけどね。話し下手っていうのは。

 この御者のおっちゃん、有り体に言ってごく普通の御者だけど、応急処置とか自力でしてたってことなので伺ってみたところ、過去にそれなりの実戦経験を積んでた冒険者であったらしい。そういやここに連れてこられた時に固まってたのは支部長の顔見たからかなぁ、などと思い返した俺である。

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